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降誕祭と試される愛の絆 3

 馬のいななきで意識が戻る。

 ゆっくり目を開くと、目の前に猿ぐつわをされ、青ざめた顔をしたフラウディーヌの端正な顔があった。彼女はまだ気絶したままのようだ。

 起き上がろうとして自身の手足が後ろ手に縛られているのに気付いた。決して血流を止めることなく、だが緩めることは不可能という実に良い塩梅で、相手がこういった荒事に慣れているのが分かる。

 美優は状況を把握しようと暗闇に目を慣らし周囲をこっそり確認する。僅かに動かした途端に後ろ首辺りに痛みが走った。

 美優らは今、幌馬車の荷台に転がされ、どこかへ運ばれているようだ。荷台の前後は白い布で覆われ、周囲からの視界を遮られている。御者台は見えないが気配からして敵は二人、それも結構な手練れのようだった。

 自身の細剣と隠し持っていた短剣を奪われている。見知らぬ男に身体を触られたと知り、美優は眉をしかめた。


「う……」


 その時、フラウディーヌが意識を取り戻し、薄目を開け、ギョッとしたのが分かった。


 しっ、じっとして、まだ気絶した振りをしていて。


 美優が目に込めた願いを察した様で、フラウディーヌは小さく頷くとその動きを止めた。それを確認すると美優は海老反りになり、靴の裏底から刃渡り十センチほどのナイフを取り出した。緊急時用の暗器である。フラウディーヌが何をするのかと不審そうな眼を向ける中、美優はそのナイフをどうにか自分に向くよう持ち替え、自身を縛る縄を慎重に切り始めた。可動部分が少ないために力が入らず、中々切ることが出来ない。


「つっ……!」


 ナイフの刃が手首に当たり、血が流れる。が、美優がその手を止めることはなかった。慎重に、手早く。苦心の末、ようやく縄が立ち切れた時には冬だというのに汗が噴き出していた。


 猿ぐつわを外して首にぶら下げると足首を拘束する縄を解き、次にフラウディーヌの縄を解く。思った通り、素人の結び方ではない。

 敵の目的はネイシュヴィア国王女であるフラウディーヌだった。反乱か革命か、それとも営利目的か。どちらでも構わない。考えたって分からないことは考えないのが美優の主義だ。取り敢えず一刻も早くフラウディーヌを逃がさなければ。ダンフィオールで王女の身に何かあれば、両国の戦争に発展する危険がある、それだけは分かった。


“フラウディーヌ様、ドレスを脱いでください”


“え……?”


“私たちの衣装を交換します。合図を出したら逃げてください”


“あなたは、どうするの?”


“大丈夫です、私は騎士ですから戦えます。それにもうすぐエド……エドヴァルドが助けに来てくれるはずです”


“まさか。王ご自身が助けに来てくれるはずないわ”


 フラウディーヌは信じられない、とでも言うように小さく首を振った。


“彼はきっと来てくれます。私には分かるんです。きっと助けに来てくれるって”


“……”


 確かに隣国の王女が攫われたとはいえ、一国の王ともあろう者が危険を冒すなんて有り得ないことだ。だけど、だからといってエドヴァルドが大人しく待っているはずもなかった。

 義務や責任を放棄する訳ではない。それを全部大事に抱えたままで、欲しい物全てを手に入れる、そういう人なのだ、エドヴァルドという王は。ううん、私の愛する男は。だから、きっと来る。私はそう信じている。だからそれまでしっかりしていなければならない。あの人に胸を張れる自分で居るために。


 小声で簡略に話しかけた言葉を、フラウディーヌは理解し、静かにドレスを脱ぎ始めた。美優も手伝った。神殿での降誕祭にはゴテゴテと飾りの付いたドレスは着ない、その暗黙のルールが役だったようでドレスは程なく脱げ、その下の裾の膨らんだ下着もフラウディーヌは躊躇いなく脱いだ。美優も素早く騎士服を脱ぎフラウディーヌに渡すと、自分は彼女のドレスを着込んだ。髪や顔は誤魔化せないため、二人は申し訳程度に掛けられていた毛布を頭から被る。そして敵を油断させるために一旦解いた縄をすぐに解けるように細工をして結び直した。そして息を大きく吸い込むと、御者台に聞こえるように大声で叫んだ。


「ねぇ、ちょっと! 私便所(トイレ)に行きたいんだけど!」


 その言葉で馬車がスピードを落とし、敵の声が聞こえて来た。


「もうすぐ着く。我慢しろ」


「え~もう我慢出来なーい。ここでしちゃってもいいの? ほんとにやっちゃうよ?」


 すると馬車が完全に止まり、敵の一人が荷台の後ろに回ったのが足音で分かる。美優は急いで自分の猿ぐつわを嵌めるとフラウディーヌに目配せする。するとフラウディーヌは深く頷いた。


「下品な女だな」


 敵は垂幕を手で払いのけ、その言葉を騎士服に身を包んだフラウディーヌに向かって発した。敵はまんまとフラウディーヌを美優だと勘違いしている。きっと毛布の中では初めて言われたであろう侮辱的な言葉にフラウディーヌが怒りとも衝撃ともつかない感情にうち震えているだろう。


 フラウディーヌ様、ごめん。今は辛抱して!


 願いが伝わったのか、フラウディーヌは沈黙を貫き、敵に乱暴に手を取られて立ち上がる。


「その辺でいいだろう、さっさと済ませるんだ」


 そして二人が馬車を降りた時、―――美優が動いた。


 縄を素早く取り去り、敵の男の背中に思いっきり飛び蹴りをかました。荷台から落ちる重力を利用した分、加速の付いた重い一撃だ。


「うぐっ」


 男は不意打ちを食らって地に膝を突いた。美優はフラウディーヌに向かって叫んだ。


「フラウディーヌ、今っ!!」


 敬称はこの際省略させてもらう。しかしそれを咎めることなく、フラウディーヌは走り出した。宮殿の奥に住まう王女とは思えないほどしっかりとした足取りだった。その時頭から被っていた毛布が地に落ち、金色の髪が夜の闇に光る。


「くそ、あっちが王女か……!」


「気付くのが遅いっ」


 美優は男の頭に第二の攻撃、つまり回し蹴りを決める。敵が地に手を突いた隙に剣を奪い、相手に向けた。持ち慣れない大きな剣は手に馴染まず、振りかぶるだけで疲れそうだ。剣はところどころくもりがあり、綻びている。くもりは人を斬った時の脂だろう。剣は兵法を学んだ者にとっては命より大事なものなのに、武器の手入れを怠ると言うこの体たらく。やはり正規の兵ではなく、傭兵崩れか何かだろう。


「おい、どうした。さっさと片付けろ。王女が逃げたぞ」


 御者台に残っていた男が剣を手にしてやって来る。こちらの男は少し小柄だ。剣を奪われたと知り、黒ずくめの男は跪いている男に短く罵声を浴びせ、剣を投げる。


 それ、私の剣じゃん!


 大柄な男は剣を受け取り、形勢逆転とばかりに立ち上がった。二対一。敵は荒事に慣れた猛者、一方こちらは騎士道に則った型どおりの剣、明らかに劣勢だ。


 どうする?


 美優は頭の中で幾通りかの戦術を構築した。

 が、その時、一瞬即発の空気を破る、威厳のある声が辺り一面に轟いた。


「そこまでだ!」


 美優が驚いて振り返ると、そこには神殿の騎士団や魔導士団、そしてその中央にダンフィオール国王その人の姿があった。周囲にはフラウディーヌを保護したルークやシャルル、レオナルド、そしてジェラルドも居る。

いつの間に。彼らはその気配を一切こちらに悟らせることなく、周囲を取り囲んでいた。隅の方には敵の仲間と思しき黒ずくめの男たちが捉えられている。


 た、助かった? でも、助けに来るの早くない?


「神殿の術師たちの助けを借り、王女の居場所を特定した」


「マジか!」


 そんなことまで出来るんだ。魔導士すごー。


 美優は安堵のため息をついて、剣を下ろした。


「くそっ!」


 小柄な男が捨て鉢になり、剣を振り上げ突進して来た。……美優に、向かって。

 しまった、またまた油断した―――そう思うが早いか、ジェラルドが目にも止まらぬ速さで敵に近付き、剣を振るった。辺りに鉄臭い地の匂いが漂い、その拍子に殺気立つ彼の黒い眼帯が取れ、その目が金を帯びる。


「その目を使っちゃ、ダメっ!」


 美優は叫ぶと、ジェラルドはその動きを止め、その隙を狙った敵がジェラルドに斬りかからんとする。美優はそれを阻止するために敵を背中から斬った。綻びの多い剣では敵に深手を負わせることは出来なかったが、真剣で人を斬るのは初めての経験だった。ジェラルドはその目を澄んだ碧に戻し、敵を素早く捕縛する。


「ミユウ、ありがとう」


「ううん、私こそ、助けてくれてありがとう」


 命を奪った訳ではないが、手が震えている。それを見て、ジェラルドが優しくその手を包み込んだ。



「フラウディーヌ様、申し訳ございません。貴女のドレスを汚してしまいました」


 美優はフラウディーヌに頭を下げた。案外騎士服が似合っている。……その胸の部分が多少苦しそうなのは気のせいだと思うことにした。

 王女が構わない、と許しを与えてくれたことに再度頭を下げ、美優は王女の目を見てはっきりと告げた。


「フラウディーヌ様。あの時の問いにお答えします。……確かに、私は何も持っていません。あなたのように、この国に益をもたらすものは、何も。エドヴァルドに並び立ち、同じ方向を見て国を共に治めることも出来ません。……だけど、エドヴァルドが国を治めている間にその背中を守ることは出来ると思う。そしてエドヴァルドが悩んでいたら、一緒に悩んで考えることが出来る。……それじゃ答えになってないかな?」


 途中から美優は敬語ではなく地の言葉でフラウディーヌへ語りかけた。

フラウディーヌはそれを咎めることもなく美優の言葉を噛みしめるようにしながら何かを考えるようにその目を見つめた。

 そして何を思ったか、エドヴァルドに顔を向け、


「私がお慕いしていたのは、こんな一人の女のために危険を冒す愚王ではありません。どうやらどなたか別の方と間違えたようです。こんな愚王が治める国など取るに足らぬと、国に帰り次第、父にそのように伝えましょう」


 と言った。その言葉を言いながら、かすかに彼女の顔に悲しみの色が走ったのを、美優は見逃さなかった。きっと彼女の想いは本物だった。その想いを美優はしっかりと受け止めた。


 馬鹿にされたというのに、当のエドヴァルドは何故か微笑んでいる。


「ダンフィオール王、この者はその命を賭して私を守りました。この者に褒美を取らせたいのですが、ダンフィオールで騎士の上の位は何になりましょう?」


「近衛騎士である、ネイシュヴィア国王女」


「では、この者を、近衛騎士に」


「了承した」


 えっ? 私もしかして近衛騎士に昇格したの?


 近衛騎士になれば、エドヴァルドの近辺を警護することが出来る。王立騎士団程ではないが、一介の騎士に比べれば段違いに様々な権利が与えられる。例えば、こういった遠征の時に大手を振って同行出来るほどに。

 

 美優は嬉しさのあまり、状況も忘れて喜びの声を上げた。




 敵はどうやらネイシュヴィア国の王国転覆を謀る者だったらしい。身柄はネイシュヴィア国に引き渡された。いずれ、首謀者も明らかになるだろう。 美優はとばっちりを受けたと、フラウディーヌはネイシュヴィア国を代表して謝罪を申し入れた。




 神殿に戻ると皆は美優とエドヴァルドの二人きりにしてくれた。

エドヴァルドは途端にしかめ面を作り、美優を睨み、叱りつける。


「全くお前は、何度攫われれば気が済むんだ」


「ご、ごめん」


 確かにそれは反論の余地もないので美優は項垂れた。


「助かったから良いものの、もし王女に何かあったら首が飛ぶぞ」


「だよね……あ~ほんと良かった、無事助かって」


 美優が安堵のため息を漏らすと、エドヴァルドは呆れたように息を吐く。


「全く、無茶をして。もう少し待てば助けが来たというのに」


「だってこんなに早く来ると思わなかったんだもん。何としても王女だけは助けなきゃって、そればっかり」


「それで王女が去った後はどうするつもりだった。女の行く末は悲惨なものだぞ?」


「え~だって、私だよ? 色気が無いのはエドが一番知ってるでしょ」


「男は相手が女であれば良いのだ」


 オイ、コラ。

 人が謙遜したのを良いことに、今遠まわしじゃなくはっきりと私に色気が無いのを肯定しましたね?

 最近筋トレしてるから私の右腕はかなり重いけど、受けてみる?


「だが、お前がじっとしていないのも分かっていたからな。そこがお前の良いところだが、今回はさすがに焦った。……お前と居たら俺の心臓が持たない」


 エドヴァルドは美優を抱き寄せた。その強さから本当に心配させてしまったことが分かり、美優は自分の怒りが萎んで行くのを感じながらエドヴァルドにしがみ付いた。


「ずっと俺の側に居ろ。二度と、離れるな」


 エドヴァルドは美優の手首に触れた。そこはナイフで傷が付いた場所だ。傷自体はもう、魔導士の手によって治癒されている。が、エドヴァルドは悔やむように手首を見つめ、そしてそこに唇を落とした。


 フラウディーヌにお前には何が出来るのかと問われた時、何故あんなにも動揺してしまったのだろう。私たちが二人の間で深めてきた絆は、すぐ目の前にあったのに。 


「うん、二度と離れない。……あの時、すっごく怖かったけど、エドが来てくれるって信じてたから頑張れたんだよ。ずっと(ここ)に、エドが居たから」


 どちらともなく、唇を寄せる。最初は啄ばむように、だが次第に熱が入り、お互いのことしか考えられなくなるほどに夢中でキスを続ける。

 相手の身体に火が灯るのを、美優は見て見ぬ振りをした。エドヴァルドも無理強いをしなかった。まだ、駄目だ。私たちにはまだ当分早い。


 しばらくお互いの感触を確かめ合い、美優が息苦しさに降参してしまうと、エドヴァルドが口元をニヤリとさせて爆弾を落とした。


「まだまだ始まったばかりだぞ」


「え? どういう意味?」


 久々の口づけにとろんとしていた美優は、彼の言葉を深く考えずに問い返した。


「実は妃候補はフラウディーヌ殿だけではない」


「え、えぇ~~~~~っ!?」


 そんなぁ、と言った美優の悲痛な叫びが風に乗り神殿中に響いた。




 その後、ダンフィオール国とネイシュヴィア国の間には改めて平和条約が結ばれた。

 それにより、今以上に交易が盛んになるだろうとのことだった。


 一歩、また一歩、この国は未来へと歩んで行く。


 だが。



 ―――美優の受難は、まだ始まったばかり。


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