第1話 合わせ鏡の出会い
「本日はお日柄も良く、素晴らしいお見合い日和ですな」
「いやぁ辺境伯におかれましては、ますます活力に満ちているようで」
僕の父であるグラマイタイン伯爵と、相手のガルデンフェルス辺境伯があいさつを交わしている。
大柄な父親同士がテーブルをはさみ、豪快に笑い合っている。
ここは、僕とお見合い相手の両家の領地の中間にある交易都市の迎賓館。
窓の向こうには、きれいに手入れされた庭が見える。
「……さて、我々がここにいては、若者たちが気おくれしましょう。別室で話しましょうか。
若い二人が仲を深めるのが、本日一番大事なことですからな」
「そうですな! デルム、お嬢さんを退屈させるんじゃないぞ!」
「分かりました、父上」
父親たちが部屋を出ていき、僕は、向かいに座る少女と二人きりになった。
目の前のお嬢さんは、リーゼティア=ガルデンフェルス。
17歳の、辺境伯のご令嬢だ。
きれいな銀色の長い髪に、お人形のように整った顔立ちをしている。仕草もとても上品で、まさに完璧なお嬢様という感じだった。
釣り合っているところなど、僕が18歳だから年齢が近いことくらいではないだろうか。
家柄も辺境伯の方が伯爵より上なのだし、本当に僕にはもったいない話だ。
さて、親しくなれと言われたのに、口を閉じていては始まらない。
なんとか会話を切り出すとしよう。
「リーゼティア様」
「デルム様」
声を出すタイミングが重なってしまった。相手も同じことを考えていたらしい。
最初から失敗したなぁと思いつつ、頭の後ろをかく。
「リーゼティア様からどうぞ」
「はい。ええと、その前に私のことは、どうぞリーゼとお呼びください。
家の者はそう呼びますので」
微笑む彼女に見とれながら、「分かりました、リーゼ様」と返事をした。
それにしても参ったな。住む世界が違うのか、人としての出来が違うせいなのか。
リーゼ様の考えていることが全然読み取れそうにない。
可愛らしいのだけど、目の奥に冷たい温度を感じるし、薄いカーテン越しに会話しているみたいだ。
「それで、デルム様は普段、領内ではどのように過ごしていらっしゃるのですか」
とても無難な、世間話の定番といった話を振られ、僕はありのままを答える。
「家では、主に二人の兄の手伝いをしています。
上の兄は領地経営を、下の兄は鉱山管理をしていまして、僕はどちらかの忙しい時期に合わせて、帳簿を付けたりだとか、人員を割り振ったりだとか、そういう手伝いをしています」
「まぁ! ご家族から頼りにされているんですね」
リーゼ様は口元に手を当てる仕草付きで、僕を褒めてくれる。ちょっとだけ誇らしい気分になる。
「いえ、特技もないので、便利に使われているだけですよ」
「そんなことはございません。どちらのお仕事も、誰にでもできるものではありませんわ」
「はは、ありがとうございます。ところでリーゼ様は、普段、どのようにお過ごしで?」
「そうですね。いつもは屋敷で勉強をしたり、刺しゅうをしたり……あとは、薬草の勉強を少ししています。本を読んだり、庭で育ててみたり。大したことではありませんけれど」
「薬草ですか、なるほど。辺境伯領には魔物の住む未開地もありますし、ケガをすることも多いでしょうからね。住民に役立つことを身に付けるのは、立派なことだと思います」
「そんな、実際に領民のために働いてらっしゃるデルム様に比べたら、趣味のようなもので大したことはございません。私こそ、これといった特技もありませんもので……」
――特技。なるほど、特技。
さっきから僕もリーゼ様も、自分を低く見積もっている。
相手を持ち上げるための作法といえばそうなのだけれど、本当にそれだけなのだろうか。
少なくとも僕については、事実として普通の人より劣ったところがあるのだ。
楽しい話題ではないのだけれど、これから長く付き合うなら避けて通れないテーマだ。
僕から打ち明けるしかないのだろう。
「僕には特技がないと言いました。あれはそのままの意味なのです。
10歳の時のスキル鑑定の儀で、僕のスキルは『こうげき』と判明しました。
鑑定してくれた神官様たちでさえ、誰も聞いたことがないスキルでした。
しかし攻撃なんて、棒を振り下ろしたのなら誰にでもできることです。
武器を替えたり、いろいろ試しても、攻撃が強くなるようなことはありませんでした。
正体不明の、役に立たないスキルを持って生まれました。
だから僕はせめてと思って、家の手伝いに励んでいるのです」
この見合いの話が決まってから、真っ先に相手に伝えようと考えていた。
そうやって意気込んでいたせいで、一気に話してしまった。
スキルは親から子に受け継がれる可能性が高い。
父の『鉱脈探知』のスキルが、下の兄にそのまま引き継がれたように。
しかし、僕については残念ながらそうはならなかった。
使えないスキル持ちという欠点が、僕には常に付きまとっている。
きっとリーゼ様は、がっかりするだろうと思っていた。
――けれど、予想に反して、リーゼ様の口元には少しの笑みが浮かんでいた。
目の奥の温度が変わったように感じた。先ほどよりも暗くて、でも熱を帯びたような。
まるで『見つけた』と言わんばかりの感情のたかぶりが、こちらに伝わってくるようだった。
「――似た者同士だったんですね、私たち」
うっとりと投げかけられた言葉に、僕の胸の鼓動が速くなる。
なんだろう、リーゼ様のこの反応は。
予想していた同情とか失望とはまるで違う。
喜びと執念と後ろめたさと、いろんな感情を混ぜて煮詰めた底なし沼みたいだ。
リーゼ様に深く強く見つめられて、僕は目が離せなくなった。
「私も、役立たずのスキル持ちなんです」
そう言って、リーゼ様は手元のカップの受け皿を抜き取った。
そして皿回しでもするかのように、指先に乗せる。
何をするのかと思えば、――ふっと皿は宙に浮いたのだった。
何の支えもないまま、皿は空中に静かに止まっている。
「これが私のスキル、『うかべる』です。
私はお母様に失望されました。
『荷物を運んでもらう立場の人間が、なぜ荷物を運ぶスキルを得たのか』と」
ようやく分かった。ずっと疑問に思っていたんだ。
どうして僕のような落ちこぼれに、素敵なお嬢さんとの良い話が舞い込んで来たのかと。
家の事業の結びつきを強めるため。開拓には鉄の武器と道具が必要で、鉄を鍛えるには開拓地の木材が必要だからかなと思っていた。でも、それだけじゃなかったんだ。
つまり、無用のスキルを持つ者同士、ちょうど釣り合うとみなされたわけだ。
けれど、どうしよう。
僕だけが後ろめたく思う必要がないことは分かった。
しかし、井戸の底で同類を見つけて手を取り合っても、あまりに救いがない。
このどんよりとした空気を、どうにか晴らさないといけない。
「では、リーゼ様。そのスキルを、僕にかけてみてもらえませんか?」
「えっ?」
「いやあ、もしかしたらリーゼ様のスキルがきっかけで、僕の『こうげき』のスキルが発動したりしないかなーなんて」
「ふふっ。そうですね、試してみましょうか」
僕の苦笑いに釣られて、リーゼ様も笑った。
なんだか合わせ鏡みたいだなと思った。
傷ついた鏡同士を合わせても気が落ち込むだけかもしれないけれど、気晴らしくらいになればと思ったんだ。
二人とも立ち上がって、庭を見渡せる窓辺に近づく。
庭では数羽のスズメが、地面をついばんでいた。
僕はポケットから銅貨を一枚取り出した。
実際に投げるつもりはない。ただ、狙いを定める真似をしてみるだけだ。
今はもちろん何も起きない。『こうげき』スキルが発動することなんてない。
「『うかべる』には、浮かべたいものに触れる必要があるんです。
背中に手を当てますね」
「はい、どうぞ」
僕の背中に、そっと彼女の小さな手が当てられる。
そして、足の裏から床の感触が消えていく。
「私が浮かべられるのは、元の位置から膝下くらいまでです。
30センテくらい、少し高い台に登るのと一緒ですね」
リーゼ様は、気まずそうに笑った。
「でも、もしかしたら、これがきっかけで僕のスキルが発動するかも。
さぁ、あのスズメを目掛けて――」
僕は明るい調子を演じて、銅貨を握った右手を大げさに持ち上げ、スズメをにらみつけた。
――本当に、何ということのない、ただリーゼ様の気をまぎれさせるための遊びのつもりだったのに。
身体中に、雷に打たれたような感覚が走り抜けた。
銅貨を握った右腕の先に、力が集中していく。
そして僕の目には、スズメの胸元が赤く光って見えている。
――今なら狙える。
そんな確信が頭の中を貫いていた。




