第33話 戦と線と千と
田植えと夏野菜の植え付け等の野良仕事も一段落したので書いたのですが、その時の影響が強いのかもしれない回
少しだけですが、金属の話もあります。
「はぁはぁ…… いったい何時まで…… っち、休む暇もなしかよ、クソがぁ!! いい加減消し飛べよ!!」
肩で息をしながら弱音を溢しそうに成るが相手はその暇さえも与えてはくれず、目の前の死骸を乗り越え次から次ぎへと迫る敵の姿が目に映る。そんな敵へと罵声と共に渾身の雷撃を打ち込む。
インパクトの閃光と飛び散った雷電で敵の一団が一瞬だけ怯み、その隙に辺りを見渡すが、俺以外の全員も同じ様な状況で前回の戦いが嘘の様に完全に劣勢に追い詰められていた。
そう一匹一匹はそこまで強くなくとも数が幾百、幾千…… 無尽蔵とも思える程に膨れ上がった今では、どれだけ強力な魔法を駆使しようとも、どれだけ強い剣技を繰り出しても、その屍を超えて次が襲い掛かってくる。
そして終には戦線が崩壊したのか一部の敵の動きが一気に激しさを増し、激流の様に流れ込んだ。
その光景を目にしたのと同時に、
「きゃぁぁっ!! はっ! 来ないで…… 来ない……で…… 嫌っ… イヤァァァァァ」
一つの悲鳴と続く絶望の嘆き声が木霊した。
その悲鳴の元へと全員が振り向き助けようとするが、目の前の敵はそれを許さずに数で襲い掛かり身動きが取れない。
それに、そんな状況でもし誰か一人が持ち場を離れて助けに行けば、完全に戦線が瓦解して全員の命が危険に晒されてしまう。
どちらを選択しても人が死ぬと言う現状に全員が苦悶の表情を浮かべ、焦りと共に悲鳴にも似た声をあげる。
そんな声に敵は一切の情など無く、倒れ涙を流す一人の少女へと群がるように襲い掛かる。
その瞬間、俺の脳裏には彼女との思い出と共に、自分に対しての黒い恨み言や全てを奪われるような感情が心を支配し、敵の眼前で俺は膝から崩れ落ちた。
事の発端は二日前の夜。
「来たぞ!!」
けたたましいく鐘を鳴らしながら叫ぶ農夫。
その声に呼応したように地響きを響かせ巻き上げた砂煙を体に引き連れて、姿を現した一団。
その姿に俺は、
「はぁぁ? 馬鹿じゃねぇェの!? 物には限度があんだろぉぉぉぉ!!」
俺はその余りにも馬鹿げた出来事に驚きの声をあげる。
その一団は眼前を埋めつく程の大群で姿を現し幼体特有の動きをしながら地面を這いずって来る
そう、問題の一団とは農家の天敵である【スヒァーデゥ・ファラエナ※】の幼虫の集団だ。
そして、
「なんなのあれ!? 気持ち悪い…… あー身体中に鳥肌が! 私は絶対に近付かないからね、アンタとグランでどうにかしなさいよ!」
「ふえぇぇぇ! 僕も… ちょっと無理です。 お願いだからグラン君、僕と変ってぇぇぇ」
普段はアレなエイルも流石に体長1.5Mもあるような毛虫の集団に対しては乙女なようで、本当に嫌そうな顔を浮かべて俺に訴える。
そしてフランもまた同じようで、事前に伝えていた役割を拒否してグランに必死の形相で訴えた。
そんな彼女達の悲鳴に、
「ああぁ、悪いが漏れたらエイルにも戦ってもらうぞ。 流石にあの長い毛に近接を挑むのは危ないからな」
俺はエイルに対して、お座成りな返事で返し、
「フランシスのためなら変ってやるよ! 良いだろヒルト? 別に飛べて早く動ければ誰でも出来るんだし」
グランはサムズアップと満面の笑みでフランには返事をし、俺には変な圧をかけるような口調で尋ねてくる。
「まぁそうだけど、なるべく静かに移動してくれよ。 派手に動いてあの芋虫に散らばられたら面倒な事になるからな」
俺は断ると後で面倒だな等と思いながら、注意事項を説明したうえで了承した。
するとグランは、
「任せろって!」
イロ呆け表情で返事してきた。
正直コイツだけはイロ呆けさえなければ最高のパートナーなんだろうけど…いかんせんイロ呆け中のコイツは……
そんな事を考えて居ると、
「余裕を見せてくれるのは良いが、そろそろ気を引き締めろよ。 そろそろ合図が来るからな!」
剣を掲げ魔法の準備に入りながら、爺さんが苦笑いを浮かべて声をかけてきた。
俺はその言葉に拳を上げて返事をすると、それに合わせたように合図である火球が天高く打ち上げられた。
そして、その火球が上空で弾けると同時に、
「いくぞグラン!! 受け取れェェ!」
「そう言うお前が、俺に置いてかれんなよ!」
俺は言葉と共に迅雷を発動させ大地を蹴り抜きながら、このために急遽作った秘策の片割れをグランに投げつける。
そしてグランも、俺の声えに反応して火風輪を発動と共に飛翔し投げつけられた片割れを掴んでからいつもの様に返事をする。
そして、俺とグランが一直線に一団へと駆け抜けると同時に、
「大地の撃閃!! 漏れ出た蛆虫共は我々に任せろ!」
魔法を発動させ一団の側面に巨大な地割れを作り出し、毛虫共を奈落の底えと落としながら広がるの防ぐ爺さん。
そして、横は奈落という一本道を突き進むしかない知識の無い害虫共は餌場に向け速度を上げて進軍し始める。
それを確認した俺は、
「ぜったに放すなよグラン!」
声を上げると同時に、迅雷の電流を秘策に流し込み更に速度を上げて一団の横、奈落の上を飛翔する。
俺とグランが一子乱れることなく平行に駆け抜けるように、一団の横を通り抜けいくと、
「えげつねぇぇ…… おぇぇ虫のサイコロステーキとか良く考え付くよな……」
グランが通り抜ける最中に一団を見て呟く。
此処で俺の秘策の種明かしをすると原理は簡単。
極限まで細く引き伸ばした鋼鉄線を編み合わせて作った特別製のネットを張りながら飛翔する事で裁断しているのという簡単な話だ。
特に外骨格を持たない幼虫なら効果覿面で、電熱線の原理で熱せられたワイヤーは柔らかい外皮を容易に焼き斬り、魔力硬化現象によって少々の事じゃ千切れない最強の切断兵器になる訳だ。
まぁ欠点が無い訳じゃなくて、硬い外殻や、骨なんかに引っかかれば断ち切れずに、ワイヤーが千切れるか、千切れなければ勢いの反動でこっちが大変な目に合うとかが有る上に……
俺とグランが集団の最後尾まであと少しという所で、トゥンというピアノを弾いたような嫌な振動音が伝わってきた。
その嫌な振動音がなると同時に、
「ちっ、もう限界だ! 手を放せないと吹き飛ばされるぞ!!」
俺は大声で叫んで手を放す。
しかし、
「放すなとか放せとか、 !!って、うわぁぁぁぁ!!」
俺に無駄な文句を言って手を放すのが遅れたグランは切れた勢いで外に弾き飛ばされた。
俺は心の中で、
お前は良い奴だった…… 成仏しろよ
等と思って手を合わせてから、空を蹴り抜いて上空に上がり眼下に広がる害虫の死骸と残党の数を確認し、
「親父、後方残党残り僅か!! 横からぶち抜い―ー」
そう叫んだが。
俺の声を途中で遮るように、下から異様な轟音と上空の俺まで届くような振動が響き渡り、
「おーい! 終ったぞー」
最後に親父が手を振りながら声を上げていた。
そして完全に傍観者だった農夫と衛士達だったが、親父の声に歓声を上げて喜び、お祝いムードが生まれる。
しかし……
俺は迅雷の電圧でユックリ降下しながら体を震わせていた。
そして俺が地面に到着すると、
「凄いよヒルト君!! あれだけ一杯いたのに一瞬で…… ひっ」
フランが喜びの声を上げて俺に近付いてくるが、直ぐに引き攣った顔になって抱きつこうと伸ばした手を瞬時に治してその場に硬直した。
そして、
「お前なァァァ!! 何でちゃんと放せって言わないんだよ! お前のせいで森の中まで―― !?っちょ! あぁぁぁぁ!!」
俺に文句を言いながら火風輪でラリアットをかまそうとしたグランだっが、途中で俺の姿に気が付いて急ブレーキをかけて制動しようとするが、僅かに間に合わず俺に抱きつくような形で激突し、悲鳴をあげた。
俺は激突され拍子に鳴り響いた【ビチャ】という粘液質の水音を耳にして、
「このクソ親父ィィィ!!」
怒りの声を天に向かって吠える。
そして俺の咆哮を聞きつけて、俺やグランを称えに集まってくる人達だったが、親父が放った技で上空まで吹き飛ばされた害虫の体液をまともに浴びていた俺の姿と、それに抱きつくように気絶しているグランの姿に言葉を無くすように立ち尽くし、俺達に向ける筈であった歓喜をどうすれば良いのかわからずに苦笑いを浮かべていた。
そんな事があったが後から来たエイルが凄い汚い者を見る様な蔑んだ目線を送りつつも、水魔法で洗浄してくれ、自分の炎魔法で乾燥させて一応事なきを終えたが、
「あれ先生は何処に行ったんだ? さっきから姿が見えないんだけど誰かしってるか?」
戦闘の最初から最後まで全然姿を見せないファラ先生が気になって辺りを見回しながら、近くに居た人達に質問した。
すると、
「ああっ魔法師の先生ならさっき森の入り口の方に走って行くのを見たよ。でも少し慌ててたような気がしたが何か有ったのかね?」
一人の農夫が森の方を指さして答えた。
俺はその言葉に少し疑問を感じて返事もせずに走っていた。
そして森の入り口まで散乱した害虫の体液や死骸を避けながら駆けて行くと、一人その場に屈んで何かを調べていた女性がいて、
「先生!! 何をしているんですか?」
ファラ先生だと確信して声をかけた。
しかし、その女性は何の反応もせずゴソゴソと死骸を手に取って何かの魔法を懸けたりと急がしそうに調べ続ける。
俺は不思議に思って首を傾げつつも、その女性の背後に近付いて、
「ファラ先生てば、こんな所で何をしてるんですか?」
声をかけると同時女性の肩に手を置いた。
すると、
「きゃぁっ!! もう、驚かさないでよ。 びっくりしたじゃないか」
驚いて振り向き、胸を撫で下ろしながら文句を言う女性はやっぱり先生だった。
俺はそんな女の子のような反応をするファラ先生に可愛い所も有るんだなとか思いながらも、
「さっきから呼んでますよ。 それでも気が付かなかった先生が悪いんじゃないですか。 それにしても、何を調べてたんですか? 凄く真剣そうでしたけど?」
言葉を掛けながら先生の横に寄り添うように腰を屈めた。
すると一瞬だけ硬直したかと思うと、屈んだまま横に少しだけ飛んで移動して、
「ううんっ。 ヒルト君は今回の事をどう思うかな?」
真剣な表情に変って俺に唐突な質問を投げてきた。
俺は何故そんな質問をするのか、それよりも何故さっき俺を避けたのかという思いを持ちながらも、
「うーん、凄い量だったし森の食料が無くなって這い出て来たんじゃないですか?」
何の疑問も持たずにそう答えた。
俺のそんな何気ない返答に先生は難しい表情になり何かを考え始めたと思ったら、急に立ち上がってから辺りを見渡し、
「ヒルト君…… 君はここに転がってる死骸を見てもそう思えるかい? もし、食料を求めて人の領域まで出なければならないほど、困窮している生物がこんなに丸々としているものかな? それに、この森を見て本当に食料が無いように見えるかい?」
顔をしかめて俺に尋ねてくる。
先生の反応に俺も辺りを見回し、転がる死骸に夜であまり良く見えないが鬱蒼と茂る森の影に目をやっる。
目に映る死骸は緑色の肉をたっぷりと蓄え、滴る程に大量の体液を辺り一面に撒き散らしていた。そして森もまた、風に揺れる大量の木の葉の音と、そこに住む多数の生き物の鳴き声を響かせていた。
確かに先生の言うとおりで、それ等が示す結果と現実に起きている問題に解離が有るのはたしかだが、
「でも先生、じゃあなんでこいつ等は森を出たんですか? それに皆の話じゃ、最近はずっと駆除し続けているのに数が減るどころか増えてるって言ってましたし、それこそ理由が見当たらないじゃないですか」
理由が全く見当たらなくなってしまう。
そんな俺の言葉に、
「そうなんだよね…… 食料も在る、森に異変が起きている訳でもない…… 君が言うとおり理由が無いんだよ。 それなのに之だけ大量のスヒァーデゥ・ファラエナが森で生まれ、人里まで下ってくるなんて考えられないんだ」
眉間に指を当て、その場で考え込み始めるファラ先生。
そんな先生を見ていて心配になるが、ふと頭の中に一つの考えが浮かんで、
「もしかしてデカイ鳥かなんかが住み着いて、そいつが怖くて逃げてたりして」
冗談交じりに笑いながら口に出した。
そんな俺の言葉に一瞬で真顔に戻ってジッと俺の顔を見つめてから、
「そんな訳がある訳ないよね。其の辺の蟲なら判るけど、スヒァーデゥ・ファラエナみたいに巨大で肉食の蟲が、たかだか鳥族の魔物程度で逃げ出すはず無いでしょ。 【不死鳥】とかなら判るけど、そんな伝説の生き物がホイホイいてたら御目にかかってみたいくらいだわ」
きっぱりと無いと断言したあと、冗談を返すように一匹の伝説上の魔物の名前を出して笑っていた。
俺は一瞬、先生の口から出た魔物の名前に心臓が強く脈打ち不安を覚えたが、先生が言うみたいに伝説上に存在するような魔物がホイホイ出てこられたら溜まったもんじゃないと思い返して、不安な思考を破棄して、
「そうですよね! でも、居るなら会ってみたいですね、それでもし俺が退治したら龍と不死鳥の素材を使った最強の剣の一本でも作れるんですけどね」
夢みたいな事を笑いながら話した。
そして、そんな俺の夢のような話に、
「君は本当に欲が変な方向に在るんだね。普通そこは、最強の英雄とかじゃないの?」
先生も笑いながら返してくれた。
しかし、突然の突風とそれに乗って漂ってきた嫌な感覚に先生は体を震わせ、
「でも、本当に笑い話で有ってほしいわね」
そう口から言葉を落とした。
そして、俺もその言葉に賛同するように、
「そうですね。鳥云々は冗談にしても、これで打ち止めにして欲しいとは思いますね」
肩をすくめてから心の底からの言葉を口にした。
そして目線の先にある、深く深く黒に沈む森を睨み付けるように覗き込み、自身がいった言葉とは反対に之で終わりなはずが無いような気がして、未だ見えない何かに恐怖を感じて、
「先生は、未だ来るって思いますか?」
先生へ質問をしていた。
そんな俺の質問に、
「そうだね…… 確証が無い以上、これで終ったとは思わない方が良いかもしれないね」
不安を隠す様に答えたる先生だったが、どこか唇が震えているようにみえた。
そして一夜が開け、朝日が昇ると同時に、
「親父!! とっとと起きて手伝えェェェェ」
俺は大の字になって寝転がる親父を卓袱台返しのように引っ繰り返しながら叫んだ。
俺に引っ繰り返された親父は、肉が叩きつけられたような衝撃音を上げて床へと叩き付けられ、
「老体に鞭打つな…… 昨日の戦闘からずっと……」
うつ伏せのまま寝言のように言葉を発したと思ったら、鼾を上げて再び深い眠りにつく。
そんな親父の姿に深く深くタメ息をついてから、
「いい加減……起きやがれぇぇぇぇぇ!!」
両手に電撃を発生させてスタンガンの要領で電流を流しこんだ。
しかし、寝ている親父に流れたはずの電流は何かに阻まれ、
「はぁぁぁ!? ぎゃぁぁぁぁ!!」
自分へと跳ね返り、感電しながら悲鳴を上げて意識が無くなった。
そして意識だけが暗闇の中にポツンと取り残されたように、浮遊感が全身を包み、
「またここか…… 居るんだろ? 出て来いよ」
三度目の体験だからなのかこの感覚に成れてしまって、驚くこともなく居るであろう者を呼んでいた。
すると、暗闇の中に稲光が上から振り降り、
「からかい甲斐が無いな御主は、雷帝の如く登場してやってもその反応とは女性に好かれんぞ」
背中の白銀の鬣を揺らし、風を斬るように歩みを進めながら言葉を発する駄犬が姿を現す。
そして俺はそんこの駄犬にタメ息をついてから、
「そんな物を見せるためにワザワザ俺の電撃を操ったのか? もしそうなら……」
呆れて苦笑いをしながら言葉をだすが、最後は本気だと示すために手に電撃を溜めて音を鳴らした。
しかし、
「我は御主などを此処へ招待した覚えなど無い。御主が勝手に気絶し、勝手に我の領域を訪れたのであろう。言い掛りも甚だしいな。 まぁ今の御主が幾ら凄んだ所で怖くも無いがな」
人間のように表情を作り、不機嫌そうに話はじめ、最後には鼻で笑ったような仕草で牙を見せてきた。
俺はその態度にイラっとしたが、
「ああそうかい勝手に入って悪かったな。なら俺は忙しいからとっとと帰らせてもらうよ」
ぶっきら棒に言葉を放ちながら駄犬に背を向けて歩こうとする。
すると、
「帰り道も分からぬのに良く強がる。 まぁ良い、御主の質問に一つだけ答えてやろう。 今回の出来事は御主が我を倒した事で招いた災いだ。 そしてこの災いは今日で最後、相手も命を賭して自分達の生命の繋がりを守るだろう。 だから貴様は、自分の責任を果たし命の繋がりを守る事だな」
駄犬がいつにも増して真面目な雰囲気で言葉を勝手に喋り始め、それにたいして嫌味の一つでも言おうと振り向く俺に、鋭い眼光で威圧し、俺に人言も喋らせずに最後まで言葉を紡いだ。
そんな駄犬が最後に遠吠えを高らかに上げると、
「ちょっと待て!! 言いたいことだけ言って――」
我に返って言い返す言葉を掻き消すように周囲は光に満ちていった。
そして、ゆさゆさと体を揺すられる感覚に、光で再び薄れた意識がはっきりとし始め、おぼろげに見える人影が目に映り、
「ふざけんな……よ」
そう言葉を呟いた。
すると頭に強い衝撃が響き、その痛みで朧気だった視界と意識がはっきりし、目の前に、
「おい!そろそろ起きねぇと夜までに間に合わないぞ。 夜通しで疲れてるのはわかるが、町のために気合を見せろ。俺とお前がやらないと誰がやるんだ?」
そんな言葉を強い口調で喋る親父が瞳に映った。
俺は夢と現実の両方で起きた理不尽に憤りを感じて、
「だぁぁぁ!! 本当になんだって言うんだよぉぉぉ!! まったく」
頭を抱えてその場に蹲りながら叫んでいた。
そんな俺を、可哀想な子犬でも見る様な目で見つめながら作業を再開する親父だった。
そして時間が過ぎ俺は最後の丸棒を線引き板に先を通し、エンマ※で挟み、伸線※作業に入った。
丸棒を魔力で熱しながら梃の要領でエンマを引いて、くびいていく。
一つの穴が終れば次の小さな穴へと順番に丸棒を通していく。
その工程を52回ほど行っていくと、最初は1mほどの長さで1.5mmほどの太さもあった丸棒は、最終的に10mm以上の長さで0.12mmほどの細さまで引き伸ばされる。
そして最後に引き伸ばしで0.08mmの細さまでの加工と熱処理を同時行い、より強靭な破断限界値と許容応力を持つ高炭素鋼材のピアノ線が出来上がる。
その強度と斬れ味は前回とは非にならない程で、此処まで作業していた俺と親父の手は、魔力強化体で強化されていたのにも関わらず、ずたずたに皮が切れ、深いものだと肉に到達していた。
結果的に床には鮮血の落ちた痕が転々と残り、一種の殺人現場のような有様だった。
でもまぁ日常的に手の皮が切れたり擦り切れる事には成れてしまっているのか、そんな事はお構い無しに出来上がった喜びと、苦行とも思える単調な作業から開放された喜びで、俺と親父は完成したピアノ線のロールを掲げて、
「「出来上がったぞ!!」」
声を揃えて家へと駆け上がった。
因みにそんな手の状態で家に上がればどうなるかは考えれば分かる事だが。
俺と親父の手を見た母さん以外は目をギョットさせて口を開けた状態で固まり、除外された母さんは、
「血まみれの手で家に上がらないでって何時も言ってるでしょ!! あーもぅ、さっさと両手を出す。 それで治ったら二人で廊下を掃除しときなさいよ!!」
怒ったかと思えば、直ぐに心配そうな表情で親父と俺の手をとって回復魔法を懸け始め、仕方ないという顔で掃除をするように叱っていた。
まぁ残りのグラン、エイル、フラン、爺さんは、そんな家族のやり取りに未だ口を空けたままドン引きしていたの仕方ないだろう。
そして付け加えるなら、自室から降りてきたファラ先生が廊下に滴った鮮血を見ながらリビングに入ってくるなり、
「またその手で家に入ったのかい? あまりほって置くと、血が染みこんで取れなくなるから早く掃除しとかないと大変だよヒルト君。 スランさんはそろそろ記憶してください」
と成れた様子だった事に更に引く4人だったとも加筆しておこう。
そんな事も有りながら、俺達は再び森の前まで来た。
そして、
「また来るのでしょうか? 昨夜の戦闘でかなりの数の退治に成功しましたし、もう残る数など知れていると思いますが」
巨大な盾を片手にした一人の衛士が疑いを隠せない様子でスランへと話かける。
そんな部下の様子に、
「俺は成り行きだったとはいえ、守るべき人のために衛士とい職業に就いたのが、貴行は何のために衛士となったのだ?」
森の方をじっと見据えながら、なんの脈絡もない質問投げかける
そんな自分の質問とは全く関係のない質問を返された衛士は首を傾げつつも、姿勢を整え
「私も大体長と同じ心ざしで――」
そう口にし始めたが、スランはその言葉を手をだして止め、
「ならば…… なぜ貴行はその様な質問をした? 来ぬとわかっていれば他にやる事も有るだろう。 しかし僅かな可能性だったとしても、敵が来るかもしれないと言うのに貴行は、守るべき人を放置し、そのうえ、死に直結するような僅かな危機には晒しても良いと言うのだな?」
終始穏やかな口調ではあったが、言葉の一言一言に怒りにも似た強い感情を込めて話すスラン。
そんなスランの言葉に衛士がハッとしたような顔をし、改めて姿勢を治して言葉を言おうとした瞬間、
「総員戦闘態勢急げ!! 奴らは総力戦で来るぞ!!」
突如スランは焦ったような声色の怒号を響かせた。
その怒号に一瞬、俺を含めたその場にいた全員が意味が分からずに困惑の表情で首を傾げたが次の瞬間。
森に突如として巨大な砂煙と金色の煙が上がると共に、蛙を潰したような鳴き声と地面を揺るがすような地響きが鳴り響いた。
そして、それを目にした全員が其処でやっとスランの声色の意味と怒号の意味を知った。
総力戦、その言葉の意味が何を示しているのか……
エンマ※ 閻魔挟みの略称で、閻魔の神様が持っている物が名前の由来で、簡単に言えばデカイペンチで、一般なペンチの形状はワニ口と言い、工芸やエンマなどの物はワニ口ではなく平口です
伸線※ 鋼鉄(55C)の厚板に各寸法の穴が空いている伸線ダイスに、金属棒を通して細く引き伸ばしていく作業です。 解けた金属を流す方法も有りますが基本的使わない方法です。 他にもロール機で伸ばす方法など様々ですが、簡単に言えば粘度を押し出して細くするアレです




