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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ 子らを悼む歌 ~
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第1話(後)

 私は口も利けずに、決意と緊張にこわばった少年の顔を見つめた。冗談では、まず、ない。そういう顔ではない。


「……なるほど、事情があるのは分かった。分かったから、まあ落ち着け。ほら、水を飲みな。落ち着いて、ゆっくり順番に話をしてくれ」


 私が差し出すコップに目もくれず、パル=パルはゆっくりと体を起こして、首をまっすぐ伸ばして話し始めた。


「僕の父さんは、第7で織物職工をしていた。『そとびと』向けの絨毯やなんかを織る工場で、『そとびと』が来て工場を建ててからは、僕の部族はみんなそこへ勤めていた」


 私は机の上からマグカップを取り、すっかり冷たくなったコーヒーをすすりながら、パル=パルの話を聞いていた。外の世界からやってきた純粋人類は、冒険と踏査を繰り返しながらいくつもの大隧道を征服してきた。第7は、今まさにその途中なのだ。


 侵略とは言ったものの、『うちびと』が滅ぼされてしまうというわけではない。元々、浅い階層に住んでいる『うちびと』の文明はピークを過ぎており、衰退していた。そこで労働力を欲する人類と、外界との交易からもたらされる富や異文化に惹かれた『うちびと』の利害が一致し、異文化同士の接触はこれまでのところ穏やかに進んできた。パル=パルの部族のように一族ぐるみで人類社会に入ってくる者たちがいれば、個人的に冒険者たちの仲間となったりする者もいた。一方で、混じりあうことを良しとしない者たちは、未だ強固に古代『うちびと』文明の影響が残る大竪穴の深層へと落ちのびていったと言われている。


「で、その職工の父さんが、どうしてまた殺されることになったんだい? 」


 私が聞くと、パル=パルは悲しげに首を振った。


「分からない。始まりは、少し前からだった。部族の寄合に出なくなって、代わりに、毎晩知らない人たちとどこかへ行くようになった。どこへ行くのか聞いたけれど、ただ、笑うだけだった。

 それで、3日前――父さんが路で死んでいたと、工場の人が知らせに来た。頭を砕かれて路に倒れていたらしい。部族のみんなが集まって、葬式をやった。僕はお祖父さんのところへ引き取られることに決まった。みんなが、口々に「仕方ない、仕方ない」と言った。

 だから僕は、ここへ来た」


「だから、来たって? 」


 私が聞き返すと、パル=パルは当然のように頷いた。


「みんな、僕に言い聞かせた。仕方ないって……でもそれって、つまり、『仕方なくない』って僕が思うと考えたからでしょ? 何か事情があるんだ。それが、僕は知りたい」


 私は言い返そうとし、やめた。相手の瞳に、思いつめたような光を見たからだ。心なしか削げた頬には、強い意志を秘めた緊張が見て取れた。口を挟むのは憚られた。


「前に聞いたことがあったんだ。上には、亜人の探偵もいるって……第7じゃ、部族のみんなはアテにできないし、工場の人たちとか、純粋人類の人たちは僕の話なんて聞いてくれない。でも、同じ亜人の探偵なら、話を聞いてもらえると思った」


「それで、旧貨幣まで持ってきたと……あんなもの、どこで手に入れたんだ? 」


 私は聞いたが、パル=パルは黙って首を振った。本題以外の話はする気もないらしい。


「とにかく、お金は足りてるんでしょう? 」


 無邪気さの見える顔で、パル=パルは私を見つめた。私はなんとなく後ろめたくなり、目をそらす。


「そりゃ、足りるどころか、余るくらいだよ。それが本物の旧貨幣だとしたら……分かってるんだろうね、それがどれほどの値打ちものか? 」


「それじゃ、依頼を受けてくれるんだよね? 」


 パル=パルは私の問いには答えず、懇願するような口調で言いつのった。私はためらい、帽子を一旦脱いで、またかぶり直した後、小声で答えた。


「……分かった。出来る限りやってみよう」


 その言葉は、あまり考えて口走ったものではなかった。思わず、と言うか……パル=パルの思いつめた表情に気圧されて、その場を造ろうために口にしてしまったような具合だ。圧倒されてしまったのだ。私が、この、息子ほども歳の離れた少年に。


 パル=パルは目に見えてほっとした様子で、大きく息をついた。と、風船から空気が抜けるように、その体がくたくたとソファに崩れ落ちる。慌てて私は立ち上がり、横たわった彼の体に駆け寄った。屈みこんで、息遣いを確かめる。静かなものだ。緊張が解けて、眠り込んでしまっただけらしい。よほど疲れていたのだろう。私は安堵の息をつきながら、改めてソファに寝かしつけるため、パル=パルの体を抱き上げた。


 ソファの上に横たえた拍子に、服の合わせ目がずれ、何か細長いものが顔を出した。私の心臓が、軽く跳ね上がった。黒々と光る金属の筒。私は指を伸ばし、パル=パルに気付かれないようそっと「細長いもの」をつまみ出した。

 それは、旧式の雷管式単発拳銃だった。


 弾倉を開けてみる――きっちりと装填されている。私はちょっと考えてから、弾を一つ残らず抜出し、ポケットにしまった。弾倉の1発と、握りの中にもう2発。そして、穏やかな寝息を立てているパル=パルの懐に、拳銃を慎重に戻した。もしかしたら、服の中に予備の弾丸を持っているかもしれない。それも取り上げるか? 私は少し迷った挙句、やめにした。彼が目を覚ますと少々面倒だ。


 ソファにもたれかかり、パル=パルの寝顔を見ながら、私は考えた。さて、彼の話を信じてもいいものだろうか。今の拳銃を見ても、穏やかならぬヤマだということは分かる。何かの罠という可能性はないか? しかし、こんな子供が……だが、最近の子供はスレているとも聞くし。私が彼くらいの齢の頃は、どうだったっけ?


 あるいは、彼自身に自覚は無くとも、大人に入れ知恵されているということも考えられる。私の名前を教え、この事務所までの道順を伝えた何者かがいることは、疑いようがない。しかし――私はテーブルの上に置きっぱなしになっていた旧貨幣を拾い上げた。こいつが問題だ。私ごときを釣り上げるのに、こんな巨大なエサを使うはずがない。だが、かといって、彼のような子供が簡単に手に入れられる代物でもない。


 私はしばらく考えた後、首を振って立ち上がった。滑らかな金属光沢を放つ旧貨幣は、何も語ってはくれない。私は部屋の隅に行き、壁を覆う書棚の一つに手をかけて、横へずらした。壁に埋め込まれた、黒光りする魔導金庫が露わになる。古代魔術を使って作られた品で、契約印が内部に刻まれているため、魔力による干渉も受け付けないという品だ。私がこの事務所を譲ってもらった時、一緒に手に入れたものだ。今までは、入れるような貴重なものもなかったのだが。


 旧貨幣をしまい、重い扉を閉めると、私は再びパル=パルに向き直った。今さらになって、必要なことを何一つ聞いていなかったのを思い出した。殺されたという、彼の父親の名前。働いていた工場。第7のどこで殺されたのか――その他、探偵の仕事に必要な、何もかも。


 シロートじゃあるまいに、しっかりしろ。私は自分をしかりつけながら、ふと窓の外へ目をやった。弱まりかけた太陽苔の赤い光の中、コガネカニバチたちが終わらない労働の歌を歌っていた。何があろうとも、上天気であることに変わりはなかった。

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