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第6話 『うかべる』を知る

 塔を下見した翌朝、住まいのテーブルに塔のスケッチを広げて、作戦を考える。


「お上手ですね」


 僕が描き上げたスケッチにリーゼが感心している。ちょっと誇らしい気分になる。

 鉱山の仕事を手伝っていたころ、見取り図は何度も描いた。こういう作業には慣れている。もっとも、こんな作戦会議に役立てるとは思ってもみなかった。


「バルコニーが縦一列に並んでいる。この側面は足場に使えると思う。どうにかして、各階のバルコニーからバルコニーへ登れれば良いのだけれども」


 各階の間隔は人の身長の3倍、4メトル半といったところだ。


「私が『うかべる』ことができるのは、30センテくらいです。そのままでは届きませんね」


「同じものに何回も『うかべる』を重ね掛けすることはできないの?」


「いいえ。一度浮かべたものに重ねて使っても、高さは変わりません。

 あ、でも……」


 リーゼは何かを思いついたように、塔の壁に指で線を描く。まるで空に階段を描くようだった。


「浮かべたものの上に乗り、そこからさらに別のものを浮かべれば、どんどん高い場所へ足場を伸ばしていけるのではないでしょうか」


「板で空中階段を作るのか、なるほど」


 しかし、そのためには板をたくさん浮かせる必要がある。

 普通の階段と同じように、一段20センテの高低差で並べるとする。4メトル半を登るには、23枚ほど必要になる計算だ。


「いくつまで同時に浮かべられるものなのかな」


「うーん、そこまで細かく『うかべる』を試したことがないですね。

 ちょっとやってみましょうか」


 僕たちは庭に出て、リーゼの『うかべる』のスキルを検証してみることとなった。


「私が知っているのは、自分を含めて、3人を同時に浮かべられないことです」


「じゃあ、2つまでしか浮かべられないということ?」


「いいえ。軽いものなら、いくつも浮かべることができます」


「となると、浮かべられる量は、重さの合計で決まるのかもしれないね」


 ギャレッドにも協力してもらい、家の中にある重さが分かるものを持ってきてもらった。

 量を測って入れた水がめと、小麦袋をいくつか並べて、浮かべてもらう。


「あ、手を離しても、浮いたままなんだね」


「はい。一度『うかべる』をかければ、私が触れていなくても3分くらい浮いたままですね。

 自分の意志で降ろそうと念じて解除すれば、3分立たなくても落とすことができます」


 いくつか組み合わせを変えて同時に浮かべていると、大体の限界が分かってきた。


「リーゼが同時に『うかべる』ことができる数は、重さの合計によって決まってくる。

 合計で100キログラくらいまでなら、同時に浮かべられるみたいだね」


 どうやら、リーゼと僕の二人を浮かべるのが、ちょうど上限くらいだったようだ。


「私も、自分で自分のスキルのことを、ここまで深く知りませんでした……。

 でも、大事なことですね。塔の攻略の本番で思わぬ限界が判明してもいけませんし」


 リーゼのスキルが大体分かったところで、試しに乗ってみることにする。

 庭に置いてあったベンチを浮かべてもらって、僕が乗ってみた。

 その上を横に歩いて往復してみたり、しゃがんで姿勢を変えてみたりする。


「一度浮かべば、かなり安定しているんだね。

 端に乗っても、傾いたり揺れたりはしないみたいだ。

 それでも足をすべらせたら危ないな。すべりにくい足場を使わないとね」


 浮かんだベンチに、リーゼにも登ってもらった。

 ベンチくらいの横幅があれば、二人が並んで乗っても十分な余裕がある。


「あれ? 今だと100キログラ以上の重量が浮いていることにならないかな」


 ベンチの上に僕たち二人が乗っている。これだと、ベンチに僕たちを足せば重量制限を明らかに超えている気がする。


「私の感覚の話になるのですけれど、重さを感じるのは触って浮かべたものだけなんです。

 一度浮かべたものに後から重いものが乗っても、重さの制限にはかからないみたいですね」


 それならば、板に乗る僕たちの重さまでは考えなくても良くなる。

 とはいえ、使う板が大きくて重ければ、そもそも背負って移動することができない。

 例えば、このベンチを20個以上持ち歩くことは到底できない。


「たくさん持ち運ぶためには、一人が立てる程度の板を使った方がいいですね。

 私が先行して足場を浮かべて設置して、デルム様が後に続く形にしましょう」


 僕はその場面を頭に描いた。リーゼを先に行かせて、僕がその後ろをついていく。パートナーに危険な役目を任せるのは気が引けた。


「リーゼを先行させるのは抵抗があるなぁ。危ない場所は僕が先頭に立ちたいよ」


「心配してくれるのは嬉しいです。でも、足場を作れるのは私ですから、こればかりは仕方ありません」


「じゃあせめて、僕が足場を背負って運ぶとするよ。

 十分な枚数ならば、結構な重さになるはずだしね」


「すべての階を外から登るなら、ものすごい数が必要になりますが……」


「そんなに多く持ち運ぶことはできないね。用意するのは一階を登るために必要な分だけにしよう。

 足場をロープでつないで、各階のバルコニーに着いたら、引っ張って回収する形で使いまわそう」


 廃塔の内部はクモが占領しているので通れない。だから、塔の外から登る。

 バルコニーから真上のバルコニーまで、浮かせた板で階段を作る。

 上階へ着いたらロープで足場を回収し、次の階で再利用する。

 そして屋上へ到達し、上を取った瞬間に、僕の『降撃』でタワースパイダーを射抜く――。


「ですが、すべらずに軽くて、ロープを通す穴の開いた板なんて、どこで手に入れれば良いのでしょう」


「それなら僕に心当たりがある。

 僕の本家の鉱山領の職人に頼めば、今必要な形の板を作ってもらえると思う。

 完成品のイメージは、トロッコのレールの下に並べる枕木に似ているから、頼めば作ってもらえるよ」


 そこまで言うと、ギャレッドが、ずいと僕の前へ進み出た。


「坊っちゃん。確かスキルのことは、成果が出るまではご当家に秘密にするとのことでしたな。

 スキルのことを伏せつつ、化け物グモを倒そうとしているなんて言ったら、旦那様は反対なさるでしょうなぁ」


「ギャレッド、そこをどうにかしてほしいんだ。ギャレッドなら父上まで報告がいかないように、職人に発注できるよね。費用は僕の手持ちで払う。これまで貯めてきた手伝いの給金があるんだ。だから、何とかしてもらえないかな」


「ほほう。長年グラマイタイン家に仕えてきたこの私に、旦那様の目を盗んで職人を動かせとおっしゃるのですな。坊っちゃんも老いぼれの私になかなかの無茶をさせますなぁ」


「そこをどうにか頼むよ。道具さえ手配できれば、タワースパイダーを倒せそうなんだ」


 ギャレッドは腕組みをして考え込む。やがて、深く息を吐きながら、口を開いた。


「訓練」


「……え」


「訓練はきちんとしてもらいますぞ。私が大丈夫と納得するまでは、何度も繰り返してもらいますからな」


「それじゃあ……」


「まぁ相応の道具がなければ新しい事業もできないでしょう。新しいことを試すのに道具が必要だっただけ。旦那様に報告するべき段階の手前とみなして、目をつぶることとしましょう」


「ありがとう、ギャレッド!」


 何とかギャレッドの了承を得たので、僕は必要な仕様をメモして依頼した。

 空に階段を掛けるための準備は、着実に進んでいる。


 しかし、リーゼは声の調子を固くして、新たな話題を切り出した。


「廃塔は私の実家の所有です。タワースパイダーを倒すことは、ガルデンフェルス家の悲願でもあります。倒してから事後報告というわけにもいきません。

 辺境伯であるお父様に直接会って、話を通さねばなりません」


「一人で?」


「いいえ」


 リーゼは少しためらってから、僕の目をまっすぐ見つめた。


「デルム様にも、一緒に来ていただけますか」


 空へ続く道を作る前に、僕たちはもう一つ、大きな壁を越えなければならない。

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