第5話 塔をのぞむ
「いけません。危険すぎます」
朝食後に廃塔の下見に行きたいと説明すると、ギャレッドはすぐさま反対した。リーゼ付きの侍女も心配そうに見守っている。
「何人もの冒険者が命を落とした場所ですぞ。坊っちゃんたちを行かせられません」
「今回は下見だけだよ。化け物グモの討伐はしないし、危ないと思ったら引き返す」
僕がなだめるように言うと、リーゼも前に出て言葉を重ねた。
「危険だからこそ、私たちが解決の糸口を探らねばなりません」
リーゼの口調は丁寧だけれども、その声と目には熱意が宿っていた。ギャレッドはリーゼの真剣さに驚いているようだった。リーゼは僕の前では芯の強さをときどき見せるのだけれど、使用人に対して強く主張するのは見たことがなかった。
「大丈夫だよ、ギャレッド。今日行くのは一階だけだ。僕たちに解決できなさそうだったら無茶はしない。勢いで挑戦したりなんかもしない。約束する」
ギャレッドはしばらくの間、僕とリーゼを交互に見比べていた。そして、深く息を吐いた。
「そこまで言うのなら、承知しましょう。
ただし、私も一緒に行きますぞ。昔は護衛をしていたこともあります。先導と撤退の見極めはさせてもらいましょう」
ギャレッドはそう言って、胸を張った。
確かにギャレッドは腕が立つ。数年前まで、僕も稽古をつけてもらっていた。そして僕は勝った試しがない。
「……そうだね。ギャレッドは強いもんね。頼もしいや。よろしく頼むよ」
「留守は私が預かります。どうかお気をつけて」
侍女が申し出て、僕たちは三人で廃塔に行くこととなった。
まずは馬車で行けるところまで近づく。
御者台にギャレッドが座り、僕とリーゼは屋根付きの荷台に並んで座っている。
塔への道は整備されていないので、車体は上下に激しくゆれている。
「これじゃあ塔に着く前に、お尻が痛くなっちゃいそうだね」
「では、デルム様。私にとっておきのおまじないがあるのです。手を貸してもらえますか」
リーゼがお茶目に提案してきたので、僕は言われるままに手を差し出した。
すると、僕の手にリーゼのやわらかく細い手が重ねられる。
胸が高鳴ったままリーゼを見つめていると、お尻の感覚がふっと消えた。
僕たちは一緒に、座面から指一本分だけ浮かんでいた。
「そうか。『うかべる』を使ったんだね」
「はい。馬車での移動が多い貴族にとっては、これが『うかべる』の役に立つ唯一の使い道なのかもしれません」
そう言って、リーゼは苦笑した。
「そんなことはないよ」
僕は思わず否定していた。
「だって、僕のスキルの使い方を浮かび上がらせてくれた。唯一なんかじゃない」
僕の言葉に、リーゼは照れくさそうに笑った。
「……ありがとうございます」
静けさが気恥ずかしいので、僕はごまかすように思いついたことを声に出した。
「それにしても本当に快適だ。リーゼのことが手放せなくなってしまいそうだよ」
「えっと、その……」と、リーゼは顔を赤くしている。
しまった。思ったことをそのまま言ったら、また変なことを口にしてしまった。
でもリーゼは僕の失言に対抗するように、つないだ手に少しだけ力を込めてきた。
「では、手放さないで大事にしてくださいませ。
けれど、急にドキドキすることを言わないでください。
私のスキルは自分と相手を浮かせるだけで、前に移動はできないのです。今は背もたれに押されているだけなので、びっくりして浮かびすぎたら、馬車から落っこちてしまいますわ」
「はは、そうなんだね。ごめんよ、これからは気をつけるよ」
御者台で道の悪さに苦戦しているギャレッドは、僕たちが手をつないで宙に浮いていることは知らないだろう。思いのほか快適な道中で、僕は『うかべる』の新しい使い道を教わったのだった。
やがて道は木々で狭くなり、もう馬車では進めなくなった。
ここからは歩いて塔へと向かうことになる。
奥に進めば進むほど、木々の間にクモの巣の白さが目立つようになってきた。
化け物グモの配下の生息地に入ったのだろう。
がさりと低い草がゆれると、人の頭ほどの大きさのクモが、足を動かしてこちらに向かってくる。
「リーゼ、お願い」と頼むと、背中に細い手が当てられ、僕の身体が浮かび上がる。
鉄球を握りしめて十分な高さに達して、クモの頭部に狙いを定めると赤く光った。
腕を振って鉄球を投げつけると、まっすぐに急加速して撃ち抜いた。
「配下のクモなら、リーゼと力を合わせれば、ちゃんとやっつけられそうだね」
「はい。……ですが、木にぶら下がっているクモもいますわ」
リーゼの視線の先には頭上の枝から糸を伸ばして、空中に静止しているクモがいた。
試しに鉄球を取り出して頭を狙おうとしてみるが、赤い光が見えることはなかった。
「やっぱり相手が高い位置にいると倒せないね。深追いしないで進むとしよう」
僕たちは行き先をふさぐ魔物だけを倒しながら、森の奥へと進んでいった。
森を抜けると急に視界が開けて、その先に大きな塔がそびえ立っていた。
高さはおよそ35メトルと聞いている。大きなお城と同じくらいの高さがありそうだ。
石で作られた灰色の円形の塔は、圧倒的な存在感があった。
開拓初期に作られたそうだが、ところどころの壁が崩れて、草のツタが外壁にからみついている。古い歴史を感じさせる。神秘的な美しい塔だったのだろう。
しかし、その雰囲気はあちこちに張り巡らされた糸によって不気味なものに上書きされていた。塔の壁だけでなく、周囲の地面や木々まで、白くて汚れた糸に包まれていて、ここが魔物の手に落ちていることが嫌でも伝わってくる。
「とびっきりのお化け屋敷みたいだなぁ。……いや、本当に人が亡くなっているんだから、冗談にもならないね」
「坊っちゃん、お気をつけください。糸にからめとられては危険ですぞ」
ギャレッドが剣を構えながら歩み出る。
僕とリーゼはその後ろから慎重に進んで、おそるおそる塔の中へと入っていった。
内部はうす暗くて、空気がほこりっぽい。あちこちで配下のクモがもぞもぞと動いている。
クモたちはこちらに近づいてこない。遠巻きに様子を見ているようだ。
こちらが糸にからまったり、隙を見せるのを待っているのだろう。
「あそこに何かが落ちてますね……」
2階に行く階段の手前、糸の中に金属質のものが混じっていた。
「なんでしょうな。不用意に触れるのは危険そうですな。ここは私が探ります。
坊っちゃんは周囲の警戒をお願いします」
「分かったよ」
ギャレッドが剣で糸を払うのを横目に見ながら、周りの様子をうかがう。
するとギャレッドが危険視していたとおり、数体のクモが素早くこちらに向かってくる。
すかさずリーゼに触れてもらって浮かべてもらい、鉄球を投げつけて撃退する。
クモたちは糸に触れたのに反応して襲いかかってくるらしい。この塔に長居するのは、まずそうだ。
「これは、ここで敗れた冒険者たちの身に着けていた武具ですな」
さびた剣に、ボロボロになった手甲が見えた。
背筋に緊張が走る。ここで命を落とした冒険者がいたことを強く物語っているようだった。
その中に混じっている光り物に、リーゼはしゃがんで手を伸ばした。
「これは、まさか……」
リーゼが手にしていたのは、銀で出来た登録証だった。
同じ形のものを、僕たちはつい最近手に入れたばかりだ。
「冒険者ギルドの登録証だ……。しかも銀って、かなり上のBランクだったよね……」
リーゼは登録証を胸に抱いて、両手を重ねて祈りをささげた。
僕も同じように目を閉じる。ここで何人もの人がやられたのだろう。
「うぅむ。できるだけ遺品を集めて家族に持ち帰ってやりたいところですが、そんな余裕はなさそうですな」
ギャレッドが剣を構えて、はるか頭上を見上げている。
塔の中心部は吹き抜けとなっていて、ずっと上まで見渡せる。
その先に大きなクモの影が見える。チチチチチと不気味な鳴き声が響いている。
階段を登り切った先で待ち構えて、こちらが来ないかとじっと見ているようだ。
「あれが化け物グモ。今、この塔を支配している親玉です。
私たちの領内の者は、『タワースパイダー』と呼んでいます」
「リーゼの言っていた通り、階段の上で待ち構えているね」
「はい。このまま登っていけば、私たちも同じように食い物とされてしまうことでしょう」
僕は鉄球を握りしめて、はるか高みから見下ろしているタワースパイダーをにらみつけた。
当然、『降撃』のスキルは発動しない。上の位置を取られている限り、僕は無力だ。
「……また糸に触れたらクモたちに襲われてしまう。塔から出よう。
今度は外から塔を見て、どうにかできないかを考えよう」
「そうですな……」
一旦引き返して、外から塔の外周に沿って歩く。
見る限り塔は全部で7階、その上に屋上がある構造らしい。
ぐるりと回っていると、バルコニーが各階に縦一列に連続している側面があった。
よく見ると、バルコニーには滑車らしきものも見える。
「昔は、あそこから荷物を引き上げて各階に運んでいたのでしょうな。
今ではロープもなくなって、使えそうにはありませんが」
足がかりとして使うことはできそうだ。
それでも、一階分の間隔を、用意もなしにバルコニーからバルコニーへ登っていくのは無理そうだ。
「ふむ。頂上がせり出して、広くなっている作りですな。
これでは一番近いバルコニーからハシゴをかけることはできませんな」
「一番高いバルコニーから頂上までは5メトルといったところですか。
他に足場もなさそうです。『うかべる』だけでは届きませんね」
リーゼは悔しそうに塔の頂上を見つめていた。
目の奥の意志の光は消えていない。解決したいという気持ちは変わらないようだ。
「……じゃあ、ここまでだね。対策は後から考えよう」
塔の周りを何周かして観察した後、僕たちは帰り道につくことにした。
「……坊っちゃん、本日の判断は見事でした。私が警告するまでもなく、撤退を決めていましたな。
しかし、危ないのは分かったと思いますが、本当にタワースパイダーを倒す気ですかな」
僕はリーゼの方をちらりと見た。
思いつめたような表情をしているが、弱気には見えなかった。
リーゼが望んでいるのなら、僕が折れるわけにはいかない。
「きっと倒すよ。でも、ちゃんと頂上まで行く方法を思いついて、実際にできるって分かってからだ。
勝てる手段を思いついたら、またギャレッドに相談するよ。
リーゼも、それでいいね」
「はい。絶対に良い方法を見つけましょう」
強い気持ちのこもったリーゼの声に、僕もしっかりしないといけないと思った。
まだ道は見えていない。リーゼがあきらめないのなら、僕がきっと道を見つけるのだ。




