第18話 そして開通へ
街道の開通まで、あと3日と迫っていた。
ここしばらくは、2階で全員で集まって食堂の席を囲んでいる。
もう僕たち4人で過ごしていたころとは、ずいぶんと雰囲気が違う。ハンスさん一家の3名、マリッサさん、それに新しく整備事業つながりで雇った設備担当のふくよかな中年男性のガーシュさん。合計9名がそれぞれ暮らしている。
マリッサさんからの「早く鍋に油を馴染ませたいし、厨房の使い勝手に慣れたいからね」という申し出もあって、開業まではこうしてみんなで集まって、まとまって食事をすることにしていた。
そして今朝の食卓は、少しだけ緊張した空気が漂っていた。
「今日は、街道工事の作業員の人たちを招いて、塔の営業の予行演習をします。
実際に旅の人が来たときを想定しながら、対応をよろしくお願いします」
僕から今日の予定を改めて伝えると、みんなが張り切って返事をした。
「作業員の人たちが来たぞー」とガーシュさんがベルを鳴らしながら、大きな声で知らせた。
僕たちは上階から駆け付けて、本日の旅人役に今日の流れを伝える。
今日、お客さん役をしてくれる作業員は8名となっている。
「どんな風にすれば良いんですかい?」と問われて、リーゼが答える。
「旅宿を利用する感覚で、まずは2人一組で入ってみてください」
リーゼにうながされて、作業員2人がエミラさんの立っている受付へと声をかけた。
「いらっしゃいませ。どのようなご用向きでしょうか」とエミラさんが笑顔で迎える。
「おお、えらい上品な受付だな。2人だ。馬を預けて、昼食を食べたい」
「分かりました。ハンス、馬の世話を。マリッサさん、食事を2名分お願いします」
エミラさんがベルを鳴らして合図しながら、手早く客を応対した。
ハンスさんが飼い葉と水の加減を聞きながら馬を預かり、その後は食堂に向かってマリッサさんに食事を提供してもらっていた。
一組であれば、余裕をもってこなすことができそうだ。
「では、立て続けに残りの6名全員で行ってみましょう」
受付に作業員たちが、ぞろぞろと入って来る。
「俺たち3名は泊まりだ、部屋に案内してくれ。馬と荷車の預かりもたのむ」
「急ぎで食事を2名分たのむ、荷物も預かってくれ」
「すぐ出発する。水と携帯食の補給だけお願いできるか」
「はい、えっと、皆様、少々お待ちを……」
エミラさんは手元で情報をメモしている。
しかし、いざ各担当に引き継ごうとしたところで、動きが止まった。
ハンスさんは先に預かった馬の世話をしているので、代わりにガーシュさんが駆け付けた。
「えっと、このまま馬を預かったら、どれが誰の馬か見分けがつきませんなぁ」
レンネが顔を出して指示を待っている。
「食事とお部屋の案内、どちらを先にすれば良いでしょう……」
手間取りながらも、時間をかけて来客役をそれぞれの場所に案内したところで、一度問題点を洗い出すこととなった。
「侍女の経験はありますが、一度にたくさんのお客さんを迎えるのはまれだったので、どうすれば良いか分からなくなりました」
エミラさんの困惑に、マリッサさんが助言する。
「たくさんの人を受け付けるには、決まった紙に書かせた方がいいね。あとご飯を用意している間は、部屋に案内できないから、他の人にお願いするか、待ってもらった方が良さそうだね」
ハンスさんが腕組みをする。
「馬と荷物の預かりに、木札がほしいな。軍でも番号管理していた。
お客さんと番号を結び付ければ、取り違うこともないだろう」
ガーシュさんが首をひねる。
「ちょっと案内表示が少ないな。もっと何がどこの場所にあるかの案内があれば、奥まで連れていく手間も省けそうだ」
僕は挙げられた改善点をまとめていく。みんな、それぞれの職場を経験しているから、いろんな案がすぐさま出てくる。
「団体一組だけなら口頭でも良いけど、複数の組を受け入れるときには工夫が必要だね。
各担当への連絡用の伝票に、馬・荷車・荷物を管理するための木札を作ろう」
修正を取り入れながら、何度か受け入れの流れをやり直して実行してみた。
少しずつ調節を重ねて、作業員さんたちの意見も聞きながら、混乱が減って形が整えられていった。
予定していた終了時間となり、作業員さんたちに礼を言った。
「今日は協力してもらって、ありがとうございました」
「なあに、うまい飯も食わせてもらったし、旅商人にでもなった気分で面白かったぜ」
リーゼも隣から頭を下げる。
「今度はお客さんとしても、来てくださいね」
「おうよ。家族に俺たちが作った街道を見せつけながら、一泊でもしてみるかな。
そんときには塔の夕暮れの眺めでも楽しみたいもんだな」
予行演習を終えて、塔に暮らすみんなと夕食を取った。
「慣れるまでは、ここのメニューは日替わりの煮込みに絞ろうと思ってるよ。
しばらくは旅の人を待たせないことの方を優先しないとね」
「はい。いろんなものを食べられないのは残念ですけど、仕方がありませんね。
今日は敢えて手伝いませんでしたが、しばらくは僕たちも補助にまわります。
安定するまでは、みんなで一緒に頑張りましょう」
今日の一日を通して、スタッフの団結も高まったと思う。みんなで協力していけば、きっと実際にお客さんが来ても、うまくやっていけることだろう。
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そして、街道の開通式典が行われた。
塔の前には、街道工事に関わった作業員たち、資材を運んできた商人が集まっていた。
そして、ガルデンフェルス家からは辺境伯本人が、グラマイタイン家からは父の代理として長兄が来てくれた。
空は晴れて、遠くまで街道がまっすぐ伸びているのが見える。
僕は皆の前に立ち、頭を下げた。
「この塔と街道は、たくさんの方たちのおかげで出来上がりました。
工事をしてくださった皆さん、資材を運んでくださった商人の方々、そして支えてくれた家族とスタッフたち。僕たちだけでは、ここまで来られませんでした。
今日まで、本当にありがとうございました」
拍手が起こる。少し照れくさかったけれど、悪い気はしなかった。
リーゼが僕の隣に立ち、集まった人たちを見渡して微笑んだ。
「これから、この街道は皆さんへ開かれたものになります。
困ったことがあれば、旅の途中で休みたくなったら、いつでもこの塔を訪ねてください。宿も食堂も、まだまだ不慣れですけれど、精一杯おもてなしいたします」
リーゼの澄んだ明るい声が響いた。
その声はもう、お嬢様の役割に自分を押し込めた、冷たくて人形じみたものではなかった。自分で成し遂げたことを誇らしげに語るような、やわらかくて温かみを感じる声だった。
続いて、リボンカットの式典だ。
代表者たちは交易都市へ向かって伸びる街道の入口に並び、カラフルなリボンを手に取った。
「デルム? なんだかこのリボン、ずいぶんと肌触りがいいね」
慣れない感触なのだろう。隣で兄さんが首をかしげている。
「この塔の特産品で作ってるんです。気に入ったなら、ハンカチでも送りますよ」
実はこのリボン、ただのリボンではない。ヤンガースパイダーの糸を薄く平らに編んで作られた、ちょっと特別な代物である。この塔の新たな出発にちょうどいいだろう。まさしく、タワースパイダーとの悪い過去を断ち切って、新しい未来へつなごうというセレモニーなのだ。
「「せーの!」」
僕とリーゼはうなずきあって、同時にリボンにハサミを入れた。
切られたリボンが地面に落ち、周囲から拍手が沸き起こった。
もうこの塔は人々に恐れられるかつての魔物の巣ではない。誰もが笑顔で行き交う場所へと生まれ変わったのだ。
カットが終わった後には食堂へと移動し、参加してくれた関係者に向けて、マリッサさんが作った煮込みが振る舞われていた。
「ふむ、おいしいな。良い腕前の料理人を見つけたようだな」
辺境伯がうなずきながら、リーゼと会話を交わしている。
「兄さん、今日は来てくれてありがとう」
僕は長兄――アイン=グラマイタイン――に今日の礼を言う。
「デルムの晴れ舞台だからね。
親父も来たがっていたけれど、これからはグラマイタイン領の方面への街道整備もあるだろう。
工事の代表者たちへの顔つなぎも兼ねて、今日は次の事業で当家側の代表をする私が来たんだ」
そうだ。今日でガルデンフェルス領から塔を経由しての交易都市への道は開通したけれども、これからはグラマイタイン領への街道の整備も見据えている。
まずは経路の選定から始まるから、まだ先の長い話にはなるけれども、僕がアイン兄さんと連携しながら、新しい整備事業が始まっていくのだ。
「デルムが働きすぎるもんだから、親父は喜んだり悲しんだり忙しくしているよ。
今日の開通式もよくやったとご満悦だけれども、まだまだ落ち着かない日々が続くだろう。
この分じゃあ婚礼はもう少し先の話かとため息をついていたなぁ」
アイン兄さんの話を聞いて、僕は微笑ましい気持ちになった。
グラマイタイン領にも僕の話は伝わっているみたいだ。実家にもっと良い報告を届けられるように、これからももっと頑張りたいと思う。
来賓を見送って、セレモニーの片付けも終わった。
僕は夜の書斎にて、真新しい帳簿を棚から取り出した。
表紙に明日の日付と、表題として『営業帳簿』と書き込んだ。
今は真っ白な中身の、最初の一行を埋めるのはどんな旅人だろうか。
明日の朝から交易都市にも辺境伯領にも、街道開通と塔の営業開始を知らせる張り紙が掲示される。
この塔の新しい歴史が、これから幕を開けるのだ。




