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第3話 温かな生活の始まり


 気恥ずかしくなり、僕らは庭に散らばった硬貨や、引っ張り出した辞書を元の位置に片付けていく。

 そんな作業の中、リーゼ様が僕に小声で話しかけてきた。


「このスキルのことは、お互いの親にはまだ伝えないでおきましょう」


「どうしてでしょうか?」


 僕は父に伝えるつもりだったので、首を傾げた。

 父は僕のスキルが役立たずだと知ったときから、一緒に思い悩んでくれていた。

 その不安を早く解消してあげたいと思っていたのだ。


「まだ、このスキルには分からないことも多いです。有効な距離、実際の威力なども分かっていません。その検証によっては、実際にどんなことができるかも違ってきます。

 この力を使って何をするか。それを形にしてから打ち明けた方が良いと思うのです」


 言われてみれば、確かにリーゼ様の言う通りだ。

 使えそうなことが判明して浮かれていたけれど、まだどうやって役立てるかの具体的な目途は立っていない。このスキルの実用性をはっきりさせないと、期待させておいて落胆させることにもなりかねない。


「そうですね。大げさに報告して、あてが外れてもいけませんし。

 しばらくは僕たちだけで考えてみましょう」


「はい。それでは二人だけの秘密ということにしましょう」


 リーゼ様は唇に人差し指を当てて、内緒の身振りをした。

 いたずらっぽい思わぬ仕草にドキドキしながら、僕は微笑んだ。


 その後、二人で連れだって、別室にいる父親たちに声を掛けに行った。


「リーゼ様と、前向きに話を進めていきたいと思います」


「私も、デルム様と同じ気持ちです」


 僕たちの様子を交互に見て、父上は少し意外そうな顔をしている。


「ほぅ。デルム、リーゼティア嬢がご機嫌なようだが、気が合ったのか?」


「はい。価値観も合うし、きっとうまくやっていけると思いました」


「デルム様とは大変良いお話ができましたし、とても魅力的な方だと感じました」


 『大変良いお話』。確かに8年間の憂鬱を振り払うような、素晴らしい発見があった。

 話の中身は二人だけの秘密ではあるけれど、嘘は言っていない。


「そうか。まぁ二人の息が合うのなら文句なしだ」


 父親たちは頷き合い、ほっと胸を撫でおろしているようだった。

 辺境伯がせきばらいをし、姿勢を正して向き直る。


「さて、あらかじめ伝えてあった通り、二人は互いの家から独立して生活してもらうことになる」


 辺境伯の忠告するような言い回しに、僕は背筋を伸ばした。


 僕は鉱山領を治める伯爵家の三男。家督を継ぐのは長兄で、鉱山業を継ぐのは次兄だ。

 リーゼ様にも、家を継ぐ兄姉がいる。つまり、二人とも生まれた家をいつか出ることになる。

 だから、婚姻後は二人だけで生活を成り立たせる必要がある。


「勤め先が決まるか、二人で始めた事業が安定するまで、家から最低限の支援はしよう。

 しかし、いつまでも家に頼って暮らしてもらっては困る」


「心得ています」


「二人で生活を続ける目途が立って、夫婦としてやっていけると確信できたら、正式に婚姻の手続きを進めるとしよう。二人で協力して頑張ってくれたまえ」


「分かりました」


 隣のリーゼ様に目をやると、真面目な表情で頷いていた。

 お見合いに来るまでは、具体的にどうやって生計を立てるかが考えつかなかった。

 相手もあることだし、相談しながら決めようかと、ぼんやりと考えていた。

 けれど、今は違う。僕の『降撃』スキルという軸がはっきりと見えている。

 そして、しっかり者のリーゼ様となら、互いに支え合っていけるだろう。


 僕たちの新しい仮の共同生活が始まる――。


--------------------


 仮の新居として、この交易都市にある辺境伯家の別荘が貸し与えられた。街の外れにある静かな館で、二人で暮らすには十分すぎる広さだった。

 それに最初から二人だけで暮らすわけではない。


「坊っちゃん、改めてよろしくお願いいたします」


「うん。改めてお世話になるよ、ギャレッド」


 リーゼの身の回りを世話する若い侍女が一人、そして僕の実家からは、馴染みの老執事ギャレッドが同行することになった。

 二人にはそれぞれ、身の回りの世話や連絡役をしてもらうことになる。


 お互いに持ってきた荷物を整理していると、リーゼ様が話しかけてきた。


「デルム様。一緒に暮らすのですから、もう丁寧語はやめましょう」


 確かに、いつまでもよそよそしい口調というのは良くないだろう。

 こういうのは形からでも変えた方が、距離感も近づくかもしれない。


「そうだね。じゃあリーゼも、くだけた話し方にしようか」


「私は年下ですし、このままでいいのです」


 リーゼはなぜか偉そうに主張する。


「ええー。じゃあ僕だけ崩すの? なんだか不公平な気もするけど」


「ふふ、殿方を立てるのも、淑女のマナーです。私がそうしたいのですから、いいのです」


 リーゼは、こうだと決めたら自分を曲げないところがある。

 会って間もないけれども、なんとなく分かった。

 そうやって芯があるからこそ、頼りにできるとも思う。

 それに、こんなところで意地を張っても仕方がないだろう。


「うーん、分かったよ。改めてリーゼ、よろしくね」


「はい、デルム様。よろしくお願いします」


 リーゼは満足そうに頷いた。

 なんとなく、こうやって毎回リーゼの思うように運ばれる未来が見える気もするけれど、不思議と悪い気分ではなかった。


「それで、今日はどうしましょうか」


 僕は窓の外に目をやった。

 まだ日は高い。少し出かけるには十分な時間がある。


「晩御飯のために狩りでもしてみようか」


「まぁ! 実戦で試すのですね」と、リーゼも乗り気だ。


「はて、当面の食料であれば、持参しましたが」


 壁際に控えていたギャレッドが首を傾げている。


「食料のためというより、実地試験ってところかな。じゃあ、早速行こうか」


「ううむ、お供いたします」


 状況をつかめないギャレッドも、ひとまず付いてくるようだ。

 いずれ僕のスキルのことは分かるだろうし、ここでギャレッドにも見せることにしよう。


 街の外に出て、近くの静かな森に入った。

 木々の間を歩いていくと、進路の先の茂みが、がさりと音を立てた。

 そこから出てきたのは、ホーンラビット。頭に角の生えた、大きな野ウサギだ。畑を荒らす害獣なので、常日頃から退治されている。


「あいつを狩ろう」


 僕はリーゼに向き直り、頷き合った。


「はい。では、浮かべますね」


 リーゼが僕の後ろに歩み寄る。

 何が起こるか分かっていないギャレッドが、心配そうに見守っている。


 僕はポケットから手のひらサイズの鉄球を取り出して握りしめた。

 こんなこともあろうかと、実家から持ってきた。

 普段は鉱石の硬さを確かめるときに使っているものだ。


 身体が浮かんだ。ホーンラビットの心臓を狙うと意識する。

 すると、胸元に赤い光が灯って見える。

 でも、胴体に当てたら、食べづらくなってしまうかな。

 肉を無駄にしないように、頭を狙えれば一番良いのだけれど。

 ――そう思ったら、赤い光は今度は頭部に灯った。

 これはどういうことだ。狙いに応じて、照準を変更できるのか。

 でも、確かに頭を狙えるなら、食用とするには最適だろう。

 精一杯の力を込めて、鉄球を投げた。


 鉄球は僕の手を離れた直後、急に加速してホーンラビットをめがけて飛んでいく。

 こちらに気づいて、逃げ出そうとウサギは駆けだす。

 しかし、鉄球はその進路をふさぐような軌道を描き、勢いよく頭に命中した。

 ウサギは声もなくパタリと倒れ、動かなくなった。


「成功しましたね!」


 狩りの初成功に、リーゼと頷き合って喜ぶ。


「坊っちゃん、これは一体……」


 ギャレッドは驚いて固まっている。


「実は、これが僕のスキルの本当の力らしい」


「なんと! 『こうげき』スキルの使い方が分かったのですな!」


 ギャレッドも昔から僕のスキルが発動しないことを気にかけていた。


「うん。でも、実家にはまだ内緒にしていてほしいんだ。

 まだ自分にも、どこまでのことができるか分かっていない状況だからね」


「承知しました。ああ、ホーンラビットは食肉にするのでしたな。

 血抜きなどの下処理は、私にお任せください」


「お肉が手に入ったので、今日は私がシチューを作ります」


 リーゼの提案に、晩御飯が楽しみになった。


 帰りに市場に立ち寄って、必要な材料を買い足した。


 リーゼの料理姿は、身の回りのことを使用人に任せている貴族令嬢とは思えないほど、手際がよかった。

 あらかじめ湯を沸かし、包丁も危なげなく扱っている。具材や調味料を入れる手順にも迷いがない。


「薬草の勉強をしていましたから、刻んだり煮出したりすることも一通り身に付けました」


 やがて、具だくさんの温かなシチューが出来上がった。


「すごくおいしいよ」


 肉はやわらかく煮込まれていて、野菜の甘みと、香草の風味がよく合っている。


「お口に合って良かったです」


「うん、本当にうまい。リーゼはいいお嫁さんになれるよ」


 僕が素直に感想を言うと、リーゼはスプーンの動きを止めて、顔を赤くしていた。


「あの……、デルム様。このまま順調に暮らしていけば、私はデルム様のお嫁さんになるんですよ」


「あ……」と、自分が変な発言をしてしまったことに気付いた。目の前の少女は、料理上手なただの友人などではない。まぎれもなく僕の婚約者なのだ。


「あははは」と、僕はごまかすように笑った。


「じゃあ、僕は幸せ者だなぁ。これからも頑張らなきゃ」


「ふふふ、一緒に頑張りましょう」


 向かいで、リーゼも小さく笑った。

 でも、本当に幸せな時間を過ごしているなぁと感じた。

 いつもこんな風に、リーゼと笑い合っていられればと思う。


「そういえば、デルム様。明日はどうしますか?」


「そうだなぁ。どんな仕事があるかを見てみたい。ひとまずは冒険者ギルドに行ってみるとしよう」


 まだ行ったことのない場所に思いを巡らせながら、共同生活の初めての夜は更けていった。

 ……ちなみに寝室は別々の部屋だ。正式に婚姻するまでは、当たり前だよね。

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