49 悲しい話
画面に薄灰色のスニーカーが映る。
楽しげな会話が足音の雑音混じりに流れる。
『で?具体的にどうすんの?』
イライラしてそうな女性の声。
陽気な声が流れる。
『殴る!』
自分の声が答える。
『アホ。』
『え!?ダメ?』
昔の紫電の声に、ダメに決まっているだろうと言いたくなる。
『ん〜じゃあ、追いかける。』
『なんでそうなった。』
『これもだめぇ〜?じゃあ、倒す!』
『最初と同じだろ。』
スマホの液晶から目を離す。
ドアが開いて走ってきた凰理の頭を軽く叩く。
「ちょっとパドさん!何するんですか!」
「病院で走るな。」
「…すみません。」
「リートと鳴朝と練習してるんだろ。順調か。」
「順調です!」
「嘘だな。」
「……ランニングで死にかけてます。」
「鳴朝もリートも体力あるからな。」
「パドさんは…」
「ない。」
「即答……」
パドは目線を窓に移す。
凰理が言う。
「でもパドさんも訓練してますよね?」
「そうだな。」
「ランニングも?」
「必要ならな。」
「どのくらい走れるんですか?」
「忘れた。」
「質問の答えになってなくないですか!?」
「うるさい。」
「……でももっと体力つけないとなぁ…」
「何だ、急に。」
「……今のままじゃ紫電さんに勝てないじゃないですか。」
「…そうだな。」
窓から差し込んだ陽光が病室を静かに照らしている。
「紫電さんって昔からあんなに強かったんですか?」
「…そうだな。昔からずっと。」
凰理がぽつりと言う。
「パドさんって、紫電さんの話するときいつも悲しそうですよね。」
パドは目を見開く。
凰理は窓の外を見つめながら続ける。
「リートさんも鳴朝さんも悲しそうにするときはあるけど、懐かしそうにするときもあるんです。パドさん
はいつも悲しそうです。…何でですか。」
長い沈黙が流れる。
鳥の声がかすかに聞こえる。
パドはスマホを見つめる。
スマホに表示された時間の下で、数人の男女が笑っている。
凰理の紅い目がパドを見つめている。
その目の奥に小さくとも強い光がある。
あいつもそうだ。
記憶の中の白銀の髪が揺れる。
4月7日。この写真を撮ったときも。
初めて会ったときも。
死にかけても。
あいつは笑った。
何も言わないパドに凰理が言う。
「…あの……無理しなくてもいいですからね!」
「分かってる。」
後悔している。ずっと。
行けばよかったのだろうか。
あのとき。
白い雪の日。
『どうすればよかったかなんて、誰にもわからない。』
あの声はもう聞けない。
どこにもない。
ただそこにいただけの俺は何をするべきだったのだろうか。
あいつらはもういない。




