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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ 子らを悼む歌 ~
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第9話(3)

 マリグ=ルガの「事務所」は、外から見るよりはずっと快適そうだった。

 床はむき出しの地面だが、しっかりと踏み固められた上に掃き清められており、平らですべすべとしていた。壁も、板を打ち合わせただけかと思いきやちゃんと白い壁紙が貼られており、中に入って見回すと白い箱の中へ入ったような具合になる。壁の一隅には第7大隧道の地図が貼られていて、ところどころに真っ赤なピンが刺してあった。鳥人(バードマン)が言っていた、「抵抗運動の計画」を表したものだろうか。


 その奥の、場違いなほど巨大な机の前に、マリグ=ルガは座っていた。傍らには側近のティルザ=ルガが立ち控えている。

 マリグは椅子に掛け、眉間に皺を寄せたまま、会釈もなしに私たちに話しかけた。


「よく来てくれた、ビアルの子、パル=パル。それとそちらの、蜥蜴人種(リザードマン)の方は……」


「ベク=ベキム。パルの、まあ、代理人ってとこですかね。どうぞよろしく」


 私は進み出て、へつらうような笑みを浮かべながら手を差し伸べてみた。すかさず、ティルザが音もなくにじり寄り、私とマリグとの間を遮る。マリグはそんなティルザを片手を挙げて押しとどめた。


「構わん。客人だ。そう、ものものしく構えることもない……さて、挨拶は抜きだ。本題に入ろう」


 マリグは私を睨めあげた。鋭すぎる目だ。私はふと、この男も緊張しているのだな、と感じた。そう思って見直してみると、マリグの顔立ちはまだ随分若い。ほとんど、アカデミーの学生と言っても通るくらいだ。

 余計な物思いを振り払いながら、私は答えた。


「そう、簡単に申しあげますと、亡くなったビアル氏がやろうとしていたことを、我々が引き継ごうってなわけでして……ご存じのとおり、部族が散り散りになってのちも族長の一族にはある程度の権威があります。それを、皆様方ジュナルガククのお役に立てられるのではないかと思っておりましてね」


 私は猫なで声で喋りながらも、相手の顔を油断なく見守った。ビアルの名が出た時、マリグの表情が一瞬だけ引きつったのを私は見逃さなかった。やはり、何か隠している――なおもカマをかけようとした時、ティルザが口を挟んできた。


「パル=パルと言ったか。そのガキ、ビアルと似ていないようだな。まるっきり純粋人類と同じに見えるぞ」


 今度は、パルが眉をひそめる番だった。挑発に乗るな、と目配せしようとしたが、その心配は無用だった。パルはすぐ表情を和らげ、服の裾をまくって見せた。そこには、白くふわふわした羽根がびっしりと生えていた。


「ティルザ、知っているだろう。亜人の血筋というのは複雑なんだ。親兄弟でさえ、まるっきり姿が違ったりも日常茶飯事だ」


 マリグがたしなめるように言うと、ティルザは渋々引き下がった。私は心中ため息をつきながら、顔だけは陽気に声を張り上げた。


「それはともかく……こちらから助力を差し上げる代わりと言っちゃあなんですがね。実は、パルの方も決して暮らしが楽なわけではないんでして……何しろ父親に死なれてしまったでしょう。祖父の方とは折り合いが悪いし、頼るわけにもいかない。ね、可哀想だと思いませんか? 」


「……で、要するに、カネを寄越せという事なんだろう」


 ティルザが一刀両断といった口調で遮る。鋭い視線にさらされて、流石の私も辟易した。言葉も鋭ければ、目も鋭い。全身が剣のような奴だ。私はごまかし笑いでお茶を濁した。マリグは再びティルザをたしなめるように手を振ると、私の方に向き直った。


「カネの話は、後日改めて話そう。こちらの経理担当者を呼ぶ。何にしても、無視するには惜しい申し出だ。仲間は、多ければ多いほどいい。ジェマイアス教会を相手取るんだからな。

 何にしても、話は実際に『部族』とやらを引き合わせてもらってからだ。ビアルは確かに我々の同志だった。だが、その名前を出されたからと言って、すぐに誰でも信用するというわけにはいかん」


「はい、そのあたりは心得ております。今日のところは、挨拶だけということで……」


 追従笑いを浮かべてみせた後、私は何気ない風を装って、本題を切り出した。


「時に、私は神殿にも興味がありましてねえ。パルは見慣れてるだろうが、私はよそものなもんで。どうです、ひとつ、案内しちゃいただけませんか? 自分たちが守る場所を、一度きっちり見ときたいんですよ」


 これはテストの第2号でもあった。私の推測が正しければ、マリグたちは神殿の中を見せたがらないだろう。神殿の内部を調べる必要があるのも確かだったが、そちらは後で夜陰に乗じて忍び込むなりすれば何とでもなる。とにかく、マリグ=ルガの反応が見たかったのだ。


「神殿の、中をか……」


 私の申し出に、マリグはすぐには答えず、思わずティルザの方を見た。


「おい、マリグ……まさか、受けてやる気じゃないだろうな? 」


 ティルザが咎めるような口調で言う。側近と言うより、お目付け役か教師のような口調だ。それを聞いて、マリグの目元が引きつった。ティルザの方に忌々しげな目を向けた後、マリグは敢然と私の方を見返してきた。


「……それも、道理だ。いいだろう。私が言えば、番兵は門を開けてくれる」


「マリグ! 」


 ティルザは声を上げ、マリグの肩を掴もうとした。その手を、マリグは邪険に払いのけた。


「私がいいと言っているんだ。それが、信用できないのか? 」


「……意地になるな。何も、相手にしなくちゃならない理由はないんだ」


 ティルザは声を潜めて囁いたが、もはやマリグは聞く耳を持たなかった。なおも食い下がろうとするティルザを無視し、マリグはすっくと立ち上がって、派手なマントを翻し私たちに向き直った。


「ついて来るがいい。神殿と、工事現場を案内しよう……『うちびと』文明の破壊という、歴史に対する大罪が行われている現場をな」


 大股に小屋を出るマリグに、私は慌てて付き従った。パルも、私の背後にくっつくようにしてついて来る。さらに後ろには、うんざりした様子のティルザが剣をがちゃつかせながら続く。


 私は意外に思っていた。第2テストの結果は、どう判断すべきか……確かに、私たちを神殿に招き入れることには抵抗がある様子だった。しかし、マリグ自身のティルザに対する反感が、彼に無謀な試みをさせた様子だった。これは、チャンスかも知れない。私は成り行きに任せることにして、マリグの後をしずしずと付いていった。長いマントの裾を踏まないように、十分注意しながら。


 言葉通り、マリグがやってくると、門番の兵隊は無言で脇へのいた。私たちが誰なのか、質問を受けることさえなかった。長いことマリグによる工事現場への「送迎」のパフォーマンスが続いたせいで、感覚がマヒしているのだろう。私たちはそのまま、白い敷石が敷き詰められた通路を通り、神殿の内部へと足を踏み入れた。

 私は周囲を見回した。神殿と言っても、立派な建造物が建っているわけではない。敷石だけはきれいに敷かれているが、後はそこかしこに壊れたアーチや、噴水の名残のようなものが見えるくらいだ。工事の連中が取り壊したのだろうか、とも思ったが、どうも様子が違う。壊れた跡に、年代を感じるのだ。元々、工事が始まる前から半分がた廃墟と化していたのだろう。そのようなことを、族長ジャルも言っていた。


「ほら、あそこに櫓が見えるだろう。あの辺りが教会の建設予定地だ。あそこに塔を建てようというんだ」


 マリグは私たちに指さして見せた。なるほど、瓦礫の山の隣に木製の櫓が建っていて、近くで純粋人類の大工たちが何やら話し合っている。


「この美しい調和を、不格好な外界建築で汚そうというのだ。それだけでも、許しがたい罪だ……そう、思わないか? 」


 マリグは熱っぽく語った。私はお愛想に頷きながらも、心の中では戸惑っていた。美しい調和? この、見渡す限り崩れた瓦礫しかない、荒涼とした廃墟がか? 私は『うちびと』の目から、ひえびえとしたものを感じた。結局この男も、『そとびと』としての目線から深層を見て、見出した異国情緒を『うちびと』の文化だと勝手に思い込んでいるだけなのだ。彼が守りたいという『うちびと』の文化とは、『うちびと』が本当に抱いている思想や信条とは、一切関係のないものだ。


 物思いに沈みそうになる心を、私は強いて奮い立たせた――いかん、いかん。仕事中だ。私はマリグたちの目を盗み、工事現場の風景を見ているようなふりをして密かに敷石を観察した。……予想したものが、そこにはあった。最終テストの合格を知らせる印だ。


「……何を見てるの? 」


 私の様子に気づいたパルが、ひそひそ声で尋ねてくる。私も声を潜めて答えた。


「敷石を見てみろ。見えにくいが、角にチョークの跡がついてるだろう? 気を付けてみないと分からないが、こういう敷石がいくつもある。一直線に並んで、向こうの、噴水のところまで続いてるんだ」


「うん、分かる」


 パルは頷き、私の更なる説明を待った。私は、マリグが自分にしか聞こえない説明を続けているのを確認してから、先を続けた。


「こいつは工事のための目安だ。と言っても、教会の工事じゃない。教会堂の建設予定地とはずいぶん離れているし、わざわざ噴水を巻き込んで建てる必要はないだろう。噴水の残骸を退けるのに、余計な手間がかかるだけだからな。

 こいつは――私の予想だが、水路の建設を目的とした、測量の跡だ」


 パルは目を丸くした。


「水路……って? 」


「私が持ち帰った、深層織のニセモノのことは覚えてるな、あの件で、布を洗う水の話を聞いて思いついたんだ。

 あの布がバザールの息のかかった店で見つかったということは、バザールが深層織の生産に興味を持っていることを示唆している。あの布きれは恐らく、試作品の類だろう。ところで、大掛かりに布の生産をやろうと思ったら、用意しなきゃならないものがある。工場と、労働力だ。第7大隧道じゃ、これを用意するのはちょいと難しい。バザールは上層の組織であって、カネはうなるほど持ってるが第7に対するコネがない。深層織の職工は、君の祖父さんが結んだ取り決めによって鳥人(バードマン)族の工場にガッチリ押さえられてる。場所だって似たようなものだ。バザールとしては、有望な商機が目の前にあるのに手を出せない、おあずけを食わされたような状況だったろう。


 そこへ、教会とジュナルガククのいさかいが起こった――バザールの連中は神殿のことを聞いて、一石二鳥を思いついたんだな。ジュナルガククを通して亜人をまとめ上げ、教会を追い出して工場の敷地を確保する。水の魔神の神殿なら、格好の工場用水源になるだろうと考えたわけだ。同時に、運動に引き込んだ鳥人(バードマン)たちを言いくるめて、工場の労働者に仕立て上げる。この水路は、神殿を横切るだけで破壊はしないよう計算されている。「打ち捨てられたままにしておけば、また教会に付け込まれる」とでも言って、神殿の横に工場を建てさせるつもりだったんだろう。その辺は、マリグのカリスマを利用すればいい。

 ジュナルガククは活動資金と引き換えにこの申し出を受けた。炊き出しをやったり、やたらと迅速な抗議活動が展開できたのは、バザールの援助あってこそだ。同時に、ジュナルガククは職工の引き抜きも請け負った。その過程で君の父さんに近づき、そして……」


「どうか、したのかね? 」


 マリグの声が後ろから飛び、私は慌てて口をつぐんだ。不審そうな目つきをするマリグに、私は曖昧な笑みを浮かべながら言い訳した。


「いや、ちょっと、そこの彫刻を見てましてね……うちの祖父さんにそっくりなもんで」


 私は手近にあった適当な石像を指さして言った。言ってからよくよく見てみるとそれは、エビのような殻に包まれた巨猪人(オーク)が6本のたくましい腕を挙げて憤怒の形相を浮かべているという魔神像だった。マリグは、分かったような分からないような顔で頷いた。


「それがゲム=ラミヤルゲム。ここの主神で、吹きだす湧き水の神だ。元々はもっと強力な神だったが、生活用水としての役割が薄れるにつれて、低い神格の精霊として扱われるようになった」


「こりゃどうも……お詳しいですね。アカデミーの教授も顔負けだ」


 私が半分本気で感心してみせると、マリグはまんざらでもなさそうな顔をした。


「元々、私はアカデミーの学生だった。父はジェマイアスの司教でな……だが、冒険者によるあまりに非道な文化財破壊と、ジェマイアス教会の布教と称した文化侵略に我慢ならなくなってな。学問の道を進んでいたのでは、そういった者たちに抗うことは出来ない。だからアカデミーを辞め、家も捨てて、抵抗運動の道に進んだのだ」


 なるほど、学生崩れか。「アカデミーの学生のようだ」と思うのも道理だ。私はなんだか不思議な気持ちになった。目の前にしている相手は、パルの父親を陰謀に巻き込み、今まさに神殿をバザールの手に売り渡そうとしている張本人だ。それなのに、彼の話を聞き、危うい情熱を秘めた瞳を見ていると、なんとなく物悲しい親しみを覚えるのだ――勝てっこない相手に挑む、若さゆえの無謀。アカデミーの若き研究者の顔にも、幾度となく見られた表情だ。

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