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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ かくて幕は降り…… ~
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第2話

「まー、また面倒臭そうなことを引き受けたねェ」


 マフィ・エメネスは面白がるような口調で言い、ハッカ水をビンから飲んだ

。事実、面白がっているのだろう。マフィには常日頃から色々無茶を聞いてもらっているが、今回は仕事の舞台が遠いので、頼みごとをするわけにもいかない。それを知っているから、今度ばかりは完全に他人事として私の苦労を笑えるというわけだ。


「面倒、大いに結構。他人が面倒がることをやってこそ、カネが手に入るってもんだ」


 私は白手袋を外し、ハッカ水を飲んだ。ここは空中市場(くうちゅういちば)のはずれ、マフィの営む古道具屋の店先だ。旅支度を整え、竜列車の駅に行く前に、ちょっと挨拶でもしていこうかと立ち寄ったのだ。


「で、今度ばかりはさすがに、あたしに面倒な頼み事はナシだよね? 言っとくけど、そのタバコ商人に口利きしてくれったってダメだからね。あたしの顔もさすがに第3までは通らないし、第一まっとうな『そとびと』商人とあたしじゃ、接点がなさすぎるからな」


 マフィは釘を刺してきた。マフィ・エメネスは、ギルドにも属さない故買屋で、かなり危ない橋も渡るタイプの商人だ。がめついという点ではいい勝負だろうが、お高くとまった『そとびと』の金持ちとは確かに接点がないだろう。


「そういうことじゃなく、ただ単純に挨拶にきただけだ。社会的儀礼だよ。まったく、人の善意を信じられない奴はロクな人生を送れんぞ」


「それもこれも、あんたの『教育』の賜物だろうがよ。来るたびに面倒事持ち込まれちゃ、こっちだって構えたくなるってもんだ。この、疫病神トカゲめ」


 マフィはぶすっとした顔でハッカ水をあおった。しまったな、と私は思った。どうも、切り出すつもりだったことを、話しづらくなってしまった。しかし、言っておかなくては。


「あのな、それなんだが……頼みが、ないわけじゃないんだよな」


「何なんだよォ! 」


 マフィはハッカ水のビンをテーブルに叩きつけた。


「言いたいことがあるならハッキリ言えよ! いや、つーか、言われても聞かねえけど! 」


「仕事の話で頼みごとがないってのは本当だよ。今回の仕事は、お前さんの得意分野とはちょっと違うだろうし。ただ、個人的なことを頼みたいんだ。

 今回の仕事で、長い間上層にとどまらなきゃならないだろう? 当然、空中市場まで来ることも出来ない。万一、何か古書の出物があっても、分からないんだ。それがどうにも心残りでな……そこで頼みたいんだが、マーケットに何か目ぼしい本が出たら、確保しといてくれないか? カネなら、帰ってきた後に報酬で払うから」


 マフィは呆れかえった顔で答えた。


「あんたねえ……個人の趣味についちゃ、あたしゃ何も言わないけどさ。そこまで気にしだしたらそりゃ病気だぞ、おい」


「そうだな、残念ながら不治の病だ。上手くつきあっていくほかにないさ」


 私は肩をすくめて見せた。


「本を買いに行く仕事を受けて、これから出発しようって時に、別の本を買う相談しに来るやつもないもんだ。『イユル=ゲマフの歌』だっけ? どーも、なんか、イヤなこと思い出すなァ」


 マフィは腕を組み、渋い顔になった。


「イヤなこと? 」


「イユルって言葉、古代の『うちびと』語で『真の』って意味だろ? そういう呼び名のついた連中に、この前、面倒な目に遭わされたじゃないか」


 私はハッと思い出した。メ=イユル=イェグ――メイユレグ。訳せば「真なる世界を造るものたち」といったところか。『うちびと』の解放を掲げる宗教結社だ。ついこの間のことだが、私は依頼の遂行中に連中と出会い、大ケガを負わされた。


「……なるほど、私も思い出した。確かに、イヤな思い出だ。これから仕事に行こうって時には、特にな」


「ま、用心しろよな。くたばらねえようにさ」


マフィはあくまで他人事だ。自分が行くのではないから、気安く言ってくれる。


「言われなくとも、くたばるような目には合わないさ。今回はそう体を張る仕事じゃない。大丈夫だ。きっと」


 私は言い返し、ハッカ水を飲み干した。


   *   *   *


 私はマフィの店を後にし、空中市場前の竜列車駅に向かった。そこから第6大隧道まで普通列車で登り、さらに上層直通便の竜列車に乗り換える。


 直通便の列車は、普通便とは見てくれからして違う。まず、列車を曳く竜の品種が違う。普通列車を曳くのが、比較的小型の黒鱗種(こくりんしゅ)なのに対し、直通列車を曳くのは巨大な赤角種(せっかくしゅ)だ。赤角種は黒鱗種の2倍から3倍の体高があり、赤い鱗と羊の角のように渦を巻いた巨大な角をそなえている。黒鱗種と同じく羽根はないが、筋力と持久力はケタ違いで、巨大な列車をほぼ休みなしでまる一日曳き続けることが出来る。


 列車の方も、普通列車とは少々違う。普通の列車より縦に短い代わり、高さがある。中に、寝台を据え付けてあるためだ。長旅になるので、乗車数を少なくする代わり、席は個室制だ。中には水魔術を使ったシャワーや炎と風の魔術を使った空調設備なども揃っており、なかなか居心地がいい。


 私は車掌に切符を見せ、列車に乗り込んだ。正直、かなりうきうきしていた。こういう機会でもないと直行便列車には乗らない。中で読む本も持ってきたし、着くまではのんびり物見遊山気分でいようと決めていた。

旅行鞄を提げ、切符を見ながら自分の個室を探していた時だった。


「あ、これは失礼! 」


 足元に何かがぶつかった。目をやると、小型の旅行用キャリーバッグだ。


「どうもすみません、よそ見をしておりましたもので……」


 言いながら深々と頭を下げたのは、商人らしい風体の矮鬼人(コボルト)の男だった。見たところ、中年の域に入ったくらいの年齢だろうが、顔には笑い皺が刻まれ、なんとなく老人のような印象を与える男だった。


「いや、こちらも切符を見ていたものですから」


私も頭を下げる。


 矮鬼人(コボルト)の男は少しの間、笑顔で私の顔を見ていたが、やがてもう一度頭を下げると、通路をひょこひょこと歩いて行った。

 別になんてことのない会話だった。道でうっかりぶつかった同士が、お互いに謝って別れる。不自然なところはない――はずなのだが、私は何故か胸騒ぎを覚えた。あの、謝った後の間が、どうにも気になる。男が私の顔を見つめた一瞬、奴の目にこちらを探るような色が浮かんだように思えるのだ。


 私は通路の奥へ進んでいく矮鬼人(コボルト)の後を尾けた。一本道の通路で、おおっぴらに後を追うわけにもいかない。ちょうど列車の連結部に至ったので、矮鬼人(コボルト)が連結部のドアをくぐった後、私はそのドアの陰に隠れ、相手の様子をうかがった。相手が次の列車の連結部を通ってさらに先へ進んだら、私も後を追うつもりだった。

 が、その必要はなかった。私の見守る前で、矮鬼人(コボルト)はまた、向こうからやってくる一人の巨猪人(オーク)とぶつかった。私の時と同じように、2人は通路の真ん中でお互いに頭を下げあい、何事か話し合って、そして――連れ立って、個室の一つへと入っていった。


 私はドアにもたれかかり、考えた。偶然ぶつかった2人が、ちょっとした会話をきっかけに打ち解けて、旅は道連れとばかりに個室の中で話し込んでいる……? まさか。同じようなことが、あまりに立てつづけて起こりすぎる。それに、そもそも矮鬼人(コボルト)はなぜ、列車の中をまっすぐ歩いていたのか? 自分の個室を探しているにしては、おかしな動きだ。

 加えて、あの時の私を探るような目つき――推測される答えは1つ。私は、何かの待ち合わせ相手と間違われかけたのだ。あのキャリーバッグをぶつけるのは「合図」だ。合言葉と言ってもいいかもしれない。それに適切な反応を示した者が、待ち合わせ相手だということになっているのだろう。


 しかし、そんな手の込んだ方法を使ってまで待ち合わせる相手とは? さらに私は考える。

相手の顔を知っているのであれば、無関係の私にバッグをぶつけて合図してみたりはしないだろう。私に合図を送ったと言うことは、私が候補と見なされたと言うことだ。何を根拠に? 本物の待ち合わせ相手だった巨猪人(オーク)と私の共通点は――どちらも、『亜人』だということか。そう言えば、矮鬼人(コボルト)も亜人だ。


 そこまで考えたところで、ベルが鳴り、列車が動き出した。私は自分の個室をまだ見つけていないことを思い出し、慌てて歩き出した。そう言えば、矮鬼人(コボルト)の尾行を始めた時、旅行鞄を放り出してきてしまったのだ。揺れる列車に足を取られつつ鞄の元へ急ぐうち、矮鬼人(コボルト)のことは脳裏から消えていった。


 鞄はちゃんと、置いてきた場所にあった。私はほっとして、個室探しを再開した。よくよく見れば、私の部屋はさっき鞄を放り出した場所のまん前にあった。私は苦笑しつつドアを開け、部屋に入った。鞄を置き上着を脱いで、何はともあれベッドに横になって本を取り出す。イユル=ゲマフに関する、ジョルダンスン教授の論文だ。下調べを兼ねた時間つぶしだ。


 列車に揺られながら読み進むうち、アーキソン教授の講義に出てもうろたえずに済むくらいには、私の知識も補強されてきた。イユル=ゲマフは深層の古い神だが、その実態は謎に包まれている。例えば古代『うちびと』の日記などには、『イユル=ゲマフの神殿』という言葉が「広大なもの」の比喩として出て来る。そのくせ、そういった神殿が発掘されたためしはない。魔神像やイコンのたぐいさえ、見つかってはいないのだ。

『イユル=ゲマフの歌』という言葉も、後の時代まで語り継がれている。だが、後世においてその言葉は、歌そのものを表すのではなく慣用句のような使い方をされている。特に『イユル=ゲマフの歌は偉大なり』という言い回しは、何か幸運なことがあったり大きく感情が動いたりした時に使われる。が、『歌』そのものについて語る文献はまったくない。


 ジョルダンスン教授の著書は、アーキソン教授が『歌』全文の写本を見つける前に書かれたものだったので、写本についての情報は得られなかった。本の中で教授は、発見された冒頭部分だけを分析し、『歌』は魔術のなりたちを暗示しているのではないかとの仮説を唱えていた。

眠る神・イユル=ゲマフが次々と夢を見るという描写は、それぞれの段階において魔術の4大元素を象徴しており、一つが別の一つを生んで次々に展開していく――とすれば、イユル=ゲマフは魔力の渦巻く自然界そのものの象徴だというのだ。


 興味深い本だった。夢中で読みふけるうち、ベッドに寝転がっていることと、列車の振動が眠気を誘い、いつしか私は服を着たまま眠りこけてしまっていた

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