第9話 勝利の実感
少し休んで呼吸を落ち着けてから、僕たちは倒れたタワースパイダーへ近づいた。
倒れ込んだ巨体はもう動かない。8本の脚はぶらりと投げ出され、開いたままの口から白い糸と体液が流れ出している。
「あれ、これは何だろう?」
タワースパイダーの口元に、手の平に納まるサイズのぼんやりと光る何かが引っかかっている。糸を払って、よく見てみると、古い文字の刻まれた石板のようだった。うすい青色をしていて、手触りがなめらかだ。
「きれいですけど、これは何でしょう。塔にあったものを、のみ込んだのでしょうか」
「鉱山でも見たことがないな。特別なものに見えるから、一応持って帰ろう」
石板をバッグにしまい、タワースパイダーの身体をよく見てみる。全身が固い殻の装甲で包まれている。関節の切れ目は薄くなっているが、それでも固そうだ。ナイフを突き立ててみたが、刃が立ちそうになかった。
こうやって見ると、リーゼの助言に従って、頭から口内にとっさに狙いを変えたのは正解だったのだろう。頭部も殻で保護されていた。『降撃』なら貫けたかもしれないが、口内を狙った方が確実だったのは間違いない。
「体内に入った鉄球を回収したかったけど、今は無理そうだね」
「仕方ありません。後で解体を専門とする方にお願いしましょう。
でも、冒険者ギルドに討伐を証明するため、どこかの部位を持ち帰りたいですね」
「うーん、弱点の口の中なら切れるかな」
口元を見ると、左右に突き立った2本の凶悪な牙が目に飛び込んできた。
根元にナイフを突き立てると、何とか外すことができそうだった。毒があるかもしれない。手持ちの布で何重にも包みながら、胸元へと抱え込んだ。しっかりと重みを感じる。
「ふぅ……、今はこれくらいしかできないな。持ち帰るのも1本が手一杯だ。
それにしても足が重い。ここまで登ったんだから、無理もないか」
「……はい、私も疲れました。塔を改めて調べたいところですが、まずは帰りましょう」
僕たちが使ってきた足場は、既に『うかべる』の滞空時間も過ぎて、糸の中にすっかり落ちてしまい、使えそうになかった。
塔の内部の階段を下って、地上を目指すこととした。
「クモがいませんね……」
屋上と同じようにクモの糸で白く包まれた高層階であったが、もう糸を踏んでもクモの気配が近付いてくることはなかった。
進路をふさぐクモの巣だけを切りながら、塔の中央の吹き抜けのらせん階段を下っていく。
「クモがいなくなってしまえば、下りるのはあっという間ですね」
1階まで着くと、リーゼが階段を振り返ってつぶやいた。
すっかり静かになった塔の中で、リーゼの声と二人の足音だけがひびいていた。
「あ、下見のときに見つけた冒険者証だ……」
階段のふもとで、あのときは回収できなかった冒険者証と武具を見かけた。
今なら安全に回収できるし、出口もすぐそこだ。リーゼと手分けをして持ち帰ることとした。
外に出ると、まぶしい日の光が視界いっぱいに広がる。
入り口にはギャレッドが待ち構えていた。
「坊っちゃん! リーゼティア殿!
よくぞ、ご無事で! おケガはありませんか?」
僕はタワースパイダーの牙を見せつけながら、笑顔を向ける。
「勝ったよ。ケガもない」
「本当に大丈夫ですか? 服の様子がまるで変わっていますが……」
言われて自分の服を見ると、確かにタワースパイダーの糸が巻き付いたままだ。
これじゃあ何かあったと思うのも無理はない。
「糸に巻かれただけだよ。何ともない」
手で糸を払いながら、僕は苦笑いした。
「数刻前に配下のクモたちが、それこそクモの子を散らすように逃げていきました。
本当にやり遂げたのですな。お見事でございました」
ギャレッドは胸をなでおろすように、うんうんと頷いた。
「ささっ、お疲れでしょう。
馬車で帰るとしましょう」
冒険者の遺品は、ギャレッドが気を使って持ってくれた。
森を抜けて、馬車に腰をおろすと、思わず大きなため息が出た。
やっぱり疲れがたまっていたようだ。
帰りもずいぶんとゆれたけど、僕はいつの間にか眠りに落ちていた。
「お嬢様ー! ご無事で良かったです!
本当に、本当に心配したんですよ!」
交易都市の住まいに帰り着くと、リーゼは侍女のレンネに抱き着かれていた。
「レンネ、ただいま戻りました」
リーゼは微笑みながら、レンネの背中に腕を回し返した。
「またあなたと顔を合わせられて、私も安心しました」
「きっと無事に戻られると思って、今日もたくさんお料理を作って待っていました!」
食堂を見ると、昨日の夕食のときと同じくらいにたくさんの料理が並べられていた。
「疲れていて、あまり食欲がないのですが……」
リーゼが苦笑いすると、レンネは「それも仕方ありませんね」と笑っていた。
ギャレッドは、僕たちの帰還と討伐成功を知らせる使者を、すぐに辺境伯邸へ送ってくれた。詳しい報告は、体を休めてから改めて行うこととした。
「では、身を清めてくださいませ。お湯も沸かしてありますので」
湯を使って体を拭くと、固くなっていた体がほぐれるようだった。
やっと一息つけたと思ったら、お腹も減ってきた。
そういえば、お昼ご飯を食べる暇もなかった。
温かな食事を口にすると、もう止まらなかった。リーゼも隣で、結局スープをおかわりしていた。
お腹がいっぱいになって、やっと安心できる場所に帰ってきたという実感が出てきたのだった。
翌朝、僕たちは冒険者ギルドを訪れた。証人としてギャレッドも同行している。
「タワースパイダーを討伐したので報告したかったのですが……」
布でくるんだ巨大な牙を掲げながら、受付に届け出た。
「タワースパイダー……ですか……。って、あの廃塔の未解決案件ですか!?」
受付の女性は一瞬何のことかと戸惑った後、明らかなおどろきを見せた。
辺りはさわがしくなり、僕たちは鑑定の担当のもとへと案内された。
いつの間にかギルド長も駆けつけて、ついでに野次馬の冒険者たちも寄ってきて、じっと鑑定の様子をうかがっている。
「巨大な牙に、まとわりついた糸、毒を通すための内部の管……。
これほどの大型のクモは、タワースパイダー以外の報告はなく、配下の幼体の特徴とも一致します。
辺境伯様の命により監督役として同行した、グラマイタイン家の執事の証言も合わせて、討伐されたことに間違いはないでしょう」
周囲がとたんにざわめいた。
「うおおー、すげーな兄ちゃん!」
「おい、気安いぞ! グラマイタイン家の坊っちゃんだぞ!」
「あのお嬢さんが、廃塔に乗り込んだなんて本当かよ……」
感激とおどろきの声が、後ろから聞こえてくる。
ギルド長が「オホン」と咳ばらいをして、周りを静めながら口を開いた。
「して、お二人はどのようにして、タワースパイダーを倒されたのですかな?」
僕はリーゼと顔を合わせて、うなずき合った。
もう見事な成果が出たのだ。スキルの種を明かす頃合いだろう。
僕とリーゼは、『うかべる』で空中階段を作り、『降撃』のスキルで倒したことを説明した。
ただし、スキルの細かな発動条件までは伏せ、塔の外から高所を取って攻撃したことだけを説明した。
「……なるほど、ギルドを束ねる私であっても、お二人のスキルは聞いたことがありません。
誰も知らないスキルを組み合わせたからこそ、誰も倒せなかったタワースパイダーを打ち破れたのでしょうな。
となると、街はずれのウワサも解決ということになりますな」
「……街はずれのウワサ?」
僕が問い返すと、ギルド長は苦笑いをした。
「お二人が屋根の上に登ろうとする様子を見かけた者たちから、心配する声が寄せられてましてな。
ギルドとしてもどう説明するべきか、お二人にお聞きしようと思っていたところだったのですよ」
僕とリーゼは顔を見合わせる。恥ずかしさが込み上げてきた。僕たちの住まいは街はずれとはいえ、人の目がないわけではない。屋根の上に必死で登ろうとしていれば、そりゃあ目立つ。練習のときは夢中で気づかなかったけれども、言われてみれば当たり前の話だ。
「……何から何まで、おさわがせしました」
僕が頭を下げると、ギルドは笑いに包まれた。
「なぁに、あれも大手柄を成し遂げるために必要だったこと。今となっては語り草ですよ。
それにしても、大手柄も大手柄です。お二人を駆け出しの『F』ランクのままにはしておけませんな。
どれ、登録証をお貸しください。更新を行いましょう」
ギルド長に僕たちの木製の登録証を手渡すと、ギルド長は手近の係員に指示をした。
「お二人は中堅の『C』ランクに昇格です。銅製の登録証を発行してください」
再びギルドがどよめいた。
「飛び級で昇格……。良いのでしょうか……」
リーゼが遠慮がちに問いかける。
ギルド長は大きく首を縦に振った。
「当然の評価だと考えております。タワースパイダーはBランクパーティーさえ返り討ちにしてきた難敵です。さすがに一度の討伐だけでBランクまでの昇格は無茶ですが、Cランクへの飛び級であれば、妥当なところかと思います」
「ありがとうございます! それと、冒険者たちの遺品も回収してきたんです」
手荷物から古びた冒険者証と遺品を取り出すと、ギルド長は沈痛な面持ちで受け取った。
「回収、感謝いたします。当ギルドが責任を持って、家族のもとへとお返ししましょう」
さすがに注目を集めすぎたので、僕たちは冒険者ギルドからそそくさと退場し、一度、住まいへと帰宅した。
そういえば、せっかくだからとギルドの鑑定担当にタワースパイダーの口元から拾った石板を見せたけれども、結局、専門家でも謎の文字は読めず、正体は分からないとのことだった。謎はますます深まるばかりだ。
「Cランクへの昇格、おめでとうございます。
これなら冒険者として、十分に自立して暮らすことができるでしょう」
ギャレッドに言われて、改めて実感がわいてきた。
僕たちは難攻不落の廃塔を制して、強敵のタワースパイダーを倒した。
これで中堅の冒険者として認められ、依頼の選択肢は大いに増えたことだろう。
ここから冒険者としての立場を固めることもできる。例えば、僕とリーゼだけだと、盾役や見張り役に不安が残る。パーティーメンバーを募集して、あらゆる場面に対応できるチームを結成するのも良い。
そうして今後の方針を話し合おうと視線を向けると、リーゼは考え込むように顔に手を当てていた。
その目には知性の光と、自身の価値を証明するという心意気の火が宿っていた。
「確かに、このまま冒険者として身を立てることもできるでしょう。
ですが、私たちにしかできないことは、もっと他にあると思うのです。
私の考えを聞いてもらえますか?」
そんな前置きとともに聞かされたリーゼの計画は、僕の想像を超える壮大なものだった。
そして僕はリーゼの思い描く未来に賛同して、協力を約束したのだった。
「では、あの塔を私たちのものへとするために、もう一度、お父様に会いに行きましょう」
リーゼの大望はまだ終わっていない。辺境伯のおどろく顔が目に浮かぶようだった。




