第17話 新たな仲間
街道の開通予定まで、あと2週間となった。
机の上には、ガルデンフェルス家、グラマイタイン家や冒険者ギルドからの紹介状や応募書類が積み上がっていた。
リーゼと二人で一つ一つに目を通し、候補を絞っていく。
「経験があるのは良いけど、今は長く働いてくれる人がほしいんだ」
「人柄も大事ですね。仕事を共にするだけでなく、塔で一緒に暮らす方にもなるのですから」
最初のメンバーだからこそ、見る目も厳しくなってしまう。面接をする相手は数人にまで絞られた。
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最初に面接のために塔を訪れたのは、辺境伯家から紹介された夫妻だった。
「ハンス=ケイニーと申します。こちらは妻のエミラです。8歳になる息子もおります」
1階の受付で頭を下げたのは、40歳くらいの骨太の男性だった。経歴には元兵士とあったとおり、体つきががっしりとしている。しかし、右足をケガしたらしく、兵役からは退いたとのことであった。
「エミラです。夫と息子ともども、よろしくお願いいたします」
30歳半ばの穏やかな笑みが印象的な女性。となりの息子と一緒に頭を下げた。エミラは貴族家で侍女を務めていたとのことで、所作にも品がある。息子さんも礼儀正しくおとなしくしている。
「ご家族3人での住み込みを希望とのことでしたが、問題ありません。
5階に従業員が住まう場所も設けていますので、家族で暮らしてもらって大丈夫です」
僕は家族の心配を先取りして説明した。夫婦とも顔を見合わせて安心したようだった。
続いて、確認を兼ねて、仕事内容の説明に移った。
「ハンスさんには、馬の世話、荷物の運搬、見回りと戸締り、それと魔物――クモの世話をしてもらいます」
「クモの魔物……ですか」
見た方が早いだろうということで、僕は案内がてら塔の裏の飼育場所に連れてきた。
鉄の柵越しに、クモ舎の中でヤンガースパイダーが動き回っている。
エミラさんは表情を引きつらせている。対して、息子さんは「おお!」と目を輝かせている。
「タワースパイダーの若い個体です。ハンスさんには糸の採取と清掃をしてもらいたいと思っています」
「なるほど。俺は軍では馬の世話をしていましたし、捕らえた魔物を取り扱うこともありました。さすがに飼育することはありませんでしたが、生態を説明してもらえれば、十分にできると思います」
ハンスさんは落ち着いて答えていた。とても心強い。塔一番の異色な要素だけに、ここを受け入れてもらえることは大きい。
リーゼがハンスさんの息子さんに向けて話しかけた。
「この通り、クモはクモ舎と鉄柵で二重に閉じ込めています。ですが、絶対に安全とは言い切れませんので、一人で近づかないようにしてくださいね」
「分かりました!」と男の子は元気よく返事をした。
「俺からも魔物の怖さは言って聞かせます。危ない目には遭わせません」
「よろしくお願いします。掃除の際には私がクモを大人しくさせますので、一緒にやりましょう」
ギャレッドが一歩前に出て、ハンスさんにたずねる。
「足を悪くされているとのことでしたが、お仕事は大丈夫そうですかな」
「長時間歩いたり走ったりでなければ、日常生活に支障はありません。重装備で戦うことはできなくなりましたが、説明された荷物持ちや周辺警備ならこなせます。しかし、夜間まで長時間の警備となると、難しくはなりますかね……」
ハンスさんは足を気にするように見やった。
「そこは無理のない範囲でお願いしたいと思います。外回りはもう一人、設備点検もできる男手を雇うつもりでいますので」
「ご温情、感謝いたします」
ハンスさんはよく通る声で返事をして、きびきびとした身のこなしで礼をした。兵役での経験が身についているようで、力強い動作がとても頼もしい。
塔内に戻り、エミラさんにはリーゼから業務を説明してもらう。
「主な仕事は受付になります。ですが、受け付けた内容に応じて、荷運びが生じたり、食事や宿泊の準備が開始されるので、単なる案内だけでなく各従業員への指示も大きな役割となります」
「お任せください。侍女の経験がありますので、来客の対応や主人の予定管理もしていました。人の顔を覚えるのも得意ですし、ご用向きをおうかがいするのも慣れています」
「素晴らしいです。エミラさんには塔の顔になってもらいますので、ぜひとも励んでくださいませ」
エミラさんとリーゼが笑顔を交わした。
僕は数字や人員の管理は得意だけども、こういう接客や人に寄り添うことはエミラさんの方がずっと向いてそうだ。自分の得意な分野に自信を持っているのは、とても頼もしい。
「夫と息子とともに、この塔で長く暮らせるのであれば、全力を尽くしてお仕事させていただきます」
僕とリーゼは短く目配せを交わし、すぐさま結論を出した。
「ハンスさん、エミラさん。ぜひ、僕たちと一緒にこの塔で働いてもらえますか?」
「「よろしくお願いいたします!」」
二人は示し合わせたように同時に頭を下げ、安心した表情を浮かべ合った。
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午後となって、料理人の候補を2階の食堂にて迎えた。
肩を並べて働くことが見込まれるので、レンネも同席している。
「マリッサです! 交易都市の『まんぷく亭』で15年間、料理人をやってました!」
快活そうな30歳くらいの女性だ。腕まくりしていて、しっかりと筋肉がついている。
レンネが感心するように目をやりながら、マリッサさんに質問する。
「15年なんて大ベテランじゃないですか。それがどうしてこちらへ?」
「いやね、いつか自分の腕でお店を切り盛りするのが夢だったんですよ。
ところが『まんぷく亭』には跡継ぎの息子もいてね。このままじゃ無理だなって。
かといって、お店を開くほどの元手もないしね。
そんなところに塔で料理人を募集しているって聞いたからね。
これならあたしに任せてもらえるかもって思って、応募したんです」
「なるほど」とうなずき、僕は考え込む。
『まんぷく亭』なら知っている。繁盛している立派な大衆食堂だ。経歴と腕前は問題なさそうだ。
ただ、一から十まで任せるとなると、話が少し違ってくる。
僕たちがこの食堂に求める役割と合致していないと、口出しをせざるを得ないことも出てくるだろう。例えば高級路線をやりたいだとか、特定の品目にこだわりたいだとか、そういう執着があるとなると、マリッサさんの思うようにさせることはできなくなる。
「ここで、どんな料理を提供したいと考えていますか?」
「そうだね。旅で疲れた人がホッとして、思わずたくさん食べてしまう、そんな温かくて親しみやすい大衆料理を出したいと思ってるよ。
もちろんこれから旅に向かう人が元気が出るような料理も食べさせてやりたいね」
「はい、それならこの塔の食堂の役割と一致しそうですね。
とはいえ、料理人として雇うからには、料理の腕前を見ないことには採用を決められません。
実際に厨房を使って、料理をしてもらおうと思います」
奥の厨房に案内すると、マリッサさんは火床や棚、水場を順に確認していった。
「大鍋を二つ並べられるのはいいね。ただ、野菜を切る作業台が少し狭いかな。
もう一つあれば、二人で仕込みができそうだね」
水場へ歩き、そこから食器棚までの距離を確かめる。
「食器を洗う場所と調理場は、もう少し離したほうがよいね。
忙しい時間に人がぶつかっちゃいそうだ」
レンネが表情を明るくして、うんうんとうなずいている。
「やはり本職の人だと見る目がしっかりしてますね。
頼りになりそうです」
マリッサは厨房にあった豆、根菜、干し肉を選んだ。干し肉を細かく刻み、油で炒めてから豆と根菜を鍋へ入れる。
しばらくすると、香草の匂いが厨房いっぱいに広がった。
「豪華な料理じゃないけど、安くて腹にたまるやつだよ。材料が変わっても作れるし、大鍋でまとめて仕込むこともできるさ」
出来上がったのは、具のたっぷり入った煮込みだった。
僕とリーゼとレンネで、味を確かめる。
干し肉の塩気が豆と根菜へしみ込み、体の中から温まる味だった。パンをひたせば、それだけで十分な食事になる。
「おいしいです! 後で作り方を教えてください!」
まっさきに声を上げたのはレンネだった。
「うん、さすがの味だね。あり合わせの材料で作れそうなのも良いね」
これに備えてお昼を少なめにしておいて良かった。おいしくて、どんどん食べられてしまう。
「うふふ、デルム様も気に入ったようですね」とリーゼが微笑む。
「よし。この調子で定番料理と価格設定を考えてほしい。
僕がメニュー表のイラストを描くから、いろんなものを作ってみてほしいな」
「おや、うれしいね。じゃあ、あたしは採用ってことで良いのです?」
「あ」と思わず声が出た。しまった。おいしさに気を取られて、採用面接の一環だってことが頭から抜け落ちていた。
「もちろんです! ここでマリッサさんの腕を振るってください!」
こうして今日だけで3人の採用が決まったのだった。
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夕方、3人を改めて集めて雇い入れの条件を説明した。住み込み、食事付き。給金は交易都市の相場より少し高め。最初は少人数で回し、訪れる旅人の数を見ながら仕事の幅や新しく人を雇うなど調整していくこと。
「この塔は、これから初めて人を受け入れます。足りないものもありますし、やり方も決まっていません。みなさんが工夫して、この塔ならではの良さを作っていく必要があります」
正直に言うと、3人とも前向きにうなずいた。
「俺は兵士をできなくなっても、妻と子を養わねばなりません。
この力をここで生かして、旅人たちに頼りにされるように励みます」
「もちろん私もハンスを支えます。夫婦ともども、この塔を良くするために力を尽くします」
「あたしの料理を食べに来てくれるように精一杯やるよ!
みんなで塔を盛り上げていきましょう!」
ハンスが力強く、エミラがやわらかく、マリッサが元気よく意気込みを口にしたのだった。
その後、5階の居住区に案内し、ハンスさんの一家には二間続きの家族部屋を、マリッサには個室を紹介した。立派な住まいだと、みんなおどろいていた。
新しく雇った人たちが帰るのを、リーゼとともに見送った。
次に彼らがここを訪れるのは、引っ越しのときになる。それが済んだら、今度は人の受け入れを想定した業務の訓練を始めないといけない。
「もう僕たちだけの塔じゃない。ここで働く仲間と、旅人たちにとっても大事な場所になっていくんだね」
「はい。私たちがハンスさんたち家族やマリッサさんの生活も背負うことになるんですね」
僕とリーゼは自分たちのやり直しのために、この塔を攻略した。
そしてこの塔は、今度はハンスさんやマリッサさんが再起するための挑戦の場にもなろうとしている。
決していい加減にできない重みだ。でも、これは大いに背負う価値のある重みだ。
そう考えると、塔の攻略よりも難しく、険しい道のりにも感じる。
新しい仲間を迎えて、新たな冒険が始まったように思えたのだった。




