↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
3/18

第3話 追われる令嬢

【前回までのあらすじ】

描き手のエレノアは、七日後の夜十時、保護の間で、父の形見の短剣で、院長のおじさまを刺す夢を見た。

おじさまは悲しい顔で「決まりどおりに」と言い、殺される者として保護の間へ。エレノアは眠りの塔へ送られることになった。

騎士たちの手をふりはらい、エレノアは予見院から逃げ出した。


今回は、町じゅうから追われる、エレノアのお話です。

その夜は、川べりの、古い洗濯場の屋根裏で過ごした。


家には、帰れなかった。

屋敷の門の前には、もう、白い外套の騎士が二人、立っていた。


お母様は、どうしているだろう。

考えると、胸が痛くなるので、考えないことにした。


かわりに、考えた。


なぜ、わたしが、おじさまを刺すのか。

なぜ、消えたはずの父の短剣を、わたしが持っているのか。


答えは、一つも出なかった。


◇


朝。


わたしは、右の耳から、真珠の耳飾りを外した。


下町の古着屋で、それを、灰色の木綿の服と、くたびれた肩かけと、取りかえてもらった。


それから、古着屋の裏で、髪を切った。


腰まであった、黒い髪。

「エリーの髪、夜の色で、きれい」と、セレスが、いつも、うしろから指でとかしてくれた髪。


はさみを入れるとき、手が止まった。


――絵の中のわたしは、髪が短かった。灰色の服を着ていた。


切ったら、絵に、一つ近づく。

切らなければ、町を歩けない。


足もとに、黒い髪が、ばさりと落ちた。


水たまりに、絵の中の娘が、映っていた。


◇


広場の掲示板の前に、人だかりができていた。


予見院の布告。


『エレノア・グレイフォード嬢は、神託により、七日後の夜に、院長様を刺す者と定められた。見かけた者は、ただちに予断騎士団へ。お礼金、金貨十枚』


その横に、もう一枚。


『アシュフォード侯爵家は、エレノア・グレイフォード嬢との婚約を、本日をもって破棄する』


「あの院長様を? 恩知らずにもほどがある」

「金貨十枚だってよ」

「セドリック様も、たまらないだろうさ。人殺しになる娘とは、結婚できないものな」

「なんでも、もう、ほかのご令嬢と、お茶をなさってるとか」


わたしは、肩かけを深くかぶりなおした。


◇


セドリック・アシュフォード様は、王立学園の、一つ上の先輩だった。


金色の髪の、背の高い人。

学園の花のセレスと、いつも、ならんで歩いていた人。


わたしも、セドリック様が、好きだった。

セレスも、たぶん、そうだった。


同じ人を見ていることを、わたしたちは、一度も、口に出さなかった。


ただ、一度だけ。


学園の舞踏会の帰り道に、セレスが、うしろから抱きついてきて、わたしの耳もとで言った。


「エリーには、負けないからね」


いつもより、ずっと強い腕だった。


その冬、セレスは、南へ行った。

半年後、アシュフォード家から、縁談が来た。


それからずっと、わたしは、セレスの席に、勝手に座っているような気がしていた。


布告を見ても、悲しくはなかった。

返すべき席を、やっと返したような気がしただけだった。


ただ、一つだけ、胸にひっかかった。


人殺しになる娘。


わたしは、まだ、誰も刺していない。

それなのに、町じゅうの人が、もう、わたしを、そう呼んでいる。


三年間、わたしの絵で運ばれていった四十二人も、こんなふうに、呼ばれていたのだろうか。


◇


広場を出ようとしたとき、むこうから、白い外套の騎士たちが歩いてきた。


わたしは、パン屋の軒下に、身をかくした。


先頭は、あの騎士団長だった。


「院長は、あまいんだ。あの子の話も聞いてやってくれ、などと」


騎士団長は、部下に、吐きすてるように言っていた。


「見つけたら、話なんか聞かずに、眠りの塔へ放りこめ。……七日目の夜には、片がつく」


足音が、遠ざかっていった。


わたしは、軒下で、自分の肩を抱いた。


片がつく。

あの人は、たしかに、そう言った。


九年前、父の絵とはちがう場所で、男の人を捕まえたのも、あの人だった。

父の絵のうらの、『場所が、ちがう』という字が、頭からはなれなかった。


◇


ひとりで考えても、答えは出ない。


誰か、予見院のしくみを、いちばん奥まで知っている人に、聞かなければ。


ホーン先生。


予見院の、はじめのころの薬師で、眠り香をつくった人。

わたしが、こっそり読んでいた絵解きの本も、ホーン先生が書いたものだ。

八年前に、予見院をやめて、西門の外の丘で、花を育てていると聞いた。


◇


西門には、騎士が立っていた。


出ていく人の顔を、一人ずつ、のぞきこんでいる。


わたしは、門の手前の市場で、干し草を積んだ荷車を見つけた。

荷台のおじいさんに、もう片方の耳飾りを見せた。


「西の村まで、乗せてください。干し草の、中に」


おじいさんは、耳飾りと、わたしの顔を、じろじろ見た。

それから、布告の掲示板のほうを、ちらっと見た。


「……干し草は、ちくちくするぞ」


それだけ言って、耳飾りを、受け取らなかった。


◇


わたしは、干し草の中にもぐった。


「止まれ。荷は」

「干し草だよ。見りゃわかるだろ」


槍の先が、干し草を、ざくっ、ざくっと突いた。

一本が、わたしの肩の、指一本ぶん横を、通りすぎた。


息を、止めた。

干し草が、鼻と口に入りこんで、くしゃみが出そうになった。

くちびるを、自分の手のひらで、押さえた。


「行け」


西の村の手前で、荷車を下りた。


「おじいさん。どうして」


おじいさんは、手綱をにぎったまま、前を向いて言った。


「三年前、うちの孫が、市場の裏で、刺されるところだったって。予見院の、絵を描くお嬢さんの絵のおかげで、助かったって、聞いた」


わたしは、その背中に、深く頭を下げた。


三年間、わたしは、絵ばかり見ていた。

捕まった人の顔も、助かった人の顔も、一度も、見に行かなかった。


夕暮れの丘の上に、ガラスの屋根が、きらきらと光っていた。


次回、衝撃展開!


☆何個でもいいので、つけてください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。