第0話 プロローグ:空を登る
空に、階段があった。
正確に言えば、細い木の板が廃塔の外壁に沿って、一段ずつ宙へ浮かんでいる。
僕とリーゼは、その上を一段、一段、丁寧に登っている。
手すりもなければ、土台もない。あるとすれば、風と、足元の頼りなさだけだ。
僕が背に負った数十枚の木の板を、リーゼが浮かせていく。
お見合いの時に見せていた柔らかい笑みはどこへやら。
彼女の目の奥には静かな熱が宿っている。
「次を、デルム様」
「うん」
新たな板が空中で止まる。
リーゼが先に板を踏み、僕がすぐ後ろから続く。
これをひたすらに繰り返している。
そして、もうすぐ目的の頂上に到達するところだ。
静かに呼吸をしながら、塔に目を向ける。
そこでは巨大な化け物グモが、塔の階下をじっと見下ろしている。
これまで挑んできた冒険者は、誰もあの道を通り抜けられなかった。
階段を登った冒険者は糸を放たれて動けなくなり、そのまま捕食されてきた。
しかし、僕たちはその習性の裏をかき、塔の外から空中を登ってきた。
そして、あと少しで目的の《《高さ》》までたどり着く。
リーゼが目配せをしてきたので、僕は無言で頷きを返す。
十分な高さに達している。ここまで来れば、後は僕の出番だ。
僕は右手に鉄球を握りしめる。
クモの頭に狙いを定めれば、そこが《《赤く光って見えていた》》。
この高さなら、僕は《《外さない》》。
『こうげき』と『うかべる』。
世間から「ハズレスキル」とがっかりされた二つの力が噛み合った瞬間、必殺の一撃は僕のこの手に宿る。
――そもそも僕たちはなぜこんなことをしているのか。
1か月前の僕に、近い将来、辺境伯令嬢とともに廃塔を奪還することになると告げても、何の夢の話だとあきれただろう。
あの頃の僕は、特別な力の無い、鉱山領を治める伯爵家のお荷物だったはずなのに。
この話は、ひとつの見合いの席の出会いから始まる――。




