第4話 道なき道へ
交易都市の中心部に建つ、石造りの大きな建物だ。
大きな木の扉を押し開けて中に入る。まだ朝だというのに、そこには熱気がこもっていた。
依頼の掲示板を眺める者、受付に並んでいる者、朝から酒を飲んでいる一団もいた。
知らない世界に来たなと思いながら、僕たちは登録を済ませようと受付に並ぶ。
話しかけられはしないものの、こちらを物珍しそうに見る視線を感じる。
「なんだか見られていますね」と、リーゼが小声で話しかける。
自分としては街の人に近い服を選んだつもりだったのだけれど、やはり浮いているのかもしれない。
リーゼもいつもより控えめな色合いの服を着ているけれど、仕立ての良さは明らかだ。
場違いな感じに居心地の悪さを覚えながら、受付の列が進むのを待った。
受付の女性の指示に従って、登録を進める。登録用紙の名前、年齢、出身、特技を埋めていく。
特技の欄の記入は任意だったので、少し迷って『飛び道具』とした。
しかし、二人そろって用紙を提出したところ、受付の女性の顔が引きつったのが分かった。
用紙の名前と僕たちを交互に見比べた後、表情を固くしているようだった。
「登録はできますかね?」
「は、はい。問題ございません。では、規約の冊子をお渡しします」
お姉さんは緊張しながら説明してくれた後、木製の登録証を手渡した。駆け出しの最低ランク『F』の登録証だった。
「これで私たちも冒険者の一員ですね」
「うん、じゃあ仕事を見てみようか」
二人で所属するランクの依頼掲示板の前に立った。
「ドブさらい、農作業の手伝い、荷運び……。うーん、なるほど」
「これって、私たちが受けて良いものなのでしょうか」
リーゼが小声で問いかけてくる。
僕は苦笑しながら、「良くないだろうね」と答えた。
「辺境伯の令嬢がドブをさらっていたら、依頼した人のほうが恐縮しちゃうよ」
そんな話をしていると、「あの~」と声をかけられた。先ほどの受付の女性だった。
「ギルド長がお二人にお話があるとのことです。奥まで来ていただけますか?」
案内されたのは、二階のギルド長の執務室兼応接室だった。
白髪交じりの大柄なギルド長に、ソファに座るように勧められたので腰を下ろした。
「この度は、ガルデンフェルス家のご令嬢と、グラマイタイン家のご子息と、お二人そろって当ギルドへご登録いただき、ありがとうございます」
ギルド長は立ち上がって礼をした。僕たちも礼を返した。
「しかし、お二人にお話しするべきことがございます」
ギルド長は言いづらそうに苦い表情を浮かべながら続けた。
「今のところ、当ギルドからお二人に紹介できる依頼はございません。身分のある方々に、最低ランクの依頼は似つかわしくありません」
「やはり、そうですか」と僕は答えた。掲示板を見ても、そのことは明らかだった。
「しかし、登録したばかりで、高ランクの依頼をお願いするわけにもいきません。相応の危険が伴いますし、お二人がケガをされてはギルドの責任問題にもなってしまいます。
さらにお二人の実績もない現時点では、他の冒険者の反発を招いてしまいますので、ランクを特例で引き上げることもできません」
なるほど。ギルド長の言うことは筋が通っている。
「つまり、低ランクの依頼を受けるには身分が高すぎて、高ランクの依頼を受けるには実績が足りない。そういうことですね」
「申し訳ありませんが、おっしゃる通りです」
「私たちが実績を立てた場合には、それを認定してもらうことはできますか」
リーゼが、ギルド長にきっぱりと質問した。
「はい。第三者の証言や、討伐した魔物の素材を提出していただければ、実績を受け付けます」
「なるほど。わざわざ僕たちに丁寧に説明いただき、ありがとうございました」
帰宅してテーブルに向かい合って、リーゼと相談する。
「ギルドの仕事をそのまま受けるわけにはいかないことが分かった。
となると、自分たちで魔物を探し出して、討伐の実績を積むのが堅実だろうか」
「時間はかかってしまうでしょうね」
「それに魔物の生息地に不用意に近づくと、飛んでいる魔物や不意打ちが怖い。
高さを確保して先制攻撃しないと、僕たちは相手を仕留められない」
「はい。長い時間、あてもなく縄張りを歩き回るのは危険だと思います」
「まいったな。何か実績を作るために、良い手はないものかな」
「それなのですが――」
リーゼは部屋の脇から地図を持ってきて、テーブルの上に広げた。
「ここに、廃棄された塔があります。開拓初期からある、ガルデンフェルス家所有の塔です」
指し示した場所は、辺境伯領と鉱山領を結ぶ、ほぼ中間地点だった。
「へえ、そんな場所があったんだね。
ここを使えれば、普段使われている街道より距離が短くて便利になるね。
でも、どうして廃棄されているのかな?」
「最上階に、化け物グモが住みついているからです」
「塔だけを遠回りして通ることはできないの?」
「そのクモは、同族を配下に従えています。塔の周囲まで巣が広がっているので、荷馬車で通行することはできません」
「なるほど……。誰も倒せないのかい?」
リーゼは声を落として答えた。
「はい。当家から冒険者ギルドに討伐依頼を出しました。
しかし、最初の二つのパーティは帰ってきませんでした。
三つ目のパーティは仲間の半数を失って、それ以来、誰も依頼を受けていないのです」
「手強いんだね。そんな相手を僕たちがやっつけられるのかな?」
数々の冒険者を返り討ちにしてきた魔物だ。
僕のスキルは強力だと判明したけれども、簡単に倒せるようには思えなかった。
しかし、リーゼの目には力強い光が宿っている。
「冒険者たちは塔の階段を登って、化け物グモに挑みました。
そして、待ち構えているクモに上から糸を放たれ、動きを封じられて壊滅したそうです」
リーゼはそこで言葉を切った。塔から指を離して、空に円を描いた。
「ですが、私たちなら階段を使わず、塔の上へ行けるかもしれません。
そして、化け物グモより高い位置を確保できたのなら、――デルム様のスキルで勝てます」
そうか。クモが強いのは、有利な位置を確保しているからだ。
階段を登っている間は、どんな冒険者だって手間取るし、無防備になってしまう。
しかし、僕たちならば、『うかべる』をうまく使えば、階段は不要になるかもしれない。
僕たちだけが使える戦法があるというわけだ。
「なるほど。考えてみる価値はありそうだ」
それにしても、リーゼはずいぶんと用意がいい。
地図もあらかじめ用意していたし、化け物グモの習性まで知っていた。
まるで、この塔を攻略できる機会をずっと狙っていたみたいだ。
「ずいぶんと詳しいんだね」
「はい。私はずっとこの塔の問題を解決したいと思っていました。
しかし、私だけの力では方法が思いつきませんでした。
仮に『うかべる』で塔の上に登れたとしても、その後に倒す手段がありません。
ですが――」
そしてリーゼは僕を深く強く見つめた。あのときと同じ目つきだと思った。
僕が自分のスキルを打ち明けたときの、暗くて熱のこもった吸い込まれるような深み。
「デルム様の『降撃』があれば、二人であの塔を取り戻せると思います。
そうすれば、私は――」
リーゼはそこまで言って、ハッとしたように我に返ったようだった。
「すみません。熱くなりすぎましたね。
でも、可能性があると思うのは本当です。
無理にとは言いませんが、いかがでしょうか?」
リーゼは、自分の胸の中のあふれそうな気持ちを抑え込んでいるように見えた。
この塔の攻略に強い熱意を持っているのは明らかだった。
きっとここで僕がやめておこうと言ったとしても、リーゼの中でその思いは残り続けるのだろう。
ならば、リーゼの願いをかなえてあげたい。
僕がその力になれるのなら、それが一番良い。
「分かった。まずは、塔を見に行こう。あくまで下見だ、無理はしない。見た上で作戦を立てよう」
「はい。二人で必ず取り戻しましょう」
リーゼはこの塔のことになると、気持ちが前のめりになってしまうようだ。
僕が冷静になって、危険を見極めないといけない。
二人の大きな作戦が始まろうとしていた。




