第12話 七日目
【前回までのあらすじ】
神託の夜の前の日、クロードは「九年前、団長の外套を借りたのは、たぶん院長だ」と言い、「十時に、二人で、保護の間へ聞きに行こう」とたのんだ。
それは、夢と同じ部屋、同じ時刻。そして彼が口にした「ゆるしてくれ」は、夢のうしろで、エレノアの手首をつかんだ人の言葉と、同じだった。
「さわらないで」と言って、エレノアは逃げ出した。
今回は、七日目の、エレノアのお話です。
グレイフォード家と、ラングレー家の庭は、古い温室で、つながっている。
子どものころ、セレスと二人で、何度も、そこを抜けて、行き来した。
温室の奥の、つたにおおわれた、小さな木戸。
夜明けの朝もやの中で、わたしは、その木戸を押した。
ぎい、と、昔と同じ音がした。
木戸の上のつたに、小さな白い花が、咲いていた。
セレスが、「エリーの花」と名前をつけた花だった。
◇
温室の中に、女の人が一人、立っていた。
白百合の鉢に、水をやっている。
セレスの、お母様だった。
お母様は、わたしを見て、じょうろを落とした。
「……エレノア、ちゃん?」
わたしは、肩かけを外して、ひざをついた。
「セレスから、ことづけを、あずかっています」
お母様の顔が、こわばった。
「南から、手紙を書けなくて、ごめんね、って。……毎月、手紙をくれていたと思う、一通も届かなかったけど、って」
お母様は、しばらく、動かなかった。
それから、口を、手でおおった。
「あの子は……もう……」
わたしは、うなずいた。
「最後まで、笑っていました。えくぼも、ちゃんと、ありました」
お母様は、わたしの肩に、ひたいを押しつけて、声をころして、泣いた。
白百合の香油のにおいが、した。
セレスと、同じにおいだった。
◇
グレイフォード家の台所の戸を、そっと、あけた。
お母様は、窓ぎわの椅子に、ぼんやりと座っていた。
七日で、ずいぶん、やせていた。
わたしのせいだ、と思った。
「お母様」
ふり返ったお母様は、何も言わずに、わたしを抱きしめた。
「エレノア。エレノア……」
それから、わたしの短い髪を、何度も、何度も、なでた。
「こんなに、短くして」
「すぐ、のびます」
お母様は、わたしのほおを、両手で、はさんだ。
「布告を見たとき、お母様は、笑ってしまったのよ。エレノアが、人を刺すなんて。庭の毛虫一匹、つぶせない子なのに、って」
それから、お母様の目に、涙がにじんだ。
「笑ったのは、その一回だけ。あとは、ずっと、こわかった」
お母様は、机の上の、手紙の束を見た。
「院長様がね、保護の間から、毎日、お手紙をくださったの。あの子が、そんなことをするはずがない。必ず見つけて、守る、と」
お母様は、わたしの手を、両手でつつんだ。
「お父様が亡くなったときも、そうだった。あの方が、北街道から、お父様を連れて帰ってくださったの」
わたしは、うなずいた。
それから、ずっと、聞けなかったことを、聞いた。
「お母様。父は、どうして、北街道へ行ったんですか」
「北の町の、古い絵を見に行こう、と誘われたのよ。院長様に」
お母様は、なつかしそうに、目を細めた。
「二人で、少年みたいに、はしゃいで出かけていったわ。……帰ってきたのは、院長様、おひとりだった」
◇
わたしは、何も言えなかった。
――九年前、団長の外套を借りたのは、たぶん、院長だ。
ゆうべの、あの人の声。
――父は、誰かに、たずねたんじゃないか。場所がちがうのは、なぜか、と。
池の上の、あの人の声。
父なら、いちばん信じている人に、たずねた。
そのひと月後に、その人と、北街道へ行った。
帰ってきたのは、その人だけだった。
そして、なぜか、七日後のわたしは、その人の胸に、父の短剣を、沈めている。
息が、うまく、できなかった。
ちがう。
おじさまは、そんな人じゃない。
父が死んだ冬、毎日、焼き菓子を持ってきてくれた人。
わたしに、描き手にならないかと、声をかけてくれた人。
七日前、悲しそうに笑って、「わかっているよ」と言ってくれた人。
でも、わたしは、本当に、すみっこまで、見ただろうか。
◇
お母様は、わたしを、昔の、わたしの部屋にかくした。
カーテンを閉めて、扉に鍵をかけて。
お母様は、一日じゅう、わたしのそばにいた。
髪を、くしでとかしてくれた。
子どものころの話を、たくさんした。
父が、わたしを膝にのせて、古い絵を見せてくれた話。
セレスと二人で、温室の木戸から抜けだして、叱られた話。
お母様は、どの話にも、楽しそうに、うなずいた。
わたしは、神託のことは、言わなかった。
お母様も、聞かなかった。
窓の外が、だんだん、オレンジ色になっていった。
「エレノア。暗くなったら、院長様のところへ、行きましょう。わたしが、ついていくから。あの方なら、きっと――」
そのとき、表の門のほうで、馬のいななきが聞こえた。
◇
わたしは、裏の階段を駆けおりて、庭へ飛び出した。
うしろで、騎士たちの声がした。
「温室の木戸だ! 団長が、子どものころの抜け道を使うかもしれん、と」
木戸をくぐって、ラングレー家の庭へ。
塀をこえて、路地へ。
夕暮れの坂を、駆けあがった。
息が切れて、わき腹が、痛くなった。
それでも、足は、止まらなかった。
どこへ逃げるのか、自分でも、わかっていた。
予見院。
神託の間の、裏の、薪の通路。
その先の、院長室。
おじさまは、七日間、保護の間にいる。
院長室は、からっぽのはずだった。
もし、あの部屋に、何もなければ。
わたしは、おじさまに、ごめんなさいと言える。
もし、何か、あったら。
その先は、考えないことにした。
考えたら、坂を、のぼれなくなりそうだった。
わたしは、坂の途中で、一度だけ、足を止めた。
西の塔のいちばん上の窓に、灯りが、ひとつ、ともっていた。
母が、何気なく話した、五年前の旅のこと。
エレノアは、からっぽの院長室へ向かいます。
次回、扉の前。
☆何個でもいいので、つけてください!




