第6話(1)
隊列を組み直し、サラマンドラの飛び出した場所からさらに奥へと進む。私は注意深く道の隅々にまで目を走らせながら歩を進めた。時折、前に通ったパーティのものと思われる薬の空き瓶や、燻製肉の包み紙らしき紙屑などが目についた。まだ、そう古くなってはいない。
しかし……私は見つかったものよりも、見つからないものの方が気になってきた。血の跡や空薬莢、それから壁や床に刃が当たった傷跡など……平たく言えば、戦闘の痕跡が見当たらない。先に行ったパーティは、少なくとも通路では魔物に出くわさなかったのだ。私たちは入る前からアーチサラマンドラに襲われたというのに。何かの要因がサラマンドラを神殿内部から追い出したという、『禿げ』の説が正しかったとしたら、その「要因」は先行したパーティが神殿に着いてから発生したことになる。
考え込みながらしばらく歩いていると、ほどなくしてついに神殿の外層が見えてきた。私は顔を上げ、長い息を吐く。
「ようやくか……やれやれ、神経を使ったもんで、普通に歩くより倍は疲れたな」
首筋を揉みながら呟くと、『禿げ』は苦笑しながら答えた。
「何を言ってる、まだこれからだぞ。こっからが大変なんだ。神殿の中には、魔物もいりゃあ罠もある」
「その分、値打ちもんがある可能性も上がってくるよねェ……」
意味深に笑いながら、マフィが最後尾からしゃしゃり出てくる。舌なめずりしそうな勢いだ。『禿げ』はやれやれといった様子で前髪をいじった。『禿げ』だってタダでこの女が協力するとは思っていなかっただろうが、あんまり露骨すぎる。
「そう焦るな。急ぐ奴は早死にするぞ……とりあえず、神殿へ入る前にひと休みしよう。ちょうどハラも減ってくる頃合いだしな。ガウム、荷物を降ろしてくれ。出来るだけ座り心地のいいところを探して、そこで昼飯としよう」
「要点合点、周辺点検。メシの準備だ魔導泉」
全員が思い思いの場所に腰を下ろすと。ガウムはタムゥの背からまず魔導泉を降ろし、起動させた。受け皿に澄んだ水が溜まっていく。それを備え付けの金属製カップに汲み、全員に回す。続いてガウムは食料の袋を降ろし、うやうやしく『禿げ』に差し出した。
「食料配分、リーダー権限。鋭い計算、頼んだ判断」
『禿げ』は無言で頷き、まず袋の中から棒型パンを取り出すと、めいめいに配って回った。本数は一人ひとり違い、ガウムの分は特に多い。量は体の大きさで決めているようだ。周囲を見たが、不平を言いだす者はない。リーダーの分配にケチをつけないというのは、不文律になっているようだ。
続いて『禿げ』は干し肉の塊を取り出し、懐から出したナイフで慎重に切り分けはじめた。よく見ると肉の塊には細い紐が巻き付けられている。不思議に思い、私は『禿げ』に聞いてみた。
「その肉、やけにきつく縛ってあるな。そういう調理法なのか? 」
「ああ、これか」
『禿げ』は肉から目を離さずに答えた。
「これはな、計量線なんだ。食事のたびごとに、こいつを目安に配分を決めるんだよ。冒険者に肉を卸す業者が、そういう風に計らってくれるんだ……素人にゃ、耳を疑うような話だろうがね、大の大人が肉の大きい小さいで殺し合いをやることだってあるんだよ。特にこういう『深み』じゃな」
「フーム……」
私は唸りながら、差し出された自分の取り分を受け取った。薄く切った干し肉の欠片と堅焼きパン、それとコップの水だけが昼食のメニューだ。最高のご馳走とは言えないが、まあ場所が場所だけに仕方ない。
見ると、ティルザは大きめの岩に腰を下ろし、早くも自分の分を黙々と食べ始めている。ジュジュもやや離れたところで同様に座り、堅焼きパンを水に浸してながら何やら物思いにふけっている様子だった。
「ちょいと、水、もう一杯もらえないかい? やけに喉が渇くもんだからさ」
マフィが空のカップを振って呼びかける。『禿げ』は魔導泉に残った水の嵩を見て、首を縦に振った。
「まあ、いいだろう。魔導泉から一度に出せる水の量には限りがあるが、出して貯めといても荷物が重くなるばっかりだ。一回に出した分は飲みきっちまった方がいい」
マフィに水を汲んでやりながら、『禿げ』は全員に声をかけた。
「みんなも、水分補給には気を付けてな。ここらは炎の魔神の勢力圏だから、空気も乾燥してる。水分が体から失われやすいぞ」
『禿げ』の言葉に、そう言えば、と内心頷く。確かに空気が妙に乾き、熱を帯びてきたような感覚があった。天井に貼りついた太陽苔の光も、心なしか赤みを帯びて強い気がする。
「そうだ、炎と言えば……冒険にゃ、こいつがないとな」
『禿げ』はニヤつきながら、荷物を探って小さな円筒形の器具を取り出した。上の方に金属の支えが取りつけてあって、ものを乗せられるようになっている。そこへ『禿げ』は水の入ったカップを置き、小さく切った干し肉の破片を入れて、器具についたツマミを捻った。たちまち器具のてっぺんから炎が吹き出し、カップの底をあぶり始める。魔導泉の炎版だ。魔導泉が魔力で水を噴き出す魔導具なのに対し、こちらは炎を噴き出すタイプの魔導具らしい。
「簡易スープだ。俺はこいつが好きでね……さして旨いわけでもないが、ちょっとした工夫ってやつも深層じゃいい慰めになる。それに、いかにも冒険ってムードがあるしな」
はにかんだような笑みを浮かべつつ、私に向かって『禿げ』は言った。冒険者上がりであり、今日も深層まで降りているとはいえ、『禿げ』は本来ギルドの職員だ。内部監査や、内規を犯した者への懲罰を主な仕事としている。普段の仕事では、空中市場を出ることは少ない。こういう場所では普段隠している冒険者の血が騒ぐのだろう。
ほどよく煮えたところを見計らって、『禿げ』は袖口に包んだ手で魔導具の上からカップを取り、吹いて冷ましてから口に運んだ。
「ああ、いかにも深層へ来たって味だ……懐かしい。疲れてる時だから、塩気のあるもんが沁みるな」
カップを掲げて笑みを浮かべる『禿げ』に、私も笑みを返しつつ、ちょっと首を傾げた。
「そうかな? 私は特に……鉱石珈琲が恋しいくらいだが」
「そりゃ、お前の体質のせいだろ。汗もかけねえ冷血動物は引っ込んでなよ」
横合いからマフィが口を挟む。ボリボリと音を立ててパンをかじっている。デリケートな話題だというのに、遠慮のない奴だ。
「さて……メシの最中にこういう話をするというのも大変無粋ではあるが、一応神殿に入ってからのことも簡単に打ち合わせとこう。みんな、食いながら聞いてくれ」
『禿げ』はスープを手に立ち上がり、メンバーを見渡した。
「基本方針として、奥へは踏み入らないようにする。先行したパーティの痕跡だけを追うんだ。未踏査の領域があっても入らない。宝探しに来たんじゃないんだからな。分かってるとは思うが」
言いながら、マフィを睨みつける。当のマフィは干し肉を食いちぎりながら涼しい顔で頷いた。
「本格的な踏査にゃあメンツが少なすぎるもんね。あたしだって命の方が惜しいや」
「結構。最終目的はパーティ全滅の原因を突き止めることだが、今回の踏査ではパーティ全員の遺体が確認出来た時点で一旦踏査終了とする。原因となる存在が我々に対して牙を剥いてもおかしくないからな。安全第一だ。何か質問は? 」
「ひとつ、大事な質問をさせてくれ」
私は立ち上がり、手を挙げた。
「隊列の話なんだが……神殿の中でも、私が先陣を切るのか? 魔術罠なんかがあったら真っ先に引っかかるぞ、私じゃ」
「そう自慢げに言うな、分かってるから」
『禿げ』はやれやれといった顔で苦笑し、ジュジュの方へ向き直った。
「そういうわけだ。ジュジュ、内部ではお前も先頭につけ。炎魔導士のお前なら、罠も事前にある程度は感知できるだろう。このか弱い哀れな男を守ってやれ」
ジュジュは顔を上げ、あの目で私を一瞥した。冷たく、怒りのこもった目だ。私は思わず身をすくめた――が、その時には既に、刃のような目の光は消えていた。ジュジュは桃色の髪をかき上げながら、しぶしぶといった顔で頷く。
「リーダーがそう言うなら……」
「決まりだな。頼んだぜ、炎の神殿に潜る時は、炎魔導士の役割が一番重要なんだ。
他のメンツはまあ、今まで通りで行こう……ガウム、食い終わったら魔導泉を片づけてくれ。タムゥは怯えてないか? 大地の魔力を持つ魔物だからな、炎の魔神の神殿には忌避感を抱くと思うんだが」
ガウムは珍しく無言のまま親指を立てた。口の中が堅焼きパンで一杯なのだ。代わりにタムゥが、地割れのような声を上げて返事をした。少したじろぎながらも『禿げ』は笑い、残ったスープを一息に飲み干した。
「さァて、腹も膨れたし、腹ごなしに神殿踏査としゃれこむか……ま、リラックスしてとまでは言わんが、気負いすぎずに行こうや。いきなり致死性の罠に引っかかるなんてことは、たまにしかないんだからな」
「たまにはある、ってことじゃないか……」
私の一言は黙殺され、パーティはいそいそと神殿入りの準備を始めた。私は手持無沙汰でその場に立ち尽くしたまま、帽子のつばを指でいじくっていた。
* * *
崩れかけた石のゲートをくぐり、神殿の中へと足を踏み入れる。石畳敷きの床に、靴音が妙に甲高く反響する。空気が乾燥しているせいだろうか。内部には流石に太陽苔も生えておらず、薄暗い。暗さに今一歩を踏み出しかねていると、ジュジュが嘆息しながら進み出て、壁の一部に触った。
指先で魔力がスパークし、壁を脈のように伝う。たちまち天井まで光の流れが走り、網目状の光が辺りを照らし出した。私は口を開けて見ているしかなかった。
「この神殿を造った『うちびと』だって、明かりがなければ難儀をしたはずだ……少し考えれば分かる」
そっけない口調で言うと、深層風装束をひるがえしてジュジュは先に行ってしまった。私も慌てて後を追う。罠は怖いが、女性を先行させて黙っているというのも私の沽券に係わる――第一、そういう男は絶対にモテない。いや、こういう考え方自体が女性をバカにしているのだろうか? 考え込んで歩を緩め、のろのろ歩いていると、『禿げ』にブーツで尻を蹴り上げられた。
「年下の娘との喋り方に悩んでるんじゃない。そういうのは、子供が出来てからにしろ」
教官のこもった苦笑を浮かべながら『禿げ』は言う。私も苦笑いで返し、向き直ってジュジュを追った。
神殿の入口は、言ってみればホールのような構造となっていた。岩壁を掘りぬいて造った広大な空間で、契約印を装飾的に刻印した壁が四方を囲み、床にも色の違う石で紋様がかたどられている。炎のうねるような模様が床から壁、天井まで繋がりながら続いており、順に見上げていくと感覚が狂ってきそうだ。私はこめかみを抑えながら視線を落とし――ふと、床の模様に途切れたところがあるのを見つけた。
「あれは……? 」
思わず歩み寄りかけ、罠の可能性に思い当って足が止まる。大袈裟にたたらを踏んだ私に、ジュジュが呆れ声で言う。
「そうビクつかずとも、ここらにはまだ罠の気配はない。炎の魔力が色濃く残存してはいるがな。よく考えろ、重要な部屋ならともかく、入口を入ってすぐの所に罠を仕掛けてあったら、普段の礼拝にさえ差し支えるだろう」
なるほど、言われてみればごもっともだ。それでも私は、おっかなびっくり足元を探りながら進んだ。どんな理屈があろうと、このあたりでパーティは全滅したのだ。危険に備えておいて損はない。
私は普段の倍ほども時間をかけて、ようやく「それ」の近くまで辿りついた。床に描かれた紋様をぷっつりと切る形で、黒ずんだ何かが落ちている。よく見るとその一角だけ、紋様が黒っぽくくすんでいた。契約印の光からは離れているため遠目に見ると分かりづらいが、何やら煤のようなものが一面に撒かれている。私はさらに歩み寄って目を凝らし、ぐっと喉を詰まらせた。
「おい……こりゃあ……! 」
パーティを振り返り、震える指で私は「それ」を指し示す。煤に包まれ、ところどころ焼けこげた状態で無造作に転がされた「それ」は、半分ミイラ化した人間の腕だった。




