第23話 熱戦
人も資材もほとんど降ろして、すっかり静かに空っぽになってしまった馬車の中で。
僕はじっと音を聞いていた。機械亜竜の地鳴りを伴う足音、木がくだける乾いた音、それらの音が次第に近づいている。腰元の革帯に差した数本の工具の手ざわりを確かめながら、目標への距離が縮まっていくのを待つ。
「見えてきましたな……」
ギャレッドが馬車を止めた。僕もすかさず降りて、進行方向を見晴らす。
機械亜竜が遠目に見える。体中に糸を巻き付けながらも、前脚をふるって案内板を壊している。
「距離を取りながら、偽物の案内板を置いていこう」
付かず離れずの距離を保ちながら、偽の看板を置いていき、リーゼたちが準備している沢の方角へと誘導していく。
しかし、3つ目の予備の案内板を置こうとしたとき、はたと気づく。
「視界が開けているな……」
このままだと機械亜竜から、僕たちが標識を設置しているのが見えてしまう。
果たして、攻撃対象は切り替わったりはしないだろうか。
それでも誘導するしかない。不安を抱えつつも、地面に看板を刺したときだった。
機械亜竜の頭部から放たれた青い光が、設置作業をする僕とギャレッドを照らし出した。
とたんに、機械亜竜はせわしなく四本脚を動かして、こちらに向かってきた。巡回して人工物を壊す時とは明らかに違う動き。僕たちを認識したに違いない。
「まずいですな。人工物を増やす敵として、私たちを認識したのでしょう。
馬に乗って逃げましょう。こうなれば、私たち自身がおとりとなって、奴を引き付けるしかありませぬ」
ギャレッドの警告に従って、急いで馬の元へと向かった。
「馬車は置いていこう。二人乗りで沢まで駆け抜けよう」
荷台と馬をつなぐ留め具を外して、僕たちは馬にまたがった。
機械亜竜は進路をふさぐ荷台を破壊し、そのままこっちに向かってくる。馬はおびえるようにいななきを上げながら、必死で駆けている。これなら機械亜竜より少し速い。後ろに迫る破壊音を聞きながら、機械亜竜の地鳴りめいた進撃にゆられながら、僕たちはリーゼたちの待つ沢を目指す。
「デルム様!」
沢に近づき、リーゼがこちらに気付いて声を上げた。
準備は間に合っているようだ。ハンスさん、マリッサさん、ガーシュさんが緊張した表情でうなずいている。
「機械亜竜がすぐ近くに迫っている! 沢に落とすよ!」
馬は沢に落ちないように大きくまわって、向こう側へとたどり着く。
そして、追い付いた機械亜竜は直進してくる。沢にかけられた仮設の木の橋。しかし、急ごしらえの橋だ。機械亜竜自身の重さでたちまちに壊れてしまい、狙い通り谷底へと転落する。
「今です! 『うかべる』を解除します!」
機械亜竜の上には、いつの間にかタルがいくつか浮かんでいた。
そして、リーゼの号令に合わせて、次々と『うかべる』の力を失い、機械亜竜に降り注いでいく。一つ目のタルは油だ。次のタルには麦わらがしきつめられ、そして次には木くず。機械亜竜がうっとうしそうに、身体をひねっている。
「燃料は十分だな! 火種を投げ込むぞ!」
分厚い耐熱手袋をしたハンスさんが、ツボを投げ込んだ。中身は火の付いた炭だ。油のしみ込んだ麦わらと木くずに引火して、沢は一瞬で火の海となった。全員が風上へと避難していたが、熱風はこちらまで届く。
機械亜竜は悲鳴のように不気味な駆動音をあげていた。炎に包まれるのを明らかに嫌がっているようだった。
そして、リーゼの持つ薄青い石板が激しく光った。
「飛びます! デルム様、『降撃』を!」
機械亜竜の背中は青い光を放ち、変形しつつある。僕は腰の革帯からタガネを抜き放ち、背中を見据えて狙いを定める。つばさの付け根の装甲が開きつつある。狙うべきはそこだ。僕が地上で、機械亜竜は沢の底。高さは十分だ。僕の視界に赤い点が映る。
「いけえ!!」
手元から細長い鋼鉄製の棒を投げ放った。急加速して、機械亜竜の背に襲いかかる。そして、機械亜竜のつばさが大きく展開された。
――しまった。つばさの展開が早い。
果たしてタガネは狙い通りの場所に向かっている。しかし、命中の瞬間につばさが広がる。タガネは激しく火花を散らしながら、はじかれた。機械亜竜はタガネの『降撃』による衝撃で、少しだけよろめいた。
しかし、健在だ。そして、僕の方へ向き直る。自分に攻撃を仕掛けてきた者だと認識したのだ。燃える機械の生命体が再び青く光り、地面を飛び立った。
「こっちに来る!」
飛行して向かってくる先は僕だ。とっさに横っ飛びに身を投げ出して回避する。
僕がさっきまで居た場所に、熱風を伴いながら機械亜竜が突撃してくる。
「坊っちゃん!!」
ギャレッドが悲痛にさけぶ。燃える機械亜竜の狙いは完全に僕だ。しかも、こんな近距離で。反撃どころではない。わき目も振らずに、回避を繰り返すしかない。間一髪で、もう一度よける。でも、こんなギリギリのやり取りがいつまで続くかどうか。
そのとき機械亜竜の身体から、次から次へと甲高い音が響いた。ハッとして見やれば、みんなが持てる道具を次々と投げつけていた。ギャレッドは腰に差した剣を、ハンスさんはスコップを、マリッサさんはフライパンを、ガーシュさんはハンマーにレンチに手当たり次第の工具を。
「こっちですぞ! さあ、私を狙いなされ!」
みんなが機械亜竜の狙いを引き付けようとしてくれていた。そして、ギャレッドの剣は、ちょうど頭部に命中していた。
機械亜竜は空中でゆっくりとギャレッドの方に向き直った。標的が切り替わって、機械亜竜は僕に背を向けていた。――機械亜竜は燃え盛ったままだ。放熱が必要なのか、背中のつばさの付け根は開け放たれたままだ。
「デルム!!」
必死の呼びかけだった。その声の元はリーゼだった。いつも付けていた敬称をかなぐり捨てて、僕のことを大きな声で呼んでいた。そして、こちらを迎えるように手を広げている。
投げかけられたのは、短く名前を呼ぶ声だけだ。でも、僕にはその声の意図が分かった。僕はリーゼに向かって駆けだした。そして、同時に腰元の革帯から2本目のタガネを引っこ抜いてにぎりしめた。
僕はリーゼに到達する直前で飛び跳ねた。今、機械亜竜は空中から地面に立つギャレッドに迫ろうとしている。低空飛行、足元は僕たちよりわずかに高い。だから、『降撃』をするためには、空に近づく必要がある。そしてその条件は、いつもリーゼが満たしてくれる。
跳んだ僕にリーゼが手を伸ばしてふれて、スキルの発動を告げた。
「『うかべる』!!」
僕の身体がさらに30センテ、空へと浮かび上がる。僕は今、機械亜竜よりも高い位置で静止している。
そして、こちらに背を向けている機械亜竜のつばさの付け根、がら空きの放熱口へと僕は『降撃』の狙いを定めた。僕の見つめた先が、赤く光って見える。炎にゆれる視界、機械亜竜の放つ青い光、その中でもはっきりと見える赤い光。僕だけのスキルが見出した、そしてみんなのおかげでたどり着けた勝利への光。
「『降撃』だあ!!!」
手元からタガネを投げ放った。赤い光をめがけて、青い光の奥へ、放熱口のわずかなすき間を通って、タガネは吸い込まれるように加速して入り込んだ。
耳をつんざく音が、機械亜竜の内部からひびき渡った。『降撃』の狙い通りに、内部への攻撃に成功した。機械亜竜は身をふるわせた。
しかし、僕の方へとゆっくり向き直った。
「確かに命中したのに! まだ動くのか!!」
そして、再び青く光って、こちらへ向かおうとした瞬間。――再び、機械亜竜の内部からにぶい音が響いた。
「駆動する体内で、タガネが暴れている――?」
ガーシュさんがつぶやいた。機械亜竜が動こうとして、その度にタガネが内部ではじかれて暴れまわる。その度に内側がめちゃくちゃにされているのだろうか。
すると青い光が機械亜竜の身体の中で、肩、足、頭と不規則に点滅する。そのたびに内部からにぶい音がひびく。機械亜竜に明らかな異変が起こっていた。
やがて機械亜竜は青い光を放たなくなり、地面に腹ばいに倒れ伏したのだった。倒れた反動で地ひびきが辺りに鳴り渡った。
「倒した……のか……」
機械亜竜は沈黙していた。沢が燃える静かな音だけが聞こえてくる。
警戒しながら、全員で機械亜竜にそっと近づいて様子を見る。
「止まってますね……」
ようやく倒したようだった。全身から力が抜けてくる。すんでのところでつかんだ勝利だった。それも、みんなが機転を利かせてくれたおかげだ。
あのとき機械亜竜に手当たり次第のものを投げてくれなければ、リーゼが僕を呼びかけてくれなければ、少しずつ何かのタイミングがズレていれば、決してここまでたどり着けなかったと思う。
「気を抜いている場合じゃないよ! 火は使った後の始末が大事だ! 森に火がうつる前に消火しちまうよ」
マリッサさんが号令する。僕たちは気を取り直して、消火作業へと移った。
用意していた砂袋をリーゼが浮かべて、炎の上に押し出して、『うかべる』を解除して砂をまき散らしていく。これを繰り返す。
最後の火が消えたときには、あたりはすっかり夕暮れになっていた。
灰色に染まった地面の上で、機械亜竜が沈黙している。
「デルム……様……」
リーゼが、ためらいがちに僕の名前を呼んだ。
ああ、そうか。さっき、僕をとっさに呼び捨てにしてしまったことを気にかけているのかな。そんなこと、最初から気にする必要なんてなかったのにね。
「もう呼び捨てでいいよ。僕が最初にそう言ったのに、年下だからって丁寧語にこだわったのはリーゼだったじゃないか」
「最初のときのこと、覚えていたんですね」
「忘れないよ。あの日にリーゼに出会ってから、僕の目に映る世界はどんどん変わり始めたんだから」
最初に会ったときに、リーゼが僕を浮かべてくれたから、僕は『降撃』の本当の力に気付けた。僕の視界に、赤い光が宿った。あのときから、僕の止まっていた時間がやっと動き始めたんだと思う。
「ありがとう、リーゼ。君のおかげで大事なものを守ることができた」
「はい、デルム。あなたが私たちの塔を、見事に守ってくれました」
僕たちは塔の方角に目を向けた。これでようやく、帰るべき場所に胸を張って戻ることができる。
「帰ろう、僕たちの塔へ」
馬車は壊されてしまったし、馬も疲れ切っている。みんなで地道に歩くしかない。でも、気分は晴れやかだった。
あの場所には、僕たちの暮らしがある。帰りを待っている仲間がいる。そして、これからも守っていきたい未来がある。
立ち込める煙を背に、僕たちは一歩一歩、塔への帰り道を進んでいった。




