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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ カーテン・コール ~
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第5話(前)

 動きが途絶えたのを見計らって、私はアーチサラマンドラの死体に駆け寄った。未だに黒ずんだ液体をどろどろと垂れ流し続けるその巨体は、既に断末魔の痙攣を止め、静かに横たわっていた。


「近寄るとまた、一段とデカく見えるな……どう思う? 先に入った連中は、こいつにやられたんだと思うか? 」


 私が聞くと、『禿げ』は顔から笑みを吹き消して顎を捻った。


「その可能性は十分にある。冒険者ギルド内でも、ここまで巨大なサラマンドラの情報は出たことがない。ティルザが言った通り、このサイズのやつが中にうようよいるとしたら、歴戦の冒険者十人以上のパーティだって危ないかもしれない。

 とは言え……どうも、報告された状況とは噛み合わないんだよな。救助隊の報告書では、パーティの死体には焼けただれた跡があったという。サラマンドラは、炎の中に棲んじゃあいるが水の魔物だ。焼けこげを作るようなことはない……今んところはまだ、神殿内部の罠に引っかかって炎の魔術で焼かれたって当初の説が一番有力だな」


 私は完全には納得しきれぬまま頷いた。状況は確かに、そうなのだろう。4大魔神の一角たる炎の魔神の神殿に踏み入り、炎に焼かれて全滅する――実に自然な成り行きだ。だが、何か引っかかる。


 腕を組んで考え込んでいたせいで、私はすぐ足元に来るまで「それ」に気付かなかった。ズボンに爪をかけて登り、腿の辺りで口を開け鋭い牙を剥いたのは、まだ残っていた小型のサラマンドラだった。慌てて左腕を挙げるが、間に合わない。白く光る牙が私の脚に食い込む――かに見えた。

 一瞬早く、青い光が鞭のようにうねって伸び、私の脚からサラマンドラを払い落とした。落ちたサラマンドラは、弾ける火花に引き裂かれて5,6欠けの肉片となり、地面に落ちた。光の飛んできた方を見ると、未だ光の残る魔導杖を掲げ、ジュジュが立っていた。


「……こりゃ、どうも。助かったよ、ありがとう」


 笑顔を浮かべながら歩み寄り、手を差し伸べたものの、ジュジュは私の手を取ることもなく腕を組んでそっぽを向いた。


「貴様に借りを作ったままでいたくないだけだ」


 ジュジュはそっけなく、そんなことを言った。私はしばし考え、アーチサラマンドラが出てきた時のことを言っているのだとようやく思い当った。


「なんだ、つまらないことを気にするんだな……お互い様さ。貸し借り勘定ばっかり考えてると、人生が早く過ぎ去っちまうぞ。年長者として言わせてもらうけど。私の知り合いにも1人、そういうのがいてな……」


「……誰のこと言ってんだ、あんた? 」


 いつの間にか後ろへ忍び寄っていたマフィが言い、棍棒の握りで私の背中を突いた。私は飛び上がり、後ろを振り向いた。


「何だよ、まだ誰とも言ってないじゃないか……」


「まだ言ってねえってことは、後ろめたいようなことを考えてたってことじゃねえか」


 歯を剥きだして言うマフィに閉口しているうちに、ジュジュはその場を離れ、後ろのメンバーの方へ歩いて行ってしまった。私はマフィをなだめながら、別れ際にジュジュが向けた一瞥のことを考えていた。鋭く、冷たい目――あの目は、どこかで見たことがあった。さて、どこでだったか。

 歩き去っていくジュジュの背中を見て、『禿げ』が思い出したように言う。


「そうだ、そう言やティルザの奴、大丈夫かな? どっかの誰かがバカやったせいで、ぶっ倒れたまま放りっぱなしだったが」


 厭味ったらしく言う『禿げ』に、マフィは涼しい顔で答えた。


「まったく、それもこれもあのバケモノのせいだよな。ヒドいところだぜ、深層は、うん。

 さ、ケガ人の容体を見に行こうぜ」


 マフィは続けて何か言われる前にいち早く歩き出していた。『禿げ』も舌打ちしながら後を追う。


 ティルザは、石だらけの地面の上に横たえられてまだ目を閉じたままだった。私たちが着いた時、ちょうどガウムがタムゥの肩から魔導泉を降ろし、起動して、注ぎ口から噴き出す水を直接ティルザの顔にブッかけたところだった。ものの数秒で、あたりに細かな水の飛沫を撒き散らしながら、ティルザは跳ね起きた。


「うッぷ……何だ何だ、何が起こった? 」


「おい、大丈夫か、ティルザ? 痛むところはないか? 」


 まだ現状を把握できていない様子のティルザに、『禿げ』が心配そうな様子で声をかける。魔導泉を小脇に抱えたガウムが、横合いから答える。


「大体全体問題ない。体内外に大事ない」


 親指を立てながら言うガウムの言葉を裏付けるように、ティルザは腰のバネを使ってひょいと立ち上がった。


「悪いな、ブザマなところを見せた……しかし、何が起こったんだ? 急に泡が爆発したように思えたが」


「ま、どうだっていいじゃねえか。あのデカブツはもうくたばったんだしよ」


 面倒な話題になると察したマフィが、わざとらしい大声で遮る。『禿げ』は顔をしかめたが、これ以上追及しても手間取るだけだと判断したのか、口を挟むことはしなかった。誰も何も説明しないので、ティルザは分かったような分からないような顔で頷いた。


「それじゃ、先に進むか。俺なら大丈夫だ。傷を受けたわけではない。踏査は続けられる」


 片刃剣を鞘に納めながらティルザは言った。『禿げ』は大きく頷いた。


「よし。それじゃ、このまま参道へ入るぞ。ガウム、魔導泉を片づけておいてくれ。ジュジュ、魔力に余裕はあるか? 出来ればサラマンドラの死骸を、爆破して片づけてほしいんだが」


「問題ない。この程度の仕事で魔力が尽きるような、ヤワな鍛え方はしていない」


 私たちの輪から少し離れて立っていたジュジュは、そう言うと軽く魔導杖を振り、サラマンドラの死骸の山へと向かった。『禿げ』は肩をすくめて呟く。


「能力もあるし、いい娘なんだがな……どうにもとっつきにくい。俺も組んで仕事するのは初めてだが、あれじゃ嫁の貰い手がねえぞ」


「すぐにそういうことを言いだすのは、中年の悪い癖だな」


 私が口を挟むと、マフィが横から手を伸ばし、帽子を指で弾いてきた。


「ヒトのこと言えねえだろあんたは。齢も、日ごろの行いもよ」


 たちまちドッと笑いが起こる。私は少々ふてくされて、帽子を深くかぶり直した。こういう時に限って、満場のウケが取れるのだから嫌になる。


 荷物を積み直し、爆音に脅えたタムゥの機嫌を取っているうちに、ジュジュはサラマンドラの死骸を片づけ終えていた。本当に朝飯前といった具合だ。炎の魔導士として有能だという『禿げ』の言葉も分かる。私たちは隊列を組んで、石柱の間を通り参道へと入った。

 最後尾にはガウムとタムゥ、それから護衛役にマフィがつく。冒険には不慣れなマフィを、先達が切り開いた道を歩けるしんがりに回した形だ。その前にはティルザとジュジュ、そしてリーダーの『禿げ』という順番になっている。ティルザは物理戦闘、ジュジュは魔術戦闘のアタッカーだ。何かあればすぐ動ける位置につき、リーダーは状況を判断して即座に命令を出せる位置にスタンバイする。


 ここまでの采配に問題はない。問題があるとすれば……そう、私だ。私は何故か最前列に回されてしまったのだ。


「……流石にこの位置は勘弁してもらえないか。何度も言うようだが、私は本職じゃないんだぞ」


 後ろを振り向き、口を尖らせてすぐ後ろの『禿げ』に言う。『禿げ』は困ったように笑いながら宥めにかかった。


「お前さんを何で連れて来たと思ってる。「探偵」としての仕事をしてもらうためだぞ。道すがら、パーティ全滅の手がかりを探ってもらわなきゃならない。なあに、俺もすぐ後ろにいるんだし、変わったことがあったらすぐに分かる。大丈夫だ。

 それにお前さんは耳もいいしな。敵の気配にもすぐ気づけるだろう。またサラマンドラが近づいて来たら、隊列の後ろまで戻って、俺たちの背中に隠れて震えてりゃあいいさ」


 私は顔をしかめて首を振った。理屈は通っているように見える。しかし、何が起こるか分からないのが深層であり、深層の『深み』だ。不安の去らぬまま、私は先頭に立っておぼつかない足取りで歩を進めた。


「だがなあ……例えば、罠なんかがあったらどうする? 私は探偵であって、魔導技術の専門家じゃないんだ。炎の魔術罠なんて、到底見分けられないぞ」


「ここは参道だぜ。天下の往来に罠を仕掛けるバカがどこにいるよ」


 やれやれといった調子で『禿げ』は肩をすくめた。


「罠なんてのはな、神殿のもっと奥の方にあるんだ。心配するのはまだ先の話さ。それにヤバい罠があったら、すぐにジュジュが気づくさ。なあ、ジュジュ? 」


「炎の魔術に関わる物だったら、大概は感知できるだろう。4大魔神の魔力ともなればなおさらだ」


 相変わらずの無表情で、ジュジュが頷く。


「しかし、全てを解除出来るわけではないだろうな。私の魔力では、炎の最上級魔神の魔力には太刀打ちできん。本格的にゲメト=ジアマーンの魔力を取り入れるタイプの罠だったら、こちらの魔力が一方的にかき消されてしまうだろう。私も契約印持ちだが、私の契約している魔神は流石にゲメト=ジアマーンより神格が低い」


 淡々と語るジュジュに、『禿げ』は大袈裟な身振りで怯えて見せた。


「おいおい、脅かしっこなしだぜ……ま、出来る範囲で頑張ってくれ。それと、無理だって分かったら早めに言ってくれよ。そん時ゃ、一目散に逃げるだけだ」


 『禿げ』は軽い口調でそう言った。が、言葉の終わりはほとんど私の耳に入らなかった。もっと大きなことが、私の頭の中を満たしていた――先ほどの違和感の正体に気付いたのだ。

 『禿げ』曰く、パーティは神殿の中で焼けただれた死体として発見されたということだった。ということは、神殿の内奥、罠を仕掛けてまで守らなければならない領域に踏み込んだということだ。しかし、それを追って潜った救助隊は罠にかからず生還した――つまり死体は、罠の仕掛けられていない浅い領域にあった。深奥部に踏み込んで罠にかかった人間が、浅い領域までわざわざ出ていってから死んだというのか?


 まったく考えられないこと、というわけではない。深い場所で致命傷を負いながら、息も絶え絶えの状態で何とか出口付近まで逃げ延び、そこで力尽きたという筋書きも十分あり得る。しかし……やはり何か、不自然な気がした。


 それにもう一つ、不都合なことがある。もしパーティが罠にかかって死んだのだとしたら――つまり、罠の仕掛けられているほどに深い階層まで進んでいたのだとしたら、私たちの目的地もそれだけ深い場所ということになる。そこまでの道のりを、生きて踏破できるだろうか……不安のあまり震える膝を叩き、私は必死で自分自身を奮い立たせようとした。

 冒険は始まったのだ。今さら後ろを振り返ってみたって仕方ない。今出来ることはただ一つ――出来る限り、生きて家に帰りつく方法を考えることだ。事務所のソファと鉱石珈琲を恋しく思いながら、私は黙々と歩き続けた。

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