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第7話 共犯者の覚悟

 廃塔の下見に向かったときと同じように、ギャレッドが御者をして、僕たちが荷台に並んで座る。

 大きな街道だから整備は行き届いているけれども、馬車のゆれがなくなるわけではない。

 だから手をつないで、指一本分だけ僕たちは浮いている。

 そして、あのときと違って、リーゼの指先はふるえていた。


「辺境伯に会う前に聞いておきたいんだ。リーゼはどうして、あの塔を攻略しようと必死なんだい?」


 リーゼの様子を横目に見ると、うつむきがちに唇をかみしめていた。

 しかし、意を決したように顔を上げて、静かに口を開いたのだった。


「……そうですね。デルム様になら、私の思っていることを打ち明けられます」


 そう言って、僕を見つめたリーゼの目には、見合いの席のときと同じ熱と深さが宿っていた。


「同じ痛みを知るデルム様だから、一緒に来てほしいと望んだのです」


 リーゼは息を吸って、遠くを見つめながら語りだす。


「10歳のときの鑑定の儀が終わってから、皆が私に対して優しくなりました。

 同情しているのでしょう。思いやってくれているのでしょう。

 でも、私にはその心配りが、たまらなくつらいものでした」


 リーゼの過去は、僕と共通するものがあった。

 僕がハズレスキル持ちだと分かったときも、同じように父上やギャレッドに気をつかわれた。


「私がなりたいのは、『かわいがってもらえる令嬢』などではありません。

 『自分の価値を、自分で証明できる貴族』になりたかったのです。

 だから私はずっと、自分の力で何かを成し遂げられる機会を探していました」


「それでリーゼは、いつも前を向いているんだね……」


「はい、チャンスを見逃したくはないので。

 そんなときに廃塔のことを知りました。誰も倒せない恐ろしいタワースパイダー。

 私がこれを解決できたのなら、周囲の私を見る目を変えられると思いました。

 冒険者の方から魔物の習性を聞いて、古い本で塔の由来も学んで、何から何まで調べ上げました」


「だから、あんなに詳しかったんだ」


「……ですが、知れば知るほど、私には何もできないと打ちのめされるばかりでした。

 命を落とした冒険者たちの無念を晴らしたいのに、領民の不安を打ち払いたいのに。

 私一人では何もできませんでした。タワースパイダーを倒す手段がなかったのです。

 けれど――」


 リーゼはまっすぐに僕を見つめた。


「デルム様に会えました。

 最初にハズレスキルを明かされたときには、同じつらさを抱えている人なんだと複雑な気持ちにもなりました。

 けれど、その力の正体を知って、デルム様となら廃塔を攻略できるかもしれないと思いました。

 だから、新居に引っ越してくるときも、真っ先に塔の周囲の地図をカバンに詰めたのです」


 ギルドから依頼がないと言われた後、リーゼは用意していたかのように地図を取り出した。

 本当にずっと前から準備していたんだ。この塔の攻略は、リーゼの昔からの悲願だったのだ。


「デルム様の『降撃』があれば、タワースパイダーを倒せます。私に力を貸してください」


 頼まれるまでもなく、僕は力を貸すつもりだった。

 それに、リーゼの願いに同意するだけではいけないと思った。


 ――だって、僕たちは共犯者だ。同じ心の穴があって、それを埋めたいと望む、かけがえのない同志なのだから。


「もちろん協力する。だけど、それはリーゼのためだけじゃない」


 リーゼの手に、僕の両手を重ね合わせる。


「僕も同じ気持ちなんだ。8年間、ずっと自分にもきっと何かの価値があればって悩み続けていた。

 いつしか半分あきらめて、家業の手伝いに打ち込んでいたけれど、心の奥底ではまだ願っていたんだ」


 リーゼに顔を近づけて、まっすぐに見つめる。


「リーゼ、一緒に塔を取り戻そう。僕たち二人なら、何かを成し遂げられるって証明しよう」


「はい、デルム様」


 リーゼとともに両手同士を握り合って、僕たちの距離がもっと近くなった気がした。



 ガルデンフェルス辺境伯邸の応接室に、ギャレッドと共に通される。

 辺境伯は厳しい表情をして、僕たちの向かいに座っていた。

 お見合いのときに僕の父上と笑い合っていたときの、上機嫌な様子はまったく残っていなかった。


「用件は手紙で読んだ。それにお前が昔から廃塔を調べていたことも知っている」


 低くて威厳のある声で、辺境伯はリーゼにゆっくりと問いかける。


「数々の冒険者が命を落とした場所に、私がお前を送り出せると思うか」


「無理を言っているのは承知しています、お父様。

 ですが、私は決してできないことだとは思っていません」


 リーゼはテーブルの上の花瓶に手を触れて、そっと浮かせた。

 辺境伯は眉を寄せて、浮かび上がる様子をじっと見ている。


「その無力と評されたスキルで何をするというのだ」


 リーゼの表情が険しくなり、声に力がこもる。


「無力などではありません。

 私はデルム様と一緒に、このスキルの使い方を知りました。

 このスキルを使って、塔の頂上まで登る方法を得たのです。

 そして私たちは――」


 そこまで言って、リーゼは口を閉ざした。

 まだ成果も出せていないのに、僕のスキルの本当の力を明かせないからだ。


「僕たちは敗れていった冒険者たちとは違って、タワースパイダーの上を取れます。

 そうすれば倒すことができると考えています」


「どうやってだ?」


「言えません。この手で倒すまでは、手段を明かすことはできません。

 ですが、僕もリーゼ様と同じく、タワースパイダーを倒せると思っています」


「……方法は言えぬか。そして、言うつもりもないと見える」


 辺境伯は視線だけを動かして、僕たちの後ろを見やった。


「ギャレッド。私はお前が伯爵の護衛を務めていた頃も知っている。お前の腕は確かだ。

 しかし、お前はこの若い二人を止めなかった。

 お前が勝ち目がないと判断したのなら、ここまで来させることもなかったはずだな」


「閣下のおっしゃる通り、私は二人の作戦に可能性があると見込んでいます。

 ですが、それはあくまで私がそう思っているだけのこと。

 挑戦を許すかどうかは、閣下次第でございます」


 ギャレッドは丁寧な口調で、辺境伯の問いかけに答えた。

 辺境伯はそれを聞いて、じっと考え込んでいる。


「お前たちがただの戦士であれば、好きにしろと言っていただろう。

 だが、お前たちはガルデンフェルス領とグラマイタイン領を結ぶ支えなのだ。

 無駄に散らせてよい命ではないのだぞ」


 辺境伯の言葉は重く、そして正しい。

 でも、リーゼはあきらめようとはしなかった。


「支えとなる存在だからこそ、二つの領をつなぐ塔を取り戻したいのです。

 貴族としての務めを果たしたいと願い出ているのです」


 リーゼの強い訴えに、辺境伯は初めて目の色を変えた。


「お前がそこまで言うとはな。壁の花としての世渡りを受け入れたと思っていたが、鮮やかな色もトゲも隠していただけだったようだな」


 指をトントンと動かし、辺境伯はリーゼの覚悟を見定めるようだった。


「ふむ。我こそは辺境伯だ。武を用いて、辺境の守りを固める貴族である。

 命をかけて武功をあげようとする誇り高き者に対し、頭ごなしに挑戦する機会さえ与えなかったのなら、その器の大きさを疑われような」


 辺境伯は厳しい表情のまま、口の端にわずかな笑みを浮かべた。


「リーゼティア。お前が貴族としての務めを語るのなら、その使命を果たしてくるがいい。

 ただし、ギャレッドも同行させることだ。その判断には必ず従え」


「はい、お父様! ありがとうございます!」


 リーゼが深く頭を下げた。僕も合わせて礼をする。

 そして、顔を上げると、辺境伯はじっと僕のことを見ていた。


「デルムよ、娘が命を預けると言ったお前を信じよう。

 必ず二人で生きて帰ってきてくれ。

 お前たちの未来を見てみたくなった。私とリーゼの期待をかなえてほしい」


「はい、必ずや」


 もう一度、頭を下げる。僕たちの願いに、辺境伯の期待も重なった。必ず生きて帰らなくてはいけない。


--------------------


 交易都市の住まいに帰り着くと、既に大きな木箱が届いていた。

 鉱山領から届いた、25枚のきれいにそろえられた規格の板。ちょうど良い運搬具まで付けられている。

 注文通りに、すべり止めの切れ込みの加工と、縄を通す穴が開けられている。

 手が込んでいるのに持ってみると軽い。やっぱり僕の思った以上の仕事をしてくれている。


「では、明日から特訓ですな。私が良いと言うまで、とことん繰り返しますぞ」


 良いものが届いて浮かれていたら、ギャレッドはきちんと気を引きしめてくるのだった。


 それから特訓の日々が始まった。

 庭先で板を浮かべては登り、それを繰り返していく。

 目標は僕らが暮らす家の屋根まで。

 その高さは塔で一度に登り切る分より少し高い5メトルだ。


「リーゼティア殿、浮かべる高さがバラバラですぞ!

 そろわねば、足を踏み外す原因となります!

 一段20センテの高さを体で覚えてください」


「はい!」


「坊っちゃん! 下を見ていて、次の板を出すのが遅れています!

 声を掛け合って、テンポよく階段を作るのです」


 ギャレッドの指導は的確だった。領で体力づくりのために新兵の訓練へ混じったことを思い出す。

 そうやって練習の二日目には、ようやく小屋の上まで到達することができた。

 さらにロープによる板の回収が訓練に加わることとなった。


 次の日から、住まいの屋根を目指して訓練を始めた。

 それにあたって、ギャレッドから新たにロープを渡された。長さは3メトルくらいある。


「これをお互いの体、腰と腰にくくり付けてください」


「何に使うんだい?」


「どちらかが落ちたときに使うものです」


「私たちが落ちたとき……」


 リーゼがこわばった声を出す。


「今の訓練では、実際にはやりませんぞ。

 落ちるには高さが足りませんからな。

 しかし、本番でどちらかが落ちたのならば、落ちた方がもう一人をたぐり寄せるのです。

 そしてリーゼティア殿が接触し、地面に着く手前で『うかべる』を使ってくだされ。

 さもなくば、もしも足を踏み外したときに、転落死しかねませんからな。

 もっともこの保険でさえ確実ではありません。『うかべる』タイミングを間違えれば助かりません」


 背筋に嫌な汗が流れる。僕たちが失敗するのは、タワースパイダーにやられたときだけではない。

 空中でたった一歩、足を踏み外しただけでも、命取りになりかねないのだ。


「この感触に慣れたうえで、登れるようにならなくてはいけませんぞ」


 訓練の舞台が変わり、新しい装備が追加されたこともあって、この三日目は余計な力が入り、リーゼが疲れるのも早かった。


 四日目にようやく初めて屋根の上に登ることができた。


「では、今度から時間を測りましょう」


 ギャレッドはポケットから砂時計を取り出した。


「この砂が落ちきる三分以内に屋根の上に登る。安定して時間内に登ることができるようになれば、合格としましょう」


 結局、その日も次の日も三分以内に登りきることはできなかった。

 リーゼが一瞬でちょうどいい高さに浮かべて、二人ほぼ同時に次の段へ足を踏み出す。

 そして、すぐさま僕が次の板を渡し、リーゼが新しい板を浮かべる。

 無駄なく、テンポ良く、この動きをこなさなければ、三分は切れない。


 そして、六日目。ようやく三分を切れるようになった。連続で達成することもできるようになった。

 合格が出たのは、七日目のお昼前のことだった。


「これならよろしいでしょう。最初の日とは見違えましたな。

 今日の午後は休息と準備に当てて、明日に廃塔に挑むことにしましょう」


 ギャレッドの条件を達成できた。けれど、その嬉しさよりも、いよいよ本番だという緊張が先に来たのだった。


 その晩は、いつもよりも豪華な食事が出た。

 鶏の丸焼きに、具だくさんのシチュー、焼き立てのパンに、果実を絞ったジュース、焼き菓子まである。


「今日はたくさん食べて、体力を付けてくださいませ」


「レンネ、こんなに食べきれませんわ」


 リーゼが姉妹のように親しくしている侍女へ、こまった顔を向けた。


「デルム様は、そうでもないみたいですよ」


 多いかなとは思ったけれども、どれもおいしくて結局全部食べてしまった。

 訓練で体を動かし続けているせいもあるのだと思う。


 夕食を終えた後に、荷物をもう一度点検する。

 専用の運搬具に、25枚の板を固定してある。

 別の荷袋の中には予備を含めた数本のロープ、鉄球を5個、念のためのナイフと数枚の布切れ。

 水筒に保存食、傷薬。身軽さも大事なので必要最小限に絞っている。点検はすぐに終わってしまった。


「明日の朝、日の出とともに出発します」


 ギャレッドが最後にそう告げた。

 僕とリーゼは、顔を見合わせてうなずいた。

 明日、僕たちは空に階段を作る。

 そして、二人であの塔の頂上へ登って、タワースパイダーを絶対に倒すのだ。

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