第3話 追われる令嬢
【前回までのあらすじ】
描き手のエレノアは、七日後の夜十時、保護の間で、父の形見の短剣で、院長のおじさまを刺す夢を見た。
おじさまは悲しい顔で「決まりどおりに」と言い、殺される者として保護の間へ。エレノアは眠りの塔へ送られることになった。
騎士たちの手をふりはらい、エレノアは予見院から逃げ出した。
今回は、町じゅうから追われる、エレノアのお話です。
その夜は、川べりの、古い洗濯場の屋根裏で過ごした。
家には、帰れなかった。
屋敷の門の前には、もう、白い外套の騎士が二人、立っていた。
お母様は、どうしているだろう。
考えると、胸が痛くなるので、考えないことにした。
かわりに、考えた。
なぜ、わたしが、おじさまを刺すのか。
なぜ、消えたはずの父の短剣を、わたしが持っているのか。
答えは、一つも出なかった。
◇
朝。
わたしは、右の耳から、真珠の耳飾りを外した。
下町の古着屋で、それを、灰色の木綿の服と、くたびれた肩かけと、取りかえてもらった。
それから、古着屋の裏で、髪を切った。
腰まであった、黒い髪。
「エリーの髪、夜の色で、きれい」と、セレスが、いつも、うしろから指でとかしてくれた髪。
はさみを入れるとき、手が止まった。
――絵の中のわたしは、髪が短かった。灰色の服を着ていた。
切ったら、絵に、一つ近づく。
切らなければ、町を歩けない。
足もとに、黒い髪が、ばさりと落ちた。
水たまりに、絵の中の娘が、映っていた。
◇
広場の掲示板の前に、人だかりができていた。
予見院の布告。
『エレノア・グレイフォード嬢は、神託により、七日後の夜に、院長様を刺す者と定められた。見かけた者は、ただちに予断騎士団へ。お礼金、金貨十枚』
その横に、もう一枚。
『アシュフォード侯爵家は、エレノア・グレイフォード嬢との婚約を、本日をもって破棄する』
「あの院長様を? 恩知らずにもほどがある」
「金貨十枚だってよ」
「セドリック様も、たまらないだろうさ。人殺しになる娘とは、結婚できないものな」
「なんでも、もう、ほかのご令嬢と、お茶をなさってるとか」
わたしは、肩かけを深くかぶりなおした。
◇
セドリック・アシュフォード様は、王立学園の、一つ上の先輩だった。
金色の髪の、背の高い人。
学園の花のセレスと、いつも、ならんで歩いていた人。
わたしも、セドリック様が、好きだった。
セレスも、たぶん、そうだった。
同じ人を見ていることを、わたしたちは、一度も、口に出さなかった。
ただ、一度だけ。
学園の舞踏会の帰り道に、セレスが、うしろから抱きついてきて、わたしの耳もとで言った。
「エリーには、負けないからね」
いつもより、ずっと強い腕だった。
その冬、セレスは、南へ行った。
半年後、アシュフォード家から、縁談が来た。
それからずっと、わたしは、セレスの席に、勝手に座っているような気がしていた。
布告を見ても、悲しくはなかった。
返すべき席を、やっと返したような気がしただけだった。
ただ、一つだけ、胸にひっかかった。
人殺しになる娘。
わたしは、まだ、誰も刺していない。
それなのに、町じゅうの人が、もう、わたしを、そう呼んでいる。
三年間、わたしの絵で運ばれていった四十二人も、こんなふうに、呼ばれていたのだろうか。
◇
広場を出ようとしたとき、むこうから、白い外套の騎士たちが歩いてきた。
わたしは、パン屋の軒下に、身をかくした。
先頭は、あの騎士団長だった。
「院長は、あまいんだ。あの子の話も聞いてやってくれ、などと」
騎士団長は、部下に、吐きすてるように言っていた。
「見つけたら、話なんか聞かずに、眠りの塔へ放りこめ。……七日目の夜には、片がつく」
足音が、遠ざかっていった。
わたしは、軒下で、自分の肩を抱いた。
片がつく。
あの人は、たしかに、そう言った。
九年前、父の絵とはちがう場所で、男の人を捕まえたのも、あの人だった。
父の絵のうらの、『場所が、ちがう』という字が、頭からはなれなかった。
◇
ひとりで考えても、答えは出ない。
誰か、予見院のしくみを、いちばん奥まで知っている人に、聞かなければ。
ホーン先生。
予見院の、はじめのころの薬師で、眠り香をつくった人。
わたしが、こっそり読んでいた絵解きの本も、ホーン先生が書いたものだ。
八年前に、予見院をやめて、西門の外の丘で、花を育てていると聞いた。
◇
西門には、騎士が立っていた。
出ていく人の顔を、一人ずつ、のぞきこんでいる。
わたしは、門の手前の市場で、干し草を積んだ荷車を見つけた。
荷台のおじいさんに、もう片方の耳飾りを見せた。
「西の村まで、乗せてください。干し草の、中に」
おじいさんは、耳飾りと、わたしの顔を、じろじろ見た。
それから、布告の掲示板のほうを、ちらっと見た。
「……干し草は、ちくちくするぞ」
それだけ言って、耳飾りを、受け取らなかった。
◇
わたしは、干し草の中にもぐった。
「止まれ。荷は」
「干し草だよ。見りゃわかるだろ」
槍の先が、干し草を、ざくっ、ざくっと突いた。
一本が、わたしの肩の、指一本ぶん横を、通りすぎた。
息を、止めた。
干し草が、鼻と口に入りこんで、くしゃみが出そうになった。
くちびるを、自分の手のひらで、押さえた。
「行け」
西の村の手前で、荷車を下りた。
「おじいさん。どうして」
おじいさんは、手綱をにぎったまま、前を向いて言った。
「三年前、うちの孫が、市場の裏で、刺されるところだったって。予見院の、絵を描くお嬢さんの絵のおかげで、助かったって、聞いた」
わたしは、その背中に、深く頭を下げた。
三年間、わたしは、絵ばかり見ていた。
捕まった人の顔も、助かった人の顔も、一度も、見に行かなかった。
夕暮れの丘の上に、ガラスの屋根が、きらきらと光っていた。
次回、衝撃展開!
☆何個でもいいので、つけてください!




