第8話(3)
断続的に地鳴りが続く中、私たちは狭い通路を駆け抜けた――正確に言えば、私自身は走ってはおらず、マフィの肩の上で揺られているだけなのだが。天井の照明装置は濁流のごとく光を吐き出し続けている。光の線だけではなく、実体の岩壁にも亀裂が走り始めている。熱と力が硬い岩に歪みを生み出しているのだ。長くは持つまい。
「畜生、長い通路だ……来る時もこんな長かったか、オイ! 」
息を切らしながら『禿げ』が叫ぶ。その合間にも壁を蹴って宙に踏み出し、噴射の反動を利用した空中からの蹴りで一抱えほどの岩を蹴飛ばす。飛んだ岩は、前方で唸りをあげているガウムの鎖付き円盤にぶつかり、粉々に砕けた。
「もうじき、エントランスに出るはずだ。そうしたら出口まではすぐだから……おい、ありゃあ何だ? 」
ティルザが不意に前方を指刺し、崩落の音に負けない大声を張り上げた。見ると、通路から入口大広間に出るちょうど境目の床に、幅広い亀裂が走っている。それ自体は飛び越えられない幅ではない。だが……ひび割れの奥から、白い炎が勢いよく噴き上げているのだ。炎は壁となって、出口をほぼ完全に塞いでいる。どうやら、ジャムフの注ぎ込んだ魔力がこの裂け目の所で漏れ、噴出しているらしい。
「おいおいおい……ここまで来て、勘弁してくれよ……」
裂け目の直前で急ブレーキをかけ、『禿げ』がまばらな前髪を掻きむしる。一行は足を止め、炎の壁を見た。ガウムも鎖を振り回すのをやめ、当惑して宙を見つめている。私もマフィの肩の上で顔を上げ、前方を観察した。炎の壁はかなり分厚く、真っ向から魔力をぶつけて打ち消すには強力すぎる。だったら、タムゥの魔力で岩を飛ばして、裂け目を塞げば……いや、それをやるにはこの裂け目はあまりにも深く、広すぎる。ならば……
「マフィ、すまないが、私を下ろしてくれ。タムゥの背中にだ」
「あァ? お前、どうする気だよ」
「いいから、背中に乗せてくれ……ガウム、私が乗ったら、私ごと背中の岩をあの壁に向けて撃ち出させてくれ。岩が盾になるから、少しの間なら炎も凌げるだろう。いいな? 」
狂気じみた申し出に、流石のガウムも言葉を失った。が、私が譲らないと見るや、仕方ないといった風情で首を縦に振る。
「タムゥ、爆発、炸裂、突発、吹き飛ばす」
ガウムは低い声でタムゥに呟きかけ、肩を叩き、炎の壁の方を指さした。私は岩の上にうつぶせで寝そべり、岩のでっぱりにしっかりと両手を掛けた。振り落とされたら、一瞬で消し炭だ。こういう時、手に汗をかかない体質でよかったとつくづく思う。
ガウムは私の姿勢を確認すると、平手で強くタムゥの肩を叩いた。タムゥは一声鳴き、体の奥底から大地の魔力を噴き上げて、私ごと体表の岩石を撃ち飛ばした。炎の壁と、岩の底面がちょうどぶつかり、大地の魔力と炎の魔力が反発して火花を上げる。下から噴き上げる力が大岩の重さと拮抗し、岩は壁の真ん中で浮いたままの状態になった。振動が思った以上に強い。私は必死で大岩にしがみついた。ちょうど私の乗っている面の反対側が炎を受けていて、私はちょうど直火に炙られたフライパンの上に乗っているような形になっている。フライパンより分厚い岩だからまだ熱は感じないが、このままではそう持たないだろう。
私は急いで左手を上げた。普段の私の魔力では、この炎の勢いには太刀打ちできない。しかし今なら、タムゥの魔力も上乗せされている。まともにぶつけて相殺することは無理でも、一時的に熱を遮断するくらいは出来るはずだ――もう一度自分につよく言い聞かせて、私は思い切り腕を振り下ろした。
契約印から放たれた魔力が伝わり、元々こもっていたタムゥの魔力と共振しながら広がっていく。魔力の波は岩の底に集まり、底面の岩を細かく削って「撃ち出し」た。光り輝く細かい砂利が飛び、その部分だけ炎がせき止められる。
私は続けて、太鼓でも叩くように連続して左手を打ちつけつづけた。頼りなく浮かんでいた砂利の雲は厚く補強されていき、空中に浮かぶ白い砂利道へと変わっていく。
「そう長くは持たない! こいつを伝って渡るんだ! 」
私は魔力の連打を続けつつ、首だけで後ろを向いて後の連中に叫んだ。たちまち細い「砂利道」の上に、パーティメンバーが殺到する。道と言っても魔力で浮いているだけで、実体はない。魔術の反発力が無ければ上を進むことは出来ない。まず『禿げ』がティルザを担いでブーツの噴射で進み、後ろからタムゥに乗ったガウムが続く。ジュジュは光の帯を砂利道にぶつけ、その反動で体を浮かして飛び越えた。
マフィは――どうするのかと見ていたら、ほんの少し後ろへ下がって助走をつけた後、鎖でからげた「瞳」を担いだまま造作なく「砂利道」の上を跳び越えていった。その上、飛び去りがてらに鎖の一端を私の脚に引っかけ、一本釣りの要領で軽々と吊り上げていった。持つべきものは、猿人由来の身体能力と言ったところか。
「よう、お疲れさん。よくやった。ほめてつかわす」
私の体を逆さづりにしたまま、マフィはそんなことを言った。私は言い返してやろうとし――声が出ないのに気づいて、押し黙った。冗談を言う気力さえもない。精神的にも肉体的にも限界だ。私は罪人のように片足を吊られた逆さづりのまま、マフィの背中で力なく揺られていた。
* * *
私たちがエントランスホールを出たのとほぼ同時に、地獄のような大音響が響き、神殿の中から土砂が噴き出した。天井が完全に崩落したのだ。土砂にうずもれ、神殿の入口は完全に塞がってしまった。
「こりゃあ、しばらくは中へ入れねえな……入った所で、何もかもメチャクチャだろうけどよ」
『禿げ』が呟き、汗ばんだ額を袖で拭う。私たちは神殿を命からがら脱出し、入口前の広場へ力なくへたり込んでいた。四肢を広げて地面に寝転がり、ティルザが投げやりに呟く。
「あーあ、えらい目に遭った。これでギルドの規定報酬だけじゃ、割に合わねえよな、まったくよォ」
「あー、そうね、うん、ホント……」
何やら煮え切らぬ様子でマフィが相槌を打つ。どうにも妙だ。両手をコートの内側にやって、しきりにそわそわしている。よく見ると、コートの間に何か丸っこいものが見える。ティルザはがばりと起き上がり、マフィに指を突きつけて叫んだ。
「お前、さては……例の円盤以外にも何か持ち出しやがったな!? 」
「あ、バレた? 」
悪辣に笑いながら、マフィはコートの下のものを取り出した。赤ん坊の頭くらいの、小さな壺だ。表面には深層模様が燃える炎のように力強く描かれている。
「ほら、ジャムフの野郎に吹っ飛ばされたときさ。あん時、部屋の奥にもう一つ部屋があるのが見えたんだよね。で、転んでもタダじゃあ起きないマフィさんは、すかさず探索に入っていったと」
「……呆れた奴だな、負けたよ、畜生め」
ティルザは額を押さえ、苦笑いしながらその場であぐらをかいた。私も同感だ。随分と長い付き合いだと言うのに、未だにマフィの強欲には驚かされる。
「さてと……調査対象の遺跡が潰れちまったんじゃ、どの道調査は打ちきりだな。長居は無用、帰るとすっか」
『禿げ』が伸びをしながら言うと、パーティは口々に愚痴を言い合いながら帰り支度に取りかかった。私は少し離れた岩陰で、大岩にもたれかかったままぐったりとしていた。脚の傷のせいで動き回ることも出来そうにないし、荷物はほとんど神殿の中へ置いてきてしまったのだ。帽子さえ焼いてしまった。私には何も残っていない、何も……
疲れから危うく寝入りかけていた時、私はふと、顔の上に影が落ちるのを感じた。薄く目を開くと、ジュジュが私の顔を覗きこんでいた。
「……別れのキスなら、ちょっと待ってくれ。折角だし、今から目を開くから」
私が言うと、ジュジュは相変わらずの無表情で私の眼を見た。
「……ふざけたことを言いながら、分かっているんだな。私が一足先に発つという事を」
「そりゃあね。このまま居たら、ギルドの連中にメイユレグのことを離さなきゃならなくなる。それは君の望むところじゃないだろう」
寝転がったまま答えると、ジュジュは静かに目を閉じ、ふうっと息をついた。
「私は下へ戻らなければならない。どうせジャムフの奴も戻っていることだろうしな。奴があれで死ぬとは思えない。隠し通路か何かでも見つけていたか、あるいは魔力で強引に押し通ったか……とにかく、必ずや生き延びて、次の計画にかかるだろう。
私は出来る限り、それを防がなければならない。メイユレグを守るために」
私はジュジュの眼を見つめ返し、その色が変わっていないことに幻滅とある種の安らぎとを覚えた。彼女の眼は硬く熱っぽい輝きを帯びていた。夢見る若人の眼、あるいは、狂信者の眼。
「メイユレグを離れるつもりはないのか? ジャムフのような奴がいるってのに……」
私が問うと、ジュジュはふいとそっぽを向き、独り言のような口調で語りだした。
「私は深層の生まれじゃない……第5大隧道で生まれ、早くに親を亡くした。『そとびと』社会の中で、親のない「亜人」がどんな暮らしをすることになるか、貴様にも想像はつくだろう。導師ジズ=ジザズに拾われるまで、私は嫌と言うほど『そとびと』どもの醜い面を見せつけられてきた。それを忘れることは出来8ないし、忘れるつもりもない。
メイユレグの理想は私の理想だ。真なる世界を成す。大竪穴を本来の姿へ――『うちびと』の支配する国へと戻す。そのためにも、ジャムフの企みを阻まねばならないのだ」
ジュジュは言い切り、私に背を向けて歩き出した――と、2,3歩歩いたところで足を止め、こちらを振り向かないままで、そっと呟く。
「何かと、世話になった……ありがとう、すまない」
私は何か答えようとした。彼女が思わず笑ってしまうような気の利いた言葉。あるいは、子供のように涙を流させることの出来るような言葉。あるいは……しかし考えているうちに、ジュジュの背中は遠ざかり、見えなくなった。私は目を閉じ、未だ続く地鳴りの音を聴きながらしばし物思いにふけった。
「よう、嬢ちゃん、行っちまったのかい」
いつの間にか『禿げ』が傍らに立ち、疲れた笑いを浮かべながら私を見降ろしていた。
「気づいてたのか、彼女のこと」
「気づいてたって言えば嘘になるが、何の考えも無かったと言えばこれまた嘘になるな。冒険者の悲しい癖ってやつでさ、優秀な新入りが来ると「何か裏があるぞ」って勘ぐっちまうんだ。どうもあの娘には欲のギラギラした感じもなかったしさ」
『禿げ』は汗で濡れた前髪を整えようとしながら、上の空で言った。私は相槌代わりに低く唸った。口を利くのも辛い。異常興奮は冷め、脚の痛みも戻りつつあった。
「立てるか? 今、タムゥの背中に寝台を作ってやってるところだ。布きれと棒でこさえた即席のもんだが、無いよりゃマシだろう。帰りの道中を楽しんでくれ」
私は返答代わりにもうひと声唸り、腕で岩にすがって体を持ち上げようと苦心した。溺れる虫のように無様な動きを見かねて、苦笑しながら『禿げ』が助けに入る。
「さあ、無理すんな、大将。帰りはひとつ殿さま気分で、楽にしてろよ。その代わりちょいと頭を使ってくれ……相談に乗って欲しいんだがな」
「何だい? 」
かすれ声を振り絞って聞き返すと、『禿げ』は頭を掻き、ぼそぼそと言った。
「ギルドに、何と言って報告したものかと思ってな……神殿はイカレた魔導士が一人で全部ブッ壊したので、調査には意味がなくなりました、だなんて、言えると思うか? 」
私は思わず腹の底から、血の匂いのする笑い声を漏らした。




