第4話 ホーン先生
【前回までのあらすじ】
「七日後に院長を刺す」と神託されて逃げたエレノアは、髪を切り、灰色の木綿の服に着がえた。それは、神託の絵の中の自分と、同じ姿だった。
婚約者のセドリックには婚約を破棄され、騎士団長は「七日目の夜には、片がつく」と言う。
エレノアは、干し草の荷車にかくれて、元薬師のホーン先生の温室へ向かった。
今回は、神託のしくみを、いちばん奥まで知っている人のお話です。
ガラスの温室の中は、春みたいに、あたたかかった。
白い花。青い花。見たことのない、紫の花。
その奥で、白髪のおばあさんが、じょうろを持って、ふり返った。
「布告の娘だね」
わたしは、肩かけを外した。
「エレノア・グレイフォードです。ホーン先生に、お聞きしたいことがあって、来ました」
「わたしを、知っているのかい」
「先生の、絵解きの本を、読みました。三年間、毎日。……こっそりですけど。絵解きは、院長様のお仕事なので」
ホーン先生は、じょうろを置いて、しばらく、わたしの顔を見ていた。
「……お茶をいれよう。外は、冷えただろう」
それから、わたしのざんばらの髪を見て、ため息をついた。
「その前に、すわりなさい。そのままじゃ、かえって目立つ」
ホーン先生は、花を切るはさみで、わたしの髪を、ていねいにそろえてくれた。
しょきん、しょきん、と、やさしい音がした。
「先生。わたし、絵に近づいているんです。髪も、服も」
「逃げるためだろう」
「はい。でも、逃げれば逃げるほど、あの絵のわたしに、なっていく気がして」
ホーン先生は、はさみを置いて、手鏡を、わたしの前に立てた。
「よく見なさい。これは、今日のあんただ。七日後のあんたじゃない」
◇
わたしは、全部、話した。
頭に流れてきた、おじさまを刺す、自分。
保護の間。父の短剣。短い髪と、灰色の服。
ホーン先生は、黙って聞いていた。
「先生。わたし、おじさまを刺す理由なんて、ひとつもないんです」
「今は、ね」
ホーン先生は、カップを置いた。
「あんたたちの頭に流れてくるのは、ほんのひと息だろう。巫女が見ているのは、もっと長い。前と、うしろが、ある」
「前と、うしろ」
「刺す前に、何をしたか。刺したあとに、何があったか。巫女は、それも見ている」
それなら。
巫女に聞けば、なぜ、わたしが刺すのか、わかるかもしれない。
◇
わたしは、肩かけの下から、父の絵を出した。
逃げるとき、それだけは、胸に押しこんできたのだ。
九年前の、鏡の池の絵。顔のない、ただ一枚の絵。
ホーン先生は、うらの字を見て、目を細めた。
「エドガーの字だね」
「先生。殺す者の顔がないとき、絵解きは、どうするんですか」
「場所から、読むしかないね。その夜、その場所にいた者を、さがす」
ホーン先生は、絵をそっと返した。
「読むのは、院長様だけだよ。十年前から、ずっと」
◇
「巫女は、どんな人なんですか」
「今の巫女には、わたしも、会ったことがない。奥の間には、カーテンがあってね。わたしは、三日に一度、水と食べ物を運ぶだけだ」
ホーン先生は、窓の外の、暗くなりかけた丘を見た。
「巫女はね、未来を一つ見るたびに、年をとるんだよ。それが、見る代わりに払うものだ」
「年を」
「先代は、八年で、すっかり、おばあさんになった。二年前の冬に、死んだよ。巫女は、死ぬときに、そばにいる誰かを抱きしめる。抱きしめられた者が、次の巫女になる」
二年前の冬。
わたしは、なぜか、その言葉が、胸にひっかかった。
「次に水を運ぶのは、いつですか」
「あさってだよ」
ホーン先生は、わたしを、じっと見た。
「手伝いの娘を、一人つれていくことは、ある。カーテンのこちらからなら、声くらいは、かけられる」
◇
「先生は、どうして、予見院をやめたんですか」
「眠り香をつくったのは、わたしだからね。眠りの塔に行くたびに、寝顔がふえていく。百を超えたあたりで、見に行けなくなった」
わたしは、うつむいた。
四十二人。
わたしは、一人の寝顔も、見に行かなかった。
「先生。わたしの絵は、外れなかったんでしょうか」
「捕まった人は、みんな、絵と同じ顔だった。それは、本当だよ」
ホーン先生は、少しだけ、目をふせた。
「でも、その人たちが、本当に刺したかどうかは、誰にもわからない。刺す前に、眠らせたんだからね」
「院長様は、悪い人じゃないよ。あんたのことは、いつも、自分の娘みたいに話していた」
◇
そのとき、温室の戸を、叩く音がした。
ホーン先生が、目で、奥の紫の花の棚をさした。
わたしは、棚のかげに、しゃがみこんだ。
入ってきたのは、黒い上着の、背の高い人だった。
監察官様だった。
「ホーン殿。もし、あの娘がここに来たら、伝えてほしい。ここのことは、誰にも言っていない」
それから、少しだけ、声を低くした。
「それと――保護の間の鍵は、二本ある。団長と、俺だ。院長を守る扉を開けられるのも、あの娘を、あの部屋に入れられるのも、俺たち二人だけだ」
監察官様は、上着のポケットを、軽く叩いた。
「だから、俺のことも、信じるな、と」
監察官様は、左手で、手帳に何か書きつけて、出ていった。
わたしは、棚のかげで、ひざをかかえた。
あの人は、わたしと同じ夢を見た。
わたしが、どこで、何時に、誰を刺すのか、知っている。
そして、その部屋の鍵を、持っている。
「……おかしな男だね」
ホーン先生が、戸を閉めながら、つぶやいた。
「自分を信じるな、なんて言う悪人は、あまり、いないものだけど」
◇
その夜、温室の奥の小さな寝台で、わたしは、眠れなかった。
あさって。
奥の間のカーテンの向こうに、わたしが人を刺すところを見た人がいる。
その人は、わたしの絵にない、前と、うしろを、知っている。
次回、奥の間。
☆何個でもいいので、つけてください!




