第15話 塔の新規事業!?
4階の書斎で帳簿をまとめながら、僕は眉間にしわを寄せていた。
「どうしましたか?」
リーゼが隣から心配そうに僕の顔をのぞき込む。その拍子に整った顔とさらさらの銀髪が目の前に来たものだから、僕は数字の世界から現実へと一気に引き戻された。
「う、うん。実は塔の費用と収益のやり繰りのことを考えていてね」
リーゼに帳簿を寄せて、二人で一緒に教本を見るように肩を並べる。
「これは左右に費用と収入を並べて、収支を分かりやすく見比べる記録なんだ。
このとおり、今は僕らの生活費や塔の改修費に街道工事費が主な出費になっている。
そして、その分をガルデンフェルス家からの出資による収入で工面しているところなんだ」
リーゼはうなずきながら、僕の帳簿をながめている。
「なるほど、収支が釣り合っています。しかし、デルム様、手慣れていますね……」
「まぁ鉱山でも同じように経理はやっていたからね。
で、ここからが本題なんだけど、考えるべきは街道整備が終わった後のことなんだ」
僕はページをめくって、書きかけの帳簿をリーゼに示した。
「費用からは、塔の改修費と街道工事費が減る代わりに、塔の従業員の人件費が発生する。
これに対応して、旅人から宿泊費や飲食費の対価は支払ってもらうけれども、それだけで僕らの生活費や塔の維持費を確保しようすると、旅人の出費がかなり高めになってしまうんだ」
「それは良くないですね。塔と街道をたくさんの人に気軽に利用してもらうためには、あまり高額の設定にはしたくないですよね」
「うん。ここは名産や温泉のある貴族の保養地ではないし、割高にしたら旅人は元の街道を利用しちゃう。リーゼだって、ここを訪れる人が少ないのは嫌だよね」
「当然です! せっかく整備したのですから、私たちの塔と街道を利用してほしいです!」
リーゼは前のめりに同意している。
「うん、だから、塔の利用費以外で独自の収入源を得られる事業を立ち上げたいんだ。
ただ、その良い候補が思いつかなくて困ってるんだよね」
「私たちの事業ですか。実家から頼らずに自分たちだけで生計を成り立たせる、確かにそれがお見合い成立後の目標でした。
その前に塔が生活の中心になってしまいましたが、本来の目指すところに立ち戻った形ですね」
「そうなんだ。パッと思いつくのは森に囲まれているから林業なんだけど、近くのガルデンフェルス家がもっと大規模に手掛けている。僕らが今から参入したところで、大きな利益は見込めない。
けれど、ここは農業や畜産には向いていない。魔物の数がそこそこいるから、被害が出ちゃうんだよね。
あとは近場で石切り場でも見つけられればと思うんだけど、これも探してみないといけないしな……」
再び僕は頭を抱えた。リーゼもまた、唇に手をやって考え込んでいる。
「一つ、提案があるのですが……」
「うん」と答えながら、この展開に覚えがあるなと苦笑しそうになる。
「ただ、かなり変な提案だと思うので、笑わないでくださいね」
「笑わないよ。リーゼの発想はいつも頼りにしている。それで、どんな提案なんだい?」
「――タワースパイダーを飼って、糸を採取してみませんか?」
「……ええと、蛾の幼虫に糸を吐いてもらう養蚕のように、クモを飼育して糸を採るってこと?」
「はい。この塔の攻略時や清掃の際に回収した、タワースパイダーの糸がありました。あの糸は細く、軽くて丈夫で、熱にも強いという特徴があります。ギルドへ売却した際も、防具や衣服の高級素材としてかなりの高値で買い取られました」
「うん、整備費用にかなり貢献してくれたね」
「それを継続的に生産する仕組みを作れれば良いと思うのです」
魔物を飼い慣らすという発想には当然に驚かされた。しかし、誰も手を出していない商売には違いない。本当に実現できれば、この塔の独自の収入源になるかもしれない。
「確かに品質は評価されている。よし、まずは数匹捕まえて、本当に糸を採取・管理できるか試してみよう」
--------------------
そして僕たちは森に出向いて、捕獲用の罠を仕掛けていた。網の上に、タワースパイダーたちの好む虫が動けないようにされている。
リーゼは攻略のために生態を調べ上げていたけれども、好んで食べる虫の種類まで把握していたようだ。
タワースパイダー、正確にはその若い個体を確保する。あのとき親玉を撃破したけれども、配下は散り散りになって逃げて、今は森で細々と暮らしているはずだ。
果たしてその予測通りに、若いタワースパイダー、便宜的にヤンガースパイダーはすぐにエサの虫に食いついてきた。
「『うかべる』!」
リーゼが足元の網に触れてすかさず浮かべると、ヤンガースパイダーは延長線上で網ごと浮き上がって宙づりとなる。あとはくるんで丈夫な麻袋に入れれば捕獲完了だ。
「うん。順調につかまえられたね」
その調子で僕らは4体のヤンガースパイダーを確保した。
そして、あらかじめ作っておいた鶏小屋くらいの大きさの牧舎ならぬクモ舎に入れて、僕たちのクモ飼いの試験運用が始まった。
なお、クモ同士が争ってはいけないので、個別のクモ舎に入れてある。
3日が経過して、最初のつまずきに直面する。
「糸をあまり吐いてないね」
「エサは十分に与えているはずなのですが……」
エサは、夜間に灯りをともすことで、網目の合間から小さな虫をおびき寄せて与えている。十分に捕食しているようで、動き回って元気な様子ではある。しかし、肝心の糸を吐いてくれないことには、飼っていても仕方がない。
「糸を吐くには環境が良くないのかな。どうすれば吐くのか……」
「塔ではどんな風に糸がかかっていましたかね。あぁ、そういえば高いところから低いところに延ばされていました。高いところの足場がないと、糸を吐く気にならないのかもしれません」
リーゼの提案に沿って、木を組んで足場を作ってみた。
すると目論見どおりに糸は張り巡らされていた。しめしめと僕が入って回収しようとすると、ヤンガースパイダーはすぐさま向かってきて、威嚇したり噛みつこうとしてくる。
「うわぁ、糸に手を出したら襲ってくる生態だったよね。参ったな」
「回収の間は手出しできないようにするしかありませんね……」
リーゼが手袋越しにヤンガースパイダーに触れて、『うかべる』を発動する。
すると、空中で手足をじたばたさせているが、動けない状態になった。
その間に僕が回収することで、何とか採取に成功した。
「なるほど。『うかべる』は拘束みたいな使い方もできるんだね」
「ええ、糸に手を出す前であれば、ヤンガースパイダーは大人しいので触れても平気です。
とはいえ、『うかべる』は3分間の時間制限があるので、手早く回収する必要もありますね」
「あと、今回はたまたまうまくいったけど、浮かんでても糸を出して壁伝いに移動はできると思う。
回収の間は、カゴにでも入れた方が安全そうだね」
木の足場を取り出しやすいように造り変え、一時隔離用の木箱を作成して、回収をしやすくしたのだった。
そんな試行錯誤を繰り返して、僕は取れた糸を並べながら、以前の売却の記録と照らし合わせる。確かに塔の清掃で回収したときは、親玉でなくても魔物素材として良い値段となった。
あのときと比べて採れる量は少なめだ。それでも、必要な費用はエサを引き寄せるための油代くらいで非常に少ない。クモ舎は作ってしまいさえすれば引き続き使える。糸の回収と清掃には慣れと度胸が必要だけれども、仕組みさえ整えてしまえば、割りの良い収入源であることが判明した。
「安全に糸を採取するにはコツがいるけど、だからこそ他の人には真似しづらい商売になりそうだね」
「はい。清掃と回収だけなら、デルム様でなく他の方に任せても大丈夫そうです」
リーゼがちらりと周りを見渡して、レンネと目が合った。
「わ、私は絶対に嫌ですよ! 大きなクモの住み処なんて近付くのは絶対に無理です!」
レンネの大げさな拒絶反応に、リーゼはおかしそうに微笑んでいる。
「確かにちょっと人選が必要そうですね」
「ちょっとどころじゃないです! もう、どうしてお嬢様は平気なんですか。ときたまお嬢様はすごい度胸を発揮なさいますよね……」
こうして、塔の裏手にヤンガースパイダーの飼育小屋が建てられていくこととなった。
もちろん万が一クモが逃げ出しては危ないので、育成区画には鉄柵が張り巡らされている。
それに大きく育ったらタワースパイダーになってしまう。そうなる前に間引くことも、この事業では欠かせない安全対策だろう。
塔のクモをやっつけるどころか、子飼いにして糸を売りに出す始末。
クモの天敵としての道を一歩ずつステップアップしているようで、なんとも僕たちらしい事業だなと思った。




