第13話 塔で暮らす
僕たちが作った整備計画は、辺境伯とグラマイタイン家の双方から認められた。
ガルデンフェルス家からは、塔の清掃と街道の補修を担当する人員が送られてきた。
グラマイタイン家からは、石工や大工、それに荷揚げ設備を直せる職人たちがやって来た。
父からの手紙には、短くこう書かれていた。
『お前が初めて自分で選んだ仕事だ。必要なものがあれば、遠慮なく知らせなさい』
その一文を読んだとき、胸の奥が温かくなった。
こうして、僕たちが図面の上へ描いた塔を現実にする工事が始まった。
工事は、1日や2日で終わるものではなかった。
井戸から泥や落下物をさらい始めたころ、1階では傷んだ床がはがされていた。
井戸の内壁を補修している間に、塔の外側では新しい滑車と縄が取りつけられた。
荷揚げ設備が動くようになると、石材や木材を上階まで運べるようになり、工事の進行は目に見えて早くなった。
リーゼも『うかべる』で重い資材を荷台へ載せ、職人たちを手伝った。
以前は役立たずと呼ばれた力が、今では現場のあちこちから頼りにされている。
「リーゼティア様、こちらの石材もお願いします!」
「はい。順番に浮かべますので、少し待ってください」
呼び止められるたびに、リーゼの足取りは少しだけはずんでいた。
僕は作業の進み具合を確認し、必要な資材と人員を調整した。
グラマイタイン領の石工が塔の壁を直し、ガルデンフェルス領の作業員が街道を補修する。
最初は互いに遠慮していた人々も、同じ食卓で昼食を取るうちに、自然と名前を呼び合うようになっていった。
ガルデンフェルス領の中央部から塔へ続く古い街道も、荷車が通れる程度まで補修された。
一方、塔から交易都市へ続く道は、森を切り開かなければならない。グラマイタイン領へ至る道にいたっては、経路の調査から始める必要がある。
何度も水をくみ出した末、井戸に澄んだ水が戻った日。2階と6階の厨房にも、初めて火が入った。
すべての工事が終わったわけではない。
1階の休憩所も、2階の宿泊区画も、まだ必要な家具や人手がそろっていない。薬草園も、ようやく土を整え始めたところだ。
それでも、床と階段は安全になり、井戸水が使えるようになった。
僕たちが暮らすための厨房と寝室も整った。
工事開始から数か月後、僕たちはようやく塔へ移れることになった。
僕たちは交易都市の住まいから引っ越す前に、お世話になった人たちに挨拶にまわっていた。
冒険者ギルド長に応接室に迎えられ、僕とリーゼが向かい合って座る。
「いよいよ塔へ移られるのですな。街から離れられるのは寂しくなりますが、冒険者を辞められるわけではないのでしょう?」
「はい。塔の管理をしながら、今後も受けられる依頼はこなすつもりです」
「それを聞いて安心しました。あの塔は、交易都市と2つの領地を結ぶ場所になるのでしょう。
いずれ当ギルドから、直接そちらへ依頼を持ち込むこともあるかもしれません」
「そのときは、できる限り力になります」
「お二方にしかできない仕事は、これからますます増えていくでしょう。今後ともよろしくお願いいたします」
僕は差し出された手を、しっかりと握り返した。
僕たちは、買い物で世話になった商店や、いつの間にか僕たちを「屋根登りさん」と呼ぶようになった近所の人たちにも別れを告げた。
短い間だったけれど、この街は僕たちが初めて一緒に暮らした場所だ。
名残惜しくないと言えば、嘘になる。
それでも、次に暮らす場所はもう決まっているのだ。
そして、僕たちはいよいよ塔に引っ越すために旅立った。
荷物もあるので馬車旅となる。街道が整備されているガルデンフェルス領を経由した道のりで塔へと向かった。
塔へ着くと、馬車を復旧済みの荷揚げ設備のそばへ寄せた。
荷物を荷台へ載せ、縄でしっかりと固定する。
「それじゃあ、上げるよ!」
僕は地上に設置された巻き上げ機のハンドルを回した。
歯車と滑車が音を立て、荷台がゆっくりと上昇していく。取っ手から手を離しても落ちないよう、巻き上げ機には頑丈な歯止めがついていた。
7階で待つリーゼたちが荷物を受け取り、すべて降ろし終えると、壁に取りつけたベルを鳴らす。
澄んだ音が塔の下まで届いた。
僕は歯止めを外し、取っ手を逆へ回して、空の荷台を地上へ戻す。
それを何度も繰り返すうちに、馬車の荷台は少しずつ空になっていった。
「これで最後だよ」
最後の小荷物を抱えて、僕は7階へと上がった。
「はい。こちらも大体の配置が終わりました」
リーゼが部屋の中を見回しながら答えた。
つい数か月前まで、ここは何もない空間だった。
今では新しい床板が敷かれ、扉と窓が入り、最低限の家具もそろっている。壁際には、まだ中身を出していない木箱が積まれていた。
「なんだか、不思議な感じだね」
「ええ。私たちが初めてこの塔を登ったときには、クモが占領した魔物の巣だったのに見違えましたね」
リーゼも感慨深そうに部屋を見回している。
「最初はまるでお化け屋敷だったのにね」
「今ではきれいな眺めの素敵な塔ですわ」
二人で一緒に窓から外をのぞき込んだ。
夕暮れに照らされた森を見下ろす、雄大な景色だった。
これからはいつもこの景色を見ながら暮らすと思うと、すごく贅沢だなと思う。
塔を攻略するときは、ただ生き残ることだけを考えていた。
空中に浮かべた足場を一つずつ昇り、タワースパイダーの待つ屋上を目指した。
それが今では、僕たちはその塔を自分たちの暮らす場所に作り替えてしまった。
「リーゼは、この眺めを手に入れたかったの?」
そうして聞くと、リーゼはゆっくりと首を振った。
「いいえ、私は自分たちが塔を攻略したことを形に残したかったんです。
せっかくタワースパイダーを倒したのに、また他の魔物に横取りされるのも嫌でしたし。
この塔がずっと発展の中心にあるのなら、私たちの成果は誰にでも見えるでしょう。
今はやっと住めるようになっただけで、人がたくさん行き来するようになるのはこれからですけどね」
リーゼの自分の成果を出したいという切望は、塔を攻略したことで一定の達成を得た。
それでもリーゼは歩みを止めることはない。今も前を向いて、もっと大きな価値を作ろうとしている。
「うん、そうだね。これから始めていこう」
夕暮れの塔の周りには、まだ整備途中の場所がたくさんある。
塔の生活は、今日始まったばかりだ。
「さて、荷物も片付いたことですし……」
レンネが手を叩いた。
「塔での初めての夕食といたしましょう」
「いいね!」
僕が即答すると、リーゼがくすりと笑った。
「デルム様は、やっぱり食事には素直ですね」
「だって、荷揚げ設備の操作って結構疲れるんだ。そりゃあお腹もすくよ」
「私もあちこちに家具を運んだので、お腹がすきました」
「『うかべる』が大活躍の引っ越し作業でしたな。とはいえ、疲れたのも確かです。しっかりと食べるとしましょう」
6階の食堂へ向かう。
まだ必要な家具はすべてそろっているわけではない。
けれど、食卓と椅子はちゃんと用意されていた。
レンネが運んできた料理が、次々と食卓に並べられていく。
「さあ、どうぞ。塔での新しい食卓ですよ」
椅子に腰を下ろし、料理を眺める。
特別な料理というわけではない。
いつも食べていたものと、それほど変わらない。
それでも、今日は何となく特別なものに感じられた。
「それでは、いただきましょう」
「いただきます」
4人そろって食事を始める。
温かなスープを口にすると、長かった一日の疲れがゆっくりとほどけていくようだった。
「おいしい……」
思わず声が漏れる。
「ふふっ。ありがとうございます」
レンネが嬉しそうに笑う。
リーゼもスープを一口飲んで、ほっと息をついた。
「ようやく、本当に引っ越してきたのだと実感しますね」
「うん」
僕は食堂の窓から外を見る。
これから街道を整備して、人を呼んで、少しずつ塔の周りを発展させていくのだ。
きっと大変なこともたくさんあるだろう。
でも、不思議と不安はなかった。
隣にはリーゼがいる。ギャレッドもレンネもいる。
そして、僕たちは自分たちの力で、この塔での新しい暮らしを手に入れたのだから。
「リーゼ」
「はい?」
「これから、忙しくなりそうだね」
「ええ。ですが……楽しみでもあります」
リーゼも窓の外へと目を向けた。
「この塔が、たくさんの人に使われるようになって。街道がつながって。
いつか、この場所が賑やかな町になったら……素敵だと思いませんか?」
「うん。きっと見てみたい」
「では、頑張りましょう」
「うん」
僕たちは顔を見合わせて笑った。
塔に住むという目標は、今日かなった。
けれど、人が集まり、街道がつながり、この場所が本当の意味で生き返るのはこれからだ。
僕とリーゼの新しい暮らしと仕事は、この食卓から始まるのだ。




