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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ カーテン・コール ~
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第5話(後)

 しばらくは静かな道中が続いた。


 パーティの緊張はだんだんとほぐれだし、お互いに無駄話をしたり、鼻歌を歌う声なども聞こえてきた。最後尾のガウムが、タムゥ相手に何やら得体のしれない歌のようなものを重低音でがなっているのも聞こえてくる。巨猪人(オーク)部族に伝わる歌だろうか。


 造られてから永い年月が経っているとはいえ、流石に神殿へ歩いていくために整備された道とあって、参道はかなり歩きやすかった。ところどころ壁や天井が崩れ、半分瓦礫に埋もれたような場所もあったものの、その度にガウムが岩を持ち上げたり、タムゥが角と頭を使って上手に瓦礫を脇へ除けたりして、パーティの足が止まらぬように計らってくれた。確かにこれなら、深層踏査にひっぱりだこにもなるだろう。

 崩れかけた瓦礫の下に、一定の間隔を置いて石製の丸っこい彫像が置かれている。私はそちらに歩み寄り、しゃがみこんで調べた。


「里程標だな。ゲメト=ジアマーンの意匠が刻み込まれている。ほら、頭の所に8つ、赤い点が刻まれているだろう? ゲメト=ジアマーンは一般的に、96個の眼を持った巨大なフクロウの頭と、腕のない身体、そして長い脚を持つ神として描写される」


「96って……随分と足りないようだが」


 『禿げ』が怪訝そうに指をさす。私は肩をすくめて手を振った。


「流石に、96個も眼を描くのは大変だからね。時代が下がるに従って、図案は簡略化されていったんだ。8個にまで減ってるってことは、比較的新しい時代の遺跡だな、こりゃ」


「で、それが何か冒険に関係あるのか? 」


 ティルザが不審げな顔を出し、聞いてくる。私はもう一度肩をすくめた。


「ただ私が知識を披露したくなっただけさ。趣味なんだよ、ヒトに無駄な知識を語って聞かせて悦に入るのが……おや? 」


 体を起こしかけた私は、目を細めて再び身を屈め、耳を澄ました。土の奥から、何やら小さな音が聞こえてくる。土を掘り、かき分けて進んでいるような……


「おい、どうした? 」


 肩を叩いてきた『禿げ』に、1本指を立てて「静かに」の合図を出し、私はさらに深く屈みこんだ。耳を地面に近づける。確かに聞こえる。土中を何かがこちらへ掘り進んでくる。通路の端の、壁が崩れて小山になっている一角に向かっているようだ。崩れた個所は土が柔らかくなっている。私はそこを指さし、後ろのメンバーへ合図を送った。


「何かが、そこから出てくる――数は多くない。多分、一匹だ。準備をしといてくれ」


「さっそく、お出でなすったか……」


 『禿げ』が呟きながらダガーを抜き、右手だけで構える。全員が固唾を飲んで見守る中、やがて土の山が少しずつ崩れ出し、ぽんとコルクを抜くような音を立てて音の発生源が顔を出した。


「何だァ……? 」


 『禿げ』が素っ頓狂な声を上げ、ダガーを鞘に納める。出てきたのは、小さな野生のツチドリだった。サイズから見て、まだ子供だろう。ツチドリは大竪穴に広く分布する飛べない鳥で、カギ爪に変わった翼で土中を掘り進んで生活している。冒険者によって食用家禽に改良されるほど、大人しく捕まえやすい鳥だ。


「……仕方ないじゃないか。こっちは音を頼りにしてるんだ、何が掘り進んでくるかまでは流石に分からない」


 緊張から一転、呆れたようなムードが漂うパーティの面々を見上げ、私は弁解した。が、そんな中、マフィだけは顔をこわばらせたまま、ツチドリの出て来た穴を凝視していた。


「おい……臭うぞ」


眉を顰め、マフィが穴の中を指さす。それに呼応するかのように、黒ずんだ水が一滴、穴の中から滴り落ちた。


「ツチドリだけじゃねえ……奥から来やがる! サラマンドラの臭いだ! 」


 マフィが叫ぶ。私は立ち上がり、穴から離れようとした――が、それよりも一瞬早く、ツチドリの開けた穴を広げてサラマンドラの黒い頭が飛び出した。逃げ遅れた私の顔目がけ、鋭い牙が迫る。


「何してる! 言っただろ、下がって隠れてろ! 」


 叫びながら『禿げ』が私を突き飛ばし、サラマンドラの前に立つ。噛みつこうと口を大きく開けて突進してくるサラマンドラを、『禿げ』は鎖帷子を着た胸で受け止めた。動きの止まった所を、抜き放った両腕のダガーで挟み、大鋏のように刃を合わせて頭を切断する。噴き出る血を、顔を傾けて避けながら。


「それで終わりじゃねえ! まだ来るぞ! 」


 早くも通路の奥に向かって駆け出しながら、マフィは叫ぶ。その言葉通り、穴の奥からは濁った水しぶきとともに次から次へとサラマンドラの大群が這いだし、床へ壁へ天井へと広がっていった。ポッカリと開いた穴の中からは、濁った水がずるずると絶え間なくしみ出し続けている。


「水……そうか、地下水だ。こいつら、地下の水脈に潜んでやがったんだな」


 私は歯ぎしりしながら叫んだ。アーチは居ないが、恐るべき数だ。囲まれたらマズい――私は左手を地面に着け、魔力を弾けさせた。


「魔力で防ぐ! 距離を取るんだ! 」


 叫びながら、大地の魔術で土埃を巻き上げる。サラマンドラたちは光を発する土埃の壁に戸惑い、足を止めた。その隙に、私と『禿げ』は他のメンバーの元へ駆け寄った。


「壁はほんの少ししか持たない……ちょっと光ってバチバチするだけの、こけおどしだからな。じきにぶち破って追いかけてくるぞ」


 私が言うと、『禿げ』は浮かぬ顔で足取りを緩めた。


「この足場の悪さじゃ、機動力ではあっちの方に分がある。逃げたところですぐに追いつかれるか……已むをえん、ここで迎え撃とう」


「それなら、私が……」


 進み出るジュジュを抑え、ティルザが剣の鞘を鳴らしながら進み出た。


「ここで炸裂魔術はマズい。落盤の危険もあるし、密室にサラマンドラの体液が飛び散って、毒ガスが充満するのも怖い。ここは俺が行く」


 言いながらティルザは腕を引き、刃をぐっと体に近づけた特異な構えを取った。その体制のまま腰を落とし、魔力の壁を挟んでサラマンドラの群れに相対する。壁と天井を自在に動き回るサラマンドラの内の一匹が、とうとう壁にぶつかり、ぶち破った。天井から飛び降りざまに牙を剥いたところを、十分に引きつけてティルザは動く。


 身体のひねりを利用して、螺旋を描きながら飛んだ刃は、空中のサラマンドラの頭部を削ぎ取るように切り落とした。斬られたサラマンドラはそのまま力なく地面に落ち、動かなくなる。回転の勢いを殺さぬままティルザは、体を屈めて剣の軌道を地面に向けた。たちまち、数匹のサラマンドラが頭を切り落とされて血しぶきを上げる。


「まだだ! 壁にもいるぞ! 」


 私は思わず大声を上げた。刃の嵐を逃れた壁のサラマンドラが、ティルザの背中目がけて襲い掛かる。それを振り向きざまに、返す刃で斬りつけて斃す。そのまま体の回転を利用して、飛びかかるサラマンドラを次々に切り伏せてゆく。刃の描く白い軌跡がティルザの体の周りを取り囲み、まるで白い鎧だ。今やサラマンドラの群れはほとんど3分の1ほどになっていた。


「閉所での剣術だな。長物を体に引きつけて持ち、飛びかかってくる勢いを利用して斬りかえすことで、振りかぶれない場所でも十分な威力と速さを生み出す。俺たちの出る幕はないな」


 『禿げ』が首を振りながら呟く。その言葉通り、残ったサラマンドラももはや追いすがる気は無いようで、背中を高く上げて威嚇するばかりになっていた。ティルザはつまらなそうに剣を振り、鞘に納めた。


「まったく、唐突に出てきやがるな……だがまあ、デカいのが居なくて幸運だったな」


「……そうだな。さ、戻ってこいティルザ。隊列を組み直して、先へ進むんだ」


 『禿げ』は何やら浮かぬ顔でそう言った。どうも含みを感じる口ぶりだ。そう思って見ていると、向こうの方から私に声をかけてきた。


「……なあ、今のサラマンドラだが……どう思う? 」


 声をひそめて言う『禿げ』に、私はきょとんとして聞き返した。


「どう、と言うと? 」


「お前さん、言ったよな。あのサラマンドラどもは、地下の水脈に棲みついていたんだと。それは確かにその通りなんだろう。サラマンドラが生きていくのに水は不可欠だ。が……妙な話でもある。

 元々、サラマンドラは水辺の生物との縄張り争いを避け、他の水魔物が寄り付かない炎の神殿に棲家を求めた魔物だ。しかも奴らの体は穴掘りに向いていない。それが、地下の水脈に巣食っていた……自然に考えれば、あり得ないことだ」


「だが現に、今のサラマンドラどもは地中から出て来たじゃないか」


 私が言い返すと、『禿げ』は渋い顔で頷いた。


「そこだ。本来居るはずのないところにサラマンドラが居るというのは、余程のことがあったからだと俺は思う。神殿の中に棲んでいられないほどの「何か」が、ごく最近に起こったんだ。

 今考えてみれば、入口に出てきていたアーチサラマンドラ――あれも不自然だった。神殿からわざわざ長い道のりを越えて出てくるメリットなど、どこにある? 大体、入口付近を棲家にしているならば、あのサイズのサラマンドラの目撃証言が今までにあっていいはずだ。奴があそこまで出てくるようになったのは、つい最近のことなんだ。そしてこの遺跡でつい最近に起こった出来事と言えば……」


「例の、パーティ全滅事件ってわけか」


 私は唸った。魔物すらが群れをなして逃げ出すような「何か」――それが行く手に待ち受けているというのか?


「ま、これはあくまで俺の推測に過ぎないがな。元々、そこんところをハッキリさせるための調査なんだ。着く前から結果をあれこれ推測してみても始まらない」


 迷いを振り払うように『禿げ』は一つ手を打ち合わせ、無理に笑顔を作ると、隊列に支持を出すために離れていった。私は独り、腕を組んで考え込んだ。『禿げ』の言うように、今からくよくよ考えてみても始まらないのかもしれない。しかし彼が知らない情報を私は知っている――メイユレグ。連中が絡んでいる可能性を考慮に入れると、推測がにわかに現実味を帯び始める。本当に奴らが奥に居るのか? 何をしようとしている? 答えの出ない疑問だとは知りつつも、私は頭を悩ませ続けた。


「何ボーっとしてんだ! あんたは先頭だろうがよ! 早く来い、サラマンドラの群れン中に放り出してくぞ! 」


 マフィが苛立った叫び声をぶつけてくる。私は慌てて帽子をかぶり直し、隊列に戻るために駆け出した。

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