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第2話 『こうげき』の正体

 全身に走った鮮明な感覚と、窓越しのスズメに見えた赤い光。

 けれど、このまま銅貨を投げつけて、窓を打ち破りスズメを害するわけにもいかない。


「リーゼ様、一度降ろしてもらえますか」


「え? あ、はい」


 リーゼ様が背中から手を離すと、すっと身体が下がり、足の裏がしっかりと床に着いた。

 スズメの胸元に見えていた赤い光も失われていた。


「どうしたのですか、デルム様? 何か感じられたのですか?」


 不思議そうに問いかけるリーゼ様に、僕は手の中の銅貨を見つめながら答えた。


「……うん。うまく言えないんですけど、手応えを感じました。スズメの胸元が赤く光って見えました。

 僕のスキルが発動しそうでした。だから、実際に投げて試してみてもいいですか」


「本当ですか!?」


 リーゼ様は身を乗り出すようにして、目を輝かせた。


 僕は窓の木枠を押し開けた。外から気持ちのいい風が入ってくる。

 ポケットからハンカチを取り出し、銅貨を中に数枚包んでキュッと結んだ。

 その包みを庭の芝生の上へ、ぽんと軽く放り投げる。


「あのハンカチの結び目を狙ってみます。

 リーゼ様、もう一度僕を浮かべてもらえますか?」


「分かりましたわ!」


 弾んだ声とともに、リーゼ様が僕の背中に触れて『うかべる』スキルを発動する。

 同時に僕は右手に銅貨を握りしめて、包みの結び目をじっと見つめる。

 そして身体が浮き上がり、元の位置から膝下くらいまで上がった瞬間。

 目に見える世界が切り替わり、結び目が赤く光って見えるようになった。

 同時に右腕に力が湧き上がって、僕の頭の中が強い万能感で満たされる。


「投げます!」


 右腕を頭上から振り下ろして、銅貨を投げつけた。

 力が入りすぎてしまった。少しだけ右に外れて飛んでいく。

 これじゃあ当たらないか――。そう思いきや、銅貨は空中でカーブを描いて結び目に向かっていく。

 明らかに不自然な軌道を描きながら、銅貨は結び目へと鋭く撃ち込まれた。


 鈍い音とともに、銅貨が結び目を貫いた。

 包みは勢いよくほどけ、中に入っていた硬貨が芝生へ飛び散った。


「なんだ……、これ」


 自分でやったはずなのに、目の前の光景が信じられなかった。

 地面に降りて、二人で顔を見合わせる。


「あの……、曲がるように投げたのですか?」


「いいえ、そんな投げ方は知りません。力が入って外れた方に投げてしまったんです。

 けれど、吸い込まれるように狙った結び目に命中して……」


「そんなこと普通ならあり得ませんわ。まさか、これがデルム様の『こうげき』スキルの本来の力ですか」


「そうなのかな」


「……少し試してみましょうか」


 リーゼ様は早足で歩き、さっきまで座っていた椅子を僕の元まで持ってきた。


「この椅子の上に立って、もう一度狙ってみてください」


「う、うん」


 リーゼ様の勢いに圧倒されながら、僕は言われるがままに椅子の上に立ち、ポケットから別の硬貨を取り出して、庭先で散らばった銅貨の一つに狙いを定める。


「光った。狙える気がする」


 椅子の上でも、同じように赤い光が見えた。


「では、今度はこちらに登ってください」


 リーゼ様はいつの間にか用意していた、足元の分厚い辞書を指し示した。

 辺境伯令嬢が辞書を踏み台にしてよいのだろうか。そう思ったけれど、今のリーゼ様を止められる気はしなかった。

 椅子から辞書に降りたら、身体から力が抜け、赤い光も見えなくなった。


「今度は無理そうだ」


 さらに椅子に辞書を乗せてその上に登ったら、これも発動の手応えを感じた。

 その後も何度か繰り返したけれど、結果は同じだった。


「発動には高さが関係していそうですね」


「高いところからの攻撃。実は高所攻撃だったってことですかね」


「高い場所から、低い場所へ降ろす一撃……」


 リーゼ様は、考え込むようにつぶやいている。

 そして、ハッと何かに気づいたように、目を見開く。


「デルム様のスキル、『こうげき』は相手に攻め込む『攻撃』ではないのかもしれません」


「つまり、どういうことですか?」


「上から急降下する一撃を短く言い換えて、『降撃』。そういうスキル名かもしれません」


「……あ、同じ読み方だ」


 『攻撃』と『降撃』。意味は違うけれども、響きは同じだった。


「スキルの鑑定の儀では、神官様の頭にスキル名が音として響くのでしょう?

 あまり聞かない言葉なら、よく知る『攻撃』という言葉と取り違えてしまっても不思議ではありませんわ」


「そういうことだったのか――」


 スキル鑑定の儀で、僕のスキル名が判明してから8年間。

 これまでどんな武器を握っても、斬っても突いても、決して発動することはなかった。

 けれど、高さの位置取りを変えるなんて条件は試したことがなかった。

 高いところから狙わないと発動しない『降撃』だとすれば、今まで発動しなかった理由も説明できる。


「では、細かい条件を詰めましょう」


 リーゼ様が身を乗り出して迫ってきた。


「デルム様の足元が、狙う対象の位置より30センテほど高いことが条件のようですね。

 今度は目を閉じて、投げる構えを取ってみてください」


「は、はい」


 そこからはリーゼ様が主体となって、検証が進んでいった。

 なんだかリーゼ様に実験されているみたいだ。でも、悪い気はしなかった。

 僕の身に起こった変化なのに、僕以上に張り切ってくれていることが嬉しかった。


「ふむふむ、目を閉じたり、対象を隠すと力が抜けるから、相手を見ることも条件。

 角砂糖やお茶菓子を持っても発動したので、投げるものは何でも良さそうですね……」


 リーゼ様は指を口元に当てて、ブツブツとつぶやいている。

 最初は大人しい人だと思ったけれど、興味が湧くと熱心なんだなと思った。

 表情には隠し切れない熱気がこもっていて、とても活き活きしているように見えた。


「……ねえ、デルム様」


 熱っぽいリーゼ様の目つきに、僕は少しドキドキする。


「これって、かなりすごいスキルではないでしょうか」


「そうですね」


 僕にもその熱は伝染する。


「僕だけだったら、高い足場や台がないとスキルが発動できません。

 けれど、リーゼ様が僕を浮かせれば、僕はいつだってこのスキルを発動できます」


「はい……。二人で力を合わせれば、このスキルはすごい武器になります」


 久しぶりに胸の奥から興奮が湧き上がってくるようだった。

 ――けれど、ふと冷静にもなる。


 今さら、このスキルの使い方が判明しても、どうすれば良いのだろう。

 冒険者になって魔物を倒す?

 いいや、空を飛ぶ魔物相手にはスキルが発動できない。不意打ちされたら僕は無力だ。

 じゃあ、辺境伯領で騎士となって、砦から敵を狙う射手にでもなろうか。

 でも、戦って手柄を挙げるなんて、考えたこともなかったなぁ。


 まぁいいか。具体的に何をするかは、これからじっくり考えればいい。

 大切なのは、僕とリーゼ様が組めば、新しい可能性が大きく広がるということだ。


 それに、スキルの相性だけではない。

 僕の元々の仕事を立派だと言ってくれたことも、役立たずだと思っていた力を自分のことのように調べてくれたことも、嬉しかった。

 今日初めて会ったばかりだけど、僕は彼女のことをもっと知りたいと思っている。


「リーゼ様」と、僕は向き直って彼女に話しかける。


「僕は、リーゼ様と組みたいです。だから、このお見合いは成立ということで、よろしいでしょうか」


 リーゼ様は一瞬だけ驚いたように目を見開いた。

 それから、その頬をほんのりと赤く染め、瞳の奥に強い熱を宿しながら、力強く頷いた。


「はい。私もデルム様と組みたいです」


 リーゼ様は、はっきりと言った。


「私も、あなたとなら、大きなことを成し遂げられる気がするのです」


 そのときの微笑みは、愛想を振りまくためのものではなく、本気の笑みだった。

 心から僕と一緒に過ごすことを楽しみにしているようだった。

 その笑顔に当てられて、僕の胸もカッと熱くなった。


 こうして、僕たちのお見合いは無事に成立した。

 ハズレスキルを持った者同士。僕たちの新しい挑戦が、ここから始まろうとしていた。

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