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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ 子らを悼む歌 ~
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第1話(前)

 出窓のところに、コガネカニバチが巣を作っていた。


 カニバチというのは、その名の通りカニのように丸い甲羅を持った指先ほどの小さな羽虫だ。ハチと言っても人を刺したりはしない。ハチに似ているのは羽音と、じょうご型の巣をつくる習性くらいのものだ。

 カニバチの羽はその体と甲羅の重さに比べるとかなり小さい。が、コインのように平べったい体に風の魔力を当てて浮かせることで、小さな羽でも自由に空を飛ぶ。魔力を使う生き物だから、厳密に言えば「魔物」に分類される。昆虫のハチとはまったく別種の虫だ。中でもコガネカニバチは、鈍い金色の甲羅と縞模様の入った巣が美しく、大竪穴の風物詩となっている。


 私は鉱石珈琲を飲みながら、安楽椅子に身を預けてハチの巣を眺めていた。カニバチたちは、ゆるやかな円錐の巣を広げるためにせっせと泥を集めている。ここのところカラッとした天気が続いていたから、雨が来る前に巣をしっかりと固めておこうというのだろう。

 上天気だ。地面の底で「天気」と言うのも妙だが、とにかくいい日よりだ。私は陽気の穏やかさにうとうとしながら、見るともなしにカニバチたちの労働を見守っていた――と、その時だった。


 あまりに小さな音だったので、初めは空耳かと思った。あるいは、ハチの羽音かと――だが、違った。確かに、ドアを誰かが叩いている音だ。ひとつ、ふたつ、さらに続けてふたつ。さみだれ式に、弱くかすかな音がする。

 私は怪訝に思った。玄関には、ちゃんと呼び鈴がついている。それなのにどこの誰がわざわざドアの板を叩いているのだろう? 私は半分がた空になったマグカップを置き、帽子をかぶりながら玄関へ向かった。

 ドアに近づくと、向こう側にいる奴はまだ扉を叩いていた。弱々しく、途切れ途切れに、しかし止むことなく。私はちょいと顎をひねった後、扉をゆっくりと開けた。


 直後、重く温かいものが私の腰あたりにくずおれてきた。


「おい! 何だ、どうした? 」


 とっさにその肩を抱き、倒れ掛かる体を支える――くずおれてきた「それ」は、まだあどけなさの残る顔立ちをした少年だった。11か2かそこらだろうか。黄色っぽい布地の、埃まみれで薄汚れたポンチョを着ている。しがみついてきた手に触れ、私はふと気づいた。固くざらざらした角質の感触。目を落とすと、鱗のような皮膚と指先に生えた半月型のカギ爪、そして袖口からこぼれて見えた、白い羽毛――鳥人(バードマン)だ。顔に飾り羽やクチバシがないところを見ると、混血、それもかなり特徴の薄く出たタイプの混血だ。

 少年は私の体にすがりつき、なんとかその場に倒れ込むことだけはこらえたものの、私のズボンを掴んで膝をついたまま顔を伏せてしまった。それきり、立ち上がることはおろか動くことも出来ないようだ。


「おい、おい、おい……勘弁してくれよ。どうしたってんだ? 」


 私は面食らいながらも、その子を抱き上げ、両腕で抱えて家の中へ入れた。まさか、そのままにしておくわけにもいかない。それに、事情も気になった。彼の背丈では呼び鈴の紐が引けないので、仕方なく必死でドアを叩き続けていたのだろう。そこまでして私に会いたかったのだ……何のために?


 私はとりあえず少年を応接用のソファに寝かせ、台所へ向かった。とりあえず、何か飲むものだ。鉱石珈琲……いや、衰弱しているらしい相手に、刺激物は与えない方がいい。ひとり身が長いとそういう所に気を回せなくなって困る。悩んだあげく、家庭用魔導泉のバルブをひねって真水を汲み、コップに注いだ。魔導泉は、両手で抱えられるくらいの金属製の盆に、装飾過多なミニチュアの噴水が乗っかっているようないでたちの魔導具だ。地下水脈のないところでも、魔力で水分を集めることのできる優れものだ。大竪穴での生活はこれが発明されてから随分楽になった。


 居間に戻ってみると、少年は横たわったまま目を閉じ、眠っているようだった。ヒヨコの和毛を連想させるプラチナブロンドの短くふわふわした髪が、息遣いに合わせてかすかに揺れている。丸く小さな顔には、つかの間の安らぎに混じって苦い疲れのこびりついた、ハッとするほど深刻な表情が浮かんでいた。

 私は屈みこみ、少年の唇にコップを近づけた。ひと口、ふた口と水を口に含んだところで、彼は丸く大きな目を開けた。その瞳は、深く濃い金色をしていた。


「……ここは? 」


 細い声で、少年は尋ねた。私はその手に水の入ったコップを握らせてから答えた。


「コールドブラッド探偵社だ。まさか、表札も見ずに戸を叩いてたわけじゃないんだろう? 」


「ここが……そうか、蜥蜴人種(リザードマン)だものね」


 少年は一人納得した様子で頷くと、ふらつきながら体を起こした。私は慌ててその肩を押さえようとした。


「おい、寝てなって。随分疲れてるようじゃないか。どうした? いったい、どっから来たんだ? 」


 少年は私の手に力なく触れ、押しのけようとしたらしかった。が、その手はいたずらに私の手袋の上を滑るだけだった。再びぐったりとソファへ横たわりながら、少年は答えた。


「第7から……」


「第7!? おいおい、まさか歩いて来たわけじゃ……」


 私は改めてまじまじと少年を見つめ、そのブーツの擦り切れかた、ポンチョの汚れかた、疲労の度合いなどをじっくり確かめた挙句、納得して頷いた。


「……その、まさからしいな。やれやれ、無茶なことをする坊やだ」


 第7大隧道は、私の家からさらに降りたところにある大きな横穴だ。大竪穴では、道というものは皆、壁面に沿って螺旋状に走っている。それをグルグルと降りて行った先が、第7大隧道――未だ未踏査の領域が残る、冒険者たちの入口だ。ここからダイまでは、馬や竜列車でも半日はかかる。ましてこんな子供の足では……私は顎に手をやり、ソファと向かい合った椅子にとりあえず座った。


「まあ、そんな遠くから来てもらったってのに、そっけなくあしらうのも悪いからな。話せるなら、話を聞こうじゃないか。いったい、何の用なんだ? 」


 少年は黙って、ポンチョの胸元をめくった。布の裏地を、人差し指の爪で引き裂く。と、テーブルの上に重たい金属の板が転がりだした。

 私は目を疑った。窓から差し込む太陽苔の光に照らされて、赤と金の混じりあった色に輝くその物体。時代の重みを感じさせる光沢は、到底狙って作りだせるものではない。ひと目で分かる。


「……旧貨幣じゃないか。それも、えらい年代物だ」


 大竪穴には、いくつかの通貨が存在している。外界の王国が発行した貨幣や紙幣の他、各種ギルドが発行する私鋳銭や手形の類なども、通貨として扱われている。だが、何より珍重される貨幣と言えば、古代『うちびと』が使っていた旧貨幣だ。現代の魔術では再現不可能な魔導合金を使って鋳造された旧貨幣は、発掘される絶対量が少なく、それだけに巨大かつ安定した価値を持っていた。

 今テーブルに投げ出された旧貨幣も、闇の市場に出せば手数料もろもろを差っ引いても100万ゾルは下るまい。私を半年雇い切りにしても、おつりが来る金額だ。


「これを、どこで見つけた? 何でまた、こんなとんでもないものを持ってきたんだ? 」


 私は思わず、質問を連発した。それには答えず、少年は謎めいた金色の瞳で私を見つめ、やおらカギ爪を自分の顔へ向けた。


「パル=パル。第7から、ベク=ベキムに会いに来た。頼みに」


 しばらく待ったが、少年は後を続けようとはしなかった。私は首をひねった。「パル=パル」というのは、自分の名前らしい。だが、その後は……?


「たしかに、私はベク=ベキムだ。だが、どうして私の名を知っている? 」


「聞いた」


 少年は熱っぽい確信を瞳の中に輝かせながら、答えになっていない答えを語った。


「ベク=ベキムは亜人の探偵だと……亜人でも、頼みを聞いてくれると思った」


 私は目を細め、考えた。まあ、亜人、それも蜥蜴人種(リザードマン)の探偵となれば、もの珍しさから噂になるのも分かる。だが、その私を見込んで頼み事とは――質問をしようと思った時、パル=パルは自分からその答えを語った。ひどく、簡潔に。


「ひと殺しを見つけてほしい。父さんを殺した、ひと殺しを」

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