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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ カーテン・コール ~
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第7話(3)

 私は初めて見る生き物にでも出会ったように、目の前の哄笑する男を見つめた。本気でこんなことを言っているのか? 狂って……いや、あるいは、あながち妄言とも言い切れないのか。確かに「イユル=ゲマフの神殿」は「世界」に似た意味としても使われる言葉だ。それに第一、この大竪穴がどのような目的の元に掘られたのかという問題については、まだ定説がない。奴の信念を否定する確実な根拠もないのだ。

 私の困惑をよそに、ジャムフは痩せた顔に虹色の光の照り返しを受けながら、両腕を高く差し上げて叫ぶ。


「真相の奥に眠るイユル=ゲマフを目覚めさせることが、我らの為すべきこと! それを、我らが先祖も、魔神たちも望んでいるのだ! 」


「狂人め……真なる世界を創るという、メイユレグの使命を忘れたか! 神殿を冒し、神について勝手な解釈をぶち上げる……貴様のやっていることは、冒涜だ」


 ジュジュは叫び返し、杖を構え直しながら床から跳ね起きた。たちまち壁から「瞳」が飛来し、ジャムフの姿を覆い隠す。


「喜ばしくも、哀しいことだな、意見が分かれるというのは」


 重なり合った「瞳」の向こうから、ジャムフの穏やかな声が響く。


「多様性による統一。全てが違うのならば、全てが平等。それはそうではあるのだが……今の世界は、それを許さぬ歪んだ姿だ。芳醇に広がった歌はいつしか(いろどり)を失い、純血を掲げる『そとびと』となって戻ってきた。歌は広がるが定め、天命だ。我らはイユル=ゲマフの懐に向かい、我らの真なる世界を取り戻す」


「戯言をッ! 」


 ジュジュの魔導杖が火を噴く。青い帯が生き物のように舞い、重なった「瞳」を次々に打ち弾いてきりもみさせる。が、弾いても弾いても「瞳」は押し寄せてくる。ジュジュは舌打ちしながら魔導杖を振り、闇雲に邪視を放った。魔力の弾ける火花が、室内を真昼のように照らし出す。


「聞き分けのない子だ、ジュジュ……ジズ=ジザズも悲しむぞ」


 呆れたようにジャムフは言った。


「我々はメイユレグ、我々は同胞(はらから)。……だが、君ら派閥の考えることは実に不可解だ。口では魔神を敬う、信じると言っておきながら、心の内では魔神のことをせいぜい魔力の源か、荒ぶる強大な精霊くらいにしか考えていない。どこか、実在の存在として認めていないところがある。理解しようともせず、ただ獣じみて恐れ惑うのみ……愚かな『そとびと』と何ら変わりない。

 魔神は、『そとびと』どもの神のような得体のしれぬ存在ではない。神話の全てが我らの歴史だ。我々は、その歴史を取り戻さねばならない」


 ジュジュは聞き入れず、狂ったように魔導杖を振るい続けた。その体を、「瞳」がぐるりと取り巻く。今やジュジュの姿は「瞳」の群れに覆い隠されて、見えなくなっていた。


「ジュジュ! 」


 彼女の方へ駆け出そうとして、私は十数枚の「瞳」に阻まれた。白い炎を外周から放ち、渦巻紋様をこちらへ向けて浮かんでいる。さながら空飛ぶ盾だ。離れていても、その魔力は感じられる。とても私の魔術で対抗できるものではない。


 と、魔力の光がひときわ大きく輝き、消えた。「瞳」の中から断続的に聞こえていた、魔力の弾ける炸裂音が消える。ゆっくりと「瞳」が包囲を解き、放射状にバラけてゆく。散らばった群れの真ん中には、ぐったりと目を閉じるジュジュが居た。彼女の周りの空気だけがうっすら光り、霧のように白く間の女の体を取り巻いている。魔力の「腕」だ。魔導杖から出す代わりに、「瞳」からの魔力で腕を形成しているのだ。


「分かりあえぬということは、辛く、また楽しいことだなあ」


 上機嫌にジャムフは言い、私の方へ顔を巡らせた。


「さて……残るは、君一人だ。同胞(はらから)ベク=ベキム。どうだろう、我らと共に来る気はないか? 大竪穴の底を極め、崇高なる神イユル=ゲマフを目覚めさせる同志となるのだ。君とて、真理を知りたいという思いはあろうし……何より君は『うちびと』、それも蜥蜴人種(リザードマン)だ。最も深くに住まう、最も古い一族なのだからな」


 ジャムフは緩やかに魔導杖を振った。未だ私の前に浮いている「瞳」が、杖の動きと共にゆらゆらと揺れる。誘いを断ればどうなるか、匂わせているつもりなのだろう。私はジャムフと真っ向から顔を合わせ、一瞬だけ横目でジュジュの姿を窺った後、再び前へと視線を戻した。


「真理やら真実やらといった、甘ったるい言葉がお好きなようだが……そういう甘ったるいもんを年がら年中追っかけてる仕事の私から言わせてもらえればね、ひとを虫けらのように踏みにじった先にある物なんて、真実であろうはずがない。

 触れたくないものを踏みつぶすために履く、薄汚れたブーツさ、あんたの「真実」ってやつは」


「つくづく、分かりあうと言うことは難しい」


 ジャムフは泰然とした笑みを崩さぬまま、音もなく杖を動かした。周囲に浮遊する「瞳」が一斉に火を噴き、唸りながら回転を始める。白く輝く炎の丸鋸といったところか。私の見ている前で、「瞳」はゆっくりと、しかし確実にその刃を私に向けて近づいてきた。


「アーキソン、ジュジュ、そして君も……真実を分かってもらうというのは実に難しい。まあ、仕方がないか……ジュジュは連れて帰る。下に残る同胞(はらから)たちへの義理もあるしな。君は、このまま帰るがいい。そして、よくよく考えなおすのだ。君が『うちびと』として何をなすべきかをな。さもなくば……」


「ああ、そう畏まるな、昨日今日のつきあいじゃないだろう」


 私は震え声で叫び、脚を大きく開いて左手を構えた。


「あんただって、よく知ってるはずじゃないか……私が、言って聞くほど賢くないってことくらい! 」


 潰れそうな喉を振り絞って叫び、強く地を蹴る。途端に「瞳」の群れがざわめき、私目がけて次々と跳ねかかってくる。私は地面に腕を擦るほどに体を折り曲げて走った。構えた左手は体の傍につけたままだ。私の魔力では、直接炎の刃を受け止めることは出来ない。敷石か何かを撃ち出そうにも、ここは炎の神殿だ。炎の魔力に阻まれて、石には魔力が通らないだろう。逃げ回るしかない。迫りくる「瞳」全てをかわすことはできないだろう――だが、その必要はない。ただ一度、最初の一撃だけをかわせれば……


 思う間もなく、横合いから一枚の「瞳」が斬り込んできた。傾いた体を思い切って横に倒し、私は床へ転がった。顔すれすれに「瞳」が通過し、炎の刃が床の敷石を削って焦がした。帽子が風圧で飛び、刃に触れてたちまち塵となる。際どいところだ。だが、だからこそいい。私は床を転がって、今しがた「瞳」が削っていった軌道を左手でなぞった。

 手のひらに、煤のような燃えカスがこそげ取られる。黒い煤は手のひらの中で、魔力を受けしらじらと光った。石の形のままでは無理だが、細かい煤になって床から離れた燃えカスならば、私でも魔力を通せる。神殿の最初の部屋で実証済みだ。


 魔力のこもった煤を、私は左手の内に握り込んだ。「撃ち出し」はせず、魔力をまとわせたままだ。そのまま、弓を引くように左手を引き絞りながらジュジュの元へ向かう。躍りかかってくる「瞳」を紙一重でかわす。密集しているがためにお互い同士が干渉しあい、たった一人の私を捉えることが難しくなっているのだ。時折やってくる避けられない軌道の「瞳」は、左手で横っ面を叩いて打ち払う。インパクトの瞬間に、手の中からわずかに煤を「撃ち出」してやれば、魔力の反発作用が起き、巨大な円盤でもかろうじて弾き飛ばせる。はじき返した「瞳」を他の「瞳」の群れへと突っ込ませ、正面衝突させる。瀬戸物屋にオオツチドリがつっこんだようなすさまじい音がし、「瞳」の動きが止まった。その隙に、私は力の限り走った。


 私はとうとう、空気の層に包まれたジュジュの元まで辿りついた。宙に浮いたまま力なく目を閉じる体に手を伸ばし、弾力ある空気の幕に遮られる。ジャムフの魔術で、空気は圧縮されているのだ。「瞳」は後ろから相変わらず追ってくる。モタモタしているヒマはない。私は空気の幕に向かって立ち、温存しておいた魔力を一気に解き放ちながら左腕を突き出した。


「……ッ! この……」


 手のひらから魔力のこもった煤が撃ち出され、散弾のように空気の壁に突き刺さる。小爆発が起こり、その部分だけ魔力の白い光が薄くなる。私はすかさず右腕を伸ばし、空気の壁に開いた穴に両腕を突っ込んだ。ゼリーか何かの中に腕を突っ込んだような抵抗があった後、私の指はジュジュの体に触れた。


「ジュジュ! 聞こえるか、聞こえたら腕を掴め! そこから出るんだ! 」


 私の差k日に、ジュジュはわずかに身じろぎし、かすかに両目を開けた。腕が震え、ゆっくりと私の両手に向かって伸びてゆく。私は身を乗り出して腕を伸ばしながら、空気の圧力が次第に戻ってくるのを感じていた。背後からは「瞳」が発する熱も感じる。


「ジュジュ! 」


「……!! 」


 声にならない声を上げ、ジュジュはようやく私の腕を掴んだ。私は彼女の手を取ってそのまま後ろへ倒れ込み、その勢いで彼女の体を空気の中から引っこ抜いた。


「立てるか……いや、這って動けるだけでいい。空気の壁の後ろに回り込め! 」


 私は言いながらジュジュの肩を支え、這いずって床を移動した。白い光を放つ空気の壁が、ちょうど私たちと「瞳」との間に挟まる。「瞳」は私を追う勢いのままこちらに突っ込み、空気の壁としたたかにぶつかった。炎の魔力と風の魔力。違う種類の魔力同士が激しく反発しあい、爆発を起こす。

 爆風のあおりを食らい、私たちは折り重なったまま数歩後ろまで跳ね飛ばされた。私はジュジュの肩を抱き、着地の衝撃を体で受け止める。ジュジュは音響と爆風に呻きながらも、私の腕を振り払おうと弱々しくもがいた。


「何だ、こういう役得さえ許しちゃくれないのか……随分とせっかちなお嬢さんだ」


 苦しい息の下から冗談を言ってみたが、ジュジュの反応は冷たかった。


「……なぜ、わざわざ私を助け出した」


「ああ、止そうや、そういうのは。君も分かるだろうが、今はちょいとばかり忙しい。私の心境について心理学の講義をして差し上げるヒマはない――

 いや、違うな。悪い、今のはウソだ。君に教えられるほど、私も自分の気持ちを整理できてるわけじゃない。心理学の講義は、今度一緒に受けに行くことにしよう。ヒマな時にでもさ」


 私はジュジュの体を起こしてやりながら、つとめて軽い調子で言った。こんなことを言っている場合でないのは分かっている。分かっているからこそ言うのだ。冗談でも言っていなければ、恐怖に押しつぶされてしまいそうだった。


「さあ、ここはひとまずズラかろう。入口に戻って、通路を戻って……」


 戻って、どうする? 通路は塞がれている。外からの助けも、来るのはいつになることやら――だが、ここでへたり込んでいたところで助かる道はない。万が一の可能性に賭けて、少しでも外へ逃げるほかないのだ。

 ジュジュに肩を貸し、私は走り出そうとした。その時だった。


「どうした、まだもてなしは終わっていないのだがな」


 澄んだ声が冷たく響き、空気を切り裂いた。身構える暇もなく、私は右足を斬りつけられ、地面に転がっていた。ジュジュもあおりを食って床に倒れる。私は寝転がりながら、熱い痛みが脈打つ右足を見た。骨に達するほどの傷ではないが、浅いわけではない。破れたズボンの端が焼けている――炎の魔術だ。見ると、宙に浮かぶ「瞳」の一枚がこちらを「見下ろして」いた。刃のついた外周ではなく、紋様の入った面を向けている。「瞳」はそのまま空中でフラついたかと思うと、光を失い、力なく地面に落ちた。

 甘く見ていた――仕組みは、「邪視(イビルアイ)」と同じだ。瞬間的な魔力の放出。外周部からの炎が消えているところを見ると、一瞬で魔力を使い尽くす一発限りの奥の手らしい。


「聞いていたはずだな、ゲメト=ジアマーンの瞳は、君らを見逃さぬと……実に残念だ。健気なる命、愛おしき歌たちを、消さなければならないとは。しかし……これで終わりだ。諦め給え」


 ジャムフは痛ましげな顔でそう言うと、杖をゆっくり上げた。「瞳」が集まり、一斉に私たちの方へと視線を向ける。文字通り、焼けつくような視線を。ここまでか――私はぐっと目を閉じた。


 その時だった。私たちが目指していた入口の方から、腹の底まで響くような重低音が響いて来た――と思うが早いか、通路の奥から何か巨大なものが飛んできて、あっと言う間もなく「瞳」を2、3枚跳ね飛ばし、押しつぶした。見ると、巨大な岩の塊だ。


「……これは? 」


 ジャムフの顔から笑みがかき消える。私も訝しんで、通路の奥に目を凝らす――と、重く硬い足音と共に、聞き覚えのある怒鳴り声が響いてきた。


「危機の狭間に、時の氏神! 駆けて飛び出て助け舟! 」


 岩を体にまとい、小山のようになったタムゥの背に乗って、ガウムが腕を振りながらがなり立てた。後ろには、『禿げ』をはじめとした残りのメンバーの姿も見える。


「なんとまあ……万が一に賭ける賭けってのが、上手くいくときもあるもんだ。上へ戻ったらカジノにでも行ってみようかな」


 私は呟き、傍らのジュジュにニヤリと笑いかけた。

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