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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ カーテン・コール ~
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第6話(2)

 息を呑んで立ちつくす私の元に、『禿げ』をはじめとするメンバーたちが駆け寄ってきた。


「何だ、随分早く見つかったんだな。お手柄じゃないか」


 『禿げ』は腕の破片を珍しくもなさそうに一瞥し、私の背中をポンと叩いた。あまりにも軽い対応に拍子抜けし、『禿げ』の顔をまじまじと見返す。


「おい……だってこれ、腕……」


「おいおいおい、しっかりしろよ。俺たちゃ元々ここへ死体を探しに来たんだぜ。まあ、腕だけになってるってのは予想外だったがな。サラマンドラに食いちぎられたかな? 」


 ぶつぶつ言いながら『禿げ』はうずくまり、ナイフを懐から取り出して、腕のミイラをいじくり始めた。他のメンバーを見ても、動揺している様子はない。深層ではこれくらいが普通なのか――私も精一杯動揺を包み隠す。


「他に身体の一部はないのか? 」


 近寄ってきたティルザが言う。『禿げ』は腕から目を離さずに答えた。


「さて、どうだろうな……もっとよく探せば、残ってるかもしれねえ。救助隊の連中は、かろうじて原形をとどめてる遺体だけ持ち帰って、他はほっぽってきたと言ってたからな。

 だが……まあ、この切断面を見てみろ。肉がキレイにそぎ落とされてやがる。サラマンドラかなんかが食い散らした食い残しなんだろう。残った部分はすっかり食われて、無くなっちまったんじゃねえか? 」


「その可能性は髙そうだ」


 マフィも床から目を上げつつ答える。その手には、鈍く光る白いもの――人骨だ。金の腕輪を嵌めている。


「なんか光ってるから拾ってみたら、これだ……完全に肉をしゃぶり尽くした後だぜ、こりゃあ。死んだのが魔物のせいかどうかまでは分からないけど、少なくとも死体を食い散らかしたのは確かなようだね」


「おい、マフィ……まさかその腕輪、持ち帰る気じゃないだろうな? 」


 思わず私は聞いてしまった。マフィは流石に歯を剥きだしてこちらを睨みつけてくる。


「あのさあ、あんたの中であたしは何ってことになってるわけ? 鬼? 」


「……まあ、割と似たところはあるかなと思っているが」


 後頭部を引っぱたこうとしてくるマフィの腕をかわしつつ、私は辺りを見回した。ジュジュが魔導杖に小さな光を灯し、周辺を照らしてくれている。明るくなった状態で見回すと、ところどころに似たような「痕跡」は残っていた。焼けこげた装束の切れ端、得体のしれない骨、折れた魔導杖の先端――既にサラマンドラに荒らされた後だが、ここが全滅の現場と見てほぼ間違いなさそうだ。


「しかし……どうにも妙だな。ここでパーティが全滅したことは間違いなさそうだが、だとしたら、原因は何だ? 俺たちはここまで入っても平気だったってのに……」


 『禿げ』が首をひねりながら立ち上がり、目の上に手のひらをかざして辺りを見回す。


「……やたらと燃えカスやら煤やらで汚れてる以外、特に何の痕跡もないようだが」


「煤、か」


 私はふと気づき、左手の手袋を外し始めた。怪訝そうな顔で見守る一同を前に、私は腕を大きく振った。


「ちょっと、脇へ退いてくれ。試してみたいことがある……この煤を、全部払うんだ」


「煤を……? 」


 首を傾げながらも、一同は私の言葉に従い、壁際まで下がった。煤の広がった範囲内に誰もいなくなったことを確認し、私は魔力を込めて床を叩き、煤を「撃ち出し」た。

 炎の魔力のこもった神殿の床は、私の発する大地の魔力を跳ね返す。しかし燃えカスである煤は既に炎の魔力を失っているため、大地の魔術で「撃ち出す」ことが出来る――かすかな火花と共に、さざ波を立てて煤がかき分けられていく。その下から現れたのは……


「何だァ、こりゃあ……」


 『禿げ』が叫ぶ。私を含め、他のメンバーも息を呑んだ。神殿の床には、元々敷石に刻まれた文様とは別に、無数の曲線が縦横無尽に走っていた。1本や2本ではない。指2本分ほどの幅の黒い線が、互いに交錯しながらびっしりと引かれている。さながらいたずら書きだ。

 私は一歩踏み出し、黒い線に指で触れてみた。線は単に敷石の上に描かれているのではない。石がわずかに削られている。何かが削り取っていった跡なのだ。黒いのは、熱による焦げ跡だ。


「わだち……に、見えるなあ、これ」


 歩み寄ってきた『禿げ』が言う。私はもう一度黒い線を見つめ、頷いた。


「確かに。何か車輪のようなものがこの床を転がって、跡をつけていったとも見える。しかも黒く焦げているところから見て、高熱を持った車輪だ……そんなものが、あればの話だけど」


「わだち? にしちゃ、この線は妙だぞ」


 後ろからティルザも口を挟んでくる。


「軌道があまりにも無秩序だし、何より1本きりで隣り合った線がない。一輪車が走り回った跡だとでも言うのか? 」


「フーム……」


 確かに、ティルザの言うことももっともだ。一体、何が付けた線なのか? 考え込んでいると、少し離れたところからジュジュの声が響いて来た。


「考えたところで、始まらんだろう。それより、この線を追っていくのが一番手っ取り早い」


「追って? 」


 慌てて振り向くと、なるほど、無数の線はよじれながらも1本に集まり、壁に開いたひとつの入口に繋がっていた。神殿のさらに内奥部へと続く通路らしい。パーティを全滅させた「何か」は、そこから出てきたのだ。半分予想していたこととはいえ、私はぞくりと身震いした。結局、真相を確かめるには神殿の奥に行かなければならないということか。


「イイねェ……いいムードだよ。とんでもないもんが眠ってそうな雰囲気だ」


 マフィは独りいそいそとした声を上げる。気楽な奴だ。私は救いを求めるように『禿げ』の顔を見た。『禿げ』は腕を組んだまま、仕方ないという顔で首を振った。


「リスクはなるべく冒したくなかったんだがな……このまま帰ったんじゃ、ガキの使いだ。この人数で内部踏査は危険じゃあるが、先に行った連中と違って俺たちは「危険」があることを知っている。準備もしてきた。細心の注意を払いながら進もう。ジュジュ、ベキム、先導を頼むぞ」


 やはり、そうなるか――私は額を押さえつつ、無言でとぼとぼとジュジュの方へ歩いていった。当分、気の休まる暇はなさそうだ。


 ジュジュと私を先頭に、パーティは暗い通路へと足を踏み入れた。例によって、ジュジュが壁に手を近づけると、壁に刻まれた契約印が脈打つように輝きだして、照明となる。


「言ってみれば、炎の魔力が通行手形のようなものだ。こうして照明が灯るところを見ると、まだ私の魔力でも入れる領域のようだ……あまり奥まで進むと、私の契約している魔神では「格」が足りなくなるかもしれない。そうなったら、罠を解除することも出来なくなるぞ」


 ジュジュはぞっとするようなことを言う。私は思わず身震いした。


「そうなる前に、パーティ全滅の原因を探りだせるといいんだがね……おや? 」


 壁に這わせていた手が、妙な膨らみに突き当たった。私は足を止めて壁を見た。手に当たったのは、巨大な円形のレリーフだ。私の背丈と同じくらいの直径がある。円の中心から渦巻き状に、奇妙な文様が広がっている。光る脈が走る壁の中で、このレリーフだけは光をまったく放っていなかった。

 奥を見ると、同様のレリーフが一定間隔を置いて壁に付いているのが見える。一体幾つあるやら、終わりが見えない。


「しかし、異様な文様だな……深層出の私が言うのもなんだが、深層美術ってやつはさっぱり分からん」


 言いながら、私はレリーフに手をかけ、周囲を調べた。あるいは何かの機能が隠されているのではないか、などと思ったからだ。何の気なしに両手でレリーフに触ろうとした時、ジュジュが高い声を上げた。


「よせ! 貴様の左手は……」


「え? 」


 私が振り向くのと、レリーフの渦巻き模様が赤い光をほとばしらせるのとはほとんど同時だった。円の中心から、血のように赤い光が円周に向かって走り、縁の壁に接している部分で白く弾ける。白い炎だ。ぎくりとして手を引っ込めた私の目の前で、レリーフは炎の噴射力によって壁から射出され、床の上に転がって、コインを立てた時のように縦に立ちはだかった。横から見ると、中央部分だけが膨らんだ円盤状で、さながら2つ重ね合わせたシンバルだ。

 あっと思う間もなく、レリーフはそのまま外周から噴射する炎の力で猛回転し、地面を転がって私に迫ってきた。


「……ッ!! 」


 唸りをあげて迫るシンバルを、横っ飛びに転がってかわす。熱が頬をかすめ、ひりひりとした余韻を残す。超高温の白い炎だ。ぶつかったら火傷では済まない。体勢を立て直そうとして振り返った私は、既にシンバルがターンして方向を変え、こちらに再度突進してきているのを見た。

 黒い跡は、これか――自律走行して標的を追尾し、炎の魔力で焼き切る罠。パーティを全滅させたのは、これだ。私は迫るシンバルの熱を感じながら、異常興奮のために加速した思考の中でそう悟った。もう一度跳んでかわすか……いや、間に合わない。さっき倒れ込んだ身体を、まだ起こしてもいないのだ。私はなすすべもなく目を瞑りかけた。


「ええい、世話の焼ける……! 」


 ジュジュが舌打ちと共に魔導杖を振る。私の鼻先、ほんの拳2つ分ほどの所で、青い火花が炸裂する。爆風でシンバルの回転がぶれ、大きく揺らいだ。そこへすかさず、新手の火花が走る。今度は、シンバルの横っ面に叩きつけられた。轟音と共にシンバルは横倒しになり、しばらく惰性で回転したのち、諦めたように魔力の噴射を止めた。

 危うく命拾いした……私は起き上がることも忘れて首を振り、落ちかかった帽子を直しながらジュジュを仰ぎ見た。


「助かったよ、ありがとう……貸し借り勘定で言ったら、これで借りひとつかな? さて、なにで返したものか……」


 冗談めかして言ってみたものの、ジュジュは心もち眉をひそめてフンと言っただけで、パーティの方へ歩いて行ってしまった。私はコートの埃を払いながら立ち上がり、ため息をついた。気難しいお嬢さんだ。

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