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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ カーテン・コール ~
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第6話(3)

「おい、どうした? 大丈夫か? 」


 『禿げ』を先頭に、残りのパーティメンバーが駆け寄ってくる。ジュジュは冷静に答えた。


「問題ない。もう終わった……大地の魔力に反応して、罠が作動したんだ。魔力を噴き出して侵入者を焼き切る、丸鋸のような罠だ」


「私が思うに、全滅したパーティも、おそらくはこれにやられたんだろう。ほら、通路の床に出来た跡を見ろ。入口に付いていたわだちの跡と同じだろう」


 私は名誉を挽回すべく口出しした。が、その言葉をジュジュの声が上書きした。


「確かに、これと同じ罠にやられたのはほぼ間違いないだろう。だが、わだちの跡をよく見てみろ。私たちが神殿入口から追ってきた跡と、この通路の壁に貼りついているレリーフとは、繋がっていない。パーティがどこで罠にかかったにしろ、ここでではなかったということだ。

 わだちの跡は、さらに奥まで続いてる……まだ、目的の場所には至っていない」


 『禿げ』は低く唸り、わずかに残った前髪をいじくった。


「一応、パーティの死因は分かったわけだしな。わざわざどの部屋で罠にかかったかまで突き止める必要があるだろうか? 」


「だが……さっき実証されたが、この罠は基本的に炎以外の魔力を感知しなければ作動しない。そこが妙だ。炎の魔神に属する神殿で、他の種類の魔術を不用意に使うなど、よほどの間抜けか素人冒険者でもなければやらかさない失敗だ。先に入ったパーティはかなりの手練れだったと聞く。本当にこんな罠にかかったと思うか? 」


 ジュジュの言葉に、『禿げ』はまた唸って考え込み、一同を見回して片手を挙げた。


「全員の意見を聞こう。このまま進むべきか、今日の所は引き返すべきか? 意見のあるものは、順番に発言してくれ」


「俺はどうだって構わん。カネで雇われてる身だからな。雇い主が行けと言うなら行くし、帰れと言うなら帰る。それだけだ」


 ティルザは気のない調子で答えた。


「あたしもまあ、似たようなもんだね。そこのトカゲ野郎の判断に、最終的には従うよ。ただ……個人的な意見を言わしてもらえれば、まだまだ探り足りないってところはあるね。そこに落ちてるデカいシンバルなんか、拾って帰ったら買い手がつきそうだけどさ。それだけじゃやっぱり寂しいよなあ。わざわざ4大魔神の神殿まで来たんだから」


 マフィはそんな勝手なことを言った。ガウムはちょっと顔をしかめて、相棒の大岩山羊の背を撫でていたが、やがて重々しく頷いた。


「タムゥの怯え、まだ限界前。も少し行き越し更に良し」


「……要するに、まだ行けるってことだな。ガウムも、タムゥも」


 『禿げ』は額を掻きながら、ついに私の方へ向き直った。


「ベキム、まだお前さんの意見を聞いてないが……奥へ行くのに賛成が2票、どっちでもいいが2票。俺はリーダーとして中立を保つから、多数決で「奥へ行く」ってことに決定だな。

 お前さんには悪いが、まだまだ冒険は終わらない、ってとこだな」


 憐れむように笑いながら、『禿げ』は私の肩を軽く叩いた。私はちょいと口を尖らせて応じる。


「別に、帰ろうと言ってるわけじゃないさ。

 ……いや正直、帰りたくないと言ったらウソになるが、私だって探偵の看板を掲げて食ってる男だ。真相を眼前にして引き返すなんて、出来やしないよ」


「その意気だ。なァに、考えてみれば、こうして事前に罠の正体を見切れたのはデカいぜ。炎以外の魔力が触れなきゃ問題ない、触れてもひっくり返しちまえば問題ない。それだけ分かってりゃ、これから先落ち着いて対応も出来るってもんだ」


「そう……だといいのだがな」


 ジュジュは何か含みのありそうな暗い声で答え、ゆっくりと踵を返して通路を先に進み始めた。私たちも、一瞬顔を見合わせた後慌てて後に続く。

 再び先頭に立って歩き始めたジュジュは、先ほどまでとはうって変わって落ち着かぬ顔つきで、顎を上げて周囲をきょろきょろと見回しながら歩いていた。その態度に何か不自然なものを感じ、私は斜め後ろから彼女の顔を見守った。刃のように鋭い瞳の中に、幼子のような不安が見受けられる。


「落ち着かないようだが、どうかしたのか? 怖いってンなら私も大賛成だが」


 冗談に紛らせて聞いてみたが、ジュジュはこちらを振り向きもしなかった。


「何でもない……ただ、急いだ方がいいだろうと思っているだけだ」


「急ぐと言ったって……実際にパーティが全滅したのは、もう随分前なんだぞ。今さら急いで原因を突き止めたところで、何にもならないじゃないか」


 私の言葉に、ジュジュはようやく首を巡らせ、こちらをまともに見た。短い角の下で、その瞳は血のような光を放っていた。


「パーティを全滅させたのが、本当に罠だと思うか? 太古に仕掛けられた、意志持たぬ罠だと……本当にそう思ってこの踏査に参加したのか?

 悪意を持った何者かの存在を、考えたことがなかったとでも言うのか、ベク=ベキム」


 唐突に名前を呼ばれ、私はぎくりとした。彼女の声には、私の心臓まで貫き通そうというような冷たさと鋭さがあった。何かしらの含みを持たせた言い方だ。悪意を持った何者か――『禿げ』の言ったところでは、私以外のメンバーにはこの調査を単なる確認のためのものと思わせている、ということだった。パーティ全滅の影に存在する『黒幕』のことなど、一切匂わせもしていないはずだ。しかし、彼女の口ぶりは……

 私が返事も出来ずにうろたえていると、ジュジュは弾かれたように顔を上げ、天井を見つめた。美しい顔に驚きが、続けて恐怖が広がってゆく。


「もう、なのか……早すぎる」


 震える唇が、かすれた言葉を吐き出す。何のことか聞こうとする間もあらばこそ、ジュジュは腕を上げ、後ろのメンバーを顧みて叫んだ。


「奥へ走れ! 道が、塞がれる! 」


 その言葉を裏付けるかのように、天井から地鳴りのような音が聞こえ始めた。壁と天井を走る炎の魔力の赤い脈が明滅したかと思うと、その上から白い光の線が稲妻のように走った。白い光の脈は天井を蜘蛛の巣のように埋め尽くし、光の余波をほとばしらせた。まるで水圧に押されるようにして、次第に天井が軋み、砕けていく。


「やべェぞこりゃ……光が薄いとこまで、走れ! 」


 『禿げ』も悲鳴に近い叫び声を上げ、踵を返して元来た方へと駆け出した。光は奥から走ってきている。後方にはまだ届いていない。私も後を追おうとして、ふとジュジュの背中を見た。彼女は、逆に通路の奥へ奥へと走り出していた。


「ジュジュ! 」


 私は反射的に彼女の後を追って、通路を奥に進んでいた。


「バカ野郎……死にたいのか! 」


 地鳴りの音に混じって、マフィの叫び声がかすかに聞こえた。その後は、岩と岩がぶつかり合う轟音にかき消された。私は右腕で頭を庇いつつ、姿勢を低くし、左手で地面を擦りあげた。契約印から魔力がほとばしり、敷石が次々と中空へ撃ち出される。魔力を帯びて飛んだ石は天井にぶつかり、天井を走ってきた魔力と衝突して炸裂する。粉々になった敷石の破片は、魔力の輝きをまとったまま天井付近に浮かび、わずかながら崩落を押しとどめた。天井を崩す魔力を逆に利用して、魔力の砂埃を作った形だ。


 砂埃の下をくぐりながら走り続けると、先行したジュジュの背中が見え始めた。魔導杖を振り、爆発で必死に瓦礫をかき分けている。死にもの狂いの勢いだが、瓦礫の物量が多すぎる。次第しだいに押し込まれ、桃色の髪を石つぶてが撫ではじめていた。そう長くは持つまい。私も、彼女も――もう、イチかバチかに賭けるしかなかった。私は天井に素早く目を走らせ、一際強大な光を放っている箇所を探した。


「ジュジュ、掴まれ! 」


 叫びながら、後ろからジュジュの腰を抱き、左腕を挙げる。目標は崩れ落ちてくる大きな瓦礫だ。白い光の残滓をまとい、私の頭めがけて落ちてくるそれを、私は左腕で強く打ちすえた。

 私の左拳から、全開の魔力がほとばしる。大地の魔力同士がぶつかり合い、お互いを「撃ち出し」合う力が生まれる。その勢いを受け、私たちの体は前へと飛んだ。自分自身の体を反動で「撃ち出し」た格好だ。私はジュジュを抱きかかえ、自分の身体で庇いながら、床の上を水切り石のように滑った。


 やがて私たちは床の上に投げ出されて止まり――ちょうどつま先の所で、天井の最後の欠片が音を立てて落ちた。崩落はひと段落し、あたりには静けさが戻り始めていた。痛む体を起こして天井を見ると、白い脈は薄れて行き、あたりは闇に呑みこまれようとしていた。


「やれやれ、命拾いだ……立てるか、ジュジュ? 」


 私はふらつく頭を抑えながら立ち上がり、コートの汚れを払いながらジュジュに声をかけた。ジュジュは倒れ込んだ姿勢のまま、顔だけ起こしてこちらを睨みつけていた。


「……助けられたのか、私は、貴様に」


「まあ、何と言うか、そういう見方も出来るかな」


 私は思わぬ剣幕に戸惑いつつ、帽子を被り直しながら答えた。抱き付かれてキスのひとつも――なんて期待していたわけでもないが、この反応は流石に予想していなかった。


「だからな、ほら、あんまり貸し借りなんて気にすることはないんだ。お互いさまって奴だから……」


「黙れ! 」


 叫びながらジュジュは拳で床を打った。鋭い目には涙がにじみ、大人びていた顔を少女の表情に変えていた――いや、これが元々の、彼女の顔なのかもしれない。


「よりによって、貴様に……(かたき)に! 」


「仇? 」


 思わぬ言葉に、私は改めて目を見開いた。


「どういうことだ? 君に、何かしたのか、私は……」


 ジュジュは少しの間ためらっていたが、やがて自嘲するように笑い、答えた。


「もうここまで来て、隠すこともない。どうせここには貴様と私だけなのだからな……赤眼のジズ=ジザズ、と言っても、貴様は知るまいがな。貴様が第3大隧道で殺した、矮鬼人(コボルト)の名だ。

 私の導師であり、養い親でもあった」


 第3大隧道――思い出すのに数呼吸を要した。そう、アーキソンの依頼を受けて挑んだ事件だ。私は邪視(イビルアイ)を使うメイユレグの矮鬼人(コボルト)に襲われ、逆に相手を罠にかけて殺した(『かくて幕は降り……』参照)。


「あの時の矮鬼人(コボルト)……ということはつまり、君は、メイユレグか」


 乾いた声で私は呟いた。ジュジュは黙って無機質な笑みを作った。自分でも自覚しない、無意識の反応らしかった。

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