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降誕祭と試される愛の絆 2

 姿を現したのは、それは麗しい容姿を持った女性だった。背は美優と同じくらいだろうか、赤みの強い金のゴージャスな巻き髪に知性と強い意志を感じさせる紺碧の輝く瞳。ダンフィオール風ではない、豊満な身体の線を強調したマーメイドラインのドレスを身に纏っている。


「ネイシュヴィア国第一王女、フラウディーヌ・ラグレイス殿か」


 エドヴァルドが相手の名を呼ぶと、美女が極上の笑みを浮かべる。それは美優ですら見惚れるほどの美しさだった。


「まぁ、覚えていて下さったのね。ふふ、嬉しいですわ」


 フラウディーヌは嬉しそうにエドヴァルドに駆け寄るとその身を寄せた。


 むっ、ちょっと近付きすぎじゃない? 胸も当たってるしっ。エドも何で無反応なのよ。ちょっと離れるとかしなさいよっ。


 美優の苛立ちが伝わったのか、その場に居る全員――もちろんエドヴァルドとフラウディーヌ以外だが――が美優の顔色を伺うように振り返った。その中でもシャルルは美優の真っ平らな胸元に視線を向けて笑いそうになるのを必死で押さえているのが丸分かりだった。


 くそっ、シャルル、後でぜってー殺す(やる)……!


 あのような容姿(ナリ)をしつつ意外と剣も遣えるシャルルだが、美優とて騎士として毎日修行に励む身、そろそろ奴の息の根を止めることも可能だと思われる。今度こそ私の細剣の錆にしてやるんだから、と美優は頭の中で幾通りもの殺害方法を思い浮かべる。


「フラウディーヌ殿、国王陛下はどうされたのだろうか」


「父はこのところ体調が思わしくないので、代わりに私が参りました」


「そうか、どうぞご自愛を、とお伝えいただきたい」


「はい、必ず。―――面倒ごとを頼まれたと思ってましたが、エドヴァルド様が来ると聞き及び、とても楽しみにしておりましたのよ。こんな機会でも無い限り、婚約者様と会える機会はそうありませんもの」


「えぇっ!」


 驚きの声を上げたのは美優だけだった。今まで美優に注目していた彼らが一斉に目を逸らす。それはフラウディーヌの婚約者云々を全員が知っていたことを示していた。

 フラウディーヌは叫んだ美優を一瞥し、すぐに興味を失って顔を元に戻すとエドヴァルドへ熱い視線を注ぐ。


「フラウディーヌ殿。元、という言葉を付けてくれ」


 エドヴァルドはとりすました王様言葉からくだけたものに口調が変えた。それが余計に美優をイラつかせる。


「あら。私はまだそのお話が流れたとは思っていませんわ」


「申し訳ないが、俺にはもう心に決めた相手が居る」


「……それは一体、どなたですの?」


「美優」


 眉を思い切りひそめるフラウディーヌを余所に、エドヴァルドが美優に呼びかけ、手を差し伸べた。美優は待ってましたとばかりにエドヴァルドの元へと歩み寄ると、左手を腰の後ろにぴたりと当て、右手を胸に乗せて騎士の礼を取る。


「初めまして、美優・霧里(ミユウ・キリサト)と申します」


「あなた、お……」


「んなですっ」


 またか、ここでもまた男扱いか!


 フラウディーヌの言葉を遮り、自分が女性であることを主張する。王女は美優を舐めるように見回し、一瞬で己の敵ではないと判断したことがこちらにも伝わって来た。


「見たことのない方。どこかの王女……ではないようですわね」


 分かっていながら確認するようなことを言う。


「フラウディーヌ殿も聞いたことがあるだろう、予言の巫女の伝承を」


「……まさか、この者が?」


 フラウディーヌは驚きにその大きな目を瞠った。明らかに異国の者だと分かる風貌だとは思ったが、まさか異世界人とは。その上、ドレスではなく騎士服を着用している女が、ダンフィオール国国王の相手とは到底信じられない。そうその目が語っていた。


「エドヴァルド様、何か騙されているのではなくて? それともこの者と婚姻しないと災いが起こると虚偽の宣託でもされたのかしら」


「フラウディーヌ殿、」


「な……っ! 私、そんなこと……!」


「国王様、フラウディーヌ様をお連れして庭園でも散歩されてはいかがですか。夕暮れに染まる花々がそれはもう見事だと神殿の者や巡礼者たちに評判なんです」


 ユフィがエドヴァルドと美優の言葉を遮るように一歩前に進み出る。


「まぁ、それは名案だわ! エドヴァルド様、参りましょう」


「あ、ああ」


 衣擦れの音を響かせて相手方の従者を連れた両者が扉の奥へと消えると、美優は皆を振りかえって喚いた。


「私そんなことしてない!」


「そんなこと分かってるよ、ミユウ」


 落ち着いて、とジェラルドが美優の肩にそっと手を置く。


「だって……!」


「兄上……いや、王は否定しようとされていた。だが、そんなことをして相手の機嫌を損ねれば外交問題に発展しかねない。……どうかここは押さえてくれ」


 レオナルドの言葉に、先程までの勢いが半減する。それを言われたらもう何も言えなくなる。だが、この感情はどうすればいい? 剣で精神統一の訓練を積んだとはいえ、笑って流せるほど大人にはなりきれていなかった。


「まぁ、元はと言えば男っぽい恰好をしてるミユウも悪いってことになるしなぁ」


「ぐっ」


「ささやか過ぎる胸も悪いってことになりますよねぇ」


「うぅっ」


「ミユウはどんな格好をしていてもちゃんと女の子だよ。魅力的過ぎて、つい我を忘れそうになるほど、ね」


 ルークとシャルルの精神的攻撃の後では、ジェラルドの流し目と共に繰り出された過激な口説き文句を咎めることすら出来なかった。ジェラルドの言葉にレオナルドが少しだけ顔を赤くして横を向いたことにも気付かなかった。

ユフィとエヴァは二人手を取り合って心配げな表情を浮かべ美優を見ている。もちろん、フェイゼンは無表情のまま存在を消し部屋の隅に控えていた。




 その後もフラウディーヌは終始エドヴァルドにべったりだった。庭園の散歩後も居座り、とうとう食事も一緒に取ることになった。もちろん席は隣同士で、にこやかに話しながら食事を取る姿はまるで王と王妃のように見えた。

 美優の苛立ちは最高潮だ。殺意にも似た睨みを飛ばすと、それに気付いたエドヴァルドが「仕方ないだろう、我慢しろ」とでも言うように小さく首を振る。


 くそう、あいつ巨乳美人にくっつかれて絶対いい気になってる!


 フラウディーヌが席を立つ。付添人が同行しようとするのを手で制したところを見ると、お手洗いに立ったに違いない。美優はさりげなく立ち上がると、一人フラウディーヌの後を追った。

 石造りの建物には窓が無く、そこにはぽっかりと四角い穴が開いているだけ、つまり冬の冷たい夜風が否が応でも吹きつけてくる。先程まで暖炉で暖められた部屋に居たため、美優はその温度差に鳥肌を立て、ごしごしと腕を擦る。


「あら、あなた……私に何かご用?」


 出てくるのを待っていると、化粧直しまで済ませたらしいフラウディーヌが美優を見て足を止めた。胸がイブニングドレスの胸元から零れんばかりに覗いている。


 あーこりゃ男じゃなくても見ちゃうよね。


 そんな気持ちを抱きながらも、美優は冷静を保つよう自分に言い聞かせながらフラウディーヌに軽く礼をすると本題に入った。


「フラウディーヌ様。あまり我が王に近付かないでくれませんか」


「あら。何故?」


 心底不思議そうに問われ、美優は言葉に詰まった。理由は嫉妬、その一点のみ。それは臣下としての分を軽く逸脱している。美優は早々に諦め、口調を本来の物へと切り替えた。


「何故って……。私の、恋人だからです」


「一時の、でしょう? エドヴァルド様も男性だもの、少しくらいのお遊びなら私も見逃して差し上げるくらいの度量は持ち合わせているわ。相手があなたってところは彼の趣味を疑うけれど」


「……一時ではありません。私たちは、将来を誓い合っています」


「では、あなたは彼に何を与えられると言うの? 聞いたわ、あなたはその身一つでこの世界に降り立ち、騎士になったらしいわね。つまり何の富も名声も無いということでしょう。私はネイシュヴィア国第一王女、フラウディーヌ・ラグレイス。私ならば彼に資金援助することも、貿易権と流通権についてダンフィオール国側が優利になるよう父を説得することも、そして共に並び立ちこの国を治めることも出来る」


 あなたに何が出来て? そう尋ねられ、美優は言葉に詰まった。

―――何も無かった。美優が、エドヴァルドにしてあげられることは、何も。財産もなければ、権利も無い。政治的知識も無い。ただ一つ出来ることといえば、エドヴァルドの身を守るくらいだ。尤も、自分より数段上の腕前を持つエドヴァルドなので、咄嗟の身代わりくらいしか務められないだろうが。


 あれ? もしかして、邪魔者なのは私の方……?


 思考回路が負の方へと引き寄せられる。今までエドヴァルドの周りには特別親しくしている女性の影は無かったから、何の心配もしたこと無かった。だが、ここに来てフラウディーヌが現れた。自分よりもよほどエドヴァルドに相応しく、女性らしい魅力を兼ね備える女性。恋のライバルと呼ぶにも多分に分が悪い相手だった。


 エドヴァルドは私よりフラウディーヌ王女と一緒になる方が、幸せ?


 美優は自分の考えにたまらなくなり、顔を俯かせた。


 ―――だから、気付くのが遅れた。

はっとして振り返ろうとした瞬間、首に手刀が落とされる。覆面をした男に手で口を塞がれ、崩れ落ちそうになる身体を捉えられる。


 ―――――しまった、油断した――――


 気配も足音もしなかったために、背後の目視を怠っていた。前方ではやはり同じく覆面の男たちに囲まれた王女の姿があった。


「ネイシュヴィア国第一王女だな」


「無礼者、私に触らないで!」


 高飛車な態度を取るフラウディーヌにも一撃を加え気絶させると、男たちは口に布を噛ませ抱え上げる。


「おい、こいつはどうする」


「目撃者だ。面倒だが一緒に連れて行け」


 薄れる意識の中で、エドヴァルドの顔だけが浮かび、すぐに消えた。


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