第16話 開通間近
僕は一枚の報告書に目を通して、思わず声を出してしまった。
「……早いな」
意味深なつぶやきのように響いてしまい、となりのリーゼに「何がですか?」と聞き返される。
僕は報告書をリーゼに示しながら、おどろいた内容をパートナーに共有する。
「街道工事の進行が予定よりも早まっているんだ。
当初は1か月半くらい先の完成を見越していたんだけど、だんだん早まって3週間後くらいに完成する見込みらしいんだ。
良い天気の日が続いてるなとは思ってたけど、ここまで早まってくるとは予想外だったなぁ」
「それはすごいですね! いよいよ開通が近づいてきましたね」
リーゼがはずんだ声で、素直に喜びをあらわにしている。
「僕も歓迎したいところなんだけど、喜んでばかりもいられないんだよね。
ひとまず現状把握も兼ねて、今日は現場を確認しに行ってみよう」
「私も同行します!」
街道整備の主目的は馬車の快適な旅だ。御者役のギャレッドにも声を掛け、塔から交易都市への道をたどることとなった。
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塔から交易都市への道。タワースパイダーとの対決の前後の道のりが思い起こされる。
あのときは粗末な道しかなくて、しかも森の手前までで途切れていた。
しかし、今日の道は快適だった。リーゼに『うかべる』を使ってもらわなくても、ゆれは少ない。
4メトルほどの幅の道が森を切り開いてまっすぐ続いていて、水はけのための排水溝もちゃんと両脇にある。
「あのときは『うかべる』を使わないとお尻が痛かったのに、見違えたなぁ」
「順当に整備されたのはうれしいですけど、『うかべる』の出番が減ったのは少しだけさびしいですね」
リーゼが手を膝の上に組んで、ちょっとだけスネてみせた。
「リーゼとほんの少しだけ浮かびながらの馬車旅も良い思い出なんだけどね。
今日は路面の仕上がりも見たいから、『うかべる』は使わないで進まないとね」
リーゼに苦笑を返しながら、快適な道行きは続いていく。
既に塔からガルデンフェルス家に抜ける街道は完成済みである。
元々の道があったので、それを復旧させるだけだったから最初に整備した部分だ。
そして、今たどっている交易都市への道が、もうすぐ完成を迎えようとしている。
今朝読んだ報告書の差出人、現場監督のもとに着いて、改めて進み具合を聞いた。
とはいえ、完成の度合いは報告書で読んだり、ここまで見てきたとおりだ。
残る工程は、小川にかかる橋の終盤と、街道全体の仕上げとなっている。
「リーゼは何か気になるところはあったかい?」
「えっと、そうですね。もう少し距離感を知らせる標識が欲しいなって思いました。
交易都市まであと何キロメトルみたいな。となりに現在地付きの地図なんかもあるといいですね。慣れない道だと、今がどの地点か知りたくなりますし。
あとは小川の近くや、小高い丘とかの景色が良い場所に休憩所を設ければ、もっと快適に楽しんで旅ができそうです」
なるほど。僕はどうしても水はけとか道の安定性とかの設備的な完成度を注目してしまうけれど、通行する人への心配りも大切だ。
街道を利用するのは旅慣れた人ばかりではない。女性、老人、子どもとかも使いやすい道であることも大事だろう。
「うん、良い案だと思う。具体的にどこに標識や休憩所を設けるか、リストアップしてみよう」
そうして話し合ったり、今後の見通しを聞き取ったりしていると、遠くから荷馬車が見えた。
近付いてくるのを見ると、橋の資材として木板と釘などを持ってきた商人のようだった。
「これはこれは、塔の若旦那にお嬢様もいらしていましたか。
この街道の完成も段々と近づいてきた感じがしますなぁ。
ところで開通の日取りはもう決まっているんですか?」
「ちょうど今、どの時期に通せるかを打ち合わせているところなんですよ」
「そうでしたか。私たちの商人仲間もいつ通れるようになるのだろうと話題は持ちきりですよ。
何でも中継地点の塔では、馬車を休ませたり、食事を取ったり、宿泊までできるそうですね。
そうなれば、今までの南に大きく回る元の街道よりもずっと早くて便利になりますなぁ。
完成の日を心待ちにしていますよ」
僕は商人に笑顔で応じながら、背中に汗がにじんでくるのを感じていた。
リーゼの笑顔にも苦いものが少し混じっているように見える。考えることは同じだろう。
僕たちは打ち合わせを切り上げて、帰りの馬車の中で大きな息を吐いた。
「まさしく嬉しい悲鳴ってやつなんだけど、思ったより早く開通しそうだから、塔の従業員の雇用も急がないといけないんだ。
募集して面接して業務の流れを確認してとなると、3週間だと本当にギリギリの期間なんだ」
「ええ、まさしく。報告書どおりにきちんと進んでいましたし、急がないといけませんね」
行きと違って落ち着かない気持ちも抱きながら、移りゆく景色を遠い目でながめる。
そして塔に帰り着き、ギャレッドとレンネも交えて、採用に向けた作戦会議が始まった。
「というわけで、思ったより開通が早まりそうだ。至急、塔で働く人を雇わないといけない」
リーゼが僕の危機感に補足する。
「最初のうちは私たちも手伝いにまわることになるでしょうが、到底4人だけでは回せません。
今でも別に誰かが時間を持て余しているわけではないのです。
街道が開通して、そこにお客さんへの対応が加われば、対応が追いつきません」
レンネが両手を合わせて、あわあわとしている。
「デルム様とお嬢様は普段のお仕事もありますし、残る私とギャレッドさんだけではまわりませんよぉ」
ギャレッドがあごに手をあてて、考え込む。
「最初に最低限、何人が必要と見ますかな?」
僕は人が来た時の流れを考えながら、考えを巡らせた。
まずは受け付ける。そして、荷置きや馬を休ませる場所に案内する。
塔の利用目的に応じて、食事・補給・宿泊などの準備が開始される。
その交代要員も考えると……。
「4人は必要かな。うち一人は腕の良い調理人が必要だ。
荷揚げ設備を管理しつつ、建物の修理が必要なところを見る用務員も欠かせない。
馬やクモの世話に向いた飼育員も置く必要があるだろう。
もちろん受け付けをして、各所に指示を出す要員も中心人物になる。
まずは最低限の人数を採用して、もしも不足すれば僕らがつなぎつつ、来客数を見ながら募集を繰り返す形にしよう」
調理人、用務員、飼育員、受付兼指示の4人。僕の分析に、ギャレッドがうなずく。
「妥当なところでしょうな。一度雇ったのなら、すぐに辞めさせるわけにもいきません。
人件費を抑える必要もありますし、最初は忙しいでしょうが、不足気味のところから始めねばなりませんな」
「最初のメンバーは大事ですね。追加の人を雇うにしても、その人が教えることになります。
自分で判断ができ、そのとき必要なことが分かる人でないと、後で混乱しかねません」
「料理と掃除なら私もやりますが、私以上に頑張ってもらえる人が必要ですものね……」
雇うべき人数と人材は見えてきた。
しかし、具体的に見えてくるほど、その人に求められるものが大きいことも分かってくる。
「街角で考えなしに募集しても、ふさわしい人材を集めるのは難しそうだね。
まずは実家や冒険者ギルドの伝手を頼って、良い人を紹介してもらおう」
「そうですね。となると、やっぱり急ぐ必要がありますね」
リーゼの心配に、僕はゆっくりとうなずいた。
「今から手分けして動こう。僕は今まで塔の整備に関わった人の中で、引き続き塔で働いてくれる人を探してみる。
リーゼはガルデンフェルス家に向けて、例えば家令や宿の経験があるような受付向きの人の推薦を依頼してほしい。
そして、ギャレッドには交易都市の冒険者ギルドに調理人と飼育員の募集を相談してほしい」
開通までの時間は3週間と限られている。
そして、塔に良い評判を根づかせるには、最初に訪れたときの印象が大事になってくる。
いよいよの塔のおひろめに向けて、僕たちの開業準備が始まった。




