第3話(前)
列車は少し揺れた後、第3大隧道駅に停まった。
重たい頭痛に頭を押さえながら下車する。結局、ほとんどの時間はベッドで眠って過ごしてしまった。ズボンもよれよれになっている。昼の太陽苔が、ひどく眩しい。
駅からアカデミーまでは結構距離がある。私は、鳥力車に乗っていくことにした。駅前に設けられたロータリーに、客待ちの鳥力車が何台か休んでいる。
鳥力車とは、深層の生物であるオオツチドリに引かせた車だ。オオツチドリは飛べない巨大な鳥で、羽根が退化した代わりに太くたくましい2本の脚で地を走る。私はその中から、出来るだけ話好きそうな御者の車を選び、声をかけた。
「アカデミーまで、頼めるかい? 」
「あいよ! ……ああ、お客さん、考古学の人かね? 」
人懐っこそうな中年の御者は、私の顔を見るなり笑顔でそう言った。驚く様子もない。
アカデミーがある関係上、このあたりの人々は研究協力のために上がってくる『うちびと』を見慣れており、亜人の容貌にもいちいち驚いたりはしない。第3大隧道は大竪穴で最も『うちびと』がおおっぴらに街を歩ける場所なのだ。
「ま、考古学に関わる仕事をしに来た、とは言えるな」
私は答えた。
「あぁ、やっぱりね」
オオツチドリに鞭をくれ、車を走りださせながら、御者は笑った。
「でも旦那さんのように、鱗のある方は珍しいねえ。羽毛とかなら、よく乗せるんだけど。あ、それから巨猪人の方も珍しいね。いや、あの人たち体が大きいから、車に乗るの遠慮するらしいのよ。大丈夫なんだけどね、多少だったら」
御者は楽しげにべらべらとまくしたてた。狙いは外れなかった――というか、少々話好き過ぎるきらいもあるが、まあ構わないだろう。私は本題に入ることにした。
「ところで、私は実は、深層で古美術商をやっているんだがね。今日はアカデミーに骨董品の鑑定を頼みに行って、その足でちょっとばかり新しい客を探そうかと思っていてね。
今まではもっと深い場所で商売をしてきたが、第3に得意先が出来れば何かと便利になるからな。そこで聞きたいんだが、『うちびと』の作った古代の彫像や古文書を買ってくれる、その手の愛好家といったら、今は誰だろうな? 」
「美術品、ですかァ」
御者の反応は、思ったほど芳しくなかった。
「旦那、あんまりうまくない時に来なすったね。そりゃ、昔だったらこのあたりでも、発掘成金やら、外からの物資調達なんかで儲けた商人やらが、バンバン骨董品を買いあさってたもんだが……今は、ねえ。大竪穴の中にも農場やら工場やらが出来始めてからは、商人のうまみも少なくなったし、昔と違って今はアカデミーが厳しく睨みをきかしてるしね。
昔の評判を聞いて来たんだったら、気の毒だけど、骨董品に大金はたくような大商人なんてのは、もうあんまりいないんじゃないかね」
「フーム、そうかね? 実は、ある商人の噂を聞いて来たんだが……ハパールクっていうタバコ商人が、気前よく『うちびと』の遺産を買ってくれると聞いたんだが」
「ハパールク……」
御者はしばらく考えていたが、やがて思い当った様子で首を振った。
「旦那ァ、そりゃだいぶ情報が古いね。この第3大隧道がようやく形になったころの話でしょう? えらく羽振りが良くて骨董好きって言ったら、先代のハパールクさんの頃の話だよ。
今の代はねェ、新興の商人に押されて、独占が崩れたところに、バカ息子の2代目が跡を継いでさ。だいぶ落ちぶれたよ。それでもまだ、郊外に屋敷は持ってるけどね、それもそのうち手放すんじゃないかってもっぱらの評判さ。行ったところで、商売にならないどころか、逆に金の無心を頼まれるかもしれないよ」
御者は同情するような口調で言った。だが、実のところ私にとっては朗報だ。ハパールクの経済状態が悪いなら、写本を買い戻す交渉でも主導権を握りやすい。
しかし、ふと考えなおす。これは本当に、額面通りの「朗報」なのだろうか? 大々的なゴシップとなり、街の御者さえ知っているような情報を、わざわざ探偵を雇って調べさせるものだろうか? アーキソン教授は、本当にこのことを知らなかったのか、それとも知っていて、ただ確かめさせるために私を呼んだのか。あるいは――
「旦那、どうかしましたかい? 」
御者に声を掛けられて、私は我に返った。
「……ああ、いや、大丈夫だ。そうか、それは残念な情報だな」
「ま、気を落とさねえで。気長におやんなさったらいいですよ。この街は、のんびりするにゃあいい所ですからね。メシもうまいし、見るものにも事欠かない。そうそう、メシと言やあ、この先の通りにですね……」
矢継ぎ早に繰り出される御者の観光案内を、私は苦笑いしながら聞き流した。少なくとも、アカデミーまでの旅路で間が持たないということはなさそうだ。
アカデミーの正門前に車をつけてもらうと、私は乗車賃を払ってほうほうのていで逃げ出した。何しろ道中ずっと観光案内と昔話を聞かされ続けていたのだ。何やら、どっと疲れた。これなら歩いたほうがマシだったという気さえしてくる。
何とか気を取り直して、私はアカデミーの門をくぐった。門に使われている建材の一部は、第3大隧道の初踏査の際に初めて造られた冒険者たちの仮宿に使われていたものだという。講堂の建物も、大竪穴の建造物にしてはかなり古い。歴史を感じつつ、私は敷地内に入った。
ひとまず、今夜の宿を確保するために寮へ向かわなければならない。覚束ない記憶を頼りに、私は構内を歩いた。純粋人類の学生たちと、時々、亜人の学生ともすれ違う。誰も、私の顔を怖がらない。時々もの珍しそうに振り返る者がいるくらいだ。一般的に蜥蜴人種は深層から出ないため、私のような変わり種は珍しいのだ。
しばらく歩いたが、講堂らしき建物が見えるばかりで、一向に寮に辿り着かない。私が足しげく通っていた頃から、講堂の増築が行われたらしい。こりゃ、誰かに聞かなきゃ到底辿りつけそうもないな――そう思い始めていた時だった。
「あの……すみません。蜥蜴人種、ですよね? 」
後ろから、不意に声を掛けられた。振り向くと、若い女が立っていた。こげ茶色の髪を飾り気のないショートカットに切りそろえ、これまた簡素なカンバス地の上着とズボンを身につけている。学生だろうか。
「ああ、ご覧のとおりだが……」
私は答え、裏付けを見せるために帽子を上げた。相手は目を輝かせた。
「やっぱり! あの、人違いだったらすみませんけど、もしかして……ベク=ベキムさんですか? 」
急に名前を言われて、さすがに私も面食らった。何だ? 知り合いだっただろうか。いや、アカデミーに若い娘の知り合いはいないはずだ。戸惑いながら、私は頷く他なかった。
相手は屈託のない笑みを見せると、私の手を取ってブンブン振った。
「やっぱり! 教授から、話は聞いてますよ、美しい緑」
「美しい緑? それは……」
『美しい緑』というのは『うちびと』語で、かつてジョルダンスン教授が私の愛称として使っていた言葉だ。とすると、この娘は……
「君は、ジョルダンスン教授のところの学生かね? 」
「はい! と言っても、正確には『元』学生ですけど。今は卒業して、ここで古文書の研究員をやってるんです」
相手は、子供のような顔で笑った。髪型や服装のせいもあって幼く見えるが、これで研究者とは。私は意外に思った。
「ジョルダンスン教授や、研究室の先輩から、お話は聞いてます。研究に協力してくれる、珍しい蜥蜴人種がいたって。勉強熱心で頭もいいって、随分褒めてたんですよ」
私は少々面映ゆくなり、帽子のつばを触った。
教授も口が軽いというか何というか――だが、アーキソン教授のような難物では困るが、若い女性に私のことが知られているというのはまんざら悪くない。
「ま、頭がいいってのは買い被りかも知れないが、嬉しいね。自分のことを覚えてもらっているというのは。
それはそうと、ちょうどよかった。困っていたところなんだよ。今日はちょっとした用があってアカデミーに来たんだが、学生寮が見つからなくてね。案内してくれないか? 」
「もちろん、いいですよ――でも、学生寮なんかに、何をしに? 」
娘は何気ない調子で聞き返してきた。
私はふと迷った。本当のことを言うべきか――アーキソン教授に頼まれて、写本の買い取り交渉のために事前調査をしていると。だが、それを吹聴して回るのはあまり得策ではないように思えた。ここは念のため、適当にぼやかしておこう。
「まあ、ちょっとした研究の手伝いというか、そう、深層文化のことについて意見を求められてね。何日かこちらに滞在することになったんだ。学生寮に泊めてくれるということだったんで探しているんだが、私のいた頃とは随分変わったね。おかげで随分歩かされてしまった」
「このあたりは、私がアカデミーに入学したころに建てられた区画ですからね。今の学生寮は、この向こうに移されてるんです。さ、行きましょう、美しい緑」
娘は建物の向こう側を指さし、そちらに歩き始めた。私も旅行鞄を持って後に続く。
「なあ、済まないが、その呼び方はちょっと止してくれないか。どうも教授と話しているようで、緊張してしまうというか、畏まってしまうというか。出来れば本名の方で、ベキムと呼んでほしい」
私がそう告げると、娘は申し訳なさそうな顔で頭を下げた。
「あ、すみません……教授がそう呼んでたから、てっきりみんなにそう呼ばれてるのかと。
あ、そう言えば、私の名前をまだ言ってませんでしたね。初めまして、アカデミー考古学研究室で研究員をやってます、シエラ・パルテといいます」
私はぽかんと口を開けて、目の前の娘を見つめた。
シエラ・パルテ――勇敢にもアーキソン教授に論戦を挑んだという、若い研究者が、この目の前の娘? この、化粧っ気のない、少年のような娘が?




