第10話 塔を得る
「お父様、タワースパイダーを討ち果たしてまいりました。
このとおりギルドにも実績を認定され、Cランクへと昇格しました」
リーゼが銅製の冒険者証を差し出しながら力強く報告する。
辺境伯はうむうむと、うなずいた。
「よくやった。我が娘ながらあっぱれである。
無事に戻ってきただけでも良かったと思ったが、まさか本当に倒してくるとは。
お前もガルデンフェルス家の武勇の血を引いていたということだな」
リーゼは辺境伯の言葉に少しだけ目を見開いた後、しみじみと答えた。
「無事に証を立てることができて、胸をなでおろしております」
「ふふっ、まるで大将の戦勝報告のように堅苦しいな。
まぁそれだけの大手柄ではあるが、何やらむずがゆくなってくるな」
――きっと、リーゼの胸のうちと、辺境伯の思うところはすれ違っている。
共犯者の僕だからこそ、その食い違いが感じ取れる。
リーゼにとって、タワースパイダーの討伐は自分の存在価値の証明に等しかった。
辺境伯はリーゼが大仕事を誇っているように感じているけれど、決してそれだけではないのだ。
この討伐は、リーゼが役立たずではないと認めてもらうための決死の挑戦だったのだ。
親の心を子は知らずというが、親だって子どもの必死の叫びに気付かないこともあるのだろう。
合わせて僕から、『降撃』の正体についても簡単に明かした。
「ふむ、多くの戦士を見てきた私でも知らないスキルだとは思っていたが、まさかそのような力を秘めていたとはな。
高さを確保する必要があるとはいえ、タワースパイダーを一撃で倒す威力か……。
デルムよ。ガルデンフェルス家の騎士として、当家に仕える気はないか?」
辺境伯の目つきが鋭くなる。
しかし、そこでリーゼが話にすっと割り込んだ。
「いいえ、お父様。デルム様には私とともに成し遂げるべき事業があるのです」
リーゼの口調がちょっとムッとしたような、僕を他の人に渡すまいとしているように聞こえたのは気のせいだろうか。
「ほぅ、婚約者を差し置いて、お相手を引き抜くわけにはいかぬか。
しかし、事業とは何だ。今のお前たちなら腕っぷしで身を立てることも可能だろうに」
「新しい事業として、私たちに廃塔を任せてもらいたいと思います」
「ふむ、あの廃塔をか。詳しい考えを聞こう」
リーゼが呼吸を整えて、計画を語りだす。
「そもそもあの塔は、廃棄される前にはガルデンフェルス領とグラマイタイン領を結ぶ街道の中継地の要として機能する予定でした。
タワースパイダーの脅威が取り除かれた今であれば、過去に思い描いていた展望を実現することができます。
私であれば、塔のことも昔から調べていましたし、周囲の地理も詳しく把握しています。
新しい事業として、塔そのものと街道の再整備を私たちに任せてもらえませんか?」
「なるほど。確かに開通すれば、交易都市経由の現在の街道と比べて、距離も大幅に近くなるか」
「僕もリーゼとともに、この事業を担います。グラマイタイン家にて、人員の割り振り、資材管理や帳簿の管理もしていました。
実家筋の大工、石工や職人との橋渡しをすることもできます。
僕とリーゼ以上に、この整備事業に適任の者はいないと思います」
リーゼと僕の主張に、辺境伯は考えを巡らせているようだった。
「確かに知識と実務能力を備え、なおかつ両家とのつながりが強いお前たちなら最適か。
ギャレッド、お前はこの話をどう思う」
ギャレッドはうなずきながら、静かに答えた。
「二人であれば、十分に可能なことでしょう。
タワースパイダーの討伐作戦も二人で考え出したものです。
リーゼ様が道を示し、坊っちゃんが具体策を補強する。見事な連携が存分に力を発揮しております。
まぁ強いて欠点を言うのなら、側近や部下が足りないということですが、それはこの爺も手伝うこととしましょう」
「ふむ、良いだろう。お前たちに再整備を任せるとしよう。
とはいえ、まずは塔の清掃と調査からだな。
タワースパイダーの解体も必要であるな。それらは当家で手配するとしよう。
お前たちも同行し、どこまでが再利用でき、どのような補修が必要かを見極めるがいい。
そして、見積もりの算段を受けてから、正式にこの計画を承認することとしよう」
「閣下、分かりました。僕が計画を完成させます。
必要な資材や費用の算出を責任を持って、成し遂げます」
「お父様、ありがとうございます。
それと、さらに先のことで、もう一つお願いがあるのですが……」
「この際だ。なんでも言ってみるがいい」
「整備が終わった後には、引き続き管理する者が必要になると思います。
そうでなければ、再び化け物グモのような魔物が巣くわないとも限りません。
つきましては、私とデルム様に、整備後の塔一帯の管理も一任してくださいませ」
「なんと! 塔に住まうとでも言うのか!」
さすがの辺境伯もこれにはおどろいたようだ。
僕も最初に聞いたときにはびっくりした。
だけど、僕としても大いに賛成なんだ。
「あの塔は、僕とリーゼが自身のスキルと、そして自分たちのできることを見出した大事な場所でもあるんです。
僕たちの思い出と再出発の地として、あの塔に住みながら、その発展を見守っていきたいと思っています」
辺境伯は僕とリーゼを見比べながら考えているようだった。
やがて、根負けしたように、大きな息を吐いた。
「娘には平穏な生活を送ってほしいという親心もあるのだがな。
しかし、それが二人の望みであれば、かなえてやるのもまた親心か。
良いだろう。確かにあの地はまだ魔物も多い。腕の立つ者を常駐させるのは妥当だ。
塔と周辺の土地を、お前たちの管理地とする。正式な書類は後で整えさせよう。
改修が終わり次第、そこを住まいとせよ」
「閣下、ありがとうございます!」
僕は深く頭を下げた。
そして頭を上げると、辺境伯が目を細めて僕を見ていた。
「それにしても、デルムよ。
今日はリーゼを呼び捨てにしておるな。
それにずいぶんと信頼を勝ち取っているように見える。
これだけの短期間で、なかなかの色男のようであるな」
……しまった。今日はうっかり、リーゼを呼び捨てのままだった。
リーゼは僕を敬称付きで呼んでいるというのに。
とはいえ、出した言葉は引っ込められない。
それに婚約者と仲良くなって何の問題があるというのか。
半ば開き直って、押し通すことにした。
「リーゼとは順調に仲を深めさせてもらっています。
このまま温かく見守っていただければと存じます」
「その……私から呼び捨てにとお願いしたことですし、デルム様はとても素敵な方ですわ」
リーゼも顔を赤らめつつ援護射撃を飛ばしているが、効果的なのか逆効果なのか、もはや分からない。
すると、辺境伯は大きな声で笑いだした。
「はははは、いやぁ、すまぬすまぬ。呼び捨ても別に構わぬよ。
娘をかわいく思う余りに、少しからかってみたくなっただけだ。
デルムの言う通り、良い関係を育んでいるのは将来の夫妻として大いに喜ばしいことだ。
これからもお互いを思いやって、協力しながらやっていくが良い」
どうやら、おちょくられただけのようだった。
なんだか緊張もどこかに行ってしまった。
「では、清掃・調査・解体の人員の用意ができたら、交易都市の住まいに使いを出そう。
それまでに準備を整えておくがよい」
とはいえ、交渉は成立した。
帰ったら、塔の整備計画をもっと練り上げることとしよう。
合わせて、僕の実家のグラマイタイン家にも、経緯を報告しつつ、塔を整備する人員の協力を依頼する手紙を送ることとしよう。
交易都市に帰り着いて、留守を預かっていた侍女のレンネに、計画の承認を得たことを伝えた。
「となると、このお屋敷からは去ることになりそうですね。
せっかく『屋根登り』さんと呼ばれて、ご近所に親しまれつつあったのに寂しいですね」
「え、そんな風に呼ばれていたの?」
「はい。ギルドでのお話は街中のウワサになっていますよ。
お買い物先にも、ばっちり顔を覚えてもらったところでした。
ですが、これもお二人の夢のために必要な別れです。
では私も一緒に塔に行って、塔での生活に何が必要かを書きださないといけませんね」
短い間ではあったけれど、この街での生活も温かなものであった。
塔は調査をしてから改修も必要だし、住むにはまだ時間がかかるだろう。
急に婚約者ができて、さらに同居で、討伐大作戦で、今度は塔に引っ越しとめまぐるしいけれども。
その忙しさは心地良かった。きっとそれは、前に進んでいる実感があるからなのだろう。




