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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ 子らを悼む歌 ~
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第10話(1)

「……さて、もうあまり時間がないな。ジェマイアスの代表者との会合が後に控えているんだ」


 マリグは私たちの方を向いて真面目な顔で言った。


「失礼だが、今日の見学はこれで終わりということにしよう。詳しい話は、また後日……」


「いや、マリグ……最後に、本堂を見てもらうくらいの時間はあるんじゃないか? 」


 どこからともなくティルザが歩み寄ってきて、マリグに囁いた。マリグはいぶかしげにティルザの顔を見つめた。ティルザは、細く吊り上がった目に剣呑な光をたたえて、マリグを睨み返した。


「本堂に、入ってもらおうというんだ。いいだろう? 」


「……あ、ああ。本堂か。そうだな、ここまで来たんだから、行かなくちゃ……」


 一瞬の間ののち、マリグはゆっくりと頷いた。さっきまで帰ろうとしていたはずなのに――何となく、おかしな雰囲気だった。空気に異様な緊張感が漂い始めている。黙り込んだマリグの代わりに、ティルザが私たちに言った。


「さて、最後になるが、ラミヤルゲム神殿の本堂を案内しよう。こちらだ。ついて来たまえ」


 ティルザはさっさと歩きだしてしまい、それをマリグが慌てて追う。来た時とは真逆だ。私たちは、顔を見合わせた。


「どうする? 何だか、嫌な雰囲気だけど……」


 パルは不安そうに言う。私はしばし考え、決断した。


「行こう。毒を食らわば皿までだ。あっちが何か仕掛けてくるなら、それこそ陰謀の動かぬ証拠になる。ここは乗ってやって、やつらの企みを探ろう」


 パルと私は頷きかわし、先を行く2人の後を追って白い敷石の上を歩いた。

 「本堂」というのは、堂とは名ばかりの崩れかけた石造りの建物だった。入口は扉もついていない穴蔵のようになっており、暗闇をすかして下へ続く階段が見えた。ティルザは顎で建物の方を示し、説明してくれた。


「あの下は、祈祷壇になっている。同時に、この神殿の魔導機械を制御する中枢でもある。往時はこの下に神官たちが集まって、儀式を執り行ったそうだ」


 魔導機械とは、古代魔術の技術を応用して造られた巨大な魔導具だ。外界でも使われるような普通の魔導具は、魔導士が放出する魔力を注がれることによって機能を発揮するが、魔導機械はわざわざ魔力を注入する必要がない。自然界に存在する魔力を吸収して動くためだ。ひとたびスイッチを入れれば、機械は動き出し、設計された役割を果たす。神殿や大規模な古代工場などに造らることが多かった施設だ。

 外界でも魔導具を基軸とした現代魔術の研究は盛んだが、自然界からほぼ無尽蔵に魔力を取り出す魔導機械の技術にはまだ追いついていない。そもそも『うちびと』自身にとってさえ、その技術は永い時間の末に失われ、ブラックボックスと化しているのだ。


「さあ、中も見て行こう。『うちびと』文明の素晴らしさと、我らジュナルガククの理想の正しさを、再確認できるはずだ」


 ティルザは言い、先に立って暗い穴蔵の中へ入っていった。私たちも後を追って階段を降り――突然、私の首筋の鱗が逆立った。


 降り口の壁に、けばけばしい紫色の擦れた跡があった。


「走れ、パル」


 私は背をかがめ、パルの耳元に囁いた。パルの目が大きく見開かれる。


「何を言って……」


「いいから、私が合図をしたら、走って逃げろ。柵の外へ……いや、出口は一か所しかない。そっちにも手が回っているだろう。どこか、隠れられるところを探すんだ」


「どうか、したか? 」


 入口でティルザが振り返る。その手が、腰の剣にかかっている――迷っているヒマはなかった。


「走れ、パル! 」


 叫びながら、すぐ隣にいたマリグを突き飛ばし、階下へ突き飛ばす。出口までの道が開けた。パルが上に向かって走り出す。間髪入れずに私は左の手袋を外して、拳で壁を叩いた。左手の契約印が光り、大地の魔力がほとばしる。壁が震え、土埃が跳ね上がって視界を塞いだ。


「何をッ……! 」


 目をかばいながら、ティルザがこちらへ駆け昇ってくる。その突進からパルを隠しつつ、私は再び契約印に魔力を込めて、今度は敷石を叩いた。敷石の一枚が剥がれ、砲弾のようにティルザ目がけて飛ぶ。


 ざッ。


 予期だにせぬ、軽い音がした。敷石は空中で真っ二つに斬れ、空しく地面に転がった。何事もなかったかのように立つティルザの手には、ひと振りの片刃剣。石を斬ったというのか、それも、空中で……言葉を失う私の前で、ティルザは残忍な笑みを浮かべながら剣を振った。


「出られはせんよ。お前も、その子もな」


 その言葉に振り向いたのと、岩壁に不吉な反響音が響いたのとはほとんど同時だった。パルは出口の寸前で足を止め、壁際に体をぴったりとつけて震えている。その、追い詰められた瞳が見つめる先には――新手だ。


「こいつは、殺しちゃいけないんだったな、ティルザ? 」


 鎖帷子を着込み、ボウガンを構えた男は、そう言って悪辣に笑った。冒険者だ。バザールの手の者か。さっきの反響音は、ボウガンから短い矢が発射され、岩壁に当たった音だったのだ。

 迂闊だった――私は歯噛みした。陰謀にタッチしているメンバーは、リーダーであるマリグとその側近のティルザだけと決めてかかっていた。だが、狙撃事件のことを考えれば、もう1人、つまり狙撃の実行犯がいることは容易に予想できたはずなのだ。


「動くな、そのまま階段を降りるんだ」


 新手の男は威圧的な口調で言うと、ボウガンの銃口を私とパルとへ交互に向けながらこちらへ歩み寄ってきた。見えない力に押されるようにして、パルが階段を2、3歩降りる。まずい、せめてパルだけでも逃がさなければ――私は意を決し、左手を後ろに回しながら階段を一散に駆け上がり始めた。


「あァ!? てめえ、何考えて……」


 反射的に、ボウガンの銃口が私の胸元を狙う。パルは一時的に射線から外れた。


「バカ野郎! そっちに構うな、ガキの方を……」


 ティルザが叫ぶ。が、もう遅い。私は男の近くまで駆け上り、左手で階段を力いっぱい叩いた。

 魔力が光となって石造りの階段に広がり、その繋ぎ目を光の波が蜘蛛の巣のように侵していく。そして、一気に弾けた。階段が、上に乗っているボウガン男ごと崩れていく。


「走れ、パル! 」


 転がり落ちてくるボウガン男の体をかわしながら、私は叫んだ。階段の崩れる音に負けないように。砂埃が、駆け上るパルの背中を覆い隠した。とりあえずは、これでいい――果たして逃げ延びられるだろうか、それは分からないが、今のところはこれが精一杯だ。


「このうすら馬鹿が……ほら、立て」


 ティルザは転ばされたボウガンの男に駆け寄り、助け起こした。情けからではなく、その手のボウガンを私に向けさせるためだ。私は周囲を少し見回し、何とかならないかと考えた後、観念して両手を挙げた。


「痛い目に遭わせて悪かったが、撃つのはよしてくれないか。こう見えて、撃たれるのは苦手でね」


「感づかれたか……少々、誘いが強引過ぎるかとは思ったんだがな。思ったより、鋭いじゃねえか」


 ティルザは抜き身の剣を提げたまま、私の顔を見上げた。その傍らで、マリグはまだ尻餅をついたまま唖然としている。


「お褒めに預かり、どうも。妙な雰囲気があるとは思っていたんだが……決め手は壁だった。壁に塗料がついてたんだよ、紫色の」


 怪訝そうに薄い眉を上げるティルザに、私は説明した。多少なりとも気を逸らせてこの状況を打開できないかと考えながら。


鳥人(バードマン)族の工場で、糸を染めるのに使ってる塗料だ。あんなハデな色、一度見たら忘れっこない。そのつもりがあったのかどうかは分からないが、ちょっと前にここであんたらが殺した男が遺したものだ……ビアルが、な」


 私の言葉に、マリグはびくりとし、低く喉を詰まらす音を立てた。私は、推測が確信へと変わっていくのを感じた。


「ビアルは生前、工場で使い走りのような仕事をして、日銭を稼いでいた。工場では糸を大量に使う。その運搬も、下働きの仕事だ。その際に塗料がビアルの掌かどこかについていたんだろう。それがさらにこの洞穴の壁に付着し、私に危険を報せてくれたってわけさ。

 皮肉だよなあ、これからここで生産しようっていう深層織のために、計画が露見するなんて」


「深層織……そこまで感づいていたか、ベク=ベキム」


 怒りを含んだ、毒々しい顔でティルザは嗤った。


「流石に、探偵というだけはあるな――お前が神殿を観光してる間に、上層の連中に話を聞かせてもらったよ。評判だそうじゃないか、バザールとも事を構える、無鉄砲な亜人探偵だってな」


 そうか、道中でティルザの声を聞かないと思ったら、そういうことだったのか……やれやれ、マメな奴だ。私は背中を壁にもたせかけ、手を挙げたまま肩をすくめた。文字通りお手上げだ。すかさず、ティルザの鋭い声が飛ぶ。


「壁から体を離せ。お前は、大地の魔術を使うらしいな。石の壁を使って魔術を使われたんじゃ、かなわんからな」


「そう警戒しなくたって、心配するほどのもんじゃないよ」


 私は首を振って見せた。


「いくら壊れかけとはいえ、ここは水の魔神の神殿だ。私の魔力も、水の魔力に遮られてそう自由自在には使えない。さっきみたいに埃を巻き上げたり、石積みを崩したりが関の山だ」


「どうかな……俺は他人を信じないタチでな」


 ぞっとするほどに冷たく輝く刀身を私の方へ向けながら、ティルザは顎で合図した。私は渋々、壁を離れ通路の真ん中へ移った。


「さて……お前はこれから死ぬわけだが、その前にチャンスをやろう。知っていることを全て吐け。仲間はいるのか? バックは? 何が目的だったんだ? 」


「信じてもらえないかもしれないがね……君たちを、救いに来たんだ」


 私は思い切って、正直に言ってみた。ティルザは笑いを消し、目を見開いた。流石の彼もこの返答は予想外だったようだ。


「救う、だと? 」


「私たち……私には、バックも仲間もいない。だが、別のルートからお前さんたちの計画を探り当てた奴らがいる……メイユレグ、と言っても分からないだろうな。メ=イユル=イェグと言ったら、そっちの大将さんには分かるかもしれんが」


 ティルザは細い目で、横に座り込んでいるマリグを睨みつけた。マリグはおずおずと立ち上がりながら、記憶を探っている様子で自信なさげに言った。


「古代『うちびと』語だな。真なる、世界を、成す……そんな意味になる。それがどうしたんだ? 」


「やはり知らないか……まあいい、想像してみてくれよ。お前さんたちのようにカネ目当てのまがい物じゃない、本物の『うちびと』宗教結社のことを。そういう連中が、神殿をバザールの因業者どもに売り渡そうって計画を知ったら、どんなことをすると思う? 」


「ハッタリは止せ。この状況でそんな荒唐無稽な話をして、信じるとでも思うのか? 」


 ティルザは嘲笑った。その声をかき消し、裏返った大声が響いた。


「まがい物、だと!? 」


 マリグが、双眸に怒りをみなぎらせて、私を睨み据えていた。


「何が分かる……お前ごとき、深層の歴史も伝統も背負う気のない、根無し草に!

 深層の文化を守るためには、資金が必要なんだ! 深層の民たちが自立する方法も考えてやらなけりゃならない……我々が導いてやらなきゃならないんだよ! 」


 私は腹の底が冷たくなるようなものを感じた。その目は、自分の叫んでいる言葉を微塵も疑っていない目だった。


「……そのためだったら、人を殺しても許されるというのか? ビアルを殺しただろう、帰りを待つ子供がいる親を! 」


 私の言葉にも、マリグは嘲るような笑みに唇を歪めただけだった。


「あんな奴は……死んで当然だ。奴には結局、我々の崇高な使命が分からなかった。我々には、他にも救わなければならない遺跡があり、部族があるんだ。だが奴の頭にあったのは、自分の部族、自分の神殿だけだった。職工を引き込む目的について喋ってやったら、奴は聞き分けのないガキみたいに怒ったよ――「結局お前らも、『うちびと』を虐げることしか考えない『そとびと』なんだ」とね。

 だから、俺が、この手で……」


「聞いたぞ! 」


 甲高い、少年の声が響き渡った。


「全員動くな! ひと殺しども……!! 」


 カギ爪のついた小さな手に旧式の雷管式拳銃を構え、怒りを押し殺した声でパル=パルは言った。

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