第20話 破壊者
塔の開業2日目、そして不気味な震動があった夜の翌朝。
6階の従業員用の食堂で職員たちと朝食を囲みながら、昨夜の異変について話し合った。
「特に異常は見当たらなかったみたいだね。でも、夜の点検だったので、見落としがあるかもしれません。仕事にあたりながら、入念に持ち場を見直してください」
スタッフに再点検と、用心を呼びかけた。
リーゼがエミラさんに声をかける。
「受付にかざってある石板なのですが、今朝には光も熱も失われていました。ですが、また何かが起こらないとも限りません。ときおり様子を見ながら、もしも異変があったら、私たちにも知らせてください」
石板の奇妙な反応も気になるところだ。嫌なことの前ぶれでなければ良いのだけれども。
とはいえ、不思議なことばかりに気を取られてもいられない。2組の泊まり客がいるのだし、通常の営業もきちんとやり遂げることにしよう。
「石板が光ったとな、ふむ……」
2階の来客用の食堂にて、ご老人に昨日の異変を報告した。
「儂が塔で工事していたときには、そのような異変は見られなかったな。
地下の開かずの扉は何度か調べたが、反応することはなかった。
あのときと違うとすれば、街道が交易都市にも開かれたことくらいかのぅ。
あくまで儂らは古い遺跡の上に間借りしているだけなのじゃ。
何が秘められているかは分からん。くれぐれも気をつけることじゃ」
「やはり、地下を調べ直した方が良いでしょうか」
「異変が続くようであれば、そうじゃな。
しかし、塔が崩れてしまっては、元も子もないじゃろう。
調べるとしても、ちゃんと対策してから当たることじゃな」
石板が反応したのは、昨日の一度だけだ。
今はまだ人手をかけてまで、不確かなことを調べるような段階ではないだろう。
当分は注意しながら営業を続けつつ、グラマイタイン領への街道開通を進めることになるだろう。
そして朝食の時間帯が過ぎて、恋人たち、いや近い未来の夫婦たちの出発を見送った。
「昨日はありがとうございました! 次の工事でもよろしく頼みます!」
「友人にも、素敵な塔で素敵なことがあったと自慢します。
また来ますね!」
「またのご利用を心待ちにしています」
リーゼと一緒に礼をして、旅立ちを見送った。
二人は仲良くならんで、新しく開通した街道へと歩み出していった。
その仲むつまじい後ろ姿を見送るのは、少しだけ胸がくすぐったく、そして誇らしい気持ちになる。
営業二日目となったこの日も、塔は穏やかな活気に包まれていた。
昼前になると行商人や、街道の様子を見に来た冒険者が、ちらほらと塔を訪れるようになった。
「いらっしゃいませ! お食事のご利用ですね。
レンネさん、2階にご案内をお願いします」
エミラさんの明るい声がひびき、旅人たちも笑顔でくつろいでいた。
ご老人も塔から出発した。交易都市に向かう行商人にお願いして、帰り道をともにする相手も無事に見つけられたようだった。
「塔のよみがえった姿を見られて、心残りが晴れたわい。
石板の件は不安じゃが、これからも塔を守っていっておくれよ」
老人の言葉にうなずいて、僕は手を振った。
「この煮込み、うまいねぇ! こんな良い場所ができたのなら、今度からはこっちの街道を使うことにしよう!」
マリッサさんの料理も好評だった。受付の帳簿には、旅人たちの名前が着々と書き加えられていくのだった。
しかし、昼過ぎになると、ハンスさんに厩舎を見てほしいと声をかけられた。
すると、普段から塔で飼っている馬も、旅人から預かった馬たちも、落ち着かずに地面を足で蹴ったり、いなないているようだった。
「どうにも今日は馬とクモの様子がおかしい。
どの馬も交易都市の街道の方を見て声をあげているし、クモたちは何かにおびえるように端っこで縮こまっている」
「いつもはそんなことがなかったのに……」
「軍でも、ときおりこういうことがあったんだ。動物は人間よりも異変に敏感だ。人には聞こえない音や、感じ取れない気配も察知するという。
馬もクモも警戒しているのなら、何かあると思った方がいい」
「そうですか……」
「そういえば、交易都市から来る途中で、妙な音が聞こえたり、何かが光るのを見ましたな」
声をかけてきたのは、馬を引き取りに来た商人だった。
「森の奥の方で木が倒れるような音がしたり、不意にまぶしさを感じたり。
もしかすれば、気のせいではなかったかもしれませんなぁ」
僕はギャレッドとともに塔の屋上の見晴台に登り、周囲を見渡した。
「ふむ、言われてみれば、あの辺り、木々が倒れていますな。
何か大きな魔物でも暴れまわっているのでしょうか」
遠眼鏡を手に取り、確認する。緑の生い茂った木がまとめて倒れていた。
前に見たときには、あんな倒木はなかったはずだ。若い木だから、枯れたわけでもない。明らかに何者かの力が加わって、なぎ倒されたものだ。
「調べに行った方がいいかな。でも、肝心の当事者の姿が見えない。もう少し情報がほしいところだけど……」
「デルム様、また石板が光って!」
リーゼが石板を持って、屋上に駆け付けた。
昨晩の夜よりも強く光を放って、ふれると確かな熱を持っている。
「昨日よりも反応が強いね。これは一体……」
「坊っちゃん、あそこで今、木が倒れましたぞ!」
ギャレッドが指さす先を、遠眼鏡で注視する。
「何だ、あれは……」
森の緑の合間から見えたのは、灰色の、巨大なトカゲ、なのだろうか。
樹木と同じくらいの大きさだ。体高は5メトルくらいはありそうだった
よく見ると、あれはウロコではない。まるで鉄の板を重ね合わせたような無機質な体表だ。
木々を押しのけながら、塔と交易都市を結ぶ街道へと出てきた。
「機械仕掛けの、亜竜……?」
そうとしか言い表せない、正体不明の存在だった。
大きくて四足歩行で、は虫類型の魔物は、伝説で語られる竜の姿にちなんで、亜竜と称されることがある。
しかし、あの身体は明らかに普通の生命体ではない。
にぶく光る灰色で、自然界では見かけないような、まるで何者かに造られたような姿に思えた。
機械亜竜は街道に沿って、こちらの塔に向かって進み始めた。
そして、街道脇に置かれた休憩所の前で、立ち止まった。
頭らしき部分を近づけて、じっとながめている。
――そして青く発光した後、胴体を大きくひねり、尻尾の攻撃でベンチを破壊したのだった。
「なっ!」
ベンチ、屋根の支柱、井戸。的確に狙いすましたように、次々と攻撃していく。
「そんな! 休憩所が! なんてことを……!」
リーゼが悲鳴をあげる。
旅人たちのために、リーゼが提案した安息の場所。それを敵視しているのか。機械亜竜は手を、足を、尾を振るって、ことごとくを砕いてしまった。力を込めるたびに、不気味に青い光を放っていた。
そして、機械亜竜が大きく動くのと同時に、脈打つように石板が光を放っていた。
「こうしちゃいられない! 倒さないと!」
「お待ちくだされ! 確かに撃退するべき相手ですが、正体が分かりません! 身体を振るうだけで建物を壊す、とてつもない力です! どうやって倒すつもりですか!」
ギャレッドの怒声で、冷静さを取り戻す。確かに勝算なしに挑むには、あまりにも危険だろう。
タワースパイダーを倒したときみたいに鉄球で……。いや、あの身体は頑丈そうだ。鉄球をぶつけたとしても、せいぜい引っ込ませるくらいしかできないかもしれない。未知の生物だから、急所だって不明だ。
「倒す……。ええ、打ち倒してやりたいところですが、まずはあの動きを止めなくてはなりませんね……」
「リーゼ……?」
リーゼは冷たい声を発していた。今までに聞いたことのない声色だった。怒っている。それもかなり強く。
「まずはあの暴挙をやめさせます。私に考えがあります。
ありったけを用意して、あの機械亜竜の元へと向かいましょう」
怒れるリーゼの指示のもとで、未知の脅威を倒すための準備が開始された――。




