第14話 初めての駆け込み客
塔に暮らし始めてから、5日目の朝を迎えた。
目を覚まして視界に映る石造りの天井も、やっと見慣れてきた。
交易都市の暮らしに比べると、塔に行き来する移動時間が省けるのは本当に便利だと思う。すぐに仕事に取り掛かれるし、現場を見に行くこともできる。
もっと早く引っ越していれば良かったかなと思うくらいだ。まぁ工事現場のような仮設の住まいに、育ちの良いリーゼを寝泊りさせるわけにもいかなかったし、仕方がなかったのだけれど。
朝食後、いつも通りに4階の書斎にて、リーゼと窓際に並んだ机で執務をしていると、来客を知らせるベルが鳴らされた。階ごとに音色を変えたベルが1階から各階につながっていて、ようやく聞き分けるのにも慣れてきたところだ。
リーゼとともに1階に向かうと、数人が集まって騒がしい有り様となっていた。
「どうしたんですか」と僕がのぞき込むと、作業着の男がベンチに寝かされていた。
隣には見覚えのある班長が汗だくで付き添っている。交易都市までの街道整備を任せている一班の代表だ。
「こいつが足をすべらせて、ひざをケガしちまって。
手当はしたんだが、打ちどころが悪かったのか、かぶれて熱を持っているんだ。
街で見てもらうにも遠いし、ひとまず塔に運び込んだんだが……」
すると横合いからリーゼが顔を出した。
「私には薬草学の心得があるので、診てみます。衛生室に運んでください」
リーゼがケガした男を浮かべたので、数人で衛生室に運び込んだ。
リーゼは真剣な表情で「患部を見ますので、ズボンを切ります」と言いながら、ナイフを入れた。
患部の包帯と湿布をはがすと、赤黒く腫れて、ぽつぽつと斑点にもなっている。
「これは……。強く打っただけでなく、悪い毒も入っているようですね」
「毒ですか?!」
「はい。打ち付けた部分に魔物の毒が付着していたか、転んだ拍子を狙って刺されたのでしょう。
これは恐らく、『ポイズンスコーピオン』に刺されたときと同じ荒れ方です。
必要な薬草は――」
リーゼは衛生室の薬品棚を見渡す。しかし、埋まっているのはまだ半分といったところ。
在庫を確認してみたものの、目当てのものは見つからなかったようだ。
「アオツユクサがあれば効き目のある解毒薬が作れるのですが、ここに在庫はないですね……」
「では、街まで行くしかないのか。しかし、毒がまわるまでに間に合うのか……」
「いえ、街までは数時間かかりますし、移動でゆらせば毒がまわりかねず良くありません。
アオツユクサなら近くでも自生しているはずです。
森の日陰の水場まで行けば数本は見つかります。
見分ける必要もあるので、私が取りに行ってきます」
リーゼはギャレッドに向き直り、対処を指示する。
「ギャレッド、私が取ってくる間、処置をお願いします。
患部の汚れをふき取りつつ冷やして、ケガ人の様子を見ていてください」
「分かりました、リーゼ殿」
「では、デルム様」とリーゼは僕に声をかけた。
「護衛として同行をお願いします。えっと詳しい場所は……」
僕は1階に置いてある案内用の地図を持ってきて、すぐさま指さした。
「森に入って近くの日当たりの悪い沢なら、ここが一番近いと思う。
道もおおよそ見当がつく。往復しても1時間程度だ。すぐに向かおう」
リーゼは安心したように、表情をやわらかくした。
「ええ、道案内もお願いします。では行きましょう」
互いに準備をして、薬草採取に向かうこととなった。
森への道をリーゼと並んで歩く。
「それにしてもリーゼ、よく毒の種類まで分かったね」
「腫れ方が特徴的でしたし、この辺りで毒を持った魔物は限られますので。
でも、たまたま私が見分けられる症状だったのが幸いという面はあります。
人の行き来が増えてきたのなら、専門の方もいれば安心でしょうね」
「そのとおりだ。これからの課題だね」
森に入って、小道に入って下っていく。
すると思った通りに小川に突き当たった。
「この辺りならどうかな」
「アオツユクサがありそうですね。ちょっと探してみますので、デルム様は周辺の警戒をお願いします」
「うん、分かったよ」
リーゼはしゃがんで草地をかきわけ始めた。
僕は近くの岩場に立って、周囲を見渡す。
すると黒くて大きなサソリがこちらに向かってくるのが見える。
僕たちに向かって来ているようだ。撃退するしかない。
ポーチから小さな鉄球を取り出し、頭部に向けて狙いを定める。
この岩場なら高さは十分だ。僕の『降撃』のスキルで、赤く見えている。
鋭く鉄球を投げつけて、サソリをやっつけることに成功した。
引き続き警戒に当たったけれども、それ以外に危険そうな生き物は来なかった。
「薬草がありました。持って帰りましょう」
リーゼが駆け寄ってきた。数本の青い草を抱えている。根っこから引き抜いているものもあった。
「これを機に、塔の薬草園でも育てようと思っているんです。
日光をさえぎって水を多く与えれば、十分に育つはずなので」
「良い案だね。すぐに対処できるようになれば、きっと役に立つよ」
リーゼと合流したので、サソリを撃退した鉄球を回収する。
「……まさしくこれがポイズンスコーピオンです。私一人で来ていたのなら、二の舞になるところでしたね」
毒液に気を付けないといけない。慎重に厚い布でくるんで回収した。
早足で帰って、リーゼは手早くアオツユクサを洗ってから擦りつぶし、患部に処方した。
「すごい……。痛みと熱がやわらいでいきます!」
ケガをした作業員も、効いている実感があるようで胸をなで下ろしている。
「まだ完治したわけではありません。今日はここで休んで安静にしていてください。
明日にまた診ますが、万が一何かあれば大きな声で周りの人を呼んでください」
「お嬢様、ありがとうございました!
それで、あの……お代は……」
リーゼは僕と顔を見合わせた。
ここは診療所などではないので、料金はそもそも定めていない。
かといって、無料で診てくれると評判になっても対応に困る。
傷薬と宿屋一泊分の相場に合わせた料金が良いところだろうか。
「では、銅貨15枚をいただきます」
すると作業員の人は目をパチクリさせている。
「ええと、安すぎやしませんで? 街の医者なら、もっと値段が張りますよ?」
街医者の相場が分からないんだよな。
ここはうまく言って、ごまかしておくことにしよう。
「作業中のケガなので、お安くするということで。
皆さんが元気にお仕事に励んでもらうことが何よりですから」
「いやあ、ありがとうございます!
作業班のみんなにもお坊っちゃんとお嬢さんのお心遣いを伝えときます!」
僕はリーゼとともに、薬草園に今日採ってきたアオツユクサを植えた。
まだ区画を設けただけなので、植えるのは今日のものが第一号だ。
「薬草園も整備していかないといけませんね。
人が駆け込んで来るのは、もっと先の話だと思っていました」
「既にたくさんの人が整備に関わっているからね。
街道の開通はこれからでも、もう知ってる人は知ってるんだね」
整備事業の進行に気を取られていたけれど、既に全体像は出来つつあるのだ。
開通したときに備えて、必要な職員を雇うことも始めなくてはいけない。
「でも、緊張はしましたけど、私の薬草の知識が役立てられて良かったです。
こうやってケガをした人を治す仕事をするのも良いなって思いました」
リーゼはずっと誰かに認められたいと思ってきた。
ケガを治してほしいと頼られて、その望みが少し満たされたのだろう。
今日のリーゼは、確かにいつもよりも生き生きとしているように見えた。
誰かの力になれたことを実感できたんだと思う。
「もっと、この塔が周りの人たちに頼られるように発展させていかないといけないね」
「はい」
二人で植えた初めての薬草を見つめながら、この草もこの塔も無事に根付いて育っていけば良いと思った。




