第41話 ヤットコとやる気と不器用と
「もう少し魔力は繊細に……って!! あぁぁ、今鎚を入れたら!! ちっ、ほら割れた。 もうそろそろ上達してくれよな。お前が早く相鎚をいれれ位になって貰わないと、俺が困るんだからな」
「あぁぁもう、うっさいわね! アンタが横からごちゃごちゃ言うからでしょう!! それより、自分が任されてる仕事をしなさいよね!!」
朝ぱらからこれだ。
そもそも、コイツが横で作業なんぞしてるから気になって作業に集中ができないのが原因なんだよ。
それに師匠も師匠だ。俺と師匠の作業場所を別々にしているのも、並んで作業をするとお互い良くないって判っているからなのに、何が、
「可愛い妹弟子が出来て良かったのう。兄弟子として共に切磋琢磨するんじゃぞ」
だよ、指導なんて最初に磨き仕事だけを教えただけで、後の事は全部俺に押し付けたうえに、
「グラン君とノエル君の武器制作じゃがな、今回は大掛かりな作業になるんじゃろ?しかしなワシも歳が歳じゃて二人では限界が有ると思うんじゃよ。だからそこでじゃ、エイルが相鎚を打てるようになるまで制作を延期、お主一人での作業も禁ずるぞ」
と、来たもんだ。
まぁ確かに、三人で出来れば今までみたいな無茶をしなくていいけどさ……けどさ……
俺は心の中で色々と今の現状に対して文句を言うが、その横では、腕組みして俺を睨み付け、まるで猫が威嚇するようにシャーシャーと毛を逆立てて未だに怒るエイルが、やたらと威圧してくる。
そんな状況に、
「はぁぁ……」
俺は考えていても拉致が開かないと、半ば諦めの大きなタメ息を吐いたが、
「なによ!! 私がエイズル様の弟子に成ったのがそんなに――」
俺のタメ息に凄い剣幕でエイルがキレ、目蓋には大粒の涙を溜めて大声を出して怒りを露わにするが、言葉の途中で工房の扉が大きな音を響かせて開き、エイルは脅いて途中で言葉を止めるが、
「貴方達!!いつまでノエル様を待たせれば気が済むのか……し……ら……」
「ヘレネー、そんなに―― おっと、どうしたんだい?そんな所で立ち……どまっ……て…… って!! 大丈夫かいエイルさん!? 何が……君だね!!女性を泣かすなんて――」
毎回の事だが、ノエルの武器制作の催促に二人が扉を開けるなり、お決まりのセリフを言うが、今回は最悪のタイミングだった。
ヘレネーが扉を開けて催促を言うが、俺に向かって涙を流すエイルを目撃。
後から入って来たノエルは、ヘレネーが急に立ち止まった事で何が有ったのかとヘレネーの横から工房の中をを覗きこみ、泣くエイルを発見から、何故か俺が泣かせたと認定から、止まらない勢いで俺に罵詈雑言を浴びせながらエイルを慰め始める。
しかも、
「ノエル様!? エイル貴女!! ノエル様を誘惑するためにわざと泣いたフリを!! ノエル様は私の――」
嫉妬に狂ったヘレネーが第三勢力として介入。
そこに、
「悪いヒルト!! またやっちまったよ。 予備の剣をって言うより、早く……俺の剣んん!? 」
タイミング悪くグランがやってきたという事は、
「ヒルト君、エイルちゃん! お仕事の方は順調かな? 僕、二人のためにお弁……当……を…… はわ……? ヒルト君!!」
勿論フランも来てしまう訳で、そして、このカオスな状況を見て、楽しそうな笑顔がみるみるうちに真顔に変化し、手に持っていた弁当袋を落としてしまうと、真顔だった顔は怒りと涙を貯めた表情にかわり、何故か俺を名前を呼び、俺の襟首へと掴みかって怒り始めた。
そんな混沌極まる状況に俺の心から諦めたはずの気持ちが沸々と再び湧き上がり、
「やかましぃぃぃぃ!! どいつもコイツも好き勝手しやがってぇぇぇ!!」
激昂して声を荒げて叫んでいた。
俺が激昂した事で全員が驚いて言葉を止めるが、すぐに全員の視線が俺へと集まるり、
「何で貴方に怒られなければならないのですの!? そもそもの原因は貴方に有るのに!!」
「なんなんだい君は!! 君がエイルさんを泣かせたのが悪いのに反省も見せずに逆ギレですか?」
「えっ? ヒルト君がエイルちゃんを泣かせたの? ……馬鹿ぁぁぁ!!」
「おいおい……ヒルト……今回はお前が悪い気がするぞ……」
全員の意思が俺へと集まった事で標的が再び俺へと戻り、口ぐちに俺を非難する言葉が飛び交いはじめ、全員が俺へと詰め寄り、以前にも増してカオスの様相を呈し始める。
そんな、ひっちゃかめっちゃかな状況に俺の心は疲弊したのか、沸き上がった気持ちが急激に冷めて、
あぁ……何処で俺は選択肢を間違えた。 そうか、あの時傍観を決めたのが……そう、そもそもの原因は、
そう心の中で呟いて、その時を思い出し始めた。
「ふむ!エイルさん。 ワシの弟子にならんか? もしかしたらヒルトよりも逸材の予感がするのう」
この発言から始まった。
この師匠の発言に、
「えっ? 私がエイズル様の弟子にですか? ……あっ、お世辞ですよね? もう、あと少しで本気にするところだったじゃないですか」
エイルは少し嬉しそうにしながらも、師匠が世辞で褒めた言葉だと思ったようで、冗談めいた感じと、少しだけ名残惜しそうな感じの言葉を発したが、
「はて? ワシャ本気じゃよ。もう一同言うが、もしもその気が有るのならワシの弟子に成らんか? これだけの逸材じゃ、このままにして置くのは勿体無い。 なに、クヴァシルにはワシから話は通しておくじゃて」
この時、俺は、
あっ本気だ……
と、感じて即座に口を挟み、
「師匠! 流石にそれは強引過ぎでは。それに、女で――」
言葉を口にするが、エイルは俺の発言の途中で、
「成ります!!」
そう即答をかましてから、俺へとムッとした表情を向けてきた。
しかし俺は、
「おいおいエイル、お前わかってのか? 師匠の弟子に成るって事は鍛冶師になるって事だぞ? それにな、お前が考えてるよりも過酷で危険な作業しかないんだぞ。甘い考えで返事をしたんなら、今のうちに取り下げとけって。女のお前に務まるような場所じゃねぇよ。それに――」
エイルの事を思って、反対だという意志を口にした。
だってそうだろ。火も使うから火傷だって絶えない、ヤスリ仕事をすれば手の皮も削れて血が出る、何時間も重たい鎚を振れば手に豆も出来れば擦れて手はボロボロになる、季節に関係なく水を使うんだから冬には皸をおこすし、もしも顔に金属が飛べば一つ間違えば一生傷になりかねない。
そんな危険な仕事で、女性にとっての一生を左右しかねない事も起きる、それが無かったとしても、手は俺みたいにゴツゴツとした形に変るし、綺麗なんてとてもじゃないけど言って貰えるような事には成らない。
もしも、それを理解してないのなら今のうちに止めておいた方が今後のためだし、そうなってからじゃ遅いんだ。
その気持ちで俺は言葉を口にしていたはずなんだが、そんな俺の言葉遮って、
「言いたい事はそれだけ? 女だから何よ? アンタなんかに言われなくても判ってるわよ!!」
睨みつけながら俺の顔の前まで近寄るって来るなり、怒りを露わにした表情で怒鳴り付けてきた。
そんなエイルの態度に俺はムカついて、
「あぁぁ? こっちは心配して言ってやってんのに何だよ、その態度!! 中途半端な思いで出来る仕事じゃないんだ! それに、遊び半分でやられちゃコッチが迷惑するんだよ!!」
俺の一歩前に出る形で声を張り上げていた。
しかし、
「誰が遊び半分よ!! アンタよりは真剣に考えてるわよ!!」
エイルは俺が一歩前に出たのに対して引くどころか、逆に俺に頭突きをかますのかと思うくらいの勢いで詰め寄って、顔の距離が近くなる。
俺は、その行為に余計に腹が立って、
「はんっ! どうだかな!? おおかた師匠の褒められたからって、いい気になってんじゃねぇのか?」
これでもかとギリギリまでエイルの顔に顔を近づける。
それでも、
「ふんっ。 アンタこそ、私がアンタよりも逸材だって言われて僻んでるんじゃないの? あーヤダヤダ。男の嫉妬は醜いって知らないのかしらね!?」
エイルは引かずに噛み付き、あまつさえ俺の額に自信の額を押し付けて威圧してきた。
こうなっては俺も引けないし、本当に俺が心配して言ってやってるのに、という思いを無下にされ、そこに僻んでる、嫉妬しているなんていう爆弾まで投下されたことで完全に頭に血が昇り、
「人が下手に出てればいい気に成りやがって…… 女のお前にが居たら邪魔だって言ってんだろうが!! どうせ出来なくなったら色目でも使えば助けてもら……え……る」
感情まかせに言葉を吐き出すが、目の前で起きた出来事に俺は信じられないという思いから血の気がもどり言葉詰まらせてしまう。
だって、そうだろう? いきなり目の前で涙を溢し、必死に何か感情を我慢したような表情を見せられては、誰だって動揺だってするだろ
そんな思いで言葉を詰まらせて動揺していると、額に強い衝撃が加わり尻餅を着き、突然の出来事に驚き唖然としながらも、エイルの顔が有るであろう方へと顔を上げると、
「なによ、女女って!! そんなに私が女だからって決め付けるなら、アンタより凄い武器を造って認めさせてあげるわよ!!」
俺を指差してエイルは、瞳の涙を我慢しながらも俺をキッと睨みつけながら、とんでもない宣言してきた。
その宣言に驚きもあったが、
「はぁ? 今なんつった? 俺の耳が可笑しくなってないんなら、俺を超えるとかって聞こえたんだけど? 俺の気のせいだよな?」
俺は何か喧嘩を売られたような気がして、立ち上がりながエイルに復唱を求める。
すると、今まで泣いてたのが嘘のように、
「あら? 耳までナマクラになったんじゃないの? アンタのナマクラくらい、軽く超えてあげるって言ったのよ」
完全に敵意向き出しの挑発の言葉を言い放ちやがった。
その挑発を俺は、喧嘩……いや、挑戦状だと受け止め、
「ほぉぉ…… まぁ一生かかっても俺を超えるなんて出来ないと思うけど、万が一にも、いや、まぐれでも構わないけど、そんな奇跡みたいな事が起きたなら全裸で三回回ってワンと言ってから土下座してやんよ」
そう言ってしまったのだ……
本当にこれがいけなかった…… 俺のこの発言で、
「ほう、話はまとまったようじゃな。 それではエイルさん、クヴァシルに許可を貰いに行くとするかのう」
「はい!エイズル様!!」
「これこれ、ワシの弟子に入るのじゃから、ワシのことは【師匠】と呼ぶんじゃよエイルさん」
「はい! エイズルさ……エイズル師匠!! あの……エイズル師匠も私の事はエイルと呼び捨てにしてください。もう私は、お客さんじゃなくて師匠の弟子なんですから」
「ほっほほ。そうじゃな、エイルはもう弟子なんじゃから、ワシも気を付けんといかんけどのう」
等と話がまとまってしまい、師匠とエイルは、許可を取りに出かけて行ってしまった。
余談だが、工房から出るさいにエイルが人差し指を下瞼に置き、舌を出して挑発行為をしてきた事は、いらぬ話だが書き出しておこう。
こんなやり取りの間グランとフランの二人は、完全に呆気に取られていたようで、のちに、
「目の前で起きた事が本当に信じられなかった」
と、語っていた。
まぁそんなこんなで、何故かエイルの父親であるクヴァシルさんは、すんなり弟子入りの件を了承。
一応俺が内弟子として師匠の家で暮らしているため、エイルは通い弟子として、この日から毎日のように工房へと出入りしている。
本当に最初の内は口論の後ということで、かなりギスギスとした関係で、挨拶すらまともにしなかったが、師匠がエイルには磨き関連の事はもう教える事は無い、とか、4日しか経っていないというのに突然言い始めたと思ったら、後は兄弟子として鍛造の仕方を指導しろと、俺に完全に丸投げ。
最初こそ無理だと猛抗議したが、修繕が終わった武器を見せられて、
「仕上げはエイルが行なった物じゃ。これでも文句があると言うのなら、もう一度、一からエイルを直接指導しても良いが、御主は、どう見る?」
仕上がりは完璧なうえ、師匠にこう言われてしまってはグウの音も出ない。
結果的にだが、グランとノエルの剣の素材選定やら実験をしながらも、エイルの面倒を見るという流れに落ち着く。
そして、口論で仲が悪いとはいえ口を聞かずに指導を出来るはずはなく、最終的に俺が折れる形で何とか、ここ数日は指導をしてきたが毎日来る邪魔者達と、教えても教えても同じ失敗を繰り返すエイルに、終に丁耐えかねたタイミングで、今日の出来事が巻き起こってしまったのだ。
そう、その結果が冒頭の一コマという訳だ。
過去の事を思い出していたが、この混沌とした状況が収まる事など有るはずもなく、相変わらずギャーギャーと俺への罵倒やら何やらが飛び交い続けている。
この状況に俺は完全に疲弊して、思考を放棄しかけたが、
「五月蝿ーい!! これは私とヒルトの問題なの!! 邪魔しないでよー!!」
突然エイルが声を張り上げた。
俺を含めた全員は、突然のことで驚いたのもあるが、被害者?で有るはずのエイルが発した、想定外の発言に、困惑から唖然としてしまい、あれだけ騒がしかった混沌とした状況が嘘のように沈黙へと変り、全員の視線はエイルへと注がれる事になる。
そして声を張り上げた当の本人は、
「っあ……っ!」
自分が言った発言に自分で驚いていたようで、言葉を溢すと同時に口を押さえたが、全員の視線が自分に集まっていると気付いたのか、
「これは……違うの…… これは…… これは違うのー!!」
そう訳の判らない事を叫び、顔を両手で隠すと、その場にへたり込んでしまった。
そんな状況に俺を含む男性陣は頭に疑問譜が飛び回り、
「へぇ??」
と言葉を溢し、頭を傾げるが、
「エイル……貴女、もしかして…… もう、そうれならそうと何で早く言わないのよ!!」
真っ先に何かに気が付いたのか、へレネーがエイルへと駆け寄っていく。
そして、
「エイルちゃん…… うぅぅ……」
フランが、へレネーの発言と同時に唸ったと思えば、俺の事を見てから、
「はぁ…… ヒルト君の馬鹿……」
溜息と同時に、なぜか俺は馬鹿と言われ、
「エイルちゃん、僕もエイルちゃんの気持ちを判る筈なのに……ごめんね……」
そう言いながら、フランもへレネー同様に、エイルを慰め始めた。
そんな状況に俺達、男性陣は更に疑問譜が飛び交って完全に置いてけぼりな状況に……と、思ったが、
「はぁ……君も隅に置けないね。 もう少しレディーには優しく接してあげないと、いつか愛想を付かされてしまうよ」
ノエルが俺へ意味不明な事を言い始めるは、
「っち……」
グランは、舌打ちからの、
「……うっっ!!」
「今はこれで簡便してやるけど、俺も居るってこと忘れんなよ」
俺のみぞおちへと拳を一発放ってから、本当に意味の判らん一言を言ったと思えば、速攻で俺へ背中を向ける。
そんなグランの意味不明な態度に俺は、
「何しやがんだぁぁぁ!!」
キレるが、
「まぁまぁ、今回は君が悪いんだから、受け入れるのが道理だと思うよ」
「放せぇぇぇ!! お前何のつもりだよ!!」
何故かノエルに、背後から羽交い絞めにされ身動きを封じられてしまい、俺は抵抗しながらノエルに理由を問うが、
「……それに…… 僕だって君に一撃を入れたいのを我慢しているんだから、逆に感謝して欲しいなぁぁ」
ノエルの言葉と共に背筋に悪寒が走り、同時に殺意のような気当りが俺を襲った。
殺される!!
そう感じて俺は、咄嗟に魔力強化体を発動させ、強引に右腕を振りほどき、間髪入れずに振りほどいた勢いのまま肘鉄をノエルへと振りぬいた。
が、突然、肘に強い抵抗が掛かり、
「なにやら騒がしいと思って見に来てみれば…… はぁぁ…… 青春を謳歌し、友と騒ぐのも良い事じゃがな……」
師匠の声が聞こえてきた。
俺は何が起きたと思い声のする方を覗き込むと、俺の肘は師匠の持つヤットコに挟まれ、ノエルの顔スレスレで止まっていた。
そして俺が信じられないと驚いて目を丸くすると同時に、体が宙に浮く感覚と、目の前の景色が一瞬にして回り、そして天地がひっくり返り、
「がっっふっ」
背中から強い衝撃が走ると、肺に溜まった空気を一気に口から放出させられ、
「馬鹿者ぉぉぉぉ!! 神聖な工房で何をやっとるかぁぁ!! 此処は馬鹿をして騒ぐ場所でも、乱痴気騒ぎをする場ではないわい!!」
師匠は怒鳴られたと思えば、
「それにしても、親子、師弟揃って、全く要らぬ所ばかり似おってからに……」
優しく、そして、懐かしい物を見たという感傷の表情を浮かべた笑顔を見せる。
でも俺には、その笑顔の中に、どこか寂しさのような物を感じて、
何故そう感じてしまうんだろう。
と、不思議に思いながらも、師匠に何も言えない自分がいた。
そうやって俺が師匠の事を見ていると、師匠と目が合い、
「少し、こやつに話が有るじゃて、暫しこやつを借りて行くぞ。 それとすまぬが、お主等に頼みがある。こやつと話しをしている間、その間だけでも良いから、エイルの事を頼む」
師匠は話しながら、ヤットコで掴んだままの俺の腕を放す事無く、俺は師匠の作業場へと引き摺られて行く事となった。
そして、師匠の作業へと入ると、
「先ずは其処へ座るとよい。立ち話という訳にはいかんからな」
俺は師匠に促されるまま木台の上に腰掛けて、
「すいません師匠。俺……」
開口一番に頭を下げて謝り、続きの言葉を伝えようとするが、何から話せば良いのか判らなくて、迷いから言葉に詰まってしまう。
でも本当は、師匠から俺は叱られると思って、それが怖くて、言い訳を考えてしまっていた。
でも、そのどれを言葉にした所で結果は同じだと判っていたから言葉に出来ないでいたんだ。
でも、そんな俺に師匠は、
「はぁ…… ワシも人の事を言えるほど上手くはないがのう…… ほんに、お主は思いを伝えるのが下手じゃな」
タメ息混じりに苦笑いを浮かべると、俺の肩に手を添えてから、
「最初はエイルの弟子入りに反対しておったが、今はどうなんじゃ? 考えは変わらぬか?」
そう問いかけてきた。
俺は、自分が考えていた反応と違う師匠に少し戸惑いって、
「へ? あの…… 話って、エイルの事ですか?」
首を傾げていた。
そんな俺に、
「確かに御主には言いたい事は沢山あるが…… 今それを言った所で詮無い話じゃろな。 それよりも、どうなんじゃ? エイルを見て、考えに変化はあったかのう?」
困った表情で何か言いた気だったが、師匠は首を一度傾げてから、エイルの事を再び聞いてきた。
俺は師匠から零れた、言いたい事は沢山有る、という言葉に若干引き攣りつつも、
「えっと……やる気だけは認めています。 それでも……俺の考えは変って無いと思います。本人の意志だから、辞めろとは言いませんけど……」
そう、歯切れの悪い回答を口にしながら、
なぜ師匠がエイルを弟子にしたのか、どうして俺一人でグランやノエルの武器制作を禁じているのか、むしろ根本的に、こんな人生を左右する事にエイルを引き込んでまで製作に携わせる必要が有るのか、
口にはしないが、本心ではそう考えていた。
そんな俺の、何とも言えいな様な反応を見た師匠は、
「その口ぶりじゃと、指導の方は上手くいっとらん様じゃな…… 少しはエイルを信用して、一人でやらせて見てはどうじゃ? そうすれば、見えておらんかった事も見えるかもしれんぞ?」
髭に手をやり少し考えた表情を浮かべると、俺への提案を口にする。
しかし俺は、
「もしも一人でやらせて何か在ったらどうするんですか!? ただでさえ、魔力調整もまだまだなうえに、温度変化を見逃して部材を割るんですよ!! 俺が見てないと危なっかしくて、とてもじゃないけど一人で…… あっ……」
感情のまま反論してしまう。
しかし、そんな俺の反応に師匠が苦笑いを浮かべているのに気が付き、恥ずかしくて俺が言葉を引っ込めると、
「はぁ…… 変な所で過保護で過干渉しよるのに、なぜ大事な一言を本人の前で言えんかのう…… 」
困ったと言いた気な表情と、どこか愁いの篭った声色の言葉を溢す師匠。
そんな師匠の反応に俺は、
「今はそんな事どうだって良いじゃないですか!! とりあえず、まだまだエイルを一人で作業させる訳には行きません。 他に話が無いのなら、俺はもう戻りますから。失礼します」
自分が感情的になってしまった理由が判らないし、それで自分の思いを口にしてしまった事が何故か恥ずかしく思えて、その場を逃げる様にして自分の作業場へと帰った。
そんな風にして自分の作業場へと戻ってくるも、皆と話すエイルの姿を見て、どこか気まずさを覚えて俺は、一言も言わずに鎚を取って炉へとインゴットを掘り込んでいた。
しかし、
「ヒルト君? エイズル様とのお話で何か有ったの?」
フランが心配そうに話し掛けてきた。
俺は話し掛けられた事に、
「別に何も」
恥ずかしさが甦って、素っ気無い態度を取っていた。
そんな俺の反応に全員が困ったような表情や態度を見せて、どうしたものかという感じだったが、
「そんなのは、ほっときなさいフラン。 どうせ何かを考え事をしてるだけだし、聞いたって、まともに返事なんか返って来ないんだから」
エイルだけは未だに機嫌が悪いのか、高圧的な態度を俺へとぶつけて来る。
俺は、
たく……誰のせいで俺がこんな思いをしてるんだっての。でもまぁ……ここで何か言って、これ以上、グランやノエルの武器制作が遅れたら遅れたで面倒だしな…… あぁぁ面倒くせぇぇ
そう心の中で愚痴るだけに留め、エイルの言葉を無視して俺は、炉からインゴットを取り出して鍛造を無言で開始した。
それが原因かは知らないが、その場の空気が若干重たくなったのを感じた。
そして俺は鍛造に集中しようと無心で鎚を振るが、
「いや、……だろ?」
「うぅ…… でも……だと思うんだけど?」
「あんなに……気難し……よく……」
「僕も…… だとは……」
「いや……には……たくないと……わよ……」
「なんですって!?」
「しー 作業中なんだから…… しないと……でしょ」
「そうだよ…… ここは…… しながら…… しよう」
後ろから中途半端に聞こえてくる話し声に、俺は勢いよく鎚を置いて後ろへと振り向くと、全員と目が合い、「「「「「あっ」」」」」みたいな反応が返ってきたので、文句の一言でも言おうと口を開けたが、タイミングを重ねるように扉が開くと同時に、
「すまんがヒルトやワシは暫し出かけて来る。店番を頼んだぞ」
師匠は、そう一言だけ残して裏戸から出て行ってしまった。
そのことで俺は完全に文句を言うタイミングを逃してしまい、
えぇぇぇ…… この空気どうすんのぉぉぉ??
となってしまい、完全に呆気に取られて、行き場を無くした文句も感情も消え去ってしまった。
そうして残った何とも形容しがたい、気不味い雰囲気に、
「ああっ、俺ちょっと用事を思い出したから帰るわ。 邪魔して悪かったなヒルト。 剣の完成、楽しみにしてるよ。 ほら、フランシスも行くぞ!!」
「ふえ? ちょっとグランくうぅぅん――」
「っあ! そうですはノエル様! 私たちも、これから用事がございましたわ。今日はこれくらいでお暇いたしましょう」
「?? っちょっへレネー? 今日は用事なんて、あぁぁぁ――」
絶えかねたのか、四名が無責任に逃げ出した。
こんな気まずい雰囲気に取り残されたエイルと俺。
終始無言な状態が続くが、
「あぁぁ…… とりあえず、喧しいのも居なくなったことだし…… エイル、鍛造の続きを教えてやるよ」
俺はそれに耐えれなくて、エイルに言葉を振るが、
「ふん……」
不機嫌そうにエイルはそっぽ向いてしまう。
そんなエイルの態度に、
「はぁん、もう勝手にしろ」
このまま一緒に居るのは良くないと判断して、店の方へと行く事にした。
そうして数時間もの時間が過ぎ、
「はぁ…… 遅いな師匠……何処にいってんだよ、こんな時間まで」
暇と、作業場に戻るに戻れない思いから、頬杖片手に師匠への文句を溢すと、
「エイズル!!居るか!?」
突然、店の扉が勢い良く開き、初老の爺さんが現れた。
俺は、その扉の音に驚いて、頬杖から首を落とし額を番台に強打してしまい、
「たく…… 今日は、なんだってこうも扉ばっかり…… つぅぅ」
痛みから、額を押さえ、本音が口からこぼれた。
そんな俺に、
「なんじゃ、お前は? ところでエイズルは居らんのか小僧?」
初老の爺さんは、俺を小僧呼ばわりしながら偉そうな態度を俺に向けてくる。
その態度に思う所が在ったが、
「師匠なら出かけております。急ぎなのでしたら伝言を承りますが?」
師匠の知り合いだといけないと思い、我慢しながら応対をするが、
「なんじゃ、こんな小僧があのヒルトとかいうアヤツの弟子とな? ふむ……まぁ良いか。 すまんがアヤツが帰って来るまで工房で待たせてもらうぞ小僧」
この爺は人の話しを全く聞いていないのか、番台を強引に突破して工房へと勝手に入ろうとする。
そんな爺に、
「ちょっ!! 部外者が勝手に入るなって!!」
俺は慌てて襟首を掴もうとするが、
「何が部外者じゃ小僧!! ワシは、ハディード・ミタール・マアディンで有るぞ、まさかとは思うが、知らぬなんぞとは言わさんぞ。 ワシの客を奪っておるんじゃからな!!」
突然振り向いて、言い放たれた言葉に俺は、
「はぁ? はぁぁぁ!??」
驚きを通り越して、混乱してしまう。
そんな俺に、
「ふん!! 判ったのならそこで大人しく店番でもしておれ。 ワシは中で待たせてもらうからな」
そう言い放って工房へと入っていってしまう。
俺の思考は一瞬だけフリーズしていて反応が遅れてしまい、ハディードと名乗る爺の工房への侵入を許してしまった事に気が付き、慌てて工房へと入るが、
「何で工房内に女なんぞが居るんじゃ!!」
「きゃぁっ!!」
「ちっ、エイズルめ、噂は本当で在ったか……」
俺の目の前でエイルの腕を強引に掴んで、工房内に声を響かせるあの爺の姿が飛び込んできた。
一瞬何が起きたのか理解が出来なかったが、
「放してよ」
エイルの嫌がる姿が目に映った事で、
「おい!! 何やってやがんだクソ爺!! その手を放しやがれ!!」
咄嗟にエイルの腕を掴む爺の手を叩き落としてから、エイルと爺の間に割って入った。
すると、
「師が師ならば弟子も弟子か。 なんと躾けの悪いことか。ワシの弟子で在れば即刻破門にしておるところじゃな」
次は俺にターゲットを変えたのか、俺を睨みつけてきたが、
「大丈夫かエイル? 大事な商売道具なんだ、違和感が有るなら隠さないで言えよ」
俺は背中を向けて、エイルの心配をする。
エイルは、
「何とも無いけど……、なんなのあのお爺さんは? アンタの知り合いなの?」
掴まれたていた右腕を摩りながら、少しだけ怯えたような雰囲気をみせながら尋ねてくる。
その間も後ろで何かゴチャゴチャと言っている爺は無視しようと思ったが、
「自称ハディードさんだとよ。 なんでも師匠に用事があるんだとよ。 それより……」
俺はエイルの右手に握られていた鎚と足元に転がっていた金属塊を見つけてしまい、
「おい爺……どういった用件かわしらねぇけどな。ゴチャゴチャ言う前にやる事が在るんじゃねぇの?」
後ろのクソ爺へと振り向くと同時に拳を握りしめて睨みつけた。
すると、
「何を言うかと思えば。 女が鎚片手に、遊び半分の職人の真似事の御飯事をしとったんでな、それを止めてやったまでじゃよ。 感謝をされる覚えはあるが、威圧される覚えはないがのう」
呆れたという感情を露骨に表にだしながら、悪びれる様子などコレッポッチも見せずに、嫌味な態度を返してきた。
俺はその態度に余計に怒りを感じ、
「あぁぁ!!」
爺の胸ぐらを掴んで持ち上げようとするが、
「すぐにカッカと、まるで昔のエイズルのよじゃな。 そんなのじゃから女に絆されるんじゃよ」
「なぁっ!? いつの間に?」
掴んだはずの胸ぐらはそこには無く、いつの間にか背後を取られ、エイルの目の前で腰を屈めて何かを拾う爺が目に映り、
「ほれ、絆されるからこの様な……違うのう…… こんな初歩的にミスなど子供でもせぬからのう。 大方この娘の、飯事の産物といった所かのう」
手に持った金属塊を俺に見せ付けてから、エイルへと馬鹿にしたような表情を向ける爺。
そんな爺の表情を向けられたエイルは、何も言えないのか黙って俯いてしまう。
正直、見せられた金属塊はエイルが失敗して砕いた物だったため、俺も何も言い返せなくて、奥歯を強く噛み締めてしまう。
でも、一番悔しいのはエイルなんだろうと思うと、余計に腹が煮え繰り返るし、それを助けてやれない自分にも腹が立ってくる。
そんな思いでエイルへと目をやると、辛そうな表情と、鎚を強く握り締めている姿が目に入る。
そして、
「ふん、女なんぞに鍛冶が出来るわけないんじゃよ。汚らわしい話じゃまったく」
この爺の一言に俺は、
「お前に、エイルの何が判るってんだよ!!」
感情をむき出しにして叫び、
「あと、女に鍛冶ができないだとかほざいたよな? そんなもん本人と教える人間次第で超えられる話だろうが!! そして、人が必死になって努力している姿を笑えるアンタの方が……鍛冶師として失格じゃねぇぇのかよぉぉ!!」
そのままの勢いで言葉を吐き出して、クソ爺へと詰め寄った。
俺の言葉で俺の荒い呼吸音だけが工房内に残り、沈黙が生まれたが、
「あはははは!! 確かにその通りじゃな。 はははは!! ほんにコヤツは若い頃の御主にしておるわエイズルよ!」
急に笑い出したと思えば、師匠の名を呼び始めるクソ爺。
その行動に俺は、とち狂ったのかと思い、
「クソ爺!! 何が可笑しいってんだよ!!」
不意に手が出そうになるが、
「止めぬかヒルト!!」
工房内に響いた師匠の声に出掛かった拳を止める。
そして、声の方へと目線を向けると、苦笑いを浮かべる師匠が立っていた。
そして師匠は俺と目が合うと、
「はぁ……やり過ぎなんじゃハディード。ワシの弟子をなんじゃと思っとるんじゃ」
「すまぬすまぬエイズル。 どうにも小僧が昔の御主のようでな、はっははっ」
「どこが似とると言うんじゃ。 昔のワシでも此処までは直ぐにカッカせんわ」
「いやいや、昔に同じ様な事を師匠が行った時、御主は感情のまま殴り突けておったじゃろ。忘れたとは言わさんぞ」
「なっ!! それは御主が師匠と組んで謀ったからじゃろう!!」
自称ハディードの爺と話始める。
そんな二人に呆気に取られしまった事で、俺の怒りは混乱へと繁忙していき、
「なぁぁぁ!!今日は何だってんだよぉぉぉぉ」
そんな俺の叫び声と共に、突如まき起きたエイルの弟子入り事件は、このあと一時的な収束を向かえていった。




