第9話(2)
私たちは、お互いに顔も見交わさず歩いていった。
「……祖父さんも、あんな言い方することはなかったのにな。前もそうだが、ひと言多いんだ。死人にあそこまで言うもんじゃない」
「……どうだろう、僕には、分からない」
パルは弱々しく答えた。ハッとするほど頼りないその声に、思わず私は彼の顔を見た。
「今日は、バカに弱気だな。まさか本当に、『戻りたい』と思っているのか? もしそうだとしたら、私だって止めやしないが……」
「そうじゃない、そうじゃないけど……」
苦しげにパルは言った。
「前にも言ったろ、お祖父さんの言うことを、真っ向から否定することも出来ないんだ、僕には。そもそも、本当のところ、父さんのことが好きだったかどうかも分からないし」
パルは消え入りそうな声で言い、うつむいた。私はその顔を黙って見つめた。じきに、震える唇が、言葉の続きを紡ぎ出した。
「母さんは、僕を生んですぐに死んだ。お祖父さんが、部族の土地を工場にして長をやめたのもちょうどその頃だったらしい。父さんは、そのせいで、随分苦しんだんだと思う。
母さんは元々冒険者だったんだけど、深層に惹かれ、仲間と離れて父さんと暮らす道を選んだんだ。父さんは母さんに、純粋人類がどれだけ深層の財産を盗み、破壊してきたかを教えられた。それで、純粋人類に歩み寄ろうとするお祖父さんとケンカするようになったんだそうだ。一族の者はみんな、お祖父さんの肩を持った。一族のほとんどの者から見て父さんは、純粋人類と結婚した上に、妙な理屈をこねて第7大隧道の発展を妨げようとする変わり者でしかなかった。
工場が出来るといよいよ一族の間に居場所がなくなって、僕を連れて部族から離れて、第7の隅で暮らし始めた。日雇いの仕事をしたり、時々お祖父さんに見つからないように工場へ行って、使い走りなんかで小銭を稼いでいたらしい。これは、後でお祖父さんや工場の大人の話を盗み聞きして知ったんだけど。僕が覚えてる、最初の父さんの記憶は、ベッドに寝かされた僕を見下ろして難しい顔をしている姿だ。
僕は父さんの笑った顔を覚えてない。食事をする時も、読み書きなんかを教えてくれる時も、いつも疲れたような目をしてた。父さんは僕と違って純粋な鳥人だから、表情が変わらないっていうのもあったと思うけど。
僕が成長するにしたがって、父さんはますます頑固に、塞ぎこむようになった。仕事にも出ず、家の中で何か考え込んでいることが多くなった。それが、ある時を境に、なんだか急に元気になったんだ。よくどこかに出かけて一日中家を空けてたり、たまに帰ってきたと思ったらやたらニコニコして、興奮したような喋り方をして、「もうすぐ、何もかもよくなるからな、何もかもだ」なんて言ってさ。それが、ある日、帰らなくて、その次の日も帰ってこなくて……」
パルは声を詰まらせた。どきりとして私は彼の瞳を見たが、涙は滲んでいなかった。何か大きな感情の波に翻弄されながら、自分でもその感情が何なのか分かっていない――そんな、当惑した目をしていた。
「叱られたとか、殴られたとか、そういうことはまったくなかったけど――いい父親だったかどうかは、分からない。お祖父さんの言うことも分かるよ。お祖父さんが父さんを、どう思っているのかも」
「それで、君自身はどうなんだ? 」
聞くべきかどうか迷ったが、やはり聞かずにはいられなかった。雇われた、探偵として。パルはしばしの逡巡ののち、適切な言葉を探しながら、ゆっくりと答えた。
「父さんは、僕の父さんだった――父さんは父さんなんだよ、やっぱり。誰が何と言ったって、何と思ったって、そこは変えられない。僕は父さんを奪われたんだ。
そりゃ、理屈は通らないよ――足し算引き算みたいに、ぴったり合うわけじゃない。でも、僕は今、こうしたいと思ってるからこそこうしてるんだ。それだけは言えるよ」
「そう、そうだな」
私は答え、顔を上げて目線を前に戻した。
「それだけ言えりゃあ、命を張る理由には十分だ。それが言えない奴が、この世の中にどれだけ居るか……」
私も含めて、とは、言わずにおいた。私たちは再び黙り、歩き続けた。
ジュナルガククの天幕の群れは、雨の準備にかまびすしかった。幕の破れ目を繕う者に、吹き降りになった場合に備えて家財を奥へ運び込む者、泥が流れ込まぬよう盛り土をする者など。亜人も純粋人類も入り混じって、忙しげに立ち働いている。その間をすり抜け、私たちはマリグの小屋を目指した。
「……話をつける前に、どうするつもりかだけでも教えてよ。どういう段取りで行ったらいい? 」
パルが小声で聞いてくる。私は前を向いたまま答えた。
「私に任せておいてくれ。君はただ、黙ったままでいてくれりゃいい。無口な、怯えた子供のふりをするんだ。利用されるだけの、無力な幼いガキだって顔をしててくれればいい。私はそのガキを利用する、悪い大人の役をやる」
「悪い大人? 」
聞き返すパルに、私は一本指を立てて見せ「静かに」のジェスチャーをした後、小声で説明を続けた。
「私から、「ビアルの子がジュナルガククのリーダーに会いに来た」と言って、正面から取次ぎを求める。父親に代わって、鳥人部族を説得してジュナルガククに引き入れられるとでも、適当な誘い文句を並べてやればいいだろう。私は代理人として取次ぎ料を要求する」
「そんなことをしたら、かえって怪しまれちゃうんじゃない? 詐欺師か何かだと思われてさ……」
「そう、それはそうだろうな」
私は頷いた。
「だが、それでいい。カネが絡んでくるからこそ、話に説得力が出てくるんだ。私のことを『カネ目当てで反対運動にたかる蠅』くらいに思ってくれれば、かえってこちらの狙いに気付きにくくなるだろう。
それに……多少は怪しまれるかもしれないが、私の想像通りなら、マリグは断らないはずだ。奴は、職工を抱き込みたいはずだからな」
「職工を? 」
おうむ返しに聞いてくるパルに、私はもう一度指で「静かに」のサインを作り、答えた。
「そう、そのために連中は、君の父さんと関わりを持ったんだ。私は、そう推測してる。ある意味これは、第一のテストだ。奴らがこちらの狙い通り、誘いに乗ってきたとしたら――奴らが殺人に関わっている可能性は高くなる、ってわけだ」
私の言葉に、パルは緊張した面持ちになった。その肩を軽く叩き、指で前の方を示す。古代文字を派手派手しく書き連ねた小屋が、もう目の前だった。湿った風を受けて、屋根から吊るされた旗がひらひらと踊っていた。
小屋へと近づこうとする私たちを、近くで作業していた鳥人の一人が止めた。
「おい、そっちは事務所だぞ。リーダーの関係者以外、立ち入り禁止だ」
「まだ関係者じゃないが……じき、関係者になると思うよ」
私は下卑た笑みを作りながら、意味深な口調で言ってみせた。鳥人は胡乱げに目を細める。と、その目が私の背後に隠れたパルの上に止まった。
「あれ、お前……パル=パルじゃないか? ジャル=ジャ=クの孫の」
「ああ、その通りだ」
私は相手とパルとの間に割って入るようにしながら、一段高い声で言った。
「そして、パル=パルはマリグ=ルガに会いたがっている。かつての部族を代表する者として、そして今は亡きビアルの後を継ぐ者として、な。私はその代理人だ。取次ぎをお願いしたいんだがね」
「それは……だが、俺の勝手な判断で、リーダーの手を煩わせるのも……」
迷うそぶりを見せる鳥人に、私はぐいと詰め寄り、精一杯ドスを効かした声で凄んだ。
「別に、無理にと言ってるわけじゃないけどな。だが、この話をみすみす棒に振ったとなりゃ、そっちの大将さんもさぞ残念がるんじゃないのかね? せっかく強力に来てくれたお方に門前払いを食わせる方が、よっぽど勝手な真似ってもんじゃないか、え? 」
私の迫力に気圧されたのか、鳥人はしぶしぶと言った顔で、掘立小屋の方へ歩いて行った。まったく、持つべきものは蜥蜴人種の強面だ。
しばらくして、鳥人は小屋から出てきた。目を大きく見開き、信じられない、とでも言いたげな顔をしていた。
「……リーダーは、会うそうだ。事務所の中で」
私たちをかわるがわる見つめながら、鳥人は未だ半信半疑といった口調で伝えてくれた。
「いや、信じられねえなあ……リーダーは、こっちに出てきた時は気さくな方だが、事務所に居る時は滅多に人を近づけねえんだ。仕事に集中してる、とかでな。何でも、ここの次に手を付ける新しい抵抗運動の計画を練ってるらしい。そんな部屋に、人を入れるってんだから……」
「この子がどれだけの重要人物か、分かったろう? 」
私は鳥人の肩をポンと叩き、脇をすり抜けて小屋に向かった。
「取次ぎ、ご苦労さん。君のことはちゃんと覚えとくよ。パルともども、ね」
気安く鳥人に手を振った後、私はパルの方を振り向き、声を出さず口だけで言った――
第一テストは、合格だ。




