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「ライブ見ながら食べるって。匂いとか邪魔になるだけやん」

「スタジアムって個室とかあるんですよ。入れるかどうかわかりませんが」

 社長とは名ばかりなのかしら。


 社長の力はたいしたもの、ではなかった。個室ってやっぱりVIPしか入れないのね。

 そして、奏は違った。やっぱり名ばかりっぽい。


 私たちは、スタンド中腹で弁当を広げた。

「へぇ、結構見えるんやね」

 リハは順調に進んでいるようだ。曲と立ち位置、動線の確認。音響や照明、バックダンサーのタイミング。大変そう。


「見えるように頑張っているからね。メインステージの大きなオーロラビジョンはもちろん、長い花道、小ぶりな中央ステージ。さらには、スタンドの前を回るように走るリフト付きの車。アイドルの王道ですよ」


『おい。あの真ん中にある台の少し手前。あの少年は関係者か?』

 急にダンテが我を出してきた。


「わぁ! ダンテくんが喋った!」

『……』

 ダンテと奏の相性は良くないかもしれない。


「えーっと、少年。バックダンサーの子かな?」

 五才くらいの男の子が、不確実な足取りで中央ステージへ向かっている。

「あんな小さな子はいなかったはずだけど」

 奏がはて? と首を傾げた。瞬間、少年が膨れた。膨張。風船のように、まあるく。

「え、え、待って、割れる!」

 

 少年が破裂した。ように見えた。


『おい、行くぞ』

「どこに?」

 ダンテは私をあの少年のもとへ走らせた。奏もついてくる。スタンドを駆け下りて、中央ステージに近寄る。


「なにこれ」

 ステージの手前。穴を掘ったかのように黒い円が地面にあり、同じような黒い円が数センチ地面から浮いている。


 そこに、ステージへ移動するタイミングだったらしくKOUSYAKUが歩いてくる。

「社長、コウ?」

 他の人には見えていないらしい。


『来るな!』

「来ちゃダメ!」


 ダンテの声を伝えたが、遅かった。浮かぶ黒い円が形を変えて三人の足を引っ張った。


「みんな!」

 

 ステージから落とされた三人の足に絡みついた靄を払おうと手を伸ばした。しかし、私の手が届く前に、奏の体が割り込んでいた。三人から黒い靄を奪った奏は、尋常じゃない汗を流していた。

「くっ。……そこの遊んでいる()。あとでおやつをあげるから、来なさい」

奏の周りに薄い小さな灯たちが寄っていく。少しずつ体が地面の黒い丸に引っ張られる。


「社長さん! ダンテ! なんとかして」

『もう少し耐えろ。今、結界を張る』

 体の芯が熱くなる。光が体を包む。


『我ガ築ク。時空ノ狭間ニ領域壁ヲ』

 

 淡い膜がドーム状に張られた。少し体が重くなったように感じる。


『晴夏、手を組め』

「手を組むって、どんな……」

『体の正面で、左右の親指同士と人差し指同士を合わせて三角形を作れ。急げ。胸の奥にある(いろどり)を感じろ』

 言われた通りに形作る。胸の奥、奥……奥。キラリとするもの。これか。


玻璃(はり)

 

 同じタイミングで浮かんだ言葉を紡ぐ。

 三角に合わせた手から、ガラスの破片が飛び出し、地面のほうの黒い円に刺さった。

 奏にまとわりついていた靄が引きはがされ、黒い円が一つに集約された。


「……すごい」

 魔法少女みたいでテンションアップ。


「大丈夫ですか!」

 汗をぬぐいながら座り込む社長に、三人が駆け寄った。

「あ、ああ。少しつらかったですね。アレとは仲良くなれそうにありません」

 改めて黒い円を見た三人は、恐怖よりも驚愕に、いや、驚愕よりも好奇心が勝っている。


「あれは、なに?」

「なんや、気持ち悪い動き方してへん?」

「他のスタッフは見えてないんでしょうか?」

「みんな、下がっていて」

「なんかやっていたのって晴夏さん?」

 答えるのは後だと、とりあえず無視した。


「何かできる? これ、まだ生きているよね」

『うむ。一時的な足止めにしかならん。我に力が戻れば転送も可能だが、今は』

「できないのね。どうするの?」

「わぁ、可愛くないですね」


 奏の危機感のない言葉が聞こえてきた。視線を動かすと、たしかに、黒い円は可愛くない形に変化していた。蜘蛛。黒い蜘蛛。


「え、嫌かも。逃げていい?」

 足が六本の生き物は嫌いだ。しかも、巨大。さっき上がったテンションはダダ下がり。


『手を組め』

 同じ指示だったので、すぐに三角を作れた。


「玻璃」

 

 ガラスの破片がいくつか飛んで行ったが、蜘蛛はあっさりとかわした。


『ちっ。見た目よりも迅速』

「ちょっと、ちょっとぉ。ちゃんと当ててよ!」

『狙いをつけているのは其方だが?』

 ええ、早く言ってよ。そんなの初めて聞きましたけど!


『まだ完全に其方に交ざり合ってないが、軽いものは一人で祓えるというのはわかっているから、開放するぞ。鏡を呼び出す』

「わかんないけど、できるならやって!」


『そこの男。アレを足止めしろ』

「わぁ、ダンテくんってこき使うタイプ?」


「……ダンテ?」

 智己が反応する。奏はスルーし三人の肩を借りて立ち上がる。フラフラしながら息を大きく吐く。そして、蜘蛛に向かって言った。

「ちょっとジッとしていてくれると嬉しいな。小さなお友達に力を借りても、んー、そうだね。持って一五秒」

『十分だ』

 

 奏の体から霧のようなものが放出された。涼しげな水色。優しい音色付き。さっきの小さな灯が一緒に踊る。綺麗。


『我ノ現身ヨ。出デテ主ノ望ミ叶エン』


 ダンテの声が、奏に見惚れていた私の心臓に、強い衝撃を打つ。声にならない苦しさ。呻くこともできない。ただ、足が崩れる。


銀鏡(ぎんきょう)


「くっ……うっ、う」

 重い。身体が。空気が。

 うっすら眼を開けると、目の前にダンテがいた。昨日見たときより大きく、背中に乗れそうなくらい。


「ダンテ!」

 智己の目にも見えたのだろうか。驚きの声が聞こえた。


『ご苦労、下がれ』

「……冷たいなぁ」

 顔をしかめた奏は三人に支えられながらも、三人の背中を押すようにステージの脇まで下がって、座り込んだ。


「みんなも、ここにいなさい」

 奏の声は辛そうだ。だが、私もかまっている余裕はない。力が吸い取られていく感覚がある。ダンテが躍動していくのがわかる。


「ぐああああああっ、しゃああああああ!」

 奏の抑えがなくなった蜘蛛は、ダンテに飛びかかった。ダンテは後退して四肢に力を込め、言葉を紡ぐ。


万華鏡(まんげきょう)

 

 ダンテの前に丸く輝くガラスが出現する。色付きのガラスをつなぎ合わせて映している煌めきわたる華やかさだった。

 それらは、ソーラーパネルのように広がり、蜘蛛を包んだ。

 ダンテが尻尾をピシリと叩きつけ唱えた。


丹青(たんせい)玻璃(はり)

 

 ソーラーパネル化していたガラスが一斉に蜘蛛に向かって飛ぶ。すべての破片が刺さる。

 蜘蛛は音もなく縮小し消えていった。


 同時に体が軽くなった。ダンテも縮小したから。手乗りダンテ。


「……すごいね、ダンテ。でも、ちょっとしんどいんだけど」

『今の其方にはきつかったであろう。この大きさだ、現状がわかるというものよ。そのうち、あれくらいは軽くやってもらわねば困る』

 筋肉痛で済めばいいな。


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