第8話(2)
私は足の痛みも忘れ、素早く周囲を見回した。炎を噴き出して高速回転する「瞳」は今や私たちの前へと回り込んで、部屋の出口へ向かう道を塞ぎつつあった。ティルザが果敢に飛びかかり、斬撃を続けるが、多勢に無勢だ。ガウムともども、次第に押し込まれ、包囲され始める。
部屋中に走る魔力の脈は、今や広がって混じりあい、壁全体を覆っていた。膨大な魔力を送り込まれて、魔導照明装置が暴走を起こしているのだ。熱と光が限界を超えて生み出され、岩の壁を少しずつ侵していく。この照明装置は遺跡中の天井に仕込まれている。その全てがジャムフの魔力により暴走したとしたら――神殿がまるごと崩壊することも、あり得ないとは言い切れない。
「まずは、この物騒な丸鋸をどうにかしないとな。あんたの魔力でフッ飛ばせないか? 破壊できなくてもいい、どかすだけでいいんだがな」
『禿げ』に聞いてみるが、浮かない顔で首を振りかえされる。
「数が多すぎる。俺のブーツは自分の体を浮かすためのもんだ。こんなデカいもんをいくつもいくつも動かすようには出来てない」
私は呻き、半分絶望のこもった目で「瞳」の群れを見やった。渦巻紋様を輝かせながら、炎の刃を展開してゆっくりと空中を舞っている。積極的に仕掛けてくる様子はない。退路を塞ぐことで、私たちが神殿の崩落に巻き込まれるのを待つつもりだ。破れかぶれの攻撃に出たら、丸鋸で切り刻む――進むも地獄、戻るも地獄ということだ。
「おいおいおい……ちょっと待てよォ! あたしを置いてくな! 」
「瞳」の壁の向こうから素っ頓狂な声がして、衝撃音と共に声の主が現れる。宙に浮かぶ「瞳」を何枚か蹴飛ばして現れたのは、先ほどジャムフに吹っ飛ばされたマフィだった。機能停止した「瞳」を何枚か鎖でからげ、肩に背負っている。
「マフィ! お前、何でそんなものを……」
「何だ、あんたらも立ち往生かよ!? 急いで損したな……」
私の問いに答えず、マフィは額の汗を拳でぬぐいながらぼやいた。
「おい、これマジで大丈夫なのか? 八方塞がりって奴じゃねえのかよ? 」
今さらな問いをせわしなく投げかけるマフィに辟易しつつ、私はふと肩にかけた「瞳」に視線を落とした。
「マフィ、もう一遍聞くが、その円盤はどこから? 」
「ああ、これ? 向こうで落ちたのを拾ってきたんだよ。こっち狙って魔力を撃ってきたんだけどさ、一発撃つと魔力使い切ってしばらく動けないらしいんだよね、こいつら。で、これだって魔導遺産のひとつにゃ違いないからって……何だい、こりゃあたしの戦利品だかんね、やらないよ! 」
この非常時に物欲を全開にするマフィに頭痛を覚えながらも、私の頭にはひとつの手立てがぼんやりと浮かんでいた。「手立て」とも言えないほどの頼りない可能性だが、それでも、賭けてみる価値はあるかも知れない。
「ジュジュ、もう大丈夫か? 魔力を放てるくらいに回復してるか? 」
私はジュジュの方に声をかけてみた。
「元から、そんなにダメージはない。何の問題もない」
彼女の声はまだ震えていたが、しっかりと自分の足で立ち、覚束ないながらも魔導杖を構え直そうとしていた。私は気遣う言葉をぐっと飲みこんだ。彼女もそんな言葉は受け入れないだろうし――それに、受け入れてもらったら困る。彼女には無理でも何でも戦力になってもらわねばならないのだ。心を鬼にして私は説明を始めた。
「マフィが持ってきた「瞳」――こいつは、叩き落された「瞳」とは違って、内部機構を破壊されて落ちたわけではない。内部に蓄積していた魔力が切れただけだ。魔力さえ供給してやれば、また問題なく動き出すはずだ。
ジュジュ、こいつに魔力を供給して、再起動してやることは出来るか? 」
ジュジュは目を見張る。
「再起動……? それは、出来なくはないだろう。私も『うちびと』だし、炎の契約印もある。だが、それでどうするつもりだ? 」
「何も強力な刃を出す必要はない。浮かぶくらいの推進力が得られればいいんだ。目には目をだ……あの円盤は、対空状態の時は結構簡単に弾き飛ばせる。浮いていて、踏ん張りどころがないからな。一枚弾けば玉突きの要領で後ろの円盤もかき分けられる。みんなも、見ていただろう。それを利用する。ガウム、こっちへ来て、この鎖を握ってくれないか? 」
「頭はないが腕はあり、言われりゃやり頼みは聞き」
相変わらず独特な喋り方でガウムは答え、物凄い笑みを浮かべながらこちらに手を差し出した。マイペースな男だ。
「ちょ、ちょっと待った! さっきっから言ってるけどさあ、これはあたしの戦利品で……」
食ってかかるマフィの口を左手で押さえ、右手で鎖の端を奪ってガウムに渡す。
「マフィ、分かってくれ……今はそういうことを言っている場合じゃない。なァに、事が終わったら返してやるから心配するな。多分壊れたりはしないだろう。おそらくは。きっと」
「……!! 」
何かをわめきかけるマフィの口を押え、私はジュジュに手で合図した。ジュジュは頷き、杖をしまって素手で「瞳」に魔力を込めにかかる。手のひらから流れ込む赤い光が、渦巻紋様に流れ込み、血液が循環するように充ちていく。ほどなくして、鎖でからめとられた「瞳」は赤く輝き、その場に浮かび出した。向こうの「瞳」に比べれば弱々しい光だが、私たちの目的には十分だ。
「さあ、ガウム、頼む……残りの連中は脇を固めるんだ。囲みに破れ目が出来たら、すぐ跳び出せるように。タムゥを先頭に立てていけば、落盤で通路を塞がれることもないだろう。その辺の細かいところはあんたに任せる」
私は『禿げ』の肩をポンと叩いた。
「任せる、か……気軽に言ってくれるな。まあ、仕方ねえや。最年長だしな」
『禿げ』は引きつった顔で笑うと、ブーツに魔力を込めてその場で何度か足踏みした。風が巻き起こり、小石や煤が煙のように宙を舞う。
「俺はこいつで先行して、露払いをする。ティルザ、お前は真ん中だ。あの円盤がこっちに届いたら、すかさず斬り捨ててやってくれ。魔導泉の水はまだ残ってるか? 」
「冒険中も大して使わなかったからな。ここを凌ぐくらいはあるだろう」
ティルザは抜き身の片刃剣を担ぎながら言い、タムゥの傍らに陣取った。タムゥの肩には、ガウムが魔導泉を括り付け直している。
「さぁて、それじゃ、準備はいいか。僭越ながら私が号令させていただく……作戦開始だ、行くぞ! 」
私は声を張り上げ、空中に左拳を突き上げた。その声を上書きするように、ガウムがこの世のものとは思えないような咆哮を上げながら、丸太のような両腕を力任せに振る。鎖で縛られた「瞳」は、赤い軌跡を宙に描きながら飛び、軌道上にある「瞳」を片っ端からなぎ倒して地面に叩き落とした。巨猪人の怪力がなせる業だ。たちまち、「瞳」による包囲にほころびが生まれ、隙間から部屋の出口が見えた。
「今だ! 突っ込むぞ! 」
『禿げ』が叫び声をあげ、風魔術の噴射音を上げながら先行する。鞘に収まったままのダガーを両手に持ち、崩れてくる小石を弾き飛ばしながらの走行だ。大きすぎて弾けない岩は、タムゥが魔力で吸い付ける。
私も行かなければ――そう思って走り出そうとし、私は転んで床にしたたか体を打ちつけた。脚が利かない。先ほど、炎の魔術で右足をやられていたのを忘れていた。私は震えながら、遠ざかっていくパーティの背中を見上げた。まさか、こんな所で置いて行かれて……
「このバカ! 世話の焼ける奴だよな、ホントに! 」
怒号が頭上で響き、私はコートの首根っこをヒョイと持ち上げられ、宙に浮かんだ。いや、肩の上に担ぎ上げられたのだ。私の体を無造作に持ち上げられるほどの、この腕力。
「流石マフィ姐さんだ。頼りになるな、いつだって」
私は苦しい息の下から言い、マフィの顔を仰ぎ見ようとした。彼女の肩がちょうど腹の辺りに当たっているので、息苦しくて仕方ない。マフィはそんな私の状況には一切無頓着に、体を揺すり、地面に唾を吐いてから走り出した。
「一応は、まだあんたはあたしの雇主だ。はばかりながらあたしはね、あくどい商売はしても、価値のねえもんを売りつけてカネを稼いだことはないんだよ」
私は礼を言いかけ――言葉を飲みこんだ。いや、言葉が引っ込んでしまったのだ。崩壊しかけた神殿のデコボコ道を、肩の上の私にはお構いなしにマフィは駆けた。竜列車や鳥力車など問題にならないほどの振動に、私は腹を突き上げられて悶えた。
「マフィ……ゆっくり、ゆっくりやってくれないか。私は負傷者なんだし……」
「悪ィがお客さん、後ろがつかえてるもんでね! 落盤の下でブッ潰れて、それでも怪我がどうしたとか文句垂れられるかよ!? 」
マフィは叫び返し、さらにスピードを上げた。私は彼女の脚の動きに従って上下に振り回されながら、このまま揺すぶり殺される確率についてぼんやりと頭を巡らせていた。
流石にマフィの足は速く、見る間に先頭集団の姿が近づいて行った。ガウムは囲みを破った後も「瞳」の鎖を振り回し続け、落ちかかってくる瓦礫を砕いている。時折跳ね飛んでくる瓦礫や、棲家を追われて飛びかかってきたサラマンドラの生き残りなどは、ジュジュとティルザが片づける。そして最後尾に、私を担いだマフィが合流した。
「何だかんだで、よくまとまったチームになったじゃないか。それぞれが自分の役割をよく果たしてる」
「呑気に寝てるあんた以外は、な」
私が呟くと、すかさずマフィが答え、肩を揺する。腹に突き上げを食らった形になり、私はぐっと言ったきり黙った。口は災いの元。




