第11話 胸はずむ初日
塔の前には、朝から大勢の人が集まっていた。
解体工具、清掃用具、建物の劣化を調べる検査器具などなど、それぞれが専用の道具を持参した心強い作業員たちである。
塔の入り口に集合して、名簿をもとに全員がそろっているかを点呼して確認した。まさしく大規模な作業現場の朝の風景そのものである。
僕は塔の見取り図を描いた紙を、各組の責任者へ渡した。
古い記録、下見と攻略を元に分かった範囲だけの、簡単なものだ。これから実際に寸法を測り、描き直さなければならない。
僕は班ごとに整列した作業員たちの前に出る。大きな声を出すために、息を吸い込んだ。
「今日の作業の中心は、井戸の調査、タワースパイダーの解体、清掃とクモの巣の回収、塔の損傷の程度の点検となります。復旧や改装の工事を行う前の下準備をするものと考えてください。
塔内は完全に安全が確認されたわけではありません。足場がもろくなったり、はぐれた魔物が出てくる可能性もありますので、必ず集団行動をしてください。
それでは、各班、安全第一で作業に取りかかってください!」
作業員たちから元気な返事が返ってきて、僕は満足気にうなずいた。
辺境伯家が招集しただけあって、ちゃんとした人たちが集まっているようだ。
「デルム様、手慣れているのですね」
リーゼが意外なものを見たと言わんばかりに、僕におどろきの視線を送っていた。
「うん。鉱山ではよくやっていたからね。ちょっと懐かしい感じがするよ」
「デルム様が人をまとめているところを初めて見たものですから、お上手だと見とれてしまいました」
「そうなんだ。兄さんたちもやっていたから、自分ではすごいとは思ってなかったなぁ」
意外なところでリーゼに感心されて、ちょっとうれしかった。
最初に僕たちが作業を見守ることにしたのは、井戸の調査だった。
清掃にも、作業員の健康管理にも、この先で塗料や補修材を加工するときにも、さらには塔で生活が始まったときにも、水は確実に必要となる。
今日は大きなタルで水を持参したけれども、現地調達できるのなら荷物が大幅に減る。
井戸の存在自体は下見で塔の外周を回ったときに確認していたが、復旧するためにはどれだけの作業が必要かを詳細に調査しなくてはいけなかった。
井戸は外から見ただけでは目立った損傷はなくて、状態は良さそうだ。
「まずは空気の調査します」
井戸の補修経験もある熟練の作業員が、火をともしたランプをロープとともにゆっくりと降ろしていく。
「ふむ、消えませんな。では、今度はこちらを」
今度は小鳥を入れた鳥かごを降ろしていく。鉱山でもよくやる検査方法だ。小鳥が鳴いたままなので、こちらも問題がないようだ。
「毒ガスはなさそうですな。この分なら人を降ろして、泥の搬出と内壁の調査に取りかかれそうです」
「分かりました。では、作業を進めてください。今日の作業終わりに、進み具合を僕に知らせてください」
井戸の状態は、想定した中でもかなり良い部類のようだ。
幸先の良い調査結果に胸をはずませながら、次の現場へと足を運ぶ。
次に向かったのは、打って変わって屋上。タワースパイダーを倒した現場だった。
既にタワースパイダーはバラバラになりつつあった。のこぎり、ノミやハンマーを用いて、器用に解体が進められている。
僕がナイフを突き立てたときは刃が立たなかったのに。やっぱり、その道の専門家はすごい。
「体の中にこんなのが入ってたんですが、こいつは何ですか?」
差し出されたのは、つぶれた鉄のかたまりだった。
「あ、僕の鉄球だ」
あまりに形が変わっていて、見た瞬間には分からなかった。
「『降撃』に使って、こんな風に壊れてしまうのは初めてだ。やっぱり相当に頑丈な魔物だったんだね」
「これではもう投げられそうにありませんね……」
ゆがんでしまって、一部はとがってしまっている。強くにぎったら、手のひらが傷ついてしまうだろう。
「記念品にするか、溶かして再利用するか迷うなぁ」
「一応取っておきましょう。これも大事な思い出の品ですわ」
リーゼが後押しするので、布にくるんで一応取っておくことにした。
「それにしても、タワースパイダーは全身が素材の宝庫ですぜ。
牙は武器に、毒は薬に、殻と糸は防具の素材にできます。余すところがないですよ」
解体職人が景気良さそうに笑う。そこにリーゼがうなずいた。
「利用できるものは、すべて活かしましょう。きっちり売却して、この整備事業の足しにしましょう」
「へい! 丁寧に解体しておきますぜ!」
リーゼは、きちんと目を付けていたようだ。
僕もムダなく活かせるのは賛成である。
「それにしても見晴らしがいいなぁ。
あのときは景色を楽しみ余裕なんてなかったけど、ここは良い場所だね」
屋上をぐるりと回りながら、僕は心をはずませた。
「今日は天気が良いので、ずっと遠くの交易都市まで見えますね。
私の実家は、あっちの方ですね」
リーゼもすばらしい景観を楽しんでいる。
「僕の実家はあっちの方かな。
でも街道がないや。まだまだ、これからだね」
この塔自体はガルデンフェルス領の端っこに位置している。
このため、ガルデンフェルス領の中央部への道は、昔に作られたものがあるので、それを補修すれば良い。
しかし、塔が出来上がって、交易都市やグラマイタイン領への道を整備しようとした矢先に、タワースパイダーに襲撃されたらしい。
「まずはガルデンフェルス領にあった道の補修から、次に交易都市への道をつなぐところからかな。
グラマイタイン領への道はまだ先の話だね。先は長いけど、頑張ろう」
僕は意気込みを新たに屋上を下りた。
ほかの区画はクモの巣の撤去と、その他の清掃、損傷の点検、寸法の測り直しが主な作業となる。
「クモの糸は丈夫で状態の良いものは回収しておきます」
これもタワースパイダーのものには及ばないけれども、ある程度の収入にはなるだろう。
「あら、ガレキの回収ですね。私の出番のようですね」
ふと見やると、リーゼが厚い手袋をはめて、破片を運搬している現場へと向かっている。
「お嬢さんにやらせるなんて、とんでもございません! 作業はお任せください!」
「いいえ、私が一番うまくできるのです。ご覧あれ!」
リーゼは張り切って『うかべる』を使って、軽々とガレキを木箱へと入れてみせるのだった。
「おおー! なんと便利な! 腰を痛めた奴らに見せたら、うらやましがるでしょうなぁ」
作業員たちに賞賛されて、リーゼは得意げに胸を張った。
リーゼは立場上、重いものを運ぶ作業をすることはなかったのだろうけど、これが一番素直に『うかべる』を有効活用するための方法だろう。
その後もリーゼは、運搬作業を見かけては、『うかべる』で手助けをしていた。
僕たちが塔を攻略するときに使った、バルコニーが各階に並んでいた側面も調査が進められていた。
「ふむ。やはり荷揚げ設備ですな。
滑車はさびてしまっていますし、ロープもなくなっていますが、交換すれば十分に使えましょう」
僕は作業員の見立てにうなずく。
「では、ここの復旧は井戸に並んで最優先ですね。
使えるようになれば、各階からの運び出しも備品の搬入もやりやすくなるでしょう。
直すのに必要な部品を書き出してまとめておいてください」
リーゼが隣から顔を出し、荷揚げ設備をしみじみと見つめた。
「ここで暮らしたのなら、これを使ってものを運ぶんですね」
「うん。なんだかその度に、塔を一緒に登った時のことを思い出しそうだね」
「まるで思い出と一緒に暮らしているみたいで、それも素敵ですね」
リーゼと一緒に並んで見ながら、僕はこの塔に住むのがますます楽しみになった。
塔を上から下まで行ったりきたりして、各班の作業の進み具合を見ていたら、一日が終わるのはあっと言う間だった。
日が傾き始めた頃合いに、作業の終わりを告げてまわり、一度入口に集合してから解散とした。
まだまだ塔は住めるような状況ではない。それでも、今日で清掃と測定が大分進んだ。
井戸と荷揚げ設備も直せば十分に使えそうなので、期待がふくらむ。
「明日も今日の続きをするのですか?」
「うん、それもあるけど、今日で必要な指示に状況の把握は大体終わったからね。
だから、明日は塔の階ごとの間取りを決めようと思う。
帰ったら、レンネも交えて素案を作ってみよう」
そう言うと、リーゼは明るい声で答えた。
「それは楽しみです。今夜は長い夜になりそうですね」
今はまだ空っぽの塔に、暮らし方を詰め込んでいく。
それはとても胸のはずむことだなと思った。




