第12話 新しい設計図
「これが塔なのですか! 高いですねー」
交易都市の住まいは戸締まりを済ませて、今日は侍女のレンネも塔に連れて来ていた。
間取りについては、図面を元に住まいでも話し合ってきた。
しかし、実際に見てみた方がイメージは固まることだろう。
朝礼で作業員たちに、おおむね昨日の続きの作業を指示して、僕たちは各階の用途の検討に乗り出した。
「1階は旅人や商人たちの休憩場所が主な使い方になるかな」
1階は天井が高めで、入り口も馬車ごと入れるように大きく作られていた。
この塔はガルデンフェルス領、交易都市、グラマイタイン領の3地点の中間に位置する。
休憩や補給の拠点としての機能は欠かせないだろう。
「夜間以外は、ある程度自由に出入りできる形にしたいんだ。長椅子と、外套や荷物を置く場所。それに汚れを落とす洗い場も必要だね」
「馬車も入れるようですが、馬をここで休ませるのでしょうか?」
レンネの問いに、僕は広間を見回した。
「荷物を運び込むときは、中まで入れるようにしよう。でも、普段から馬を置いておくと、人の休む場所が汚れてしまうな」
僕は図面の塔の外側へ、新しく四角を描き込んだ。
「馬を休ませる場所は外に作ろう。屋根のついた簡単な厩舎と、水飲み場があればいい。井戸に近いと便利そうだ」
僕、リーゼ、ギャレッドとレンネで、事前に仮決めした各階の配置図を片手に塔を見て回る。
リーゼが見回して考え込みつつ、口を開く。
「衛生室もほしいですね」
「衛生室か」と僕が聞き返す。
「近くでケガをして塔に駆け込んで来る人もいるでしょう。
入ってすぐの1階に、寝かせて手当を行える場所があれば、より確実に対処できます。
それに屋外では薬草を栽培しようとも思っているんです。
ここで簡単な調合ができたり、薬品を置いておけば、効果的に処置できると思います」
薬草について学んでいたリーゼならではの意見だ。
「良い案だと思う。治療や薬草の処理にも水を使うだろうから、衛生室は井戸寄りに配置しておこう」
2階に上がると、普通の居住スペースに近い作りになってくる。
「ここも1階の延長線上で、旅人たちに必要な機能として、食堂と宿屋の機能を持たせたい。
宿泊や滞在もできるようにすれば、大いに賑やかになると思うんだ」
僕の説明にギャレッドがうなずいた。
「良い案だと思いますぞ。整備や開発をするにも手近に泊まる場所はほしいですしな。
一通り整備事業が終わっても、旅人たちが引き続き利用するなら無駄にならないでしょう」
レンネも手を合わせて同意する。
「大きな食堂があるなら、お客さんを招いて会食することもできますね。素敵だと思います」
3階に上がると、足音が変わってくる。ひときわ頑丈に造られているのだ。
このため工房と資材庫に用いることとしていた。
ここに職人が滞在すれば、街に行かずとも加工や処理を済ませることができ、便利になるだろう。
4階は打って変わって窓が多く、開放的な作りとなっていた。
この階の用途の提案者のリーゼが前に出る。
「ここは共同の書斎にしたいと思っています。
一帯に関する図鑑、薬草などの専門書、依頼の文書、塔に残っていた古い書物の保管に使いたいと思います」
湿気も少ないし、日光をさえぎるカーテンを設置すれば、本のスペースには最適だろう。
「個人個人が読書や書き物をするスペースもほしいし、地図や図面を広げて、打ち合わせできる場所もほしいね。多分、僕はここで作業をすることが多くなるんだろうなぁ」
僕は窓際に自分の作業するスペースを書き込んだ。各種の報告を読んだりまとめたり、手配を指示する書類を作成したり。整備事業には自室だけではこなしきれない作業量があるのだから、そんな近い未来が頭に思い浮かぶ。
「では、私の机もデルム様の隣へ置きましょう」
リーゼが僕の図面をのぞき込み、窓際の空いた場所を指した。
「塔と街道の記録は、私も確認することになります。薬草園や衛生室の書類も、ここでまとめたいですから」
「う、うん。それなら横並びが便利そうだね」
僕は、自分の机の隣に同じ大きさの机を描き足した。
仕事をするための配置なのだから、何もおかしなところはない。
それでも、毎日リーゼと肩を並べて働くのだと考えると、少しだけ頬が熱くなった。
顔を上げると、レンネがこちらを見て、にやりと笑っていた。
5階以降は塔に暮らす人々のフロアとなる。
具体的には、5階は塔の運営に関わる職員たちの寝泊りをするスペース。最上階の7階は僕、リーゼ、ギャレッドとレンネの暮らす場所。6階は共同の炊事や飲食のスペースとなる。
5階は、まだどんな人が住むかも決まっていない。一人なのか、家族でまるごと住まうのかも分からない。ここは全体の用途を決めるだけで、細かな部屋割りは後回しにするしかないだろう。
6階については、主にレンネに調理などに便利なように間取りを見てもらった。一番使う人の意見をちゃんと反映することが大事だろう。
7階は僕たち4人分、きっちり4部屋を設けることが中心となる。
「まだお二方が一緒に寝泊りするのは早いでしょうからな。妥当なところでしょう」
ここの部屋割りについては、ギャレッドが目を光らせていた。
……目を光らせなくても、婚礼だって先の話だし、まだ部屋を一緒にするほどの度胸もないんだけどなぁ。
「では、それぞれの私室へ入る前に、小さな居間を作りませんか?」
リーゼが、4つの部屋に囲まれた中央部分を指した。
「部屋へ戻る前にお茶を飲んだり、その日にあったことを話したりする場所が欲しいです」
「うん、それは良い案だね。じゃあ、ここにテーブルとイスを置いてと……」
こうして最上階は、僕たち4人が帰ってくる場所になった。
各階の使い方のおさらいをしておこう。
1~2階は旅人たちのための共同スペースと食堂兼宿屋。3階は職人たちの作業場兼資材庫。4階は書斎。5~7階は僕らをはじめとした塔で暮らす人たちの居住スペースだ。
屋上はちゃんと手すりをつけた上で、展望や監視に用いることにする。
僕たちが間取りを考えるのと並行して、清掃と点検も数日かけて進められた。
石工と大工からは、傷んだ床や階段、窓枠をまとめた報告が提出された。
井戸職人からは、泥をさらって、内壁を補修した後、何度か水をくみ出す必要があると伝えられた。
井戸水を飲めるようになるまでには、少なくとも数週間かかる。
それでも、水脈は生きている。塔の基礎と外壁にも、大きな問題はない。
荷揚げ設備も、滑車と縄を交換すれば再利用できる。
こうしてまとめると、使えないとあきらめるべき部分はなかった。
どうやって再び使えるようにするかを具体化するのが主な方針となった。
僕は職人たちの調査結果と、4人で決めた各階の用途を1枚の図面へまとめていった。
最初に直すのは、床と階段、それに屋上の柵。並行して井戸と荷揚げ設備を復旧する。
安全に人と資材を運べるようになってから、厨房や寝室を整える。
旅人のための食堂や宿泊区画、工房や薬草園を本格的に作るのは、その後だ。
すべてを一度に完成させることはできない。
だからこそ、どこから手をつけるべきかの順番を決めるのが僕の仕事だった。
「これで、ひとまず完成かな」
僕は鉛筆を置き、机代わりにした板の上へ図面を広げた。
リーゼ、ギャレッド、レンネも、その周囲へ集まってくる。
図面の上には、1階から屋上までの用途を埋めた新しい塔が描かれていた。
旅人が休む長椅子。怪我人を手当てする衛生室。職人たちが働く工房。2人の机を並べた書斎。そして、4人で暮らす最上階。
まだ実物の塔には、椅子も食卓も一つとして置かれていない。
それでも、この図面の中には、すでに僕たちの仕事と暮らしがあった。
「素敵です」
リーゼが、僕の隣に描かれた机へ指を置いた。
「早く、ここでデルム様と一緒に暮らしたいです」
「そのためにも、まずは辺境伯と父に計画を認めてもらわないとね」
「きっと認めてくれます。これだけ具体的な図面があるのですから」
自信に満ちたリーゼの言葉に、僕もうなずいた。
怪物の巣だった塔に、僕たちは新しい役割を描いた。
あとは、この設計図を一つずつ現実にしていくのだ。




