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第19話 最初のお客様

 開業初日の朝、誰もが落ち着かない素振りを見せていた。

 もちろん、僕だってソワソワしている。誰もが落ち着かないことを把握しているのが、その良い証拠だ。つまり僕はいつもの書類仕事が手に付かず、各階のスタッフの様子を見て回っているわけだ。


 リーゼは屋上にいて辺境伯領と交易都市への街道を交互に見渡している。

 レンネはベッドのシーツを直したり、備品・消耗品を数え直している。

 マリッサさんは既に仕上がった鍋をかきまわしては、味見を繰り返している。

 エミラさんは受付で木札を並べては片付け、真っ白な帳簿を開いたり閉じたりしている。

 ハンスさんは厩舎とクモ舎と入り口の間を行ったり来たりしている。

 ガーシュさんは荷揚げ機の台を上げたり下げたり、各部を軽く叩いて、何度も確認している。

 そういえばギャレッドだけは冷静に書斎で書類仕事をこなしている。さすが落ち着いているなぁ。


「お客さん、来るといいですね!」


 ハンスさん一家の息子さん――ニックくん――に声をかけられる。やきもきしている様子が、子どもにまで伝わってしまっているらしい。我ながら情けない。


 いい加減に書類仕事に戻ろうかと階段に足をかけた――そのときだった。

 入り口の鐘が3回、鳴らされた。来客を知らせる、取り決めていた合図だ。

 駆け付けると、そこには見覚えのある商人と、一人の老人がいた。


「やあ、若旦那。早速、立ち寄ってみましたよ」


 以前に、開通まで3週間と聞いて慌てて現場を見に行ったときに、資材を届けに来た商人だった。


「ようこそ、塔へ。それと、そちらの方は?」


 白いひげを蓄えた老人が、口を開けて塔を見上げていた。


「実は交易都市の入り口で、ここに連れて来るように頼まれましてね。

 荷台の空きもあったから引き受けたんです。どうにも、過去にこの塔に関わった人らしいのです」


 自分の話をしているのが聞こえたのか、老人がこちらに歩み寄ってきた。


「昔、この塔の設備に手を入れた者だ。復旧されたと聞いて、老いぼれる前にぜひとも見ておきたいと思ってな」


「そうでしたか。ほとんど再利用しているので、当時そのままの部分も多いと思います。ゆっくりご覧になってください」


 二人に受付を済ませるように案内し、エミラさんが応対する。


「いらっしゃいませ。本日は休憩でしょうか。それとも、ご宿泊でしょうか?」


 打ち合わせた順序通りにエミラさんが聞き取っていく。商人は休憩で食事付きで、馬と荷車を預けた。1番の木札を手渡されていた。すぐさまハンスさんとガーシュさんが歩み寄り、馬と荷を引き取った。


「おっと私が一番の客ですか。これは縁起が良いですな」


 商人が受付票に名前を書き、代金を手渡した。この塔のお客様第一号だ。早速の食事のために、レンネの案内で2階へと上がっていった。


「儂は塔をじっくりと見たい。一泊で頼めるか。食事は後でいい」


 老人はそう言って、手続きを済ませた。小荷物を背負ったまま、まずは塔の外を見て回るようだった。ふらりと去ってしまいそうで心配だったので、僕はそっと後をついていくことにした。


 老人は荷揚げ設備をじっと見つめていた。


「直っているようだな。動かしてみてくれんかの?」


「へえ。じゃあ、こいつを乗せて、一往復させてみますか」


 ガーシュさんは荷台に薪束を載せて、ベルトで固定した。太い腕でハンドルをゆっくりまわして、荷揚げ設備の操作を始めた。

 老人は歯車やレールの近くに寄って目をこらして、動く様子を注意深くながめていた。


「よく直した。立派なものだな。骨組みと内部部品以外はほとんど取り替えてしまったか、仕方あるまい」


「木は腐っていたし、金具もサビたりしてたからねぇ。それでも放っておかれた割には、使える部分も結構あって驚かされましたよ。にしても、お爺さん、ずいぶん詳しそうですな」


「かつてこの荷揚げ設備を取り付けたのは、儂の班じゃったからの。もう30年は前にもなるか」


「へえ! するってぇと、大先輩じゃないですか。やっぱり歴史がある塔なんですなぁ」


「この塔には2つの歴史がある。お若いの、ご存じかの?」


 老人は僕を鋭い目つきで見やり、質問を投げかけてきた。


「はい。元々の古い遺跡があって、そこを土台に塔が作られたとは聞いています」


 リーゼから話を聞かされたし、整備班も現場で珍しがっていた。

 地下の基礎と塔の中心部には、継ぎ目のほとんどない灰色の構造が残っている。その周囲を石で補強し、床や階段、外壁を付け足して、現在の塔にしたのだという。

 改修工事の途中で僕も見せてもらったが、石とも金属ともつかない、見たことのない素材だった。


「そのとおりじゃ。そして、儂らもその遺跡が何だったのかは分かっておらん。

 ところで、地下は見たかね?」


「いえ、階段はありましたが、奥は土砂とがれきで埋まっていたので、掘れば崩れる危険があると思って探索は取りやめました。

 今は入り口を補強して、そのままにしてあります」


「儂のときは入れたんじゃがな。開かずの青い扉があって、神秘的じゃったな」


「そんなものが……。いや、もしかして……。なら、見せたいものがあるのですが……」


 僕は老人を1階に連れてきた。リーゼも呼びよせて、受付の端になんとなく飾っていた薄青い石板を老人に見せた。


「おお、これはまさにあの扉と同じ色合いじゃ。これをどこで?」


「ここを占領していた魔物が、のみ込んでいたようでした。これが何か、分かりますか?」


 タワースパイダーを倒した後、冒険者ギルドで見せても、結局誰も分からなかった。

 お爺さんもまた、首を横に振った。


「分からんよ。ただ、ここの遺跡にまつわるものであることは確かじゃろう。

 今となっては地上にあるものは、これだけかもしれぬな。大事になされよ」


 僕はリーゼと向き合って、うなずいた。

 思わぬ形で判明したこの塔の歴史と秘密。しかし、かえって謎が深まるばかりでもあった。



 午後には、もう一組の来客があった。

 先日の予行演習に協力してくれて、今度は家族と来ようかなと言っていた若い作業員だった。

 しかし、一緒に連れていたのは、年若い女性だった。

 リーゼが首をかしげながら質問した。


「そちらの方は……?」


「あのときは家族なんて言ったけどさ、実は連れてきたかったのは俺の恋人なんだ」


「はじめまして。この人が自分のやった仕事を見せたいって言うものですから、一緒に来ました」


 二人での宿泊を受け付けた後、作業員の人が僕をこっそり呼びつけた。


「実はさ、ここの屋上を夕方に俺たちの貸し切りにしてほしいんだ」


「それは構いませんけど、何かに使うんです?」


「何って、あの子へ結婚を申し込むんだよ!

 ここって最高のながめだろ! 完成したときから、ここしかないと思ってたんだ!

 この塔で俺の人生が決まるんだ。応援してくれよ!」


「な、なるほど。分かりました。お貸ししましょう!

 その、頑張ってください!」


 まさかの使い道を聞かされて、僕は心臓をドキドキさせたまま、スタッフに共有する。


「そいつぁ、めでたい話だね。じゃあ、夕食にはちょっとオマケしてやろうかねぇ」


 マリッサさんは腕組みをして、ニヤリとしている。


「いい話だなぁ。自分は他の人が屋上に入らないようにするから、任せてくれ!」


 ガーシュさんが大きな腹を叩いて、張り切っている。


「素敵な話ですね……。ぜひとも後押ししてあげたいです」


 リーゼはうっとりしつつ、ほほを赤らめていた。


「うーん、今から手伝えるものとなると……。リーゼ、一緒に来てくれるかい?」


--------------------


 そして、夕暮れ時となった。僕もこの塔からの夕景には何度も見入ったことがある。

 空一面に赤く鮮やかな色が広がり、遠くまで続く森の木々と街道が染められ、とても幻想的な光景なのだ。


 そんな中、二人の若い男女が向き合っている。

 僕たちは階下からバレないようにこっそり見守っている。

 顔を乗り出そうとするレンネを、ギャレッドが押さえつけている。


「この街道がうまく仕上がって、俺も自信がついたんだ。

 これからも俺の腕で稼いでいける、そして、胸を張ってお前とともに暮らせると思ったんだ」


 青年が背中に隠していた花束を取り出し、目の前に差し出した。

 僕たちが用意した、近場のきれいな花を集めて、包装をスパイダーシルクのリボンで結んだものだ。


「俺と結婚してくれ」


 女性は花束と青年の顔を見比べて、そして一歩を踏み出して手を伸ばした。


「はい、よろしくお願いします」


 僕たちは声もなく握りこぶしをつくったり、思い切りうなずいたりしていた。

 夕食の席でお祝いを告げ、「こちら、二人の門出を祝したサービスです」と、デザートと果実酒を付け加えた。


「いやあ、おかげさまでうまくいったよ。式を挙げたら、今度は夫婦としてまた来るよ」


「この花束も作ってくれたそうですね。お心遣い、何から何までありがとうございます。幸せになります」


「本当におめでとうございます!」


 スタッフ一同と、そしてご老人も拍手をし、二人の良き日を祝福したのだった。


 ちょっとした興奮が冷めやらずに、僕は夜の塔の屋上で涼んでいた。

 タワースパイダーと激闘を繰り広げたこの場所で、まさか恋人たちが将来を約束し合うとは思わなかった。

 この塔はきっと、あの二人にとっても大切な場所になったのだろう。


「今日のお泊まりは2組、素敵なお客様たちでしたね」


 リーゼも屋上に来た。二人で一緒に満天の星空を見上げる。


「うん。塔の過去を知る老人と、塔で未来を誓う二人。開業日に迎えるには、最高のお客様だ」


「この塔でプロポーズ、あこがれます。

 私たち、先を越されちゃいましたね」


 リーゼのいたずらっぽい声に、僕の胸の鼓動が速くなる。


「なんだか待たせてしまって、ごめんね。

 グラマイタイン領までの街道が開通したなら、やっと落ち着けるのかな」


「えぇ、分かっています。

 事業が安定してから婚姻を結ぶ、そういう約束でしたものね」


「うん。でも、リーゼとなら、きっとそこまでたどり着けると信じてる。

 そしてその先も、二人ならうまくやっていける」


「私も、デルム様となら一緒にどこまでも進んでいけると思います」


「リーゼ……」


 リーゼの期待をかなえたい。僕もその未来を目指していきたい。

 ――そう思ったとき、突然、足元が大きくゆれた。


「きゃっ」


 リーゼに歩み寄り、手を取り合った。ゆれはすぐに収まった。


「一瞬だけど大きかったね。ちょっと塔を見回ろうか」


 ランプを片手に下がると、すぐさまギャレッドが駆けつけていた。


「坊っちゃん、大事はありませんか?」


「うん、僕とリーゼは大丈夫。みんなにも確認をお願いしないとね」


 スタッフにも声をかけて、持ち場を点検してもらった。

 お客様の無事も確認した。ゆれにはおどろいていたが、ケガ人はいなかった。

 いくつか本が落ちたり、棚の中で食器が崩れていたくらいだ。クモ舎も荷揚げ設備も異常はない。

 被害というほどのものは見当たらないようだった。


「え、見てください、デルム様」


 リーゼが指さしたのは、受付の棚にかざってある青い石板だった。


「光ってる……」


 塔の中はすっかり暗いというのに、石板がぼんやりと青い光を放っていたのだった。


「これは何かの前兆なのでしょうか……」


「分からない。けれど、こうして光るのは初めてだ。地震にも、きっと関係がある」


 石板に触れると、少しだけ温かかった。

 なぞめいた現象は、恐らくただの偶然ではない。

 僕は背筋に冷たい汗が伝うのを感じていた。

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