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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ カーテン・コール ~
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第7話(1)

暗い通路を、私たちは連れ立って進んだ。早足に歩いても罠の作動するような気配はなく、その点ではジュジュの言ったことは正しかったと言えそうだ。明かりは無く、時折天井の隅に固まって生えている太陽苔だけがわずかな光源となっていた。


「さっきみたいに、炎の魔術で光を灯さないのか? 」


 前を歩くジュジュに聞いてみると、彼女は眉間に皺を寄せて首を振った。


「魔力を無駄遣いしたくないというのもあるが……さっきの崩落が、ああも的確な場所で起こったのが気になる。奴は恐らく、我々の居場所を感じ取っていたのだ。貴様が罠を発動させたせいか、あるいは照明の作動を感知したか……。

 いずれにしろ、そこから奴がこの神殿の中枢部とでも言うべき場所に居ると類推できる。神殿中の魔力の移り変わりを把握できるような場所だ」


 私は顎を捻った。確かにそれなら、神殿の中でも禁じられた聖域だという伝承とも合致する。何らかの秘密が隠されているとして、ジャムフがわざわざ狙ったとしても、不思議ではないだろう。私はとりあえずそういった仮定のもと動くことにした。


 しばらく一本道を歩いていくと、またレリーフがびっしりと埋め込まれた場所に出た。等間隔で並んだレリーフは、こちらを威圧するようにぼんやりと光を放っている。


「こちらから魔力を送り込んでもいないのに、光を放っている……」


 やや声を震わせながら、ジュジュは呟いた。


「ジャムフが魔力を使っているのか、それとも、『うちびと』の魔導技術のせいか……どちらにしろ、気を付けろ。さっきのようなヘマはするなよ」


 クギを刺されて、私は慌てて左手をポケットにしまった。火を噴くシンバルに襲われるのはもうごめんだ。

 とはいえ、「神殿の謎を探れ」と言われている手前、まったく調べないというわけにもいかない。左手が触れないように気を使いながら、私は身をかがめてレリーフのひとつを覗きこんだ。顔を近づけると、かすかに熱を感じる。光を放っているのはレリーフに刻まれた紋様だけで、基盤の部分は光っていない。はめ込まれている壁からも、魔力は感じられない。『うちびと』由来の、自然界から魔力を取り入れて動く魔導機械か、それとも壁の奥に魔力を通す仕掛けがあるのか――見ただけでは何とも判別しかねるが、何にせよ光っているというのはあまりいい予兆ではない。仕掛けが起動しているということであり、それがいつ我々に向かって牙を剥いてくるかわからないということでもあるからだ。


「モタモタしている時間は無いぞ。ジャムフがこちらに気付いていないという保証はどこにもない。あの崩落で足止めに成功したと思い込んでいてくれればいいのだが……」


 ジュジュが振り向き、焦りの滲んだ声で言ってくる。私は観察を打ち切って歩き出した。魔導機械の専門家でもない私に、これ以上の分析は無理というものだ。ならばどうするか――専門分野の方法を使うほかない。私は足を速め、先行するジュジュと肩を並べた。


「ジャムフが言っていたことを、詳しく教えてくれないか? 」


「何? 」


 隠しきれぬ苛立ちのこもった声で、ジュジュは答え、火の出そうな瞳をぎろりと向けてくる。私は苦笑いしつつ、宥めにかかった。


「ジャムフの意図を推測しろと言ったのは、君だろう。私は探偵だ。人の話を聞いて、考えるのが仕事。そういうやり方しか知らない。まあ、道中のヒマ潰しだと思ってくれてもいい。

 教えてくれないか、調査を提案した時、ジャムフは何と言っていたか。出来るだけ詳しく」


 ジュジュは言い返しかけて口をつぐみ、少し上を向いて考えていたが、結局ふぅっと息を吐きだして肩の力を抜くと、静かな声で話し出した。


「詳しいことは、私も知らない……私は、上のものたちの会議を直接聞けるほど高い地位にはいない……が、漏れ聞いたことなら多少はある。


 まず……ジャムフが踏査を主張した根拠は、『そとびと』の書いた論文だったらしい。ゲメト=ジアマーン神殿と我らの神を結び付ける内容で、奴はそれを元に「神殿の奥に我らの神のルーツを示す証拠が眠っている」という仮説を立てた。

 それも教団上層部の反感を買う元となった。よりにもよって、我々の文化と歴史を踏みにじる『そとびと』などの言葉に踊らされるなどと……私も、同感ではある」


 ジュジュは言い、苦々しげに歯を食いしばった。だが私は、『うちびと』としての郷土愛と排他主義を刺激されるより別のことに気を取られていた。ゲメト=ジアマーン神殿とイユル=ゲマフの関係を示唆した『そとびと』の論文――間違いなく、私が手に入れたアーキソンの論文だ。すると、私と奴とは同じ論文に導かれてここまでやって来たのか。


「その、「証拠」とやらだが……具体的にどんなものだかは、言わなかったのか? 」


「それは分からない……私が聞いていないだけじゃない。提案の中でも、ハッキリとは言わなかったらしいのだ。ただ、我らが神に関して誰も立証しえなかったことが分かる可能性がある、とだけ……」


 私は頭の中で論文の内容を反芻しながら、ジュジュの言葉を聞いた。論文中では、ゲメト=ジアマーン神殿はイユル=ゲマフ神殿の副殿ではないかという仮説が展開されていた。ジャムフがそれを信じたとするならば、奴の目的は未だ発見されぬイユル=ゲマフ神殿の捜索である可能性が高い。とすれば、神殿の奥にあるのは、「本殿」たるイユル=ゲマフ神殿の場所を示す地図か、あるいはイユル=ゲマフ神殿そのものということもありうるか?


 憶測をありのままに語ると、ジュジュは少しうつむいて考え込んだ。


「ほんものの、イユル=ゲマフの神殿か……確かに、そんなものが見つかったら大ごとだ。教団を揺るがしかねない。少なくとも、その功績だけで教団内での奴の地位は大きく上がるだろう。秘密裏の踏査に踏み切ったのも頷けるというものだ。

 そんなことを許せば、ジャムフは今よりさらに増長する。やはり何としても、奴の目論見を阻止せねば」


 私はほんの少し足取りを緩め、ジュジュの強張った顔をつくづくと見た。思いつめたような表情は、宗教家特有の硬さともろさを秘めて緊張に振るえていた。私はため息をつき、首を振った。


「目的が行為を正当化するってヤツか……宗教家はすぐそういうことを言うが、どうも私の肌には合わんね」


 やや批判の混じった口調に気付いたのか、ジュジュも刺々しい口調で言い返す。


「何も貴様に理解しろなどとは言っていない。貴様は今だけ私に力を貸し、ジャムフを止めることだけ考えていればいい……不服か? 」


「不服ってことはないがね。ただ、私は探偵だからさ。事実を求め、事実を明らかにする。そこに人の都合の介入する余地はなく、それだからこそ求める価値がある。そういう意味じゃ、ジャムフの考えてることも分からんではないんだ……秘密ってのは、解き明かしたくなるもんだからな」


「……冗談だと受け取っておこう。貴様のそのツラと同じように」


「なんだ、君だって冗談が言えるんじゃないか。それも、私と同じで、あんまり上手くないやつを」


 軽く微笑みかけると、ジュジュは目を吊り上げて何か言い返そうとし――ふと、そのままの姿勢で足を止めた。


「何か、感じる……熱い力、炎の魔力だ。この先、すぐ近くに、何かがある」


 呟きながら、ジュジュは自分の手の中の魔導杖を顔の辺りまで掲げた。杖の先端が、鼓動するように明滅している。行く手に眠る強大な魔力に反応しているのだ。私は低く、ほとんど声を出さずに唸った。離れた場所からこれほど強烈に干渉してくるとは……行く手には一体、何が待っているというのか?

 私に考える暇を与えず、ジュジュは早足に歩き出した。ほとんど小走りといったペースだ。何かがある、という確信が、彼女の焦りに火をつけたのだろう。私も転びかけながら後に続く。


 しばらく進むと、私たちは唐突に巨大なホールへと出ていた。異様な空間だった。広さは、大きめのダンスホールくらいだろうか。屋根と壁が切れ目なく溶け合い、ちょうど丸いドーム状になっている。角と言うもののない部屋だ。つるつるに磨き上げられた岩の内壁には、例のレリーフが等間隔でびっしりとはめ込まれていた。レリーフのひとつひとつが、渦巻紋様をぼんやりと輝かせている。妙に心をざわめかせる躍動的な紋様と、光の明滅のせいで、気分が悪くなりそうだ。先ほどの魔力は、これから発せられたものらしい。


「何だ、この部屋は……罠? いや、それにしても……」


 異常な光景に圧倒されつつ、ジュジュは部屋の中へとゆっくり歩を進めた。時折魔導杖を振り、周辺の魔力を探知する。急激な高まりは見て取れない。罠があるにしろ、作動する気配はないということだ。

 とは言え、大地の魔力を使う私が踏み込めば、どうなるかは分からない。私は踏ん切りがつかず、部屋の入り口でただぼんやりと周囲を見回していた。


 そして……不意に私は悟った。


 この部屋は、何かに似ている。半球型の壁に、ぎっしりと埋め込まれた円形のレリーフ。赤い紋様はまるで瞳のようだ。それに気づいた瞬間、私は理解した。この部屋が何を象ったものなのか、何のために造られたものなのか。そして、この部屋にあるレリーフの総数も、数えるまでもなくすぐに分かった。


「マズい……気づかれている! ジュジュ、戻るんだ! 今なら、まだ間に合うかも……奴の目の届かない所まで戻るしかない! 」


 振り向こうとしたジュジュの顔が凍り付いた。つられて横を見ると、レリーフの一群がひときわ強い光を放ち――浮き上がった。私が罠にかかった時のように、炎の魔力の噴射で射出されたのではない。円盤全体をぼんやりと光らせながら、見えない糸で吊られているかのようにフワリと浮き上がったのだ。唖然とする私たちの前で、部屋中のレリーフは一点に集まり、天井の頂点へと集まって、風船か何かのように揺れながらその場にとどまった。


「何だ、どういうことだ……あれは炎の魔術じゃない。磁力かなにかで、強引に浮かせているのか? 炎の魔術を放つ円盤を、大地の魔術で浮かせるなんて、そんなバカなことが……」


 うろたえて叫ぶジュジュに、私はゆっくりと近づいた。もう、慌ててもどうにもならない。出来る限り腹をくくるしかない。


「バカなことは、あいつの専売特許だろう。複合魔術だ。ひとつでも強大かつ精妙な魔力を、同時に扱ってのける……そんなことの出来る魔導士は、ざらにはいない」


「そう、褒めるなよ、同胞(はらから)


 拍子抜けするほどに穏やかな声と共に、奥から「ざらにはいない魔導士」ご本人様が現れた。長い黒髪に、眼帯によって覆い隠された細面。露出した片目には、大竪穴の底より深い闇が宿っている。手には異様な形の長い魔導杖。燃え盛る炎が凍り付いたような形の先端は、眼を焼きそうに強い虹色の光を放っている。片目のジャムフだ。


「ゲメト=ジアマーンの瞳は、君らを見逃さぬ……あまり落胆せぬがいい。今気づいたところで、どうなるものでもなかったろうからな」


 ジャムフは穏やかな笑みを浮かべながら言った。私は歯噛みした――ゲメト=ジアマーンの瞳。あの円盤の名だ。あれは侵入者の命を奪う罠であると同時に、その名の通り、神殿内を監視する装置でもあるのだ。おそらくは、熱の放射と反射熱の感知によってだろう。私たちは、あのレリーフのある通路に入った時点で既に監視されていたというわけだ。このドーム状の部屋は、ゲメト=ジアマーンの頭を表しているのだ。丸い頭に96の瞳、それが正式なゲメト=ジアマーンのシンボルだ。


「さて……時ならぬ客ではあるが、もてなさぬというのも失礼だろうな。生憎と、茶の一つも出すことは出来ぬが」


 ジャムフはそう言い、不自然なほどに白い歯を剥きだして笑った。

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