第24話 エピローグ:二人の塔、二人の未来
日も落ちてきた塔への帰り道、疲れが全身にのしかかっているようだった。無理もないだろう。機械亜竜をおびきよせたり、転がって突撃を回避したり、渾身の力で投げ込んだり。生き延びるために何でもやったのだから、その反動が大きいのも当たり前だ。
それでも気分は晴れやかで、足取りは止まらない。
歩みを進める先に、僕たちの帰るべき塔が見えるからだ。ここに帰ってこいと、まるで灯台のように道を照らし出してくれる。ありったけの油を持ち出したから、ランプの灯りはひかえめのはずなのに。塔の光は、いつもよりも明るく温かく感じられたのだった。
塔の玄関でベルを鳴らして帰宅を知らせる。入ってすぐに僕たちのもとに飛び込んできたのは、ニックくんだった。
「お父さん!」
ハンスさんを見つけるなり、腰に抱き着いた。
「お父さん、焦げ臭いけど大丈夫? ケガしてない?」
「大丈夫だ。こうやって、ちゃんと帰ってきただろう」
ハンスさんは優しい声で答えながら、ニックくんの頭をなでた。
「あなた、おかえりなさい」
エミラさんも歩み寄って、出迎えた。再会を喜び合う、温かな家族の光景だった。
「お嬢様、デルム様、おかえりなさい」
レンネも僕たちの帰りを出迎えて、頭を下げた。
「レンネ、無事に戻りました」
リーゼが微笑みを返した。レンネも強く心配していたんだろう。目の端には涙が浮かんでいる。
「こんなに土と灰で汚れて、お二人とも無茶ばかりするんですから」
「塔を守るために無茶するしかなかったからね。でも、何とかちゃんと倒せたし、帰れたよ」
レンネに苦笑しながら、やっと戻ってこれた実感がわいてきた。
「さて、お客様にも説明せねばなりませんな」
「さっさと着替えて、夕食の支度をしないとね」
ギャレッドとマリッサさんは冷静に日常へ戻ろうとしていた。頼もしい限りだ。
そのとおり、今もお客さんは不安を抱えているのだ。それにもう日が暮れたから、今夜はここで明かすしかない。お客さんを預かる側として、非常時が一段落しても気を抜いてばかりはいられない。
一通りの始末と身づくろいを済ませて、遅くなったけれど2階の食堂に夕食を取りに来た。
「機械亜竜は炎をまとったまま空を飛び、デルムの若旦那に襲いかかる!
若旦那は決死の飛び込みでかわして、キッと機械亜竜をにらみつける。
あまりに危機迫る熱戦! そして、リーゼティアお嬢さまが悲痛に若旦那の名前を呼び――」
食堂では、ガーシュさんがお客さんの旅商人相手に、吟遊詩人さながらの語り口で今日の熱戦の様子を伝え聞かせていた。何をやっているやら。しかも意外と上手な語り口だ。
顔もうっすらと赤く染まっている。お酒も入っているらしい。まぁ今日はガーシュさんも頑張ってくれたし、少し羽目を外してもいいだろう。お客さんの盛り上げ役を買って出ているとも言えなくもないし。
僕は明日からもやるべきことが山積みなので、軽い夕食を取るだけで、早めに休むことを優先した。
翌朝、機械亜竜による被害の確認のため、僕とガーシュさんで街道を点検してまわった。ちなみにガーシュさんはいつもより生き生きとした様子だった。お酒の席でリフレッシュできたのだろう。
地図を片手に、被害を受けた案内板、休憩所、倒木などをリストアップしていった。街道の路面自体はそこまで被害がないので、少し不便にはなるけれども、通行をストップしなくても良さそうなのは幸いだった。
ギャレッドは、午前中はお客さんを交易都市に送り届ける護衛の役目を果たした。そして、そのまま冒険者ギルドに立ち寄って、機械亜竜の残骸を確認する人員を連れて来てもらった。僕とガーシュさんも立ち会った。
「確かに活動は停止しています。動きませんな。それにしても、すごく固くて重い……」
ギルドの職員が叩いたりして確かめる。
「武器や防具に加工すれば、すごいものになるでしょうなぁ。ちょっと運搬の仕方は考えないといけなさそうですがね」
「いや、まだ調べた方が良さそうだから、売りには出さないよ。
この辺りの古い歴史に詳しい人にもお願いして、調べ終わってから考えよう」
機械亜竜がなぜ動き出したのか、本当に塔と関係があるのか、他にも同じような生命体がいないのか、残された謎はあまりにも多い。
とはいえ、街道の復旧が優先だ。グラマイタイン領への道の開通準備だってある。並行してゆっくりと調べていくしかないだろう。
そして復旧工事に着手しながらも、街道に旅人たちが戻ってきた。
塔はすっかり営業を再開した。エミラさんが笑顔でお客さんを迎え、ハンスさんが落ち着いて馬を引き取り、ガーシュさんが頼もし気に荷揚げ機をまわして、レンネがあわただしく食堂に案内し、マリッサさんが豪快に料理を差し出す。そんな、かけがえのない日常が戻ってきた。
珍しいお客さんもあった。アイン兄さんが、お客さんとして塔に来たのだ。
「元々、事業をうまくやっているかは見に来たかったんだ。とんでもない化け物も出たようだしな」
「本当に大変だったんだよ。でも、幸いにお客さんは来てくれているよ。むしろ段々と増えているから、新しいスタッフを雇おうかと考えている最中なんだ」
「ああ、賑わっているみたいだね。この調子なら、復旧が終わったら、うちの領への街道整備も予定通りに進められそうだな」
「はい、そのときにはよろしくお願いします」
「もちろんだ。デルムの経営手腕も、化け物を撃退する武勇も頼りにしているさ」
「兄さん……」
「知っているか、デルムがタワースパイダーと機械亜竜を撃退した話。あちこちの酒場で吟遊詩人の題材になり始めているんだぞ。塔に住まいし若き旦那、それを支える美しき銀髪のご令嬢ってね。今度、うまい語り手がいたら、連れて来てご本人にも聞かせてあげるよ」
「うわあ、そんな話になってるんだ……」
「私としても、自慢の弟で鼻が高いよ」
兄さんは笑ってからかうような表情から顔を引き締めて、僕のことをまっすぐ見つめた。
「デルム。お前は実家で手伝いに駆け回っていたとき、どことなく困ったような顔をしていたな。自信がないような、居場所がないような、そんな自分を持ち下げるような顔をしていた。
でも、今はずいぶんと頼もしい表情をしている。化け物を倒して、塔もうまく経営してスタッフをまとめて、誰かの上に立つ指導者の顔になってきた。
私はそれがデルム本来の姿だと思っているよ。デルムは昔から頼まれたことは何でもやってのけた。誰かに任せることも上手だし、大事なことを見極める判断も早い。
デルム、お前は自分の居場所を見つけて、それを精一杯守っているんだな。そんなお前が誇らしいよ」
兄さんの言葉に、胸の奥が詰まるようだった。
一人になったときに、あきらめたように苦笑いする僕の悪い習慣。でも、いつしかそんな投げやりな素振りをすることはなくなっていた。
今の僕は毎日がきっと充実しているんだ。胸を張って日々を過ごしているんだ。それを兄さんからも認められた。僕の心の中の穴が埋められたような気がした。
「兄さん、ありがとう」
兄さんとはたくさん語り合った。けれど、次第に兄さんにお酒がまわりだして、お客さんやガーシュさんと盛り上がり始めたので、そっと食堂に置いてきた。
そして僕は塔の屋上で、星空の下でぼんやりとしていた。いつの間にか、苦笑いの代わりに加わった習慣は、ここから街道と森を見つめることだった。
風が吹き抜けて気持ちいい。それにこうして出来上がった塔と街道を見つめるのは、頑張って作った自慢の模型を見つめ直すようで、なんとなく充実した気分になるのだった。
「お兄さん、満足そうで良かったですね」
いつの日かのように――そうだ、営業初日の夜にも、こうやって見計らったように屋上に来たんだっけか――リーゼはそっと僕の隣に歩み寄った。
「うん、兄さんによくやったって認めてもらえて、うれしかったな」
「きっとデルム様は、ずっと昔からご家族にも認められていたんだと思いますよ。
ちょっと遠回りしてしまっただけで、本当はたくさんのものを手に入れていたんです」
「そうかな。きっと、そうだといいな。でも、リーゼだって同じだよ。
辺境伯はリーゼを認めてくれている。もう僕たちはただのハズレスキル同士じゃないんだ」
僕とリーゼが最初に出会ったとき、僕たちは傷ついた合わせ鏡だと複雑な気分にもなった。でも、今は決してそうは思わない。僕たちは、スタッフたちと旅人たちを背負っている。傷ついて助けを叫ぶばかりの子どもではなくなったんだ。
「デルム様のおかげですよ」
リーゼは長い髪を風にゆらしながら、僕に向けて微笑んだ。
「僕だって、リーゼのおかげだよ」
なんだかいつも、こんなことを言い合ってばかりの気がする。
――でもさっきから、ちょっとだけ引っかかる言い回しがあるなあ。
「リーゼ、僕の呼び方が戻ってるよ」
リーゼは気まずそうな顔をして、おずおずとこちらを見た。
「やっぱり、呼び捨てで呼ぶのは、その、気恥ずかしいです。
元の様付けに戻しても良いでしょうか……」
「ダメだよ。これは将来のための練習なんだから」
「将来……」
「いつか僕たちは、ハンスさんとエミラさんみたいに夫婦になるんだろう?」
そうやって口にすると、僕の方も気恥ずかしさがこみ上げてくる。
「だったら、いつまでも『様』を付けているわけにはいかないよ」
「ですが……」
「慣れないといけないよ」
「……もう」
リーゼが少しだけ困ったように笑う。
「デルム、かないませんね」
呼び捨てで呼ばれた名前。自分でそう言わせたのに、実際に言われると、胸がどきりとする。
「これからも、末永くよろしくお願いします」
「こちらこそ」
僕はリーゼの手を取った。そして、ゆっくりとその細い身体を抱きしめる。
リーゼはおどろいたように身体を固くした後、そっと僕の背中へ手を回した。
二人で手を取り合うことで、僕たちの胸の内はやっと満ち足りたのだ。
そして、僕はこれからもリーゼを手放せない。リーゼとともに、この塔で生きていきたい。
僕の帰るべき場所は、この塔とリーゼだ。僕たちの未来は、この街道のように、これからもずっと先へと続いてくのだ。
君のうつむいた瞳がハズレスキル『こうげき』に光を見出すまで 完




