第6話(4)
私たちはしばらく、口も利かずに睨みあっていた。何を言えるというのだろう――初めて会ってから、私がバカ話を持ちかけて打ち解けようとしている間、ジュジュは消えぬ憎しみを胸の内に押し隠していたのだ。
無言の凝視に耐えかねて、私はジュジュに背を向け、崩れた通路を確かめに行った。天井から落ちてきた岩が道を埋め尽くし、ほぼ完全に塞いでいる。大岩が積み重なっただけであるためところどころに細い隙間ができ、空気は通っているようだが、体を通すことは出来なさそうだった。大地の魔術を使うことも考えたが、あまりにバカバカしいので止めにした。せいぜい小石を吹き飛ばすのが関の山の魔力で、こんな岩壁をどうこう出来るわけもない。
「完全に、閉じ込められたな……こちらからでは、どうにもならない。助けが来るのを待つしかないか……」
流石に悄然として呟くと、ジュジュはニヤリと笑いながら起き上った。
「元より、戻ろうなどという気はない」
ローブを埃にまみれさせたまま、まだフラつく足取りでジュジュは奥へと歩み去ろうとした。私は慌てて後を追い、その肩を掴んだ。
「おいおい、何を焦っているか知らないが、落ち着けよ。一人で『深み』へ潜る気なのか? 大竪穴を命綱なしで垂直落下するのと同じようなもんだぞ」
「覚悟の上だ。それに……おそらく、罠などはない。奴は同胞を殺したがらない。そういう偽善者だ」
「奴? 」
おうむ返しに聞き返した私に、ジュジュは探るような視線を向けた。しばしの葛藤があった後、ジュジュは苦渋の決断を下すといった調子でゆっくりと言った。
「そう……敵の敵は味方とも言う。忌々しいが、この場にかりそめにも味方と呼べるのは貴様しかいない。教えておいてやろう。私は、この奥に居る男を止めに来た。お前もよく知る男――名を、片目のジャムフという」
私は冷たいものが体じゅうを駆け巡るのを感じた。片目のジャムフ。メイユレグの「導師」と呼ばれる指導者の一人で、強力な魔術を使う狂信者だ。私も幾度となく死の危険を味わわされた。
「奴が、この奥に……なるほど。炎の魔神の神殿が、大地の魔力で切り裂かれるなんて、妙だとは思っていた。奴ならば、通路くらい壊してのけるだろうな」
私が頷くと、ジュジュも緊張した面持ちで頷き返す。
「その気になれば、我々を生き埋めにして全滅させることも出来ただろう……だが奴はそれをせず、通路を塞ぐだけに留めた。時間稼ぎだ。自分が「何か」を終えるまで、神殿内部に近づけたくないのだ」
「何か……って、何なんだ? 」
私の問いに、ジュジュは首を振るだけだった。
「それは、ジャムフにしか分からん。あの男の考えていることは、我々にとっても謎だらけだ。
メイユレグも一枚岩ではない……ジャムフのような狂人もいる。奴は我らにとっても異端だ。神話の内容を字義通りに取り、他の解釈を一切認めないという狂った信念を持っている……導師ジズが命を落としてからというもの、奴の行動は一層横暴になった。野放しにしてはおけん。
実のところ、今回のジャムフの行動は、教団のあずかり知るところではないのだ。奴は前々から、このゲメト=ジアマーン神殿深奥部への踏査を提案していた。教団にとって重要な知識――我らが神に関する知識が得られると言って。
だが、教団内の大多数は反対した。ジャムフが踏査を提案した区域は、神殿内でも特別な聖域であり、いにしえの伝承によって侵入を禁じられた場所だったのだ。ゲメト=ジアマーンは強大な神だ。魔神を奉ずる我らとて……いや、我らだからこそ、神域を冒すのには強い抵抗を覚える。
提案が却下されるや、ジャムフは隠れて独りで動き出した。『そとびと』の冒険者どもをかたらい、勝手に神殿内部へ向かったのだ。
私は、奴を連れ戻すために教団から派遣された」
私は、第3大隧道で出会った矮鬼人――ジュジュの養い親、ジズ=ジザズの言葉を思い出していた。メイユレグにも派閥争いはある。私がジズを殺してしまったがために、メイユレグ内のパワーバランスが崩れ、その結果としてジャムフが大っぴらに行動を開始したのかもしれない。
言い知れぬ罪悪感を抱きながら私は、うっすらと怒りの炎を燃やすジュジュの瞳を覗きこみ、言った。
「それで……それを私に話して、どうするつもりだ? 」
「貴様の話は、教団内でも耳にする」
私の問いに直接答えず、ジュジュは挑みかかるようにこちらを見据えた。瞳がてらてらと光る。視線だけでも焼き殺されてしまいそうだ。
「ベク=ベキム、片目のジャムフの向こうを張って跳ね回る、目障りな探偵……察するに、奴と貴様との間にも、ひとかたならぬ因縁があるのだろうな」
「そりゃあ、まあな」
私はジャムフの絡んだ過去の事件を思い返しつつ、ためらいがちに頷いた。こちらを見つめる片目の、深く暗い色を思い出すたびに、苦い屈辱と熱い恐怖が蘇ってくる。悪夢のような魔力、煙に巻くような言葉、そして謎めいた笑い――少なくとも、いい思い出のある相手でないのは確かだ。
私の思いを知ってか知らずか、ジュジュはすっと軽く息を吸い、思い切ったように口を開いた。
「まず、あらかじめ言っておく。私は貴様が憎い。殺してやりたいくらいだ。本当の所、使命のことさえなければ真っ先にそうしていただろう。それだけの力が、事実私にはある」
彼女の言葉を裏付けるかのごとく、手にした魔導杖がおぼろな光をまといだした。私は慌てて手を振った。
「おいおい、脅かしっこなしだぜ。気が小さいんだ、私は。本気で殺そうというんなら、そんな無駄話はしないはずだ。本題に入ってくれよ。殺す代わりに、何をさせたい? 」
ジュジュは私を睨みながらしばらく魔導杖を弄んでいたが、やがて不承不承その光を消し、再び口を開いた。
「だが……今の私には、個人的な恨みよりも大きな目的がある。手段を選んではいられん。禁じられた区域を冒し、魔神の安寧を妨げることは、我々とて望んではいない……だが、ジャムフは強大な魔導士だ。私だけの手には余る。本来なら、残りの連中も引きこむつもりだったが……こうなっては仕方ない。
貴様も協力しろ。共に深奥の禁じられた間へ踏み込み、ジャムフを止めるのだ」
言われたことをにわかには信じられず、私はバカみたいに2、3度まばたきをした。
「フーム……ちょっと待ってくれ。ちょっと、確認させてくれ。冗談だったら申し訳ないんだが。たった2人で、4大魔神の神殿の、禁じられた区域に踏み込もうと? そう聞こえたんだが? 」
なかば冗談めかし、なかば祈るような調子で私は言った。が、ジュジュの目は揺らがなかった。あの目は本気の目だ。養い親と同じ――そしてジャムフとも少しだけ似通った、突き刺さるほど硬い決意の目だ。
「狂気の沙汰と言いたいか? 言えばいいさ。命を惜しむことが正気の証だとでも思っているのならな。考えてもみろ。ゲメト=ジアマーンが怒れば、この神殿自体どうなるか……ジャムフの試みは無謀だ。我々自身が身を守るためにも、止めなければならない。
それに、前人未到の場所へ向かうよりも、随分楽な旅路だ。既にジャムフがこじ開けて通っているのだから、作動する罠は残り少ないだろう。来る時に見たように、サラマンドラもほとんど逃げ出している。
それでも嫌というなら、仕方ない……辺りをうろつき回られても邪魔なだけだ。今ここで、仇討ちを遂げさせてもらおうか」
ジュジュの手が上がり、握った魔導杖が剣呑な魔力をほとばしらせ始める。私は慌てて両手を振った。
「何も、そこまでは言っていないよ。ただ、私なんか連れて行ったところで役に立つかどうか……魔力も大分使っちまったしな。ただでさえ、埃を巻き上げるのがせいぜいの魔術しか使えないってのに」
「何も戦力として期待しているわけではない。ジャムフの所へ辿りつくまでに、奴が何をしようとしているのか考えろというんだ。奴の目論見を阻止できれば、奴と直接戦う必要はない。貴様は、古代の歴史に詳しいのだろう。神殿の中に、手がかりがないか探せ」
「目論見を阻止する、か……簡単に言ってくれるが、そんなことが出来ると思うかい? 」
疑わしげに聞く私に、ジュジュはフンと鼻を鳴らした。
「やるんだ。奴とて、我々を締め出そうとしたからには、我々に来てほしくないと思っている――つまりは、我々に妨害される可能性を恐れているということだ。いいだろう、妨害しに行ってやろうじゃないか」
最後は叩きつけるように締めくくると、ジュジュはくるりと踵を返し、先へと歩き始めた。まだ時々足取りの覚束ない部分はあったが、大股で速い歩き方だった。私がついて来ることを微塵も疑っていない、いや、疑うことを許さない歩みだ。
私はため息をつきながらその後を追った。頭の中では、結局口に出せなかった疑問が渦を巻いていた――「妨害することは出来る」? 結構。その妨害とやらが出来たとして、自分の邪魔をする相手に、ジャムフは一体どういう対策を取るだろうか?
答えについて考えるのは、やめておいた。




