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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ 子らを悼む歌 ~
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第2話

 相変わらずバカみたいに明るい太陽苔の光が、私の目を覚まさせた。


 低く唸りつつ、安楽椅子から身を起こす。昨晩はベッドに行かず、椅子で寝たのだ。本当はソファのパル=パルをベッドに移してやろうと思ったのだが、よく寝入っていたため起こすのも忍びないと思い直し、毛布を掛けてやってそのままにしておいた。

 私も寝ようと言う段になって、子供をソファで寝かせておいて自分だけベッドに入ると言うのもどうなのか……と、何やら後ろめたい気分になってきた。結局、私も事務所の安楽椅子で毛布をかぶって寝ることにしたのだった。子供との接し方が分からず、どうでもいいところにばかり気を使ってしまう。独身生活が長いせいだ。まったく、なっちゃいない。


 皺の寄ったシャツを直し、こわばった体のあちこちをほぐしながら、私は立ち上がった。パル=パルは、まだソファの上ですやすやと眠っていた。その横を通り抜け、台所へと向かう。客もいることだし、まずは朝飯だ。


 床の戸を開け、地下に埋め込まれた貯蔵庫を物色する。堅焼きの棒パンと、塩漬け肉の塊。それに、まだ新しいツチドリの卵もあった。他人に出してもそこまで恥ずかしくない朝食が出来そうだ。私はナイフを取り出し、棒パンを斜めに薄くスライスした。同じようにして、塩漬け肉も薄く切る。切った剥片を交互に重ね、分厚いサンドイッチを作る。最後に上からナイフで圧しつけ、出来たくぼみに卵を落としてから、魔導オーブンに入れる。いつだったか、あぶく銭が入った時に思い切って買ったものだ。炎の魔力で調理する、最先端の魔導具なのだが、どうも火力が弱いうえ長続きせず、細かな調整も出来ない。煮炊きには少々不便だが、軽いトースト程度の料理には石炭オーブンよりも手軽で便利だ。


 焼き上がりを待つ間、窓からちょいと手を伸ばし、裏庭に生えたカラシナを取る。軽く洗って刻み、塩を振ったら、いい弁護士さえつけばサラダと主張しても勝訴に持ち込めそうな代物が出来上がった。

焼き上がったサンドイッチ・トーストとサラダを盆にのせて事務所に戻ると、料理の音と匂いで起きだしたらしいパル=パルが目をこすっていた。


「おはよう。よく眠れたかね? ささやかだが、朝食を用意した。別料金を取ろうってハラじゃないから、安心してくれていい。うちは宿屋じゃないからね」


 私の冗談にも、パル=パルは無言でおずおずと頷くだけだった。まだ緊張が残っているせいだろう。私の言う事がつまらないから、という可能性は、出来るだけ考えないようにした。

 テーブルの上に皿を並べていると、パル=パルは急に慌てた様子で服の間をもぞもぞやりだした、と、服の間を見て、安心した表情になる。銃があるかどうか確かめたのだろう。私は少々心が痛んだ――きちんと装填されたままであるかどうかまでは、流石に確かめなかったようだ。弾丸が私のポケットに収まっていると知ったら、彼はどういう顔をするだろう? 心の奥底に湧き上がってきた懸念を、つとめて明るい声を張り上げることによって振り払う。


「さあ、食おうじゃないか。独身男の料理だから、味の方にゃ期待してもらっちゃ困るが、まあ養分にはなるだろう。君も、第7から登ってきたんだからな。腹が減っているんじゃないか? 」


 聞かれるまでもない、といった調子で、パル=パルは猛然と食べ始めていた。無理もない。事務所の戸を開けた時、特に大きな荷物を持っている様子はなかった。ほぼ準備のないまま、ろくに食わずにここまで歩いて来たのだろう。私はコップを置き、水差しから水を注いでやりながら、半ば独り言のように言った。


「そう言えば、昨日は結局大して仕事の話が出来なかったんだったな。食いながらでいいから、聞かせてくれ。第7大隧道の、どのあたりから来た? 『父さん』とやらの名前は? 」


 パル=パルは急いでサンドイッチを飲みこみ、コップの水を飲み干すと、一つ息をついてから答えた。


「住んでた場所は、ウルグ・シャイ……純粋人類からは、6番街と呼ばれてる。僕らの部族の村だった場所だけど、今じゃ、純粋人類の街になってるところ。工場もそこにある」


 私は頷いた。聞いたことのない地名だったが、名前さえ分かれば、後で地図を見たらいい。質問を挟む気がないのを確認すると、パルは説明を続けた。


「父さんは、6番街のはずれの路に倒れていたらしい。遺跡の前だ。最近、なんだか騒がしくなっていたけど……」


「騒がしくなっていた? 」


 妙な言い方に、思わず私は疑問をさしはさんだ。パルは頷き、首を傾げた。どう説明したものか、迷っているようだった。


「騒がしいんだ……もとは、石造りの神殿があるだけだったんだけど、何か月か前から柵がめぐらされて、僕らも、前で遊んでると、純粋人類の大人に怒られて追い出されるようになった」


「柵か……中で何をしていたか、覗いてみたりしたかい? 何かを造っている様子だった、とか」


 私の問いに、パル=パルは肩をすくめた。幼い子供のことだ、そこまで気を付けて見ていろという方が無理ってものだろう。


「それから、変な人たちが前で行列を作ったり、ケンカをしたり……」


「変な人たちが、ケンカを? 」


 ますます分からなくなり、私も首をひねった。パルは私の顔色を見て、不安そうな顔になりながらも懸命に説明しようとした。


「その人たちは、人類じゃなくて、亜人なんだ。いや、人類の人もいるけど……みんな、何か怒っているみたいだった。純粋人類の人たちに対して」


「フーム」


 パルを安心させようと、私は表面だけでも分かった風を取り繕った。が、内心ではまとまらない考えをグルグルとこね回していた。純粋人類と、亜人交じりの一団が、言い争いを? 一体、どういうわけで? そして、その『争い』は、パル=パルの父が殺されたことと何か関係があるのか?

 気まずい沈黙が流れた。パル=パルは間をごまかそうとするかのように、残ったサンドイッチを無理矢理口に詰め込んだ。


「そう急いで飲み込むこともない。喉に詰めるぞ。時間はたっぷりあるんだから」


 私は言いながら、ハンカチでパル=パルの口元を拭ってやった。パル=パルはちょっと嫌そうにしていたが、膝の上に手を置いてじっとしていた。したいようにさせてやる、とでも言いたげな様子だった。どっちが世話を焼かれているんだか、分かりゃしない。慣れないことはするもんじゃないな。私はため息をつきながらハンカチをしまった。


「失礼、話の途中だったな。それじゃ……パル、と呼んでいいかな? 私のことは、ベキムと呼んでくれりゃいいから。続けてくれよ、話を。聞けることは何でも聞いておきたいんだ」


 パルは頷き、テーブルを爪でコツコツやりながら話を再開した。


「父さんの名は、ビアル――僕と違って、ほんとうの鳥人(バードマン)だ」


 つまり、純血種の鳥人(バードマン)ということか。とすると、パルに混じった人類の血は、母方のものということになる。私の表情から察したのか、パルは疑問の答えを先取りした。


「母さんは、いない。ずっと昔に死んだ。元は上から降りてきた冒険者のひとりだったらしいけど、僕は顔も覚えていない」


「そうか……そりゃ、失礼」


 私は軽く頭を下げ、その拍子に、ふと思い出した。鳥人(バードマン)の、ビアルか。どうも、どこかで見たような覚えのある名前だ。確かあれは――


「ちょっとそのまま、待っててくれ」


 私は立ち上がり、壁の書棚へと向かった。背表紙に目を走らせて、ある本を探す。あった。随分と上の方へしまい込んでいたが、捨ててはいなかった。『大竪穴氏族名鑑』――深層に暮らす『うちびと』の主要な部族と、その長たちの系譜を載せた本だ。開拓時代の冒険者たちが、現地人との交渉の際に重宝していたという資料だ。立ったまま、ぱらぱらと数ページめくる。


「……やっぱり。覚えてるもんだな、こんな小さなことでも」


 私は思わず呟いた。開いたページには、第7大隧道に暮らす部族の系図が載っている。鳥人(バードマン)族の代々の長。系図上で「現在の長」として印がついている、さらにその下に、ビアルの名があった。


「単に同名ってだけだったら謝るが……もしかして、君の父さんは、部族の長だったのか? 」


 パルは少し考え、あいまいに首を振った。


「よく、分からない。お祖父さんは、みんなに族長って呼ばれてた。けど、父さんの頃にはもう、そういうのはなかった。今でもお祖父さんは「前の長」って呼ばれることがあるけど」


 私は無言で顎をさすった。間違いないようだ。

 一部族の長だったとしたら、旧貨幣の出どころにも納得がいく。部族の宝として族長の家に伝わっていたのを、おそらくは勝手に持ち出してきたのだろう。となると、あれを私のものにしてしまうわけにはいかない。子供の無知に付け込んで、部族に伝わる宝をせしめようなどと――しかし、それをこの子にどう伝えたものか。考えあぐねながら本を書棚に戻し、椅子に座る。パルは心配そうな視線を私の顔へ向けていた。


「仕事を、してくれるんだよね? 父さんのことを……」


「ああ、安心してくれ。その点は大丈夫だ」


 私は仕方なく答え、笑みを見せた。そう答えるしか、ないじゃないか? 今さらこの子を放り出して、知らん顔をしていろと言うのか? 旧貨幣を受け取らないにしても、せめてこの子を第7まで帰してやるくらいは面倒を見なければ。


 しかしそれにしても、少々下調べが必要だ。何しろ族長の孫が、部族の宝と一緒に姿を消したのだ。大騒ぎになっていてもおかしくはない。そこへ悪人ヅラの蜥蜴人種(リザードマン)がのこのこと現れたら、最悪の場合誘拐犯として私刑(リンチ)にかけられる恐れもある。一度、私一人で様子を見に行った方がいいだろう。


「善は急げだ。今日、第7まで降りてみるつもりだよ。ひとまずどこまでやれるか試してみたい。君は、ここに残って留守番をしといてくれ。まだ体も本調子じゃないだろうし、それに私の仕事は、危険になることもあるからね。待っていてもらった方がやりやすい。

 日帰り旅行にするつもりだから、昼飯は適当に食べといてくれないかな。キッチンと、貯蔵庫の食い物は自由にしてくれて構わない。使い方は分かるよな? 」


 私の言葉に、パルは目を輝かせて何べんも頷いた。私の心が、また痛んだ。無邪気な子供と言うものは、どうしてこうも人をスネに傷持つような気持ちにさせるのだろう?


「それにしても、ひと殺しを探して、どうするつもりなんだ、君は? ……いや、依頼人のプライバシーに干渉する気はないんだが、ちょっと気になってね。ギルドの憲兵隊にでも突き出そうってのかい? 」


 パルの顔が、蝋人形のように固まった。その口はゆっくりと細く開き、冷たく歪んだ声を吐き出した。


「……そう、そうだ。捕まえて、裁いてもらうんだ」


 口ではそう言いながらも、パルの手は胸元へ――拳銃を隠してあるあたりへと伸びていた。私は暗澹たる思いでため息をつき、自分の分のサンドイッチに手を伸ばした。


「そうかね……そう、そうなんだろうね。よく分かったよ。ところで、食後にコーヒーは飲むかい? 」

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