↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
4/15

第4話 ホーン先生

【前回までのあらすじ】

「七日後に院長を刺す」と神託されて逃げたエレノアは、髪を切り、灰色の木綿の服に着がえた。それは、神託の絵の中の自分と、同じ姿だった。

婚約者のセドリックには婚約を破棄され、騎士団長は「七日目の夜には、片がつく」と言う。

エレノアは、干し草の荷車にかくれて、元薬師のホーン先生の温室へ向かった。


今回は、神託のしくみを、いちばん奥まで知っている人のお話です。

ガラスの温室の中は、春みたいに、あたたかかった。


白い花。青い花。見たことのない、紫の花。


その奥で、白髪のおばあさんが、じょうろを持って、ふり返った。


「布告の娘だね」


わたしは、肩かけを外した。


「エレノア・グレイフォードです。ホーン先生に、お聞きしたいことがあって、来ました」


「わたしを、知っているのかい」


「先生の、絵解きの本を、読みました。三年間、毎日。……こっそりですけど。絵解きは、院長様のお仕事なので」


ホーン先生は、じょうろを置いて、しばらく、わたしの顔を見ていた。


「……お茶をいれよう。外は、冷えただろう」


それから、わたしのざんばらの髪を見て、ため息をついた。


「その前に、すわりなさい。そのままじゃ、かえって目立つ」


ホーン先生は、花を切るはさみで、わたしの髪を、ていねいにそろえてくれた。

しょきん、しょきん、と、やさしい音がした。


「先生。わたし、絵に近づいているんです。髪も、服も」


「逃げるためだろう」


「はい。でも、逃げれば逃げるほど、あの絵のわたしに、なっていく気がして」


ホーン先生は、はさみを置いて、手鏡を、わたしの前に立てた。


「よく見なさい。これは、今日のあんただ。七日後のあんたじゃない」


◇


わたしは、全部、話した。


頭に流れてきた、おじさまを刺す、自分。

保護の間。父の短剣。短い髪と、灰色の服。


ホーン先生は、黙って聞いていた。


「先生。わたし、おじさまを刺す理由なんて、ひとつもないんです」


「今は、ね」


ホーン先生は、カップを置いた。


「あんたたちの頭に流れてくるのは、ほんのひと息だろう。巫女が見ているのは、もっと長い。前と、うしろが、ある」


「前と、うしろ」


「刺す前に、何をしたか。刺したあとに、何があったか。巫女は、それも見ている」


それなら。

巫女に聞けば、なぜ、わたしが刺すのか、わかるかもしれない。


◇


わたしは、肩かけの下から、父の絵を出した。

逃げるとき、それだけは、胸に押しこんできたのだ。


九年前の、鏡の池の絵。顔のない、ただ一枚の絵。


ホーン先生は、うらの字を見て、目を細めた。


「エドガーの字だね」


「先生。殺す者の顔がないとき、絵解きは、どうするんですか」


「場所から、読むしかないね。その夜、その場所にいた者を、さがす」


ホーン先生は、絵をそっと返した。


「読むのは、院長様だけだよ。十年前から、ずっと」


◇


「巫女は、どんな人なんですか」


「今の巫女には、わたしも、会ったことがない。奥の間には、カーテンがあってね。わたしは、三日に一度、水と食べ物を運ぶだけだ」


ホーン先生は、窓の外の、暗くなりかけた丘を見た。


「巫女はね、未来を一つ見るたびに、年をとるんだよ。それが、見る代わりに払うものだ」


「年を」


「先代は、八年で、すっかり、おばあさんになった。二年前の冬に、死んだよ。巫女は、死ぬときに、そばにいる誰かを抱きしめる。抱きしめられた者が、次の巫女になる」


二年前の冬。


わたしは、なぜか、その言葉が、胸にひっかかった。


「次に水を運ぶのは、いつですか」


「あさってだよ」


ホーン先生は、わたしを、じっと見た。


「手伝いの娘を、一人つれていくことは、ある。カーテンのこちらからなら、声くらいは、かけられる」


◇


「先生は、どうして、予見院をやめたんですか」


「眠り香をつくったのは、わたしだからね。眠りの塔に行くたびに、寝顔がふえていく。百を超えたあたりで、見に行けなくなった」


わたしは、うつむいた。


四十二人。

わたしは、一人の寝顔も、見に行かなかった。


「先生。わたしの絵は、外れなかったんでしょうか」


「捕まった人は、みんな、絵と同じ顔だった。それは、本当だよ」


ホーン先生は、少しだけ、目をふせた。


「でも、その人たちが、本当に刺したかどうかは、誰にもわからない。刺す前に、眠らせたんだからね」


「院長様は、悪い人じゃないよ。あんたのことは、いつも、自分の娘みたいに話していた」


◇


そのとき、温室の戸を、叩く音がした。


ホーン先生が、目で、奥の紫の花の棚をさした。

わたしは、棚のかげに、しゃがみこんだ。


入ってきたのは、黒い上着の、背の高い人だった。


監察官様だった。


「ホーン殿。もし、あの娘がここに来たら、伝えてほしい。ここのことは、誰にも言っていない」


それから、少しだけ、声を低くした。


「それと――保護の間の鍵は、二本ある。団長と、俺だ。院長を守る扉を開けられるのも、あの娘を、あの部屋に入れられるのも、俺たち二人だけだ」


監察官様は、上着のポケットを、軽く叩いた。


「だから、俺のことも、信じるな、と」


監察官様は、左手で、手帳に何か書きつけて、出ていった。


わたしは、棚のかげで、ひざをかかえた。


あの人は、わたしと同じ夢を見た。

わたしが、どこで、何時に、誰を刺すのか、知っている。


そして、その部屋の鍵を、持っている。


「……おかしな男だね」


ホーン先生が、戸を閉めながら、つぶやいた。


「自分を信じるな、なんて言う悪人は、あまり、いないものだけど」


◇


その夜、温室の奥の小さな寝台で、わたしは、眠れなかった。


あさって。


奥の間のカーテンの向こうに、わたしが人を刺すところを見た人がいる。


その人は、わたしの絵にない、前と、うしろを、知っている。

次回、奥の間。


☆何個でもいいので、つけてください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。