第21話 暴挙を止める
機械亜竜の暴挙を見つめながら、リーゼが対抗策を切り出した。
「正体不明の生物ですし、遠目に見ただけでは頑丈で力が強いことくらいしか分かりません。
ですが、どうやら目に付いた人工物を優先して破壊するようです。
先回りして罠を張って、動きを止めることは可能だと思います」
「そうだね。初戦で撃破を確信できるほどの情報がない。
まずは罠で足止めが目標だね。落とし穴を仕掛けるには、時間がないか……」
「はい。なので、ありったけのスパイダーシルクを持っていって、機械亜竜を封じ込めたいと思います」
スパイダーシルク。確かにタワースパイダーは長年、この塔の支配者として君臨していた。
丈夫な糸を巻き付けて相手の動きを封じてから捕食する戦法が有効だったからだ。
その糸をうまく使えば、未知の生命体であれ、動きを封じることはできそうだ。
「ふむ、試す価値はあるでしょうな。足止めに行く人選はいかがしますかな」
「戦える人員となると、僕、リーゼ、ギャレッドと、それにハンスさんからも罠を張る助言がほしいな。
この4人で向かって、あとのスタッフはお客さんの対応と誘導をしてもらおう。
こうなったら、塔から交易都市方面に向かうのは見合わせてもらうしかない」
「そうですな。ハンス殿は足が悪いですが、軍での実戦経験をお持ちです。大型魔物に対処する心得もあることでしょう。
至急、スタッフへの指示と、足止めの道具を準備するとしましょう」
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出発の前に、スタッフで1階に集まり、最後の確認をする。
「それではガーシュさん、留守の間の守りをよろしくお願いします」
「任せてください! 若旦那、無茶はなさらないで。
あと、なるべく多くの情報を持ち帰ってください。
化け物であっても、機械仕掛けならば、何か自分が分かることもあるやもしれません」
「分かった、頼りにしてるよ。それに、帰ってからの分析の協力もお願い。
エミラさん、お客さんとニックくんを落ち着かせるように努めてください」
「はい、お気をつけて。必ず無事に帰ってきてください」
「マリッサさんとレンネは保存食や備蓄資材をまとめておいてください。
使えそうなものを集めておいてもらえれば、後々役に立つと思いますので」
マリッサさんとレンネが、緊張した表情でうなずいた。
「たまたま辺境伯領に向かう商人と、交易都市に向かう冒険者がいたことは幸いでしたな。
伝令の依頼料を渡しましたので、必ずや双方に伝えてくれることでしょう」
何も知らない旅人が新たに来て、機械亜竜の被害に遭っては一大事だ。
冒険者がいたことも大きい。街道を遠回りしてもらいつつ、交易都市へ危険を伝えてもらうことを依頼した。
荷馬車に積み上げたのは、編み上げられた太いクモ糸の帯、さらにクモ糸製の巨大な捕獲網、そしてタワースパイダー戦でも使った足場用の木板と鉄球だ。細糸に加工してしまったスパイダーシルク以外はありったけを使った。その他に、縄や革に杭なども載せてある。
そして、念のために、リーゼには例の石板を持ってもらっている。機械亜竜の近くでなら、関連性がもっと分かるかもしれない。
「この位置に罠を張りましょう」
ハンスさんが地図を片手に周囲を見渡して呼びかけた。
事前に目星を付けていた、街道が狭くなっている場所だ。両側に大木が並んでいる。
「大木を3つ使って、力を分散させながら、クモ糸の帯を張る支柱とします」
ハンスさんの指示に従って、大木に巻きつけて、複数本の帯を設置した。
いくつかの帯は道の中央でゆるく輪っかを描いている。
「リーゼ、浮かべられるかい?」
地面に垂れ下がった数本の帯をリーゼが手で触れて、浮かび上がらせた。
「はい、大丈夫です。あとは通りかかった瞬間に浮かべて、これを機械亜竜の進路に掲げましょう」
作戦の第一段階では、最初に太い帯で道をふさいで機械亜竜が前進するのを阻止する。
進みあぐねているうちに、他の輪を作った帯を浮かべて脚にからませて、前にも後ろにも進めなくする。
そして僕たちが空中足場を用いて、上を取って捕獲網をかぶせ、さらにクモ糸でがんじがらめにして、動きを封じるのだ。
「まもなく来ますぞ」
先行して機械亜竜の様子を見てきたギャレッドが戻ってきた。
「人には反応したかい?」
「このとおり、近づいても私を追うことはありませんでしたな。
やはり人工物を見定めて破壊することを優先しているようです。
もっとも木をなぎ倒していましたから、進路をふさげば攻撃はしてくるでしょうな」
「生き物より人工物を狙う存在。一体、何が目的なのでしょう……」
ハンスさんがゆっくりと首を横に振った。
「今は足止めだけを考えましょう。俺たちが探ろうが、よく見かける魔物でさえ何を考えているか分かりやしない。こいつがどんなときに何をするか、そいつを見極めるのが優先です」
実戦をくぐり抜けてきたハンスさんの、現実的な意見だった。確かに正体は気になるけれども、今は無力化することが大事だろう。よく観察して対処に当たるとしよう。
「……来ましたな」
ギャレッドの見つめる先で、案内板が砕かれた。
そして、機械亜竜が姿を現した。
4本の脚で立った背の高さだけでも、5メトル近くある。長い首と尾を含めれば、その倍ほどになるだろう。
灰色の装甲板が何枚も重なった体表。その継ぎ目からは青い光がもれていた。
木陰にひそんでいる僕たちに気づいた様子もなく、見据えているのは街道の真ん中に置いた案内板だった。
この案内板は、機械亜竜をおびき寄せるために、予備品をついさっき設置したものだ。
そして、そのまま進んだのなら、さっき設置したクモ糸の帯に道をふさがれるというわけだ。
一歩、一歩と、地響きを伴わせながら、ゆったりと進んでくる。
「――今です!」
リーゼが地面へ伏せていた一番太い帯を浮かべた。
機械亜竜の目の前が帯でふさがれる。しかし、構わずに進もうとするので、帯は引かれて張り詰める。
その最中、他の帯も浮かべ、機械亜竜は複数の帯に脚をからめとられた格好となった。
「今のうちに上に登ろう」
機械亜竜を横目に見ながら、リーゼとともに空中足場を登り始める。久しぶりに空の階段を登る気はするけれども、身体がその感覚を覚えている。リーゼが足場を浮かべて登り、僕がその後に続く。僕たちは着々と高さを稼いでいく。
機械亜竜は今や、前に進もうとしても進めない状態になっていた。巨木3本の太い幹に支えられた複数の帯が、しっかりと進路をふさぎ、脚にからみついている。ミシミシと巨木が音を立てているが、帯はがっしりと動じない。
このままでは進めないと思ったのか。前足で蹴ったり、尾を振るったりもするが、クモ糸は弾力を持ちながら跳ね返す。そのまま何度も繰り返すが、機械亜竜にはクモ糸の帯を破壊できないようだった。
「よし、後は捕獲網を……」
十分な高さに達して、運搬具の中の網に手を伸ばした――そのときだった。
機械亜竜の背中が青く光った。何枚もの装甲板が左右へ持ち上がっていく。
その内側から現れたのは、折りたたまれていた2枚の翼だった。
「まさか、飛べるのか!」
「いけません! 早く網を!!」
金属の翼が大きく広がり、その付け根から青い光があふれ出す。
とっさに網を投げ放って、機械亜竜におおいかぶせた。4隅につけた鉄の重りが落ち、網を大きく広げる。
そして、すかさずギャレッドとハンスさんが駆けつけ、ロープ状になっている網の端を大木へとくくり付ける。
機械亜竜は翼を動かそうとするが、網がからまって思うようにいかないようだ。
危なかった。なんとか逃げられるのは、阻止できたようだった。
「飛び跳ねることは警戒してたけど、まさか空を飛ぼうとするなんて……」
地面に降り立って、機械亜竜を注意深く観察する。
あきらめずに帯を破壊しようとしたり、飛ぼうとしたりを繰り返している。
その度に杭や巨木はギシギシと音が鳴っていた。ギャレッドとハンスさんは合間を見て、糸の端に重しを追加している。
「ひとまず動きを封じることはできたでしょうか……」
「うん。まずは『降撃』が通用するかを確かめないとね」
僕は鉄球を手に持ち、リーゼとうなずき合って、浮かべてもらった。
いまだに決定的な弱点は分からない。
でも、強く光る部分はなんとなく見えてきた。
それは関節部分だ。部位と部位、例えば肩と腕をつなぐあたり。力を込めて全身が光るとき、濃い青として見えるのはそこだ。
つまり、関節は装甲が薄いから、光がもれ出しているのだろう。そこを狙ったのなら、攻撃が比較的通りやすいのかもしれない。
網のすき間から露出している右肩の付け根。そこに狙いを定めると、『降撃』のスキルにより僕の目に赤く映った。
「いけっ!!」
鉄球を投げ放つと、するどく加速し、狙いをめがけて迫っていく。
ギンッと甲高い音、そして飛び散る火花。しかし、鉄球ははじかれた。
狙った部分には命中したが、へこんだ程度だ。地面に落ちた鉄球は折れ曲がってゆがんでいる。
「なんて固さだ。鉄球じゃ無理か……」
弱点らしき部分を狙ったが、『降撃』の力を乗せた鉄球ですら通用しなかった。
見たところ、全身が同じような金属の素材で出来ている。
これでは鉄球でどこを『降撃』しても、同じように弾かれてしまいそうだった。
「お坊ちゃん、動きが激しくなりました!」
攻撃を受けたと認識したのだろう。機械亜竜がさらに激しくもがいて、拘束から逃れようとしている。
その度に支えとなっている巨木がミシミシと悲鳴を上げているようだった。
「今は動きを封じられているが、抑えている方にも限界が来る!
もって数時間。雨風が吹いてしまえば、もっと短くなりかねません」
ハンスさんが苦い顔をして警戒を促した。
動きを封じている今のうちに倒してしまいたいところだが、手持ちの道具で有効な攻撃は思いつかなかった。
「一度、撤退しよう! 近くで見て、分かったこともある!
急いで帰って、スタッフのみんなで一緒に、こいつを倒す作戦を立てるんだ」
「……そうですね」
リーゼは手元の石板を見つめながら、うなずいた。
近くで観察していると、機械亜竜が青く光って動く直前に、石板が光を放つようだった。
これも何かのヒントになるかもしれない。
「いきますぞ! 馬を走らせます!」
ギャレッドの御者する馬車に乗り込んで、機械亜竜を置き去りにその場を後にした。
後ろから機械亜竜が前脚を地面へ打ち付ける地響きと、巨木がきしむ音が聞こえてくる。確かに長くはもたなそうだ。
設備に詳しいガーシュさんなら思いつくだろうか。マリッサさんたちが用意した道具に打開策はあるだろうか。
いつもより速く走る馬車にゆられながら、僕は遠ざかっていく機械亜竜を見つめ、考えをめぐらせていた――。




